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« 初夏   立原道造 | トップページ | 小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十一章 杵築のことゞも (一) »

2015/09/23

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十章 美保の關にて (八) 第十章~了

       八

 

 昨夕は舊日本の船頭を見た。今日は新日本の水夫を見ようとするのだ。沖に現れた帝國軍艦てふ怪物が、全港民を興奮させた。誰も彼も見物に行かうとしてゐる。路次に横つてゐた、すべての長い小舟は、好奇心に滿ちた人々を載せて、鋼鐡の巨像――五百人の乘組員分積める一等級の巡洋艦――へと、既に急ぎつゝある。

 私は前に述べた喫驚するやうな舟に乘つて行く。尤も獨りで行くのではない。實際その舟には殆ど立つ餘地がない。老若さまざまの乘客、就中尋常の艀舟で海へ出るのをびくびくしてゐる婦人達で、非常に込合ふてゐる。今しも舟を出すといふ間際に、一人の藝妓が生命賭けて群集の中へ飛込んだ。飛込んだ時に私の葉卷煙草に腕が觸れて火傷した。私は非常に氣の毒に思つたが、女は私の心配に對して陽氣げに笑つた。それから漕手共は悲調を帶びた睡氣を催すやうな歌を始める。

 軍艦へ達するには長い距離を漕がねばならなかつた。假睡せる機關の大きな肺臟からは、薄い煙の渦卷さへも揚げないで、夏の海上に美しい怪物が靜と聳えて居る。而してあの水夫が眠を催させるやうな歌には、屹度何か太古の魔力が含まれてゐるに相違ない。何故といふに、軍艦の横へ來るまでに最早、私は夢を眺やてゐるやうに感じたから。實際この光景は睡眠中の幻影のやうに奇異である。巨大な艦體の周圍に異樣な舟が群をなして徘徊戰慄してゐる。それからこの古風な港の、濶い袖の附いた長い着物をきた老若男女子供の群集は、蟻群の如くに一筋の絶間なき流れをなして、太い艦腹を徐々と上ぼりつゝある。しかも巣一杯の蜜蜂がぶんと唸るやうな口籠つた音を發するに過ぎない。低い笑聲と、小聲の喋々と、驚愕を抑へた囁きより成る音である。それは巨艦が人を威壓するからである。甲鐡の壁や砲塔や巨砲や太い鎖や、それから舷牆から微笑だもせずに、光景を見おろしてゐ數百の白い制服をつけた水兵の嚴肅な態度を、人々は赤ん坊の如く不思議がつて見てゐる。水兵も日本人ではあるが、一種の神祕的な作用で變化されて、宛然外國人のやうである。經驗を積んだ眼で以て始めて、その巖疊な水兵の國籍を見決めることが出來る。金で描いた帝國の紋章と、艦尾にちらつく日本字が見えなかつたら、褐色の拉丁人種が乘組んだ西班牙か伊大利の軍艦を眺めて居るのだと思ふ人があつても無理ではない。

 私は迚も乘船することは出來ない。鐡の梯子には縋りついた人々が、極限なき鎖をなしてゐる。紺色の着物の小學生徒、白毛交りの辨髮の老人、安心顏の赤兒を背負つて、帶で結んで、しつかりと綱につかまつてゐる勇敢な若い母達、百姓、漁師、藝妓、悉皆全くそこへ蠅が附着したやうだ。或人が十五分間待たねばならぬと云つたので、彼等は微笑を帶びた忍耐を以て待つてゐる。また彼等の背後に艦隊をなせる、艫の高い舟には、數百人が待つて、不思議がつて見てゐる。が、十五分間待たぬ内に、すべての人々の希望は、甲板から發せられた大聲の告知で、忽然破碎された。『もう、時間がないから、見せることは出來ません!』怪物は蒸汽發生させつゝある。將に去らうとしてゐる。最早誰も乘ることは許されない。すると、手綱に辛抱強くつかまつてゐた群集や、小舟の艦隊に辛抱強く待つてゐた人々から、『あゝ!』といふ一つの非常に悲しげな、長く引いた失望の聲が起こつて、續いてまた出雲訛で、無邪氣な罵倒の言葉が發せられた。『軍人は噓を云はぬかと思へば!噓つきだな!あゝ、さうだな!』かゝる場面には慣れたものらしく、軍人は微笑だもしない。

[やぶちゃん字注:「小舟の艦隊に辛抱強く待つてゐた人々から」は底本では「小舟の艦隊に辛抱強く待つて人々から」であるが、意味が通じない。脱字と断じて例外的に「ゐた」を挿入した。]

 しかし私共は巡洋艦の邊に低徊遊戈してゐて、見物人が小舟へ操てて下りるのや、錨鎖が緩慢で重さうな動作を以て上がつて行くのや、水兵が集まつて、舷側の何か判らぬものを解いたり結んだりするのを眺めた。一人の水兵が倒さまに屈んだので、白い帽子を落した。すると、それを拾ひ上げる名譽を得ようとして、小舟の競漕が始まつた。一人の水兵が舷牆に倚りかかり乍ら、仲間に云つてゐるのが明かに聞えた。『あゝ!外國人だな!何 にしに來てゐるだらう?』仲間も思案に窮して、『耶蘇の宣教師だらう』と云つた。私が日本服をきてゐるため、たとひ外國人たることは隱せなくても、宣教師だといふ見當はつきかねて、依然私は謎として殘つた。それから、『あぶない!』といふ大きな叫が起こつた――もし今、巡洋艦が動いたならば、見物人達は水に浸されたり、壓し潰されたり、溺れたり、名狀し難い騷擾が起こるだらう。すべての小舟は散亂逃去した。

