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2015/08/31

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第六章 盆踊 (五)(六) / 第六章~了

        五

 

 寺の蔭から踊手の列が月光の中へ繰り出して、また突然止まつた。すべてい若い女や娘で、銘々最上の服を着飾つて、一番丈の高いのが先頭に立ち、ぞれから身長の順に續いて、十歳乃至十二歳の小娘が、行列の殿を承つてゐる。彼等は鳥の如く輕さうに身體の平衡を支へて、何となく或る古代の花瓶の周圍に繪かれた形狀の夢を想起させる。膝の邊に緊然縋り附いてゐる、美しい日本の着物は、もし奇怪な大きく垂れ下つた袖と、着物を緊める珍らしい、幅の廣い帶がなかつたならば、ギリシヤ或はエトルリヤの藝術家の畫に基いて意匠を凝らしたものと思はれるだらう。それから、太鼓が今一囘鳴つでから、演藝が始まつた。言葉では寫し難く、想像も及ばない、夢幻的なもの――舞踊であり、驚異であつた。

 皆一齊に草履を地面から揚げないで、右足を一歩前へ滑らせる。して、不思議な浮いたやうな動作と微笑を帶びた、神祕的な敬禮をし乍ら、兩手を右へ伸ばす。次に右足を後ヘ引く。兩手を振ることと、神祕な辭儀とを繰り返へす。次に皆左足を前へ進め、半分左ヘ向き乍ら、先きの動作を繰返へす。それから、一囘輕く手を同時に揃へて拍つて、すべて二歩前へ滑つて出る。して、最初の動作が右と左へ交互に繰返されて、すべての草履を穿いた足は一齊に滑り、すべでのしなやかな手は揃つて動き、すべての柔軟な身體は同時に前へ屈んで、同時に一方へ傾く。して、極めて徐々と、奇異にも行列が大きな圓に變つて、月の照つた境内と、聲を忍んだ見物人の群をぐるぐる廻はつて行く。

    註。本篇を書いてから後、私は日本の

    諸方で盆踊を見たが、これと全然同一

    種類の踊を見たことがない。實際、私

    は出雲、隱岐、鳥取、伯耆、備後、そ

    の他の處に於ける私の經驗からして、

    盆踊には場所が異れば必ず踊り方を異

    にするものと判斷したい。只單に勁動

    作身振が地方に隨つて變ずるだけでな

    く、歌はれる歌の調子までも相違して

    くる――このことは文句が同一でもさ

    うだ。或る處では調子が遲くて、莊嚴

    であるし、ある處では急速で、陽氣で、

    また奇異な、急にひねるやうな、名狀

    し難い調子を特徴とする。が、何處で

    も動作と曲調は珍らしく、心地よくて、

    數時間でも見物人を魅すゐ力がある。

    たしかに是等の原始的舞踏は藝者の所

    作よりも遙かに興昧が多い。佛教はこ

    れを利用し、またこれに影響を及ぼし

    たであらうが、これは疑もなく佛教よ

    りは非常に古い。

 

 して、いつも白い手は、交互に行列の輪の内側と外側に於て、掌を或は上に向け、或は下に向け、恰も魔怯を仕組むかの如く、一齊に蜿蜒たる波動を打たせて搖れる。して、すべての小鬼のやうな袖は、翼の作る陰影の如く薄暗く、同時に翺翔する。して、すべての足は非常に複雜な拍子の動作を以て、揃つて平衡を取る。注視してゐると、催眠術を被つたやうな――水が流れたり、閃いたりするのを注視しようと努力する際のやうな感を覺える。

 また、この催眠的魅力は死んだやうな靜肅のために強められる。誰も物を言はない。見物人さへ默々としてゐる。柔かく手を拍く音の長い合間には、樹間に喧しい蟋蟀の聲と、輕く砂塵を攪きあげる草履のしゆうしゆういふ音だけ聽える。これは何に譬へられるだらうかと、私は自問を發した。一つもこれに譬へられるものは無い。が夢に飛んでゐると思ひ、歩き乍ら夢みてゐる夢遊病者の空想を幾分暗示する。

