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2015/08/02

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第一章  私の極東に於ける第一日 (三)

       三

 

 私の車夫は『チヤ』といふ名である。大きな松茸の笠のやうな白い帽子を被つて、短い靑の濶袖の短衣と、緊衣の如くきちんと肌に合つて踝まで達した靑の股引を著け、輕い草鞋を棕櫚の纖維の紐で裸足にしめてゐる。彼は車夫仲間の有する、あらゆる忍耐と、巧みに機嫌を取る力を代表してゐるに相違ない。彼は既に私をして定則以上に拂はしむる能力を發揮した。然かも私は彼について用心するやう警告を受けても駄目であつた。人間が馬に代つて、梶棒の間へ身を入れて速歩して、數時間も倦むことなく眼前で跳ね上つたり下つたりして呉れるといふ初めての感じだけでも、憐憫を惹起すに充分だからである。して、斯く梶棒の間で速歩し乍ら、希望、追憶、情操、理解力、總べて具備せるこの一個の人間が、最もやさしい微笑を有し、最少の厚意に酬ゆるに無限の感謝を見せる力を有した場合には、この憐憫は同情となり、犧牲に對する盲目的衝動を挑發する。その流汗淋漓たる狀も亦幾分この感情を促したことと思ふ。嘸ぞ動悸が打つたり、筋肉が萎縮するだらうし、また惡寒、充血、肋膜炎などに罹ることもあるだらうと、思はれるからである。車夫の著物は汗びつしよりになつてゐる。そして走るとき手首に卷きつけて持てる、竹の枝と雀の形を白に染め拔いた小さな蒼空色の手拭で顏を拭く。

 が、この車夫――動力としてでなく、人間として考へて――の性質で面白い點を、私共が小規模の町町を走つて行くとき、こちらへ向けられる澤山の顏の中にもずんずん認め出した。恐らく今朝の印象で最も愉快なのは、公衆の凝視が奇妙に優しいので生じた印象である。誰も物珍らしげに眺めるが、その凝視には何も不快なことは毫もない。況して敵意を含むどころか、微笑又は半ばの微笑が伴つてゐるのが最も普通である。それで結局、これらの親切な好奇的の顏と微笑は、旅人をして仙郷を想はしめる。かう書くと、あまり陳腐常套を脱しないから、殆ど腹を立てる人もあるに相逞ない。誰も彼も日本の第一印象を描くとき、土地をお伽噺の國だといひ、人民をお伽噺の國の人物だといふ。が、初めての試作として、これ以土精確に描寫することは殆ど不可能だから、描寫の語句の選擇が、斯く一致するのは自然の理である。一切が我我のものよりは小さく優美な規模で出來てゐる世界――すべての動作は悠長柔和で、聲音の閉靜な世界――地も人も天も、悉皆餘所とは似もつかぬ世界に、忽然自身を見出すといふことは、英國の昔噺ではぐくまれた想像に取つてノ正しく一寸法師の國の古い夢の實現である。

[やぶちゃん注:「私の車夫は『チヤ』といふ名である」原文は“My kurumaya calls himself 'Cha.'”である。私はこれについて、ある推理がある。これは本当にこの車夫の名前なのだろうか? という素朴な疑問なのである。平井呈一氏は「チャア」と表記されておられしかも、原文に即して『わたくしの雇った俥(くるまや)は自分で自分のことを「チャア」と呼んでいる』と訳しておられる。「チア」や「チャア」から想像される名は、姓ならば「千屋」「千谷」「千野」「茅屋」であろうが、当時の車夫が自ら姓を名乗ることは私は考え難いと思っている。すると名や通称であるが、そうするとますます想像し難い。「茶之助」や「茶々丸」とかで「茶」、通称で「茶屋」「茶」などは一見ありそうにも見えなくはないが、寧ろ、私はどうも車夫の呼び名としては変な気がして退けたいのである。とすれば……これは実は姓でも名でも通称でもないのではないか? と思うのである。即ち、これは単に彼の一人称ではなかったか? というすこぶる素朴な疑問なのである。そもそも平井氏の訳を待つまでもなく、原文がそれを物語っているではないか? 私は三十三年間、神奈川で公立高校の教師をしていたが、生粋の横浜生まれの複数の同僚が、しばしば自分のことを「あっし」と呼ぶことを非常に面白いと思い続けてきたのである(無論、これは「わたし」「あたし」「わし」の派生的発音と思われるが)。しかもこの「あっし」は決してクリアなものではなく、もっと正確に音写するなら「ァッスィ」と聴こえるものである。私はこのハーンの原文の“Cha”を見ていると、思わずこの“achi”がハーンには音としてかく聴こえたのではなかったか? と深く疑っているのである。大方の御批判を俟つものではある。……いや、ツイッターでこれを語ったところ、「あしゃあ」の可能性を指摘され、思わず、あっ「チャア」! その方が無理ないかも、と思ったことも言い添えておこう。

Sec. 3

My kurumaya calls himself 'Cha.' He has a white hat which looks like the top of an enormous mushroom; a short blue wide-sleeved jacket; blue drawers, close-fitting as 'tights,' and reaching to his ankles; and light straw sandals bound upon his bare feet with cords of palmetto- fibre. Doubtless he typifies all the patience, endurance, and insidious coaxing powers of his class. He has already manifested his power to make me give him more than the law allows; and I have been warned against him in vain. For the first sensation of having a human being for a horse, trotting between shafts, unwearyingly bobbing up and down before you for hours, is alone enough to evoke a feeling of compassion. And when this human being, thus trotting between shafts, with all his hopes, memories, sentiments, and comprehensions, happens to have the gentlest smile, and the power to return the least favour by an apparent display of infinite gratitude, this compassion becomes sympathy, and provokes unreasoning impulses to self-sacrifice. I think the sight of the profuse perspiration has also something to do with the feeling, for it makes one think of the cost of heart-beats and muscle-contractions, likewise of chills, congestions, and pleurisy. Cha's clothing is drenched; and he mops his face with a small sky-blue towel, with figures of bamboo-sprays and sparrows in white upon it, which towel he carries wrapped about his wrist as he runs.

That, however, which attracts me in Cha—Cha considered not as a motive power at all, but as a personality—I am rapidly learning to discern in the multitudes of faces turned toward us as we roll through these miniature streets. And perhaps the supremely pleasurable impression of this morning is that produced by the singular gentleness of popular scrutiny. Everybody looks at you curiously; but there is never anything disagreeable, much less hostile in the gaze: most commonly it is accompanied by a smile or half smile. And the ultimate consequence of all these kindly curious looks and smiles is that the stranger finds himself thinking of fairy-land. Hackneyed to the degree of provocation this statement no doubt is: everybody describing the sensations of his first Japanese day talks of the land as fairyland, and of its people as fairy-folk. Yet there is a natural reason for this unanimity in choice of terms to describe what is almost impossible to describe more accurately at the first essay. To find one's self suddenly in a world where everything is upon a smaller and daintier scale than with us—a world of lesser and seemingly kindlier beings, all smiling at you as if to wish you well—a world where all movement is slow and soft, and voices are hushed—a world where land, life, and sky are unlike all that one has known elsewhere—this is surely the realisation, for imaginations nourished with English folklore, of the old dream of a World of Elves.

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