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2015/09/20

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十章 美保の關にて (一)

      第十章 美保の關にて

 

        關はよい所、朝日をうけて

        大山嵐が、そよそよと。――美保の關の歌

 

       一

 

 美保の關の神樣は雞卵が嫌ひだ。だから雄雞や雌雞も嫌ひで、就中雄雞は大嫌ひだ。で、美保の關には雄雞も雌雞も雞も卵もない。卵の重さの二十倍ほど金貨を奮發しても雞卵は買へない。

 何んな小舟大船汽船も、雞の羽毛さへ美保の關へは積んで行かぬ。況して卵は猶更のことである。實際誰でも、もし朝食に卵を食べたならば、翌日まで美保の關へ行つてはならぬことになつてゐる。それは美保の關の神樣は、船頭の守護神、また暴風鎭定の神なので、卵の臭さへ神社へ持ち行く船も罰が當たる。

 松江から毎日美保の關へ通ふ小蒸汽船が、甞て往航の際、今しも外海へ出でてから案外恐ろしい天候に出逢つた。水夫共は、何か事代主命の御機嫌を損ずるやうなものが、窃かに船中へ持込まれてゐるに相違ないと主張した。乘客一同に尋ねて見たが、何も分らなかつた。突然船頭は或る客の吸つてゐる眞鍮の煙管に、雄雞の鳴いてゐる圖の彫刻を認めた。その客はいかにも日本男兒らしく、死を犯して平然と喫煙してゐた譯であつた!言ふまでもなく、その煙管は船の外へ擲げ棄てられた。すると、怒濤は鎭まつてきて、船は無事に神聖な港へ入り、神社の鳥居の前の沖へ投錨した!

 

[やぶちゃん注:以前にも述べたが、ハーンは原文で一貫して「美保」を「みお」と記している。実際に「美保(みほ)」は「みお」とも読まれた。美保神社の鶏を禁忌とする伝承については、私は美保関地域観光振興協議会公式ブログ「神々のいるまち美保関」の「えびす様とニワトリ」が非常に分かり易い。ハーンも次章で述べているが、フライングしてしまうと、本社の祭神事代主が対岸の東出雲の揖屋(いや)に居た溝杭姫(みぞぐいひめ)という女神のもとに妻問婚をしていたが、後朝(きぬぎぬ)の別れの合図としていた一番鶏が、ある時、誤って未だ深夜に鬨の声を挙げ、慌てて帰りの舟に乗った事代主が途中で櫂を流してしまい、仕方なく自身の足で漕いで行ったところが、運悪くその足を鮫に喰われてしまった、それ以来、恨み骨髄となった事代主は大の鶏嫌いとなった、という伝承である。また、書かれておられるのは氏子になった人物で、実際に氏子となって以来、鶏肉と卵を口にしていない、とある。]

 

 

Chapter Ten

 

At Mionoseki

 

Seki wa yoi toko,

Asahi wo ukete;

O-Yama arashiga

Soyo-soyoto!

 SONG OF MIONOSEKI.

[Seki is a goodly place, facing the morning sun. There, from the holy mountains, the winds blow softly, softly—soyosoyoto.]

 

Sec. 1

THE God of Mionoseki hates eggs, hen's eggs. Likewise he hates hens and chickens, and abhors the Cock above all living creatures. And in Mionoseki there are no cocks or hens or chickens or eggs. You could not buy a hen's egg in that place even for twenty times its weight in gold.

And no boat or junk or steamer could be hired to convey to Mionoseki so much as the feather of a chicken, much less an egg. Indeed, it is even held that if you have eaten eggs in the morning you must not dare to visit Mionoseki until the following day. For the great deity of Mionoseki is the patron of mariners and the ruler of storms; and woe unto the vessel which bears unto his shrine even the odour of an egg.

Once the tiny steamer which runs daily from Matsue to Mionoseki encountered some unexpectedly terrible weather on her outward journey, just after reaching the open sea. The crew insisted that something displeasing to Koto-shiro-nushi-no-Kami must have been surreptitiously brought on board. All the passengers were questioned in vain. Suddenly the captain discerned upon the stem of a little brass pipe which one of the men was smoking, smoking in the face of death, like a true Japanese, the figure of a crowing cock! Needless to say, that pipe was thrown overboard. Then the angry sea began to grow calm; and the little vessel safely steamed into the holy port, and cast anchor before the great torii of the shrine of the god!

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