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« 一日   立原道造 | トップページ | 小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十章 美保の關にて (四) »

2015/09/22

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十章 美保の關にて (三)

        三

 

 汽船で松江から美保の關へ行くには、晴天ならば愉快な旅である。中海(なかうみ)の美しい潟から外海へ出ると小蒸汽船は左方に當る出雲の長い海岸に沿ふて行く。この海岸は高く聳えて、丘陵絶壁が海から屹立し、大概山頂に至るまで綠色で、また層をなして耕作した所も澤山あつて、階段を疊んだ綠色のピラミツドのやうな崖下は岩がちで、而してこの悔岸の珍奇な皺目は太古の火山作用を想はせる。遙かの右手、靑い靜かな海のかなたに、伯耆の長い低い濱が蜃氣樓のやうに見える。その遠く連る濱は、靑い水平線を無限の白い筋で緣を取つたやうだ。猶その先きに森や雲のやうな丘陵の漠とした輪廓がある。それから一切のものの上に超然として高い空にヌツと聳えてゐるのが、壯麗な幽靈のやうな大山(だいせん)の姿で、その頂上には雪の線條がある。

 かやうにして多分一時間位、出雲と伯耆の間を航行する。左方の峨々たる海岸には、折折谷間の小村落が隱見する。右方の茫乎たる海岸は始終變はらない。やがて突然小蒸汽船は汽笛を鳴らし、左舷の怖ろしげな岬に向って進路を取り、その裾の岩礁に沿ふて走ると、先刻までは眼界から遮られて見えなかったが、何ともいへない立派な灣に入る。陸地へ喰込んだ貝殼形の罅隙――凸凹多き綠樹蒼欝たる丘陵で圍まれ、水が澄んで深い半圓形の灣。灣頭を囘つて並んでゐるのが、頗る異樣な小さな町、美保の關なのである。

 灣に濱はなく、たゞ石垣の埠頭が半圓形をして、その上が家屋、そのまた上が綠色の神聖な丘陵となつてゐる。森の蔭から社殿の屋根の角が見える。家々の裏口から石段が深い水へ下つてゐて、大抵小舟がつないである。私共の汽船は美保神社の沖へ碇をとめた。神社の石を敷いた大きな通路は水際まで傾斜して、そこの石段にも小舟が繫いである。廣い門路を見上げると、巍然たる石の鳥居、巨大なる石燈籠、それから高い臺に坐して一丈五尺ほどの高さから人を見おろしてゐる二頭の壯麗な彫刻の唐獅子などが見える。是等の向うの方に、外庭の塀と門が見え、その向うに大きな拜殿の屋根が見え、それからもつと高い本殿の千木が、綠色の山を背景としてクツキリと見える。大阪から來た新式の遠洋航海 の船も二艘泊まつてゐる。切石で築いた頗る面白い小さな防波堤があつて、先端には石燈寵が載つてゐる。突堤と小島とをつなぐ彎曲した可愛らしい橋があつて、島には水の女神、 辨天の祠が見える。

 卵が手に入るかしらんと、私は考へた。

 

