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2015/08/16

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第三章 お地藏さま (三)

前頭葉がイカれてもこの程度のことは出来るという見本例――普通なら半日でやれるところが、ボードのタイプ・ミスがやはり以前より多くなって丸々半日の仕儀となった――
 
  
       三

 

 寺から澤山愉快な聲が響いて、石段には微笑んだ母や、からから笑ふ子供達が群がつてゐる。入つてみると、玄關の前の漆塗りのの邊に、女や兒が押合つてゐる。臺の上には茶を容れた桶の形のものがあつて、茶の中に一方の手は上を指し、他方の手は下を指した小さな佛像が立つてゐる。女達は例のお賽錢を捧げてから、妙な形の木製の柄杓で茶を少し汲んで、佛像に灌ぎ、つぎにまた汲んで自身で吞み、赤兒に一口吸はせる。これが灌佛の式である。

 甘茶の壇に近く、一段低い臺に大きな鉢の形の鐘が載つてゐる。褥を當てた木槌を手に持つた僧が近寄つて、その鐘を叩く。が、鐘が適當に響かない。彼は吃驚して中を覗いて、屈んで、中から微笑んでゐる赤兒を取り上げる。母が笑ひ乍ら走つて行つて、僧からその兒を取り上げる。して、僧も母も赤兒も皆、私共を見てからからと興じ笑ふ。それに私共も仲間入りして面白がる。

 晃がちよつと私を置いて行つて、寺の番人と話をして、やがて珍らしい漆塗りの箱を持つて歸つた。長さ約一尺、幅厚各四寸位のもので、一端に一つの小孔があつて、蓋らしいものは無い。

 『さあ、二錢を納めると、神佛の御思召による私共の運命がわかります』と晃がいつた。

 私は二錢を拂つた。して、晃が箱を振つた。出でてきたのは細い竹片で、漢字が書いてある。

 『吉!』と晃が呼んだ。『幸運です。番號は五十一番』

 また彼は箱を振つた。また竹片が隙孔から出た。

 『大吉!非常な幸運。九十九番』

 もう一度、箱を振つて、もう一度、竹片が出た。

 『凶!』と晃が笑つた。『禍が私共にふりかかつてきます。六十四番』

 彼は箱を僧に返へし、竹片の番號に相當する三枚の不思議な紙を受けた。これらの小さな竹片を御籤といふ。

 五十一番の紙に書いてゐる文句の大意は、晃の飜譯によれば、つぎの通りである。

 『この御籤を抽く人、天則を守り、觀音を拜めば、病苦は去り、紛失品は返へり、訴訟に勝つべし。女を求むるに、たとひ待つことありとも、必ず獲べし。猶ほ澤山の幸福來らむ』

 大吉の籤も殆ど同じ文句に讀まれたが、ただ異るのは、觀音の代はりに、福と富の神なる大黑、毘沙門、辨天を拜むべきことと、戀した女を手に入れるのに、待つに及ばないことである。が、凶の籤はつぎの如くであつた。

 『この御籤を抽く人は、天則を守り慈悲觀世音を拜するをよしとす。病氣はますます重くなり、失せ物に出ることなく、訴訟には勝つことなく、女を戀すと雖も穫る見込なかるべし。極力信心を勵みても、僅かに最大の災難を免がるるに止まらむ。福運毫もあることなし』

 『でも、私共は幸福ですよ」と晃は斷言した。『三囘の内、二回まで吉でしたから。また、これから、また別の佛像へ詣りませう』

 して、彼は多くの奇妙な町々を通つて、市の南端へ私を案内した。

 

