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2015/08/01

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第四章 江ノ島巡禮(二一)

       二一

 

 それから、谷を越えて、本街道に出でた。神社の石段が大道まで下つてきた處に屹立してゐる鳥居や、漢字を書いた看板や、または名も知れぬ路傍の社祠などの異國的な事物が、折々幻想を破らなかつたならば、英國の田舍道――ケント州か、サレー州の――に居ると思ふ位に、一路坦々として、且つ瓦大の老樹が立派に影を差してゐた。

 忽然私は路傍に見なれぬ浮彫を施せる像を見付けた。小さな竹の小屋に、彫物をした一列の扁石が保護してある。墓碑かと思つて車を下りて硯ると、非常に古くなつで彫物の輪廓は滅び、足は苔で蔽はれ、容貌は半ば消えてゐるが、墓ではなくて、或る神の石像が六體あるのだと分つた。して、私の通辯人は、これは庚申、即ち道路の神である事を知つた。非常に缺け、また鱗屑に蔽はれて、上部は何とも分らぬやうになり、この神の特徴は磨損して了つてゐる。が、數個の石面には、像の足下に、まだその使者なる三匹の猿の像が讀まれた。して、或る信心深い人が、一つの像の前には些やかな寄進の品――一枚の木片の上に黑い牡鷄と白い鷄を畫いたもの――を置いてゐた。餘程以前に捧げたのに相違ない。木片は殆ど黑くなつて、繪は風雨と鳥糞によつて毀損されてゐる。地藏の像に於ける如くこれらの像の足許には、石も積んでない。この神は廢物の如く久しい間閑却されて、石像は垢の皮だらけだ。この古い神には參詣者が無くなつたのだ。

 が、通辯人は云つた。『庚申の神社がこの近くの藤澤村にあります』是非私はそれを訪ねなければならぬ。

 

[やぶちゃん注:二〇」の私の注で述べた理由によって本注の大部分をペンディングする。詳しくはそちらをお読み戴きたい。悪しからず。

「ケント州」ロンドンの南東のドーヴァー海峡に面した、古くから「イングランドの庭園」と呼ばれ、田園風景を今も残す。

「サレー州」現行では「サリー州」と音写するのが一般的。ロンドンの南に位置し、東でケント州に接する。ウィキサリーイングランドによれば、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」では『実在するサリー州の特定の町や村をモデルにしたと推測される描写が多数登場』し『火星人が最初に着陸したウォーキング(英語版)の北に位置するホーセル公有地(英語版)は実在の場所である。物語の語り手はロンドン方面へ避難を開始するが、その際、まずバイフリート(英語版)を通り、次にウェイブリッジ(英語版)を渡った後にテムズ川北岸沿いに東へ進んでいる』という部分を読んで私には田園風景が如実に納得された。但し、今の若い諸君は寧ろ、『サリーはロンドンへの通勤圏で、「豊かで中流の人の住む場所」というイメージを抱く人が多い。たとえば、『ハリー・ポッター』の主人公の家(伯父・伯母の家、ダーズリー家)はサリーの瀟洒な住宅街にあるという設定になっている』という叙述の方に強く反応されるのかも(私は不学にして「ハリー・ポッター」は未見である)知れない。

「鱗屑」「りんせつ」と読むこれは現行では医学用語(皮膚科学)で人体表皮の角質細胞が肥厚して剥離したもの、特に病的なそれを言うが、ここは付着した蘚苔類や地衣類を指す。老婆心乍ら、蘚苔類と地衣類は違う。蘚苔類はコケ植物のことであるが、現行では生物学的分類用語としては全く認められておらず、近年では蘚綱 Bryopsida・苔綱 Hepaticopsida・ツノゴケ綱 Anthocerotopsidaの三つに分類するのが普通。それに対して、地衣類は正統な分類群で、菌類と藻類(主に緑藻やシアノバクテリア)が共生関係を結んでできた複合体の総体を指す。国際植物命名規約上では、その複合体を構成する菌類(共生菌)のことを地衣類、とみなしている。従って地衣類は、系統的に一つの纏まりを成す分類群ではなく、複数の系統から生じた、藻類との共生という生態的或いは生理的な特徴を共有する(=「地衣化」する)菌類の総称である。この部分は日本地衣学会ホームページ冒頭の解説に拠ったが、そこには『地衣類は、一般には蘚苔(センタイ)類(コケ植物)などとともに「こけ」と認識されていることが多いです。「こけ」は「むし」などと同じく雑多な小さな生物群の総称であり専門用語ではありませんので、地衣類のことを「こけ」と呼んでも間違いではありません。しかし、コケ植物(あるいはコケ類)というと間違いになります』とある。

「黑い牡鷄と白い鷄」更新信仰のシンボルの一つ(やはりシンボルとされる日月(じつげつ)の換喩か?)。さんま氏のサイト内の庚申講の掛軸を見ると、一番下の中央に白と黒の鶏が描かれているのが分かる。]

 

Sec. 21

Then, having traversed the valley, we reach a main road so level and so magnificently shaded by huge old trees that I could believe myself in an English lane—a lane in Kent or Surrey, perhaps—but for some exotic detail breaking the illusion at intervals; a torii, towering before temple-steps descending to the highway, or a signboard lettered with Chinese characters, or the wayside shrine of some unknown god.

All at once I observe by the roadside some unfamiliar sculptures in relief—a row of chiselled slabs protected by a little bamboo shed; and I dismount to look at them, supposing them to be funereal monuments. They are so old that the lines of their sculpturing are half obliterated; their feet are covered with moss, and their visages are half effaced. But I can discern that these are not haka, but six images of one divinity; and my guide knows him—Koshin, the God of Roads. So chipped and covered with scurf he is, that the upper portion of his form has become indefinably vague; his attributes have been worn away. But below his feet, on several slabs, chiselled cunningly, I can still distinguish the figures of the Three Apes, his messengers. And some pious soul has left before one image a humble votive offering—the picture of a black cock and a white hen, painted upon a wooden shingle. It must have been left here very long ago; the wood has become almost black, and the painting has been damaged by weather and by the droppings of birds. There are no stones piled at the feet of these images, as before the images of Jizo; they seem like things forgotten, crusted over by the neglect of generations—archaic gods who have lost their worshippers.

But my guide tells me, 'The Temple of Koshin is near, in the village of Fujisawa.' Assuredly I must visit it.

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