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2015/08/01

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第四章 江ノ島巡禮(二二)

       二二

 

 庚申の神社は、村の中央に位し、本道に面し境内にある。古い木造の祠は、塗つてなく、荒廢してゐて、世に捨てられ、風雨に打たれたものにあり勝な色を帶びてゐる。番人を搜してから漸つと、戸を開けることが出來た。こゝには障子でなくて戸がある。古い戸を蝶番ひに依つて囘はすとき、眠たげな音が呻りを發した。して、靴を脱ぐに及ばなかつた。床は疊なく、塵に蔽はれて、入つてきた足の慣れぬ重さに軋つて響いた。内部はぼろぼろになつて、腐朽磨滅してゐる。神棚には像はなく、たゞ神道の象徴だけで、みじめな提燈は昔の輝いた色も塵に褪せ、文字も判明しない。金屬製の鏡の圓い枠はあつても、鏡は無い。何處へ失せて行つたのだらう?番人は『今この社には神官はゐません。鏡は夜間盜まれてはと思つて、かくして置きました』と語つ々。私は庚申の像のことを尋ねた。それは六十一年目毎に開帳するので、見る譯にゆかないが、他にまだ庚申の諸像が境内にあるとのことであつた。

 私はそれを見るために行つた。街道のと非常によく似たのが、列んでゐた。が、もつと善く促存されてゐた。一個これまで見たのと異つた庚申の像があつた。僧正の冠の如く高い印度風結髮から判斷すると、明かに印度式製作である。三つの目を有し、一つの目は額の中央にあつて、横でなく、縱に開けてゐる。六本の手を有し、一本は猿を支へ、一本は蛇を握り、他の手を以て象徴的のもの――車輪、刀劍、數珠、笏板を捧げてゐる。して、蛇が手首や足首に捲きついて、脚下に天邪鬼、時には『うたてさ』と呼ばるゝ鬼の奇怪なる頭を敷いてゐる。臺座の面には三匹の猿が彫られ、また三重冠の前面にも一匹の猿の顏が現れてゐる。

 私はまた庚申の名だけを刻める、幾つかの寄進の石碑を見た。附近の木造の小祠には、地の神、堅牢地神の像があつた。灰色になつてゐて、原始的漠然たる製作で、片手に槍を持ち、片手に何とも識別し難いものを容れた器を持つてゐる。

 

[やぶちゃん注:「二〇」章の私の注で述べた理由によって本注の大部分をペンディングする。詳しくはそちらをお読み戴きたい。悪しからず。なお、私は庚申塔を見れば必ず観察しなければ気が済まない人間である。されば一般人よりはよく見、よく知る。従って庚申信仰に関わる細かな注などは附さない。不親切とも思われようが、やりだしたらきりがなく、その分、テクスト作業も遅滞する。こちらも悪しからず、である。