[やぶちゃん注:前の章で検証した通り、私はこの寺は当時、現在の元町一丁目(現在の「元町プラザ」の一角)にある元町プラザの位置にあった高野山真言宗準別格本山海龍山本泉寺増徳院と断言する(詳細は前章の私の詳注を参照されたい)。但し、当時の境内の配置などは調べ切れなかった(オークションの古写真に数枚見受けられるが、孰れも現在ここに唯一残る薬師堂へえ登る階段の部分写真でここに出るような広い境内や産経者のざわめきの伝わるような代物ではないのでリンクもしない)ので識者の更なる御教授があると、これ、恩恵に過ぎたるはない。そうすれば、このシークエンスの映像がより鮮明になることであろう。なお、読者はここで何故、晃は三回籤を引くのか不思議に思われるであろう。私自身も当初、そう思った。種類の違う籤をハーンに見せるために彼がそうしたのだと私は好意的には思ったのではあるが、どうも実はこれは――ここには実際に「三人」いたからではないだろうか?――と思い至ったのである。ならば、くじ引き三回も納得が行くのである。「じゃあ、三人目は誰?」と諸君はお聴きになるだろう。さても、そもそもハーンは一人で来日したのではないのである。好き勝手な物見遊山の日本旅行のヘンな外人なんかでは実は、ないんである(本作はしかし冒頭から恰も独りで天馬空を翔けるが如く人力車を走らせているからそう思われるのは無理もない)。以前に述べたが、形の上で、彼は若き日(二十四歳頃より)よりしばしば諸記事を寄稿していたアメリカの雑誌『ハーパーズ・マンスリー』(ハーパー社刊)の美術主任パットンと前年一八八九年十月に知り合い、日本文学や美術について話し合う中で共感を得、人気挿絵画家であったウェルドンに従う形で、二ヶ月間の短期滞在の契約を以って日本特派員として来日した雑誌記者に過ぎなかったのであった。さればこそ、来日早々のハーンが一人で好き勝手にふらふらあちゃこっちゃ行ったり来たりしたはずがない(実際、以前に一部引用した紀行文“A WINTER JOURNEY TO JAPAN”を社に送付している)。ところが、その前後に発覚或いは自覚したものか、契約自体が画家ウェルドンを中心としたものであって、ハーンはただの添え者か助手のような扱いだったものだったからか(推測。ウェルドンとの性格上の不一致とか、彼との支給賃金格差の可能性もあるかも知れないが詳細は不詳。ここは上田和夫訳新潮文庫版「小泉八雲集」年譜のみに拠った。別に資料を見出した際には追記する)、ここでハーンは大いに不満を抱き、一ヶ月後の五月(明治二三(一八九〇)年)に即座にハーパー社と絶縁してデラシネの状態になってしまうのである。これを考えると、この「散歩」には、当然と言ってよいほど、ウェルドンが同行していたと考えるのが自然である。しかも旧居留地からも直近なので、彼との関係が悪くなっていたとしても近場なれば、同行して少しも不自然ではない。三枚の「おみくじ」はハーンとウェルドンと晃の三人分なのではなかろうか?……さても誰が「吉」で「大吉」で「凶」だったのだろう?……♪ふふふ♪

「甘茶」は、

双子葉植物綱ミズキ目アジサイ科アジサイ属アジサイ節アジサイ亜節アジサイ属原種(本邦自生種)ガクアジサイ Hydrangea macrophylla f.normalis変種アマチャ(甘茶) Hydrangea macrophylla var. thunbergii

を乾燥させたものを煎じて作った飲料を指す。私自身も実は永らく誤認していたが、全く異なる種であるウリ科の蔓性多年草、

双子葉植物綱スミレ目スミレウリ科アマチャヅル属アマチャヅル(甘茶蔓) Gynostemma pentaphyllu

の葉または全草を使った茶も「甘茶」と称し、一時、健康野草飲料ブームで人口に膾炙したが、前者の「アマチャ」を使った甘茶が本来の甘茶であって、後者は灌仏会の真正の「甘茶」とは言えないと私は思う。

