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2015/09/10

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第八章 杵築――日本最古の社殿 (一)

       一

 

 私は九月の或る好い天氣の午後早く、松江を立つて、小蒸汽船に乘つて杵築に向つた。この船は機關から庇にがるまで、すべて一寸法師的で、船室に於ては跪坐せねばならぬ。また庇の下では直立し難かつた。が、この小型の船は玩具の見本の如く、さつぱりして小綺麗で、案外速力は早く、しつかりした進み方をした。立派な裸のまゝの少年が忙しさうに客に茶菓を供したり、喫煙しようと思ふものの前に小さな木炭の爐を備へたりする。すべてそんなことに對して一仙の四分の三ほどを拂ふことになつてゐる。

 庇の下から脱して船室の屋根へ上つてみると、何とも云へぬ立派な景色だ。日本の空氣の中で、すべて遠方を隈どつてゐる、あの不思議に纎細な靑色を帶びた、美しい恰好の峯や岬が、陶器のやうに白い眼界へ向つて、湖の端から浮上つて遙かに重疊してゐる方ヘと、汽船は澄明な湖面を進んで行く。山々は細部を少しも見せない。たゞ影怯師だ――全く澄んだ色の團塊がだ。左にも右にも、宍道湖を繞つて、森に蔽はれた、美しい綠の小山が波動を打つてゐる。前面、西北に當つて八雲山が最も高い。背後の東南には松江の市街は消えて見えないが、その向うには、大きく、幽靈の如く靑く、白く、斷えざる雪の領域へ、その死火山口の尖端を上げた大山が、傲然と聳えてゐる。夢の如くぼんやりした色が、すべての景物の上空を漲つてゐる。

 空氣の中にさへ、滿面の霞める土地の上、靑い水の上に亘つて、一種の神々しい魔力を帶びたやうな、神道の感じがあるやうに思はれた。古事記の物語に滿ちた私の空想に取つでは、蒸汽機關の律動的な響さへ、

 『事代主の神、大國主の神』

といふ、神々の名の混つた神道式典の拍子と聞えた。

 

[やぶちゃん注:ハーン先生、ラストのシーンでは殆んど完全にキョーレツにキちゃってます。

「一仙」一セント。「一仙の四分の三」は現在の貨幣価値換算すると、七十五円から百五十円の間という感じか。

「前面、西北に當つて八雲山が最も高い」この叙述からは出雲大社本殿の裏、北側に聳える八雲山としか考えられないのであるが、本当にそうか? 八雲山は現在の国土地理院の地図では百七十六メートルしかない。宍道湖湖上から西北を見た場合、地図上では遙かに高い山やピークが手前に無数にあり、八雲山がこのように一際目立って聳えて見えるとは私にはどう考えても思われないのである。現地を知らない私であるが、この山名はハーンの認識違いであって、何処か別の山或いは山塊を誤認しているのではあるまいか? 「八雲」という彼の日本名にも関わる重要なことである(少なくとも歌語としても「八雲立つ」とはまた別に彼の中にあるイメージとダイレクトに結びつくはずのものだからである)。是非とも郷土史研究家の方や識者の御教授を乞うものである。

「事代主神」「ことしろぬしのかみ」と読む。大国主命の子で、国譲りに際し、父に国土の献上を勧めたとするが、ウィキの「事代主によれば、『元々は出雲ではなく大和の神とされ、国譲り神話の中で出雲の神とされるようになったとされる。元々は葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ、託宣の神の格も持つようになった』とある。]

 

 

Sec. 1

I leave Matsue for Kitzuki early in the afternoon of a beautiful September day; taking passage upon a tiny steamer in which everything, from engines to awnings, is Lilliputian. In the cabin one must kneel. Under the awnings one cannot possibly stand upright. But the miniature craft is neat and pretty as a toy model, and moves with surprising swiftness and steadiness. A handsome naked boy is busy serving the passengers with cups of tea and with cakes, and setting little charcoal furnaces before those who desire to smoke: for all of which a payment of about three-quarters of a cent is expected.

I escape from the awnings to climb upon the cabin roof for a view; and the view is indescribably lovely. Over the lucent level of the lake we are steaming toward a far-away heaping of beautiful shapes, coloured with that strangely delicate blue which tints all distances in the Japanese atmosphere—shapes of peaks and headlands looming up from the lake verge against a porcelain-white horizon. They show no details, whatever. Silhouettes only they are—masses of absolutely pure colour. To left and right, framing in the Shinjiko, are superb green surgings of wooded hills. Great Yakuno-San is the loftiest mountain before us, north-west. South-east, behind us, the city has vanished; but proudly towering beyond looms Daisen—enormous, ghostly blue and ghostly white, lifting the cusps of its dead crater into the region of eternal snow. Over all arches a sky of colour faint as a dream.

There seems to be a sense of divine magic in the very atmosphere, through all the luminous day, brooding over the vapoury land, over the ghostly blue of the flood—a sense of Shinto. With my fancy full of the legends of the Kojiki, the rhythmic chant of the engines comes to my ears as the rhythm of a Shinto ritual mingled with the names of gods:

Koto-shiro-nushi-no-Kami, Oho-kuni-nushi-no-Kami.

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