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2015/08/19

橋本多佳子句集「命終」 昭和三十五年(全) 薬師寺/お水取/唐招提寺/K病院 

 

 昭和三十五年

 

 薬師寺

 

強白(こはじろ)の息ぬくぬくと吉祥(きちじやう)讃

 

人香に仏香勝てり吉祥会(きちじやうゑ)

 

[やぶちゃん注:底本年譜の昭和三五(一九六〇)年に、『三月、東大寺二月堂の修二会(お水取)を拝する。二月堂の内陣の裏にある局(つぼね)から、桟窓(さま)格子を隔てて見る、東大寺独特の古格のあるいおおらかな声明』(しょうみょう)『を聞き、「走りの行法」や「ダッタンの行法」を見る』とある。後にも出る「桟窓格子」はよく分からない(興味なく、特に調べたくもない)。興味もないのでグーグル画像検索「桟窓格子をリンクしておく。「走りの行法」は三月五日からの三日間及び三月十二日からの三日間、後夜の悔過作法の前に行われ、本尊十一面観音の十一の面の内の頂上仏面を「南無頂上」「南無最上」などと呼称して礼拝、須弥壇の周りを回りながら一人ずつ礼堂に出て五体投地する。だんだんと歩調が早くなり、はじめは木の沓(さしかけ)を履いているが、やがてそれを脱いで最後に裸足で走るようになる、とウィキ修二会にはある。「ダッタンの行法」同前のウィキの「咒師作法(しゅしさほう)と達陀(だったん)の行法」の中に、『咒師作法は咒師が須弥壇の周りを回りながら、清めの水(洒水)を撒き、印を結んで呪文を唱えるなど、密教的な儀式である。鈴を鳴らして四方に向かって四天王を勧請するのもその一環で』、三月十二日以降の三日間は、後夜の咒師作法の間に達陀の行法が行われるとし、達陀(だったん)の行法は、堂司以下八人の『練行衆が兜のような「達陀帽」をかぶり異様な風体で道場を清めた後、燃えさかる大きな松明を持った「火天」が、洒水器を持った「水天」とともに須弥壇の周りを回り、跳ねながら松明を何度も礼堂に突き出す所作をする。咒師が「ハッタ」と声をかけると、松明は床にたたきつけられ火の粉が飛び散る。修二会の中でもっとも勇壮でまた謎に満ちた行事である』とある。国家鎮護をのみ主体として衆生を救わない東大寺祭祀儀式には私は全く興味がない。ご自分でお調べ戴きたい。なお、『その日の全ての行法を終えて参籠宿所に戻るときには「ちょうず、ちょうず」と声を掛け合いながら石段を駆け下りる。「ちょうず」とは手洗い、トイレのことである。ある時、行法を終えて帰ると、烏天狗たちがやってきて行法のまねをしていたことがわかったので、ちょっと手洗いにゆくのだと思わせるためにこういうのだそうである』と付記されてあることは引いておこう。「強白」不詳。興味なし。なお、東大寺法華堂には重要文化財塑造の吉祥天立像がある破損は激しいが日本最古級の吉祥天像として貴重とされる)。「吉祥讃」吉祥天を祀る呪言と思われるが不詳。興味なし。前注参照。「吉祥会」修二会でも特に前記の吉祥天を祀る祭儀と思われるが不詳。興味なし。]

 

   *

 

炉より立ちひとりの刻をさつと捨つ

 

炉框の方形の方待ち時間

 

熾る炉火その上言葉ゆききする

 

ただ寒き壁大仏の背面は

 

冬晴の影ふかぶかと伽藍の溝

 

森をゆく頭上に遠き秋の晴れ

 

湖北に寝てなほ北空の鴨のこゑ

 

右傾直せば左傾不機嫌耕耘機

 

心底より深杢ゆるす冬泉

 

うつむくは堪へる姿ぞ髪洗ふ

 

前燈に枯野枯道行方知らぬ

 

線虫載せおのが手相をおのが見る

 

蜂もがく生きるためにか死ぬためにか

 

溺るゝとも蜂一匹の死に過ぎず

 

霞む山引つかへさざる鴉の翼(はね)

 

山火の夜光りもせずに溝流れ

 

紅と方向楷示器吹雪の中の意志

 

雪とけて凍る靴底一直路

 

暗くふかく家裡見えて雪深道

 

 

 

 お水取

 

火がついて修二会(しゆにゑ)松明(たいまつ)たちまち惨

 

火の修二会闇に女人を結界して

 

修二会の闇われ方尺の女座を得て

 

桟窓(さま)格子透きてへだてて修二会女座

 

火を滴々修二会松明炎えほろぶ

 

   走りの行法

 

刻みじかし走りて駆けて修二会僧

 

修二会走る走る女人をおきざりに

 

飴ふくむつばとくとくと修二会の闇

 

一睡さめ身が覚めきつて修二会女座

 

   ダツタンの行法

 