「長さ約一尺、幅厚各四寸位」長さ三十・三センチメートル、四方幅十二・一二センチメートル。比較的古式の御籤箱である。「御籤棒」と呼ばれる細長い棒の入った角柱或いは円筒形の箱を成し、「御籤筒」「御神籤箱」と呼ばれる。これをを振って、棒を箱の短辺の小さな穴から一本取り出し(現行では内側にストッパーが附属していて完全に取り出せないようになっているものも多いやに見受けられる)、棒の端或いは中央に記された番号と同じ籤を受付或いは各自そこにセットされた専用番号整理棚から受け取る形式を採る。参考にしたウィキの「おみくじによれば、『筒は両手で抱えられる程度の大きさ・重さのものが多いが、神社によっては一人では抱えられないほど巨大なものもある。みくじ棒が竹製である場合にはみくじ竹ともいう』とあった(本文のそれはまさにそれで竹を薄く削いだ片様のものであったことが窺える)。私は生涯、七五三の遠い昔、一度だけ鶴岡八幡宮で引いたことがあるような気がするだけで記憶がない。ポン菓子と一緒に丸めて鳩に食べさしてしまったような思い出もある不敬な人間である。従って、私は「おみくじ」(「御神籤」という漢字に生理的嫌悪感を覚えるので以下、「おみくじ」とする)嫌いなのでそれに関わるもの総てに(それを引いて一喜一憂する御仁も含めてである)冷淡であり軽蔑する。従って、ここで以下に出る、これらの三種の籤について検証する気が実は全く起こらない。しかも、時間的経過と「おみくじ」という性格上、これらとほぼ一致した叙述の「おみくじ」をネット上で見出すことが出来ない。そこで台湾系の方の個人サイトかと思われる頁内にある浅草の浅草寺の百籤一覧(画像と繁体字中文訳附)をリンクさせておく。浅草寺は元天台宗であったが第二次世界大戦後に独立して聖観音宗の総本山となっているものの、「おみくじ」の元祖ともいうべき元三大師(がんざんだいし)は第十八代天台座主であって、現行の寺院の「おみくじ」は彼を濫觴とするとしても概ね誤りではないから、そこには幾分かの比較理解の参考になるヒントは隠れていると勝手に判断するからである。ではまず、

  「吉  五十一番」

これを見ると、長い年月の間に、「みくじ」文の予言も多くの人々の手によって好き勝手に書き換えられていることが判って面白い(それだけの面白さであるとも言える)。続いて、本文に中身が出ない、

  「大吉 九十九番」

これについては、平井呈一氏が恒文社版小泉八雲「日本瞥見記(上)」で『読者の参考までに、「元三大師百籤鈔』から「九十九番大吉」の神籤の全文を』掲げておられる。当該部を丸ごと複写すると規定も定かでない編集権(私はいかがわしい「編集権」なるものを全く認めない立場に立つ)を侵害したとかしかいとか下らぬ文句を言われそうなので(私は過去一度も私の電子データで著作権上の侵害行為を指弾されたことは一度もない。逆に私のデータをまことしやかにゼロから新たに作ったとうそぶいている何人かの指弾したい剽窃者どもは何人かいるが、それは今、ここでは言うまい)、活字に起こして恣意的に正字化し、訓読や表記も恣意的に歴史的仮名遣(底本本文は激しく仮名遣が現代化している)で以下にお示しすることとした(従ってこれは底本のママでは全くない)。浅草寺の籤自体には著作権が存続している可能性があるが確認出来ない。その侵害指摘があった場合は、取り下げる用意はある。しかし、その場合、個人が金を出して引いた参詣者がブログなどでアップした当該の浅草寺の「おみくじ」類の写真や記事をも総て丸ごと著作権侵害を同時に訴えて頂いて一気にネット全部から削除命令を執行して貰えるのでない限りは、私は正直取り下げる意志は全くないと言っておく。そもそもが「おみくじ」は、その本質に於いて神言や仏言やその啓示・黙示の類いなのであって人の作った著作物ではない(俺が書いたというなら、御神籤には©マークと本文執筆者氏名を必ず明記するべきであり、勝手に木の枝なんかに結んだりする行為も金品を払って購入したものを衆目に曝し物にし、奪取可能であるという著作権上許されない行為として禁ずるべきであると主張する)。翻って神の著作権が「ある」というのなら、人間的時間内に死なない神仏の著作権はこれはもの永遠と言ってよく、聖書(キリストは復活しているから死んだことにならないので著作権は存続しているぞ)も仏典(貧乏寺はあっという間に支払えずなって廃寺だ)も神祠(結婚式の祝詞は莫大な印税を齎すであろうなあ)もこれ毎回、天国やら浄土やら高天原かどっかにちゃんとその著作権料を送金しているとでもいうのだろうか?