 して、私は邈乎たる古代、未だこの東洋生活の記錄なき初期、不可思議な、薄暗い神代に屬するもの――數へ難き年月の間、その意味の忘れられたる象徴的動作を眺めてゐるのだといふ考が、私に起つてきた。しかしヽ光景はますます現実を離れたものに見えて行つて、無言の微笑と沈默の稽首は、恰も無形の見物人へ對して敬禮を捧げる趣があつた。それで、私がもし一つの囁きを發すれば、一切悉皆消滅して了つて、その跡には、たゞ灰色な頽廢せる境内と、淋しげな寺、それから、今私がこれ等の踊手の顏に見るのと同じ神祕的な微笑を、いつも湛へつゝある地域の壞はれた像だけ殘りはしないだらうかと疑つた。

 行列の輪の眞中で、旋轉する月の下に立つた私は、魔法の圓内に入つてゐる人の感があつた。實際それは恍惚魅惑であつた。私は不思議な手振りや、拍子を取つて、滑るやうな足の運びや、就中驚くべき袖の輕搖飛舞によつて魂を奪はれたのであつた。熱帶地方の大きな蝙蝠が飛ぶ如く、幽靈の如く音はなく、天鵞絨の如く滑かであつた。否、私が夢みたことのある何物も、これに譬へ得られるものは無い。私の背後にある古い墓揚、その燈籠の人を招くやうな凄い光り、この時刻と場所の恐ろしげな信仰などを意識して、私は幽靈に襲はれてゐるといふ、何とも名狀し難い、ちくちく痛むやうな感じの徐々に迫まるを覺 えた。しかし、否!是等の優美な、無言で、搖れて、輕く動く動いてゐる姿は、今夜白い火を點じて迎られた冥途から來た人々ではないのだ。忽然、鳥の呼び聲のやうな、美はしく朗かかな顫動に滿ちた一曲の歌が、ある娘らしい口から起つた。すると、五十人の柔かな聲が、それに和した。

 

   揃ふた、揃ひました、踊り子が揃ふた、揃ひ着て來た、晴れ浴衣。

 

 再びまた蟋蟀の喧しい聲、足のしゆうしゆういふ音、穩かな、手む拍つ響に戻つた。して、搖れ動く舞踏は沈默の中に、催眠的緩除を以て、進んで行く――奇異な優美さは、その無邪氣のために、周圍の山々の如く古いもののやうに思はれた。

 彼方に、白い燈籠のある灰色の墓石の下に、長い世紀間に亘つて眠れる人々、その親達、そのまた親達、それより久しき以前の、今では墓も忘れられた時代の人々も、必ずこのやうな光景を眺めたことだらう。否、それどころか、是等の若い足で攪まぜらるゝ砂塵は、人間の生命であつたのだ。して、今夜の月と同じ月の下で、足と足を織り交はし、手を振り合つて、このやうに微笑し、このやうに歌つたのだ。

 突然深い男聲の歌が靜けさを破つた。二人の大男が踊りの輸に加つてきて、音頭を取つた。兩人とも殆ど裸體で、若い、立派な體格の山間の百姓だ。頭も肩も群を拔いて聳えてゐる。着物を圓めで腰の邊に帶の如くに廻はし、赤銅色の兩手と胴を露はしたまゝで、その外には大きな藁帽を被り、また祭のため特に白足袋を穿いてゐるのみだ。これまで私は未だこの邊の人民の中で、かやうな男、かやうな筋肉を見たことがない。それでも彼等の微笑せる髯のない顏は、日本の子供のそれのやうに可愛らしく、親切さうだ。兩人は兄弟らしく、體格も、動作も、聲の音色も非常によく似てゐた。

 

   野でも、山でも、子は生み置けよ、

   千兩藏(くら)より子は寳。

 

と兩人は聲を揃へて歌つた。

 すると、子供の亡靈を愛する地藏樣が、ひつそりとした場所の向うから微笑してゐた。

 眞に大自然の靈に近い靈を持つた人々だ。彼等の思想は、彼等が祈願を掛ける鬼子母神の崇拜の如くに、無邪氣で可憐なものだ、それから、沈默の後に、女達の美しく細い聲が答へた。

 

   思ふ男に、添はさぬ親は、

   親で御座らぬ、子の敵。

 

 かやうに、歌が歌につゞいた。踊りの列の圓形は、段々大きくなつた。して、知らぬ間に時刻は過ぎ去つて、月輪は徐々と夜の靑い坂を轉下して行つた。

 低くて深味のある洞音が、不意に境内に轟き渡つた。ある寺の深い鐘の音が、十二時を報ずるのであつた。即座に魔術は了つた。物の音に、不思議な夢が、破れたやうであつた。歌は止んだ。踊りの輪は忽ち解けて、わつと起る樂しい笑聲となり、賑かな話聲となり、やさしい母音で花の名――娘達の名――が連呼され、『左樣なら!』の別れの叫びが交はされてから、踊り子も見物人も一樣に、家路に向つて、下駄のころころを響かせた。