水散華火散華修二会僧たのしや

 

西天に赫きオリオン修二会後夜

 

   *

 

椿華鬘(けまん)重し花蕊をつらぬきて

 

[やぶちゃん注:「華鬘(けまん)」は通常、仏前を荘厳(しょうごん) するために仏殿の内陣や欄間などに掛ける仏具で、金銅・牛革製の円形又は楕円形のものに唐草や蓮華  を透かし彫りにして下縁に総状の金物や鈴を垂らしたものを言うが、ここは椿の花全体のそれを華鬘に譬えたもの。]

落椿くもる地上の今日の紅

 

二タ雲雀鳴きあふ低き天もたのし

 

 

 

 唐招

 

散りづめの桜盲眼もつて生く

 

嘴(はし)こぼる雀の愛語伽藍消え
 

[やぶちゃん注:「愛語」は「あいご」で、仏語。優しい、相手の気に入る、相手の心に訴える、暖かい心の籠った言葉をかけることを指す。仏教を実践する人が人々を惹きつけるために具えているという四種の美点たる「四摂事法(ししょうじぼう)」(他に分かち合う「布施」・相手のために相手を利する「利行(りぎょう)」・平等に接する「同事」)の一つで、「愛語(あいご)摂(しょう)」とも言う。ここはそれを多佳子は雀の囀りに聴いたのである。]

 
    *

 

こゑ断つて虻が牡丹にもぐり入る

 

牡丹畑はげしき雨に雨衣頭巾

 

生きてゆく時の切れ目よ藤垂りて

 

青嵐ガラス戸ひらき何招ず

 

青嵐危ふきときは身を屈し

 

静臥の上巣藁一本づつ加はる

 

静臥の上巣つくり雀しやべりづめ

 

蟻殺し殺し身力を信じくる

 

青嵐静臥の椅子に身を縛し

 

おとろへて生(せい)あざやかや桜八重

 

病蝶を一蝶の翅うちうちて

 

蝶蜂の薊静臥の主花として

 

眼つむれば泉の誘ひひたすらなる

 

静臥飽く流泉のこゑ蜂のこゑ

 

ほととぎす叫びをおのが在処(ありど)とす

 

 

 

 K病院

 

走馬燈昼のからくり風にまはる

 

   天神祭

 

病院の壁に囚はれ祭囃子

 

鉄格子天神祭押しよせる

 

   *

 

九月来箸をつかんでまた生きる

 

九月の地蹠ぴつたり生きて立つ

 

朝より暑汝も飢ゑ顔煤雀

 

虫のこゑベツド鉄脚つつぱつて

 

ちちろ虫寝よ寝よとこゑ切らず

 

深青の天のクレパスうろこ雲

 

人恋へり鱗つばらにうろこ雲

 

起きて見る木床秋日が煮つまつて

 

軽々と抱きて移さる秋日和

 

紅き実がぎつしり柘榴どこ割つても

 

深裂けの柘榴一粒だにこぼれず

 

雀・仔猫病院やつと露乾く

 

点滴注射遠く遠くに木の実落つ

 

露ベツド人の言葉を瞼で享け

 

しやぼん玉吹いてみづからふりかぶる

 

雁のこゑわが六尺のベツド過ぐ

 

[やぶちゃん注:「六尺」一・八メートル。]

 

病み勝つて日々木の葉髪木の葉髪

 

忘れゐし花よ其白き枇杷五瓣

 

柿・栗吾にもたらし食べよ食べよ

 

秋の蝶病院のどの屋根越え来し

 

綿虫の浮游病院の屋根越せず

 

病室に柿色かたまる柿もらひ

 

蝙蝠がゆきて病院燈がともる

 

晴れて到る人の訃シベリヤ高気圧

 

霧の太陽すずめの中の病院鳩

 

病院の六十年史子連れの油虫

 

   十二月十日退院す

 

退院車入りてまぎれて師走街

 

藁塚が群れて迎ふる退院車

 

臥して見る冬燈のひくさこゝは我家

 

[やぶちゃん注:多佳子はこの昭和三五(一九六〇)年七月に胆嚢を病み、大阪中之島の大阪回生病院に入院しているから、「K病院」とはそこを指す。句中に出る「柘榴」は見舞った俳人大喜多冬浪の持参したもの。句にあるように、年譜によれば多佳子はベット上でシャボン玉を吹いて遊んだりした(実にお目出度い入院生活である)。この入院期の句群を年譜記者堀内薫は、『多佳子俳句の真声、新境地の句』で実に『自由な表現の写生句』とし、『誓子の内部構造俳句を必死に勉強した』結果、この期に及んでそれが遂に『多佳子の血肉と化し、多佳子の気息を通して、新らしく生まれ出た表現の句である』と手放しで絶賛している(言っておくが、私は全くそう感じない)。因みに、実際の退院は、前書より五日後の十二月十五日で入院は実に六ヶ月に及んだ。]

 

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