「一個これまで見たのと異つた庚申の像があつた。僧正の冠の如く高い印度風結髮から判斷すると、明かに印度式製作である。三つの目を有し、一つの目は額の中央にあつて、横でなく、縱に開けてゐる。六本の手を有し、一本は猿を支へ、一本は蛇を握り、他の手を以て象徴的のもの――車輪、刀劍、數珠、笏板を捧げてゐる。して、蛇が手首や足首に捲きついて、脚下に天邪鬼、時には『うたてさ』と呼ばるゝ鬼の奇怪なる頭を敷いてゐる。臺座の面には三匹の猿が彫られ、また三重冠の前面にも一匹の猿の顏が現れてゐる」これは所謂、庚申信仰の石碑群にしばしばみられる夜叉神青面金剛(しょうめんこんごう 青面金剛明王とも呼ぶ)像である。まずはウィキの「青面金剛」をもとにしつつ、庚申信仰も一緒に概説しておくと、『インド由来の仏教尊像ではなく、中国の道教思想に由来し、日本の民間信仰である庚申信仰の中で独自に発展した尊像である。庚申講の本尊として知られ、三尸(さんし)を押さえる神とされる』。この「三尸」とは道教に由来する人間の体内に潜んでいるとする上尸・中尸・下尸の三匹の虫。これら三匹が六十日に一度巡って来る庚申(かのえさる/こうしん)の日、人が眠りに就くのを見計らって人の体内から抜け出し、天帝にその宿主である人物が六十日の間に成した悪業を総て報告し、その人の寿命を縮めると言い伝えられた(本来の道教には地獄思想はなく、その代わりに悪事を働くとその分プラグマティクに寿命が縮まると考えるのである)ことから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が生まれ、これを庚申待(こうしんまち)と呼んだ。参考にしたウィキの「三尸」によれば、『日本では平安時代に貴族の間で始まり』、一人では睡魔を堪えるのが難しいなどというのを口実として、村落や町単位で集団でこれを行うことを主目的とした庚申講が江戸時代におおいに盛んとなり、『会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまっ』て、夜通し酒宴を行うという庶民の一大イベントとともなったのであった。「陀羅尼集経」によれば、その姿は(「大蔵経テキストデータベース」を用いて検索した。一部の重複しているように見える箇所を恣意的に除去し、一部の漢字を正字化した)、

   *

一身四手。左邊上手把三股叉。下手把棒。右邊上手掌拓一輪。下手把羂索。其身靑色。而大張口狗牙上出。眼赤如血而有三眼。頂戴髑髏。頭髮聳竪如火焰色。項纒大蛇。兩膊各有倒垂一龍。龍頭相向。其像腰纒二大赤蛇。兩脚腕上亦纒大赤蛇。兩膊各倒垂一龍。龍頭相向。腰纒大赤蛇。所把棒上亦纒大蛇。虎皮縵胯。髑髏瓔珞。像兩脚下各安一鬼。

やぶちゃんの勝手次第書き下し文

一身四手、左邊の上手(かみて)は三股叉を把(と)り、下手は棒を把る。右邊の上手は掌に一輪を拓(たく)し、下手は羂索(けんさく)を把る。其の身は靑色にして大張口、狗牙(くぐわ)、上出(じやうしゆつ)す。 眼の赤きこと、血の如くにして三眼有り。髑髏を頂戴す。頭髮、聳竪(しやうけん)、火のごとく焰色(えんしよく)たり。項(うなじ)は大蛇を纒(まと)ふ。兩膊(りやうはく)各々、倒垂(たふすい)せる一龍、有り。龍頭、相ひ向かふ。其の像、腰、二つの大赤蛇を纒ふ。把る所の棒の上にも亦、大蛇を纒ふ。虎皮(とらがは)の縵胯(まんこ)。髑髏(どくろ)の瓔珞(やうらく)。像、兩脚下、各々一鬼を安ず。

この経の「縵胯」は蔓で編んだショート・パンツか。

 さて、ハーンの観察は良く細部を見てはいるが、やや誤りがある(但し、風化の度合いが激しい状態のものを異邦人の眼で観察したものとしては、驚くべき正確さであると言ってよいと思っている)。以下見て行くと、