[やぶちゃん字注:「操てて」はママ。意味不明。原文から見ると「あわてて」(慌てて)と読む以外には考えられないが。]

 私共の十人の裸體の漕手は、またその丁字形の柄のついた橈に向つて、力を發揮し、またその古い哀しげな歌を始めた。舟が漕いで歸る間、私の心には、私共が見物に行つた、あの鐡や蒸汽やあらゆる複雜な殺戮の機關を備へた、壯麗な怖ろしい物の莫大な費用のことが浮んできた。その費用は、膝まで沒する泥濘の田の中で絶えず骨を折つて、しかし自分の作つ米が食べられない數百萬の貧民から出して居るのだ。彼等の生命を養ふ食料の方が遙かに安價なのに相違ない。而かも彼等が所有せる少許のものを保護せんが爲めに、こんな怖ろしいものを作らねばならぬ――破壞の目的に對して數學的に應用したる科學の咄々奇怪なる創造物だ。

 神聖な山の麓、藍色の瓦の下、遠方に眠れる美保の關が今度は非常に愉快なものに思はれてくる――石燈籠や唐獅子のある、卵の嫌ひな神樣の居玉ふ古い古い美保の關――學校を除けば一切のものが、今猶中世紀である夢幻的な美保の關――艫の高い船や、尖つた舳の舟があつて、船頭の悲しげな歌の聞える處。

    アラホーノサノサ、

    イヤホーエンヤ。

         ギイ、

         ギイ。

 また苔の生えた古い古い石の埠頭へ着いた。輝ける海を漕ぎ歸ること一哩にして、私共は飄然一千年の昔へ飛行したのだ。顧みてあの兇惡な幻の居つた所を見ると、何も居ない。たゞ蒼穹の下に平滑な靑い海があつて、岬の少し向うには、小さな一點の白いものが見えるだけだ。それは一隻の帆船の帆である。水平線上には何も無い。軍艦は去つたのだ。しかし音も立てないで、また實に早い。十九浬の速力が出るのだ。事代主命よ、あの艦内には多分雞卵があつたものを!

 

[やぶちゃん注:「帝國軍艦」「五百人の乘組員分積める一等級の巡洋艦」恐らく、お詳しい方ならば、本艦を同定することが出来るものと思われる。但し、ネット上のデータを見ると、本格的な装甲巡洋艦は当時(明治二四(一八九一)年)の日本海軍にはなく、防護巡洋艦(防護甲板という主機室上部甲板のみの装甲で舷側には装甲を持たない軽防御巡洋艦)しかなかったはずであり、しかも当時の防護巡洋艦は日本海軍では正式には二等巡洋艦に分類されていたともあるので、これでは素人ではとても比定出来ないことが判った。識者の御教授を切に俟つものである。明治二四(一八九一)年の八月に美保関沖を航行した日本海軍の巡洋艦である。なお、最後の私の注も参照されたい

「喫驚する」音は「キツキヤウ(キッキョウ)」であるが、「びっくりする」と訓じていよう。「吃驚する」と同じい。

「舷牆」海事用語。「げんしやう(げんしょう)」と読み、甲板の両舷側に設けた乗員の転落や波浪を防ぐための鋼板製の柵のこと。「舷墻」とも書く。

「巖疊」「がんじよう(がんじょう)」で丈夫・堅固の意。「岩乗」とも書く。「頑丈」と同じであろう。

「拉丁人種」「拉丁」は「ラテン」。ラテン系人種。厳密にはラテン語を起源とする言語(ロマンス語・イタリア語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・ルーマニア語など)を母語とする人々の総称。ウィキの「ラテン系」によれば、『アメリカ合衆国では中南米からの移住者を、主にスペイン語話者であることからヒスパニックと呼んできたが、近年ラティーノ(Latino:ラテン系)とも称される。但し、ヒスパニックが文字通り「スペイン語圏(狭義では米国の隣国であるメキシコ)出身者」のみを指すのに対し、ラティーノはブラジルなど非スペイン語圏出身者も含んだ呼称である点に、注意を要する』とある。

「西班牙」スペイン。

「伊太利」イタリア。

「私は迚も乘船することは出來ない」この訳では、心情的に乗船することを許さない、拒否したくなった、という意味にも採れてしまうが(というか、実は今時のおぞましい日本を意識すると私はそう積極的に読みたくなってしまうのであるが)、これは原文の表現から、単に、余りに乗艦希望者が多過ぎ、結果的に軍艦には乗れなかった、の意である。但し、前の日本人水兵を冷酷で非日本人的に見えるとする強烈な描出や、以下のハーンの冷徹に重ねられる群がって