 して、群集と共に動いて行つてゐる私は、突然睡眠から醒まされた人が感ずる困惑のやうな、面白からぬ氣分であつた。今私の側を、騷々しい小さな下駄を履いて、ちよこちよこ進んで、外國人の私の顏を一瞥しようと歩を早めて行く、これらの銀のやうな笑聲を發する人達は、僅か少刻前には、古代美の空影、妖術の迷想、愉快なる幻像であつた。それがかやうに全くの田舍娘に形態化したのに對して、私は漠然たる憤懣を感じたのであつた。

 

[やぶちゃん注:私はこれと次の章がこの上なく好きである。ここでハーンは当時の日本人の顕在意識から忘れ去られかけらていた、ユングが言うところの集合的無意識を美事に体感していると言える。その映像は、如何なる邦人作家にも描き出せない、優れて日本的な幻想的でありながら、強烈なリアリズムとフェテイシズム的耽美性を表現したクロース・アップのモンタージュなのである。

「殿」「しんがり」と訓じておく。

「緊然」見慣れない熟語だが、下が「縋(すが)り附」くというであるから、ぴたっと張り附くようにフィットして、の意であろう。帯できゅっと締められていて、下部がスカートのようにぱぁっと淫らに開かない、といった印象を表現しようとしているように私には思われる。「きんぜん」と読んでおく。

「エトルリヤ」紀元前八世紀から紀元前一世紀頃、イタリア半島中部にあった都市国家群。各都市国家は宗教・言語などの面で共通点があり、統一国家を形成することはなかったものの、十二都市連盟と呼ばれゆるやかな連合を形成し、祭司・軍事で協力することもあった。参照したウィキの「エトルリア」によれば、『古代ギリシアとは異なる独自の文化を持っていた。当時としては高い建築技術を持ち、その技術は都市国家ローマの建設にも活かされ』、『鉄を輸出し古代ギリシアの国家と貿易を行っていた』とあり、更に『夫婦と思われる男女の横たわる石像が残っており、男女平等の考えを持つ稀な民族だった』ともある。私などは前に「花瓶」が出ているので、「カルメン」で知られる、一八三〇年作のフランスの作家プロスペル・メリメ(Prosper Mérimée 一八〇三年~一八七〇年)の暗澹たる自伝的嫉妬心理小説「エトルリアの壺」(Le Vase étrusque)を思い出してしまうのだが。

「翺翔」は「かうしやう(こうしょう)」と読み、原義は鳥が空高く飛ぶことで、転じて思うがままに振る舞うことの意である。

「邈乎」は「ばくこ」と読み、遠く遙かなさまを言う(参考までに、別に、人を軽んずるさまの意もあるので注意されたい)。

「顫動」「せんどう」と読み、小刻みに震え動くことを言う。

「緩徐」老婆心乍ら、「くわんじよ(かんじょ)」と読み、緩(ゆ)やかで静かなさま、動作などがゆっくりしているさまを言う。]

 

 

Sec. 5

Out of the shadow of the temple a processional line of dancers files into the moonlight and as suddenly halts—all young women or girls, clad in their choicest attire; the tallest leads; her comrades follow in order of stature; little maids of ten or twelve years compose the end of the procession. Figures lightly poised as birds—figures that somehow recall the dreams of shapes circling about certain antique vases; those charming Japanese robes, close-clinging about the knees, might seem, but for the great fantastic drooping sleeves, and the curious broad girdles confining them, designed after the drawing of some Greek or Etruscan artist. And, at another tap of the drum, there begins a performance impossible to picture in words, something unimaginable, phantasmal—a dance, an astonishment.

All together glide the right foot forward one pace, without lifting the sandal from the ground, and extend both hands to the right, with a strange floating motion and a smiling, mysterious obeisance. Then the right foot is drawn back, with a repetition of the waving of hands and the mysterious bow. Then all advance the left foot and repeat the previous movements, half-turning to the left. Then all take two gliding paces forward, with a single simultaneous soft clap of the hands, and the first performance is reiterated, alternately to right and left; all the sandalled feet gliding together, all the supple hands waving together, all the pliant bodies bowing and swaying together. And so slowly, weirdly, the processional movement changes into a great round, circling about the moonlit court and around the voiceless crowd of spectators. [5]

And always the white hands sinuously wave together, as if weaving spells, alternately without and within the round, now with palms upward, now with palms downward; and all the elfish sleeves hover duskily together, with a shadowing as of wings; and all the feet poise together with such a rhythm of complex motion, that, in watching it, one feels a sensation of hypnotism—as while striving to watch a flowing and shimmering of water.