「一本は猿を支へ」は猿ではなく、ショケラ(しょうけら)という人、特に女人とされる。それは恐らく、この怪しい人体(じんてい)のルーツが仏敵であるヒンズー教のシヴァ神で、他の仏教図像では(洒落ではないが)シヴァはしばしば業が深いとされて変生男子(へんじょうなんし)とされる女性として描かれることと関係するものであろう。また、「しょうけら」というと妖怪フリークの方(かく言う私も人後に落ちない)ならピンとくる名であろう。そう、あの「しょうけら」である。以下、ウィキの「しょうけら」から引くと、江戸時代の「百怪図巻」「画図百鬼夜行」といった妖怪画集などで「しやうけら」「せうけら」などと表記して出現する妖怪である。掲げた二冊は『絵のみで解説文がないため、どのような妖怪かは推測の域を出ないが、民間信仰においては、庚申待の行事に「しょうけら」の名がある。庚申待とは、人間の体内に三尸という虫がおり、庚申の夜に天へ昇って天帝にその人の罪を報告し、天帝はそれによりその人の命を奪うとされていることから、庚申の夜は三尸を体外に出さないよう眠らずに過ごす行事である。この行事の日に早く寝た者は害をこうむるといい、この害を避けるために「しょうけらはわたとてまたか我宿へねぬぞたかぞねたかぞねぬば」と呪文を唱えると良いと伝えられているため、しょうけらとは庚申待において人間に害をもたらす妖怪と見られている』。『また、元禄年間の書籍『庚申伝』では、「ショウキラハ虫ノコト也、一説三尸ノコトト云」とあるため、しょうけらは三尸のことを指しているとの解釈もあり』、『三尸を擬人化した姿とも』、『三尸の中でも獣の姿をした「中尸」をモデルにして描いたなどともいわれる』(三尸の虫は図像化されたものによっては三匹が三匹、全く異なった形をしている。ウィキの「三尸」に唐代の「太上除三尸九虫保生経」が示されてある。左の一匹が牛頭と人間風の足一本のキマイラ、中が獅子か狛犬みたような獣、右手はモロに人間の道士風である)。『鳥山石燕は『画図百鬼夜行』で、家屋の屋根の天窓(明り取り窓)から中の様子を伺っているしょうけらを描いている。昭和・平成以降の妖怪関連の文献では、これは庚申待の日に人間たちが規則を守っているかどうかを監視しているとの解釈もあり、規則を破る人間に対しては、しょうけらが』三本指の『鋭い爪で罰を与えるものとされている』(しかしこの最後の解釈は何だか矛盾していておかしいと思われる)。ウィキの「三尸」にはさらに、『また、三尸が体から抜け出ないように唱えるまじない歌に、「しし虫」「しゃうけら」「しゃうきら」「そうきゃう」などの語が見られ、絵巻物などに描かれる妖怪の「しょうけら」と関係が深いと見られている』とある。

「笏板」これは唯一、体の右腹部に引きつけた右手の一本が持っているもので、確かに笏の板に見紛うものであるが、剣である。ではハーンが前で言っている「刀劍」とダブるじゃないかと言われそうだが、ハーンがいったそれは恐らく右手の最も高く揚げた三叉戟(トライデント)であろうと思われる。

「脚下に天邪鬼、時には『うたてさ』と呼ばるゝ鬼」不思議な言い換えである。ここの辺りの原文は以下の通りで“and under his feet is a monstrous head, the head of a demon, Amanjako, sometimes called Utatesa ('Sadness').”でこれがまた不思議な単語が並んでいるので、落合氏が苦労した感じが良く分かる。少なくとも現行に於いては「うたてさ」も「悲哀」も天邪鬼の別名として見出し得ない。晃が天邪鬼の意味を何とか説明しようとして上手くいかなかった感じを私は受ける。「うたてさ」は「あまのじゃく」が人にとって「うとましく」「不快な」存在であること、そうした意味を古語の副詞「うたて」が持っていることとの強い親和を私は感ずるのであるが。ともかくも識者の御教授を乞うものである。

「三匹の猿」庚申塔に極めてよく見かけるところの、庚申信仰に習合した三猿信仰のシンボルである。因みにそれと関連して(或いはそっちが先か)猿田彦信仰も、また庚申堂や塚の位置の共有から辻の神である塞(さい/さえ)の神も道祖神もどんどん習合して、恐るべき混淆のアイテムの集合体と化してゆくところが庚申信仰の面白いところでもあるのである。

「三重冠の前面にも一匹の猿の顏が現れてゐる」これは前の「陀羅尼集経」に出る「髑髏の瓔珞」である。図ではなく、風化した石像であるから猿に見えても少しもおかしくない。寧ろ、顔と判別出来る程度には保存されていたと評価出来るぐらいである。