[やぶちゃん注:「茫乎」老婆心乍ら、「ばうこ(ぼうこ)」と読み、広々としているさま、或いはぼんやりとして摑みどころのないさまをいう。

「罅隙」既出であるが再掲する。「かげき」と読む。裂け目。割れ目。亀裂。罅(ひび)割れた隙き間のことである。

「美保神社」について再掲しておく(私は行ったことがないので再掲する以外に語ることは基本的に出来ないからである。従って同様の理由から――鎌倉の地誌などとは異なり――細部の地誌上の注も附さない/附せないのである)。現在の松江市美保関町美保関にある美保神社。ウィキの「美保神社」から引く。事代主神系えびす社三千余社の総本社と自称し(引用元には『えびす云々ではなく事代主神を祀る神社の総本宮の意と思われる』と注する)、『えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。また、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い』。『右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫』(みほつひめ)『を祀る』とし、補注で『(三穂津姫命は大国主神の幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)である「大物主神」の后神。事代主命は神屋楯比売神(かむやたてひめ)と大国主神との間の子供なので義理の母親にあたる)』とある。「出雲国風土記」には、『大穴持命(大国主神)と奴奈宣波比売命(奴奈川姫命)の間に生まれた「御穂須須美命」が美保郷に坐すとの記述がある。元々の当社の祭神は御穂須須美命のみであったのが、記紀神話の影響により事代主神と三穂津姫命とされたものとみられる』。創建の由緒は不詳ながら、八世紀に編纂された「出雲国風土記」の『神社台帳に記載される古社である。延喜式神名帳では小社に列する』。『中世より横山氏が神職を世襲した。近世ごろから「大社(出雲大社)だけでは片詣り」と言われるようになり、出雲大社とともに参拝者が増えるようになった。出雲大社とあわせて「出雲のえびすだいこく」と総称される』とある。

「巍然」老婆心乍ら、「ぎぜん」と読み、山や建築物などが高く聳え立っているさま。また、抜きん出て偉大に感じられるさまをいう。

「一丈五尺」一・五四五メートル。ハーンは蒸気船のデッキ(或いは上陸した埠頭)という非常に低い位置から仰視している点に注意。

「卵が手に入るかしらんと、私は考へた。」原文“I wonder if I shall be able to get any eggs!”。欧米人とはいえ、結構、ハーン先生、お茶目!]

 

 

Sec. 3

From Matsue to Mionoseki by steamer is a charming journey in fair weather. After emerging from the beautiful lagoon of Naka-umi into the open sea, the little packet follows the long coast of Izumo to the left. Very lofty this coast is, all cliffs and hills rising from the sea, mostly green to their summits, and many cultivated in terraces, so as to look like green pyramids of steps. The bases of the cliffs are very rocky; and the curious wrinklings and corrugations of the coast suggest the work of ancient volcanic forces. Far away to the right, over blue still leagues of sea, appears the long low shore of Hoki, faint as a mirage, with its far beach like an endless white streak edging the blue level, and beyond it vapoury lines of woods and cloudy hills, and over everything, looming into the high sky, the magnificent ghostly shape of Daisen, snow-streaked at its summit.

So for perhaps an hour we steam on, between Hoki and Izumo; the rugged and broken green coast on our left occasionally revealing some miniature hamlet sheltered in a wrinkle between two hills; the phantom coast on the right always unchanged. Then suddenly the little packet whistles, heads for a grim promontory to port, glides by its rocky foot, and enters one of the prettiest little bays imaginable, previously concealed from view. A shell-shaped gap in the coasta semicircular basin of clear deep water, framed in by high corrugated green hills, all wood- clad. Around the edge of the bay the quaintest of little Japanese cities, Mionoseki.

There is no beach, only a semicircle of stone wharves, and above these the houses, and above these the beautiful green of the sacred hills, with a temple roof or two showing an angle through the foliage. From the rear of each house steps descend to deep water; and boats are moored at all the back-doors. We moor in front of the great temple, the Miojinja. Its great paved avenue slopes to the water's edge, where boats are also moored at steps of stone; and looking up the broad approach, one sees a grand stone torii, and colossal stone lanterns, and two magnificent sculptured lions, karashishi, seated upon lofty pedestals, and looking down upon the people from a height of fifteen feet or more. Beyond all this the walls and gate of the outer temple court appear, and beyond them, the roofs of the great haiden, and the pierced projecting cross- beams of the loftier Go-Miojin, the holy shrine itself, relieved against the green of the wooded hills. Picturesque junks are lying in ranks at anchor; there are two deep-sea vessels likewise, of modern build, ships from Osaka. And there is a most romantic little breakwater built of hewn stone, with a stone lantern perched at the end of it; and there is a pretty humped bridge connecting it with a tiny island on which I see a shrine of Benten, the Goddess of Waters.

I wonder if I shall be able to get any eggs!

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