 閑話休題。全体は御多分に洩れずありがちな縦長の枠であるが、全体に附された枠構造は附さなかった。リンク先の浅草寺のものと同じなので想像されたい。

   《引用開始》

 

 九 十 九 第 大 吉

 

[やぶちゃん注:最上段。これは普通に左から右に綴られている。以下、その二段目。五言絶句。横に訓読の全平仮名文が附されるが、ここでは一字下げで書き下しとし後に附した。一部が現代仮名遣で気持ちが悪いので、総て歴史的仮名遣に変換した。]

 

紅 日 當門 照

暗 月 再 重 圓

遇 須 得 寶

頗 有稱 必 遄

 

 紅日(こうじつ) 門(もん)に當(あた)つて照(て)れり

 暗月(あんげつ) 再(ふたた)び重圓(じふゑん)たり

 珍(ちん)に遇(あ)ふて 須(すべか)らく寶(たから)を得(う)

 頗(すこぶ)る稱(しやう)あり 必(かなら)ず遄(すみや)かなり

 

[やぶちゃん注:以下、四枠で総てが各句の第三段目。起句「紅日當門照」の下にある句解。全部二行に亙って枠。以下同じ。]

 

つよくてりたる日ざしはあかきもの也、門にあたつててるとは天たうわが門をてらしたもうて、今日より天とうにうけられたり。

 

[やぶちゃん注:以下、承句「暗月再重圓」の下にある句解。]

 

やみのごとくくもりたる月の雲はれて、ふたたびかさねてかがやき、えんまんのていみゆる也。是人の心のくもはれいさぎよきにたとへたり。

 

[やぶちゃん注:以下、承句「遇珍須得寶」の下にある句解。]

 

めずらしきことにふつとあふてきんぎんざいはうをおもひもよらずにうくる事あらんとなり。

 

[やぶちゃん注:以下、転句「頗有稱必遄」の下にある句解。底本では二行に亙る。]

 

しやう有りとはよくとなへられて大人にひきあげられんとなり。

 

[やぶちゃん注:以下、占い篇。左端上から下まで、全体本文六行全部が枠内。]

 

此みくじにあふ人は天たうをいのり、大黑びしやもんべんさいてんをしんじて吉▲やまいごとならばかならず本復すべし▲悦事十ぶんよし▲うせもの出べしたとへ出ずとも其あたいひ金銀にてかへるべし▲待人かならずきたるべし▲そしやう十ぶんにかなふべし▲いいぶんあらそひごとかならず勝なり▲やづくりわたましげんぷくよめとりむこ取たび立よろず吉▲望みごと十ぶんかなふべし▲いきしにかならずいきたり▲買物うり物しあはせよし▲道具は金銀のかなものいふくかたなわきざし上々のふだ物なり

 

   《引用終了》

ここでは信心の対象仏が三種ともに一致しており、本籤の記載が元三大師の祖形を基本としているものであることがほぼ判明する。最後に、

  「凶 六十四番」

これを見ると、本文より本質的に比すと「大凶」である。本文ではまず、「この御籤を抽く人は、天則を守り慈悲觀世昔を拜するをよしとす」とあるから、凶であっても天命に安んじてそれを順守し、慈悲観音菩薩(観世音菩薩と同義)への祈念をすれば、凶は吉に変ずる(「よしとす」)とすこぶる救済的であるのである(但し、具体的な最後の記載には「極力信心を勵みても、僅かに最大の災難を免がるるに止まらむ。福運毫もあることなし」とするから、小吉でも末吉でもないことは確かではあるが、まだ――この籤を引いた者にとってはこの冒頭箇所は大慈大悲の救済の誓言と読まれることは疑いない)。ところが、現行の浅草寺のものはそうした済度仕儀が全く示されず、五言絶句の詩もこれ、テツテ的絶対的に不吉凶兆である。それでも最後の浅草寺版の個別予兆部は(恣意的に漢字仮名交じりに書き換え、歴史的仮名遣に訂し、読みも附した。字空けと下線と【 】注数字はやぶちゃん)、