「堅牢地神の像」「けんらうぢしん(けんろうじしん)」と読む。仏教に於ける天部に属する神の一柱で大地を司る。参照したウィキの「堅牢地神に、『通常は女神であるが密教では男神と一対とする。十二天の一である地天と同一視される向きもある』。『堅牢地天、堅牢地祇、あるいは単に堅牢と呼ばれる場合もある。大地女神として、地の堅牢と神の不壊とに解釈される。つまり大地を堅固ならしめる神である。また仏法が流布される処に赴いて、その仏・如来の法座の下にあって警護するという』。「金光明王経の『八堅牢地神品には、資材珍宝伏蔵及び、神通長年妙薬を求め、衆病を治癒医療する』とあり、『また怨敵を降伏させ、諸々の異論を制御せんとする時、浄室において道場を安置し、身を沐浴し、鮮潔の衣をまとい、草座の上にうずくまり、仏舎利尊像がある前、または舎利制底ある所にて、焼香・散華・飯食供養し、白月八日布灑星合する時に請召するとある』。『また密教では、金剛界曼荼羅の四執金剛神の一尊である地天と同一視する』。『胎蔵界曼荼羅では堅牢地神として外金剛部院に男性神とその后が配列されている。その形像は肉色で男女共に女形をなし、男神は左手に鮮やかな華を盛った鉢を持っている』。『この鉢は大地を表し、鮮華は諸物生成の徳を表すとされる。女神は右手を心臓、左手を股にあてる。『覚禅抄』には雲中に坐す姿とし、その他さまざまな異形がある。密教ではこの神を供養(地天供)して地鎮の法を修する』とあり(下線やぶちゃん)、これによってモースが片手が持っている「何とも識別し難いものを容れた器」というのが花を持った鉢であることが分かる。]

 

Sec. 22

The temple of Koshin is situated in the middle of the village, in a court opening upon the main street. A very old wooden temple it is, unpainted, dilapidated, grey with the greyness of all forgotten and weather-beaten things. It is some time before the guardian of the temple can be found, to open the doors. For this temple has doors in lieu of shoji—old doors that moan sleepily at being turned upon their hinges. And it is not necessary to remove one's shoes; the floor is matless, covered with dust, and squeaks under the unaccustomed weight of entering feet. All within is crumbling, mouldering, worn; the shrine has no image, only Shinto emblems, some poor paper lanterns whose once bright colours have vanished under a coating of dust, some vague inscriptions. I see the circular frame of a metal mirror; but the mirror itself is gone. Whither? The guardian says: 'No priest lives now in this temple; and thieves might come in the night to steal the mirror; so we have hidden it away.' I ask about the image of Koshin. He answers it is exposed but once in every sixty-one years: so I cannot see it; but there are other statues of the god in the temple court.

I go to look at them: a row of images, much like those upon the public highway, but better preserved. One figure of Koshin, however, is different from the others I have seen—apparently made after some Hindoo model, judging by the Indian coiffure, mitre-shaped and lofty. The god has three eyes; one in the centre of his forehead, opening perpendicularly instead of horizontally. He has six arms. With one hand he supports a monkey; with another he grasps a serpent; and the other hands hold out symbolic things—a wheel, a sword, a rosary, a sceptre. And serpents are coiled about his wrists and about his ankles; and under his feet is a monstrous head, the head of a demon, Amanjako, sometimes called Utatesa ('Sadness'). Upon the pedestal below the Three Apes are carven; and the face of an ape appears also upon the front of the god's tiara.

I see also tablets of stone, graven only with the god's name,—votive offerings. And near by, in a tiny wooden shrine, is the figure of the Earth-god, Ken-ro-ji-jin, grey, primeval, vaguely wrought, holding in one hand a spear, in the other a vessel containing something indistinguishable.

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