And this soporous allurement is intensified by a dead hush. No one speaks, not even a spectator. And, in the long intervals between the soft clapping of hands, one hears only the shrilling of the crickets in the trees, and the shu-shu of sandals, lightly stirring the dust. Unto what, I ask myself, may this be likened? Unto nothing; yet it suggests some fancy of somnambulism—dreamers, who dream themselves flying, dreaming upon their feet.

And there comes to me the thought that I am looking at something immemorially old, something belonging to the unrecorded beginnings of this Oriental life, perhaps to the crepuscular Kamiyo itself, to the magical Age of the Gods; a symbolism of motion whereof the meaning has been forgotten for innumerable years. Yet more and more unreal the spectacle appears, with its silent smilings, with its silent bowings, as if obeisance to watchers invisible; and I find myself wondering whether, were I to utter but a whisper, all would not vanish for ever save the grey mouldering court and the desolate temple, and the broken statue of Jizo, smiling always the same mysterious smile I see upon the faces of the dancers.

Under the wheeling moon, in the midst of the round, I feel as one within the circle of a charm. And verily this is enchantment; I am bewitched, bewitched by the ghostly weaving of hands, by the rhythmic gliding of feet, above all by the flitting of the marvellous sleeves— apparitional, soundless, velvety as a flitting of great tropical bats. No; nothing I ever dreamed of could be likened to this. And with the consciousness of the ancient hakaba behind me, and the weird invitation of its lanterns, and the ghostly beliefs of the hour and the place there creeps upon me a nameless, tingling sense of being haunted. But no! these gracious, silent, waving, weaving shapes are not of the Shadowy Folk, for whose coming the white fires were kindled: a strain of song, full of sweet, clear quavering, like the call of a bird, gushes from some girlish mouth, and fifty soft voices join the chant:

Sorota soroimashita odorikoga sorota, Soroikite, kita hare yukata.

'Uniform to view [as ears of young rice ripening in the field] all clad alike in summer festal robes, the company of dancers have assembled.'

Again only the shrilling of the crickets, the shu-shu of feet, the gentle clapping; and the wavering hovering measure proceeds in silence, with mesmeric lentor—with a strange grace, which, by its very na´vetÚ, seems old as the encircling hills.

Those who sleep the sleep of centuries out there, under the grey stones where the white lanterns are, and their fathers, and the fathers of their fathers' fathers, and the unknown generations behind them, buried in cemeteries of which the place has been forgotten for a thousand years, doubtless looked upon a scene like this. Nay! the dust stirred by those young feet was human life, and so smiled and so sang under this self-same moon, 'with woven paces, and with waving hands.'

Suddenly a deep male chant breaks the hush. Two giants have joined the round, and now lead it, two superb young mountain peasants nearly nude, towering head and shoulders above the whole of the assembly. Their kimono are rolled about their waistilike girdles, leaving their bronzed limbs and torsos naked to the warm air; they wear nothing else save their immense straw hats, and white tabi, donned expressly for the festival. Never before among these people saw I such men, such thews; but their smiling beardless faces are comely and kindly as those of Japanese boys. They seem brothers, so like in frame, in movement, in the timbre of their voices, as they intone the same song:

No demo yama demo ko wa umiokeyo, Sen ryo kura yori ko ga takara.

'Whether brought forth upon the mountain or in the field, it matters nothing: more than a treasure of one thousand ryo, a baby precious is.'

And Jizo the lover of children's ghosts, smiles across the silence.

Souls close to nature's Soul are these; artless and touching their thought, like the worship of that Kishibojin to whom wives pray. And after the silence, the sweet thin voices of the women answer:

Oomu otoko ni sowa sanu oya Wa, Qyade gozaranu ko no kataki.

The parents who will not allow their girl to be united with her lover; they are not the parents, but the enemies of their child.'

And song follows song; and the round ever becomes larger; and the hours pass unfelt, unheard, while the moon wheels slowly down the blue steeps of the night.