  《引用開始》

願文(ぎわんもん)叶(かな)ひがたし【①】 〇病人危(あや)うし【②】 〇失(う)せ物(もの)出でず【③】 〇待(ま)ち人(びと)來(きた)らず【④】 ○屋造(やづく)り、引越(ひつこし)、半吉 ○旅立(たびだ)ち 半吉 ○娵(よめと)り 聟(むこと)り、人を抱(かか)へる、宜(よろ)しからず【⑤】、                           

   《引用終了》

とある。因みにここにある「半吉」とは諸説あるが、一般には、

 大吉>中吉>小吉>吉>半吉>末吉>末小吉>凶>小凶>半凶>末凶>大凶

に位置するとされ、吉凶の様相(今風に言えば確率)が半々であこととされるフラットを指す状態らしい(これを籤に設けていない社寺もあり、また「末吉」が「半吉」より悪い訳ではなく、寧ろ「末吉」はこれから「吉」へ向かってゆくという謂いであると説明する社寺もあったので注意されたい。私は気にしないが一応、附言しておく)。本文の(一部、比較対照化するために恣意的に「○」を附し、擬古文化・表記を弄って現行浅草寺版に近づけてみた)、

   *

病氣は益々重し【②】。 ○失せ物出ることなし【③】。〇訴訟には勝つこと無し。 〇女を戀すと雖も娶(と)る見込み無かるべ【⑤´】し。 ○極力信心を勵みても、僅かに最大の災難を免がるゝに止まらむ。福運、毫もあることな【①´・④´】し

   *

と比べて見ると、その現世利益の凶兆はほぼ一致しているからまっこと面白い(不遜を承知の確信犯の「まっこと面白い」の謂いである)。しかし何より、現行浅草寺版は不信心の私でも仮に引けば顔を顰めるいやな「おみくじ」であるとは言える。

 なお、それぞれの中身はかなり異なるが、三つの「おみくじ」の吉凶が完全に一致しているのは興味深い。この百籤の配列は恐らく厳格な定格として元三大師以来動かないものとして規定されいるのかも知れない(他の寺院の「おみくじ」サイトでも確認してみたところ、ほぼ変わらないことも確認出来た。これを覚えておけば、何番を引いても番号でいつでも大吉やを引くことが出来るのかも知れない。やってみる気はさらさらないがね。脱線序でに調子に乗って「大凶」を調べて見たが、どうも現行の本邦の寺社では「大凶」(さらに規定上は「大大凶」もあるらしい)を入れているところは一割以下、記事によっては殆んどないとある。そこで調べて見ると本邦の仏教寺院数は総務省統計局公式データでは、

 現状仏教寺院総数 七万五千九百二十四寺

とは別に、

 他の仏教関連設備 千八百三十施設

があるとあり、神社の方は文化庁文化部宗務課公式データによると、

 既存把握神社総数 八万八千五百八十五社

であるが、それらの摂社末社を含めるならば、その数値の二・五倍から三・四倍近い、

          二十万から三十万社

にも上ぼるとも言われ、さらに実際にはその後に陸続と新興神社施設が登録されているとあって、現実にはこの数値の約一・三倍から一・五倍程度、即ち、

          二十六万から四十五万社

があることになるとある。単純総計ではそうすると、本邦の寺社数は最低で、

          十六万四千五百九寺社

最大で、

          五十二万七千七百五十四寺社

あることにある。その一割は、

          五千二百七十七寺社

であるが、無住の社寺末社摂社は殊の外多く、「おみくじ」など出していない寺社も非常に多いと思われるから、さらに大鉈を振って乱暴にこの一割とすれば、

事実、「おみくじ」で「大凶」が引けるのは五十二社寺ほどであろうか?