A deep low boom rolls suddenly across the court, the rich tone of some temple bell telling the twelfth hour. Instantly the witchcraft ends, like the wonder of some dream broken by a sound; the chanting ceases; the round dissolves in an outburst of happy laughter, and chatting, and softly-vowelled callings of flower-names which are names of girls, and farewell cries of 'Sayonara!' as dancers and spectators alike betake themselves homeward, with a great koro-koro of getas.

And I, moving with the throng, in the bewildered manner of one suddenly roused from sleep, know myself ungrateful. These silvery-laughing folk who now toddle along beside me upon their noisy little clogs, stepping very fast to get a peep at my foreign face, these but a moment ago were visions of archaic grace, illusions of necromancy, delightful phantoms; and I feel a vague resentment against them for thus materialising into simple country-girls.

 

 

5 Since this sketch was written, I have seen the Bon-odori in many different parts of Japan; but I have never witnessed exactly the same kind of dance. Indeed, I would judge from my experiences in Izumo, in Oki, in Tottori, in Hoki, in Bingo, and elsewhere, that the Bonodori is not danced in the same way in any two provinces. Not only do the motions and gestures vary according to locality, but also the airs of the songs sung—and this even when the words are the same. In some places the measure is slow and solemn; in others it is rapid and merry, and characterised by a queer jerky swing, impossible to describe. But everywhere both the motion and the melody are curious and pleasing enough to fascinate the spectator for hours. Certainly these primitive dances are of far greater interest than the performances of geisha. Although Buddhism may have utilised them and influenced them, they are beyond doubt incomparably older than Buddhism.

 

 

 

        六

 

  寢床に就いてから、私はその簡單な農民の合唱によつて喚起された、奇異な感情の理由を自ら問ふて見た。奇怪な合間や、短音を有するかの歌曲を思ひ起すことは全然不可能であつら。鳥の囀りを記憶に留めようとするやyなものだ。それでも、その形容し難い妙味は、まだ彷彿として殘つてゐた。

 歐洲の旋律は、私共が發表することの出來る感情を、私共の心に呼び起す。それは私共 の背後のあらゆる年代から傳つて來て、國語の如くに親しみのある感情だ。が、西洋の旋 律の如何なるものにも、徹頭徹尾類似してない原始的な歌に因つて喚起さるゝ感情を、ど うして説明しようか?西洋の音樂語の文字である譜音で、書くことさへ不可能なのだ。

 して、その情緒――それは何だ?私には分らぬ。が、私の身よりは無限に古い古いものだと、私には感ぜられる――に或る特定の一時處に屬するものではなく、大宇宙の太陽の下、到る處のあらゆる生物の苦樂に共鳴するものだと思ふ。それから、また私は、かの歌が、教へず、求めずしておのづから大自然の最も古い歌と調和してゐること、荒野の音樂――かの偉大なる地上の美しき叫びに混じて、その一部を成す、夏季の生物のすべて の顫聲と、無意識に緣戚たることに、最奧の祕密は存するではないかと思ふ。

 

[やぶちゃん注:「顫聲」「せんせい」と音読みしているものと思われる。原文は“trillings”でこれは “trill”(トリル)、歌などを震え声(ビブラート)で歌う、或いは楽器などでトレモロで奏する、或いは小鳥などが鳴き声を震わせて囀るの意の動詞を一種の現在進行形的(“trill”の綴りでも普通に名詞があるのであるが、ここは現に寝床にいるハーンの耳に聴こえてくるそれとして)に名詞化したもののように私には思われる。大方の御批判を俟つ。]

 

 

Sec. 6

Lying down to rest, I ask myself the reason of the singular emotion inspired by that simple peasant-chorus. Utterly impossible to recall the air, with its fantastic intervals and fractional tones—as well attempt to fix in memory the purlings of a bird; but the indefinable charm of it lingers with me still.

Melodies of Europe awaken within us feelings we can utter, sensations familiar as mother-speech, inherited from all the generations behind us. But how explain the emotion evoked by a primitive chant totally unlike anything in Western melody,—impossible even to write in those tones which are the ideographs of our music-tongue?

And the emotion itself—what is it? I know not; yet I feel it to be something infinitely more old than I—something not of only one place or time, but vibrant to all common joy or pain of being, under the universal sun. Then I wonder if the secret does not lie in some untaught spontaneous harmony of that chant with Nature's most ancient song, in some unconscious kinship to the music of solitudes—all trillings of summer life that blend to make the great sweet Cry of the Land.

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