 また、参詣人の多い寺社は「大凶」を置くことを忌避する傾向があることがネット情報から知られるので、事実、我々が日常的な参詣で「大凶」を引くことが出来る確率はもっと恐ろしく低率となり(通常人の生涯に於いて引ける確率は1%以下の殆んどないといった塩梅か?)、とすればだ、皮肉にも「大凶」が引けるというのは、人生のあり得べからざる驚天動地の「大大吉」(を入ているところもある)の事態という逆説的現象であるとも言えるのではなかろうか?などと私は大いにほくそ笑んでいるのである。今度、どこかで引いてみようかしらん? どなたか「大大凶」のある神社をお教え下されよ……♪ふふふ♪

 

 

Sec. 3

There is a sound of happy voices from the temple, and the steps are crowded with smiling mothers and laughing children. Entering, I find women and babies pressing about a lacquered table in front of the doorway. Upon it is a little tub-shaped vessel of sweet tea—amacha; and standing in the tea is a tiny figure of Buddha, one hand pointing upward and one downward. The women, having made the customary offering, take up some of the tea with a wooden ladle of curious shape, and pour it over the statue, and then, filling the ladle a second time, drink a little, and give a sip to their babies. This is the ceremony of washing the statue of Buddha.

Near the lacquered stand on which the vessel of sweet tea rests is another and lower stand supporting a temple bell shaped like a great bowl. A priest approaches with a padded mallet in his hand and strikes the bell. But the bell does not sound properly: he starts, looks into it, and stoops to lift out of it a smiling Japanese baby. The mother, laughing, runs to relieve him of his burden; and priest, mother, and baby all look at us with a frankness of mirth in which we join.

Akira leaves me a moment to speak with one of the temple attendants, and presently returns with a curious lacquered box, about a foot in length, and four inches wide on each of its four sides. There is only a small hole in one end of it; no appearance of a lid of any sort.

'Now,' says Akira, 'if you wish to pay two sen, we shall learn our future lot according to the will of the gods.'

I pay the two sen, and Akira shakes the box. Out comes a narrow slip of bamboo, with Chinese characters written thereon.

'Kitsu!' cries Akira. 'Good-fortune. The number is fifty-and-one.'

Again he shakes the box; a second bamboo slip issues from the slit.

'Dai kitsu! great good-fortune. The number is ninety-and-nine.

Once more the box is shaken; once more the oracular bamboo protrudes.

'Kyo!' laughs Akira. 'Evil will befall us. The number is sixty-and- four.'

He returns the box to a priest, and receives three mysterious papers, numbered with numbers corresponding to the numbers of the bamboo slips. These little bamboo slips, or divining-sticks, are called mikuji.

This, as translated by Akira, is the substance of the text of the paper numbered fifty-and-one:

'He who draweth forth this mikuji, let him live according to the heavenly law and worship Kwannon. If his trouble be a sickness, it shall pass from him. If he have lost aught, it shall be found. If he have a suit at law, he shall gain. If he love a woman, he shall surely win her -though he should have to wait. And many happinesses will come to him.'

The dai-kitsu paper reads almost similarly, with the sole differences that, instead of Kwannon, the deities of wealth and prosperity— Daikoku, Bishamon, and Benten—are to be worshipped, and that the fortunate man will not have to wait at all for the woman loved. But the kyo paper reads thus:

'He who draweth forth this mikuji, it will be well for him to obey the heavenly law and to worship Kwannon the Merciful. If he have any sickness, even much more sick he shall become. If he have lost aught, it shall never be found. If he have a suit at law, he shall never gain it. If he love a woman, let him have no more expectation of winning her. Only by the most diligent piety can he hope to escape the most frightful calamities. And there shall be no felicity in his portion.'

'All the same, we are fortunate,' declares Akira. 'Twice out of three times we have found luck. Now we will go to see another statue of Buddha.' And he guides me, through many curious streets, to the southern verge of the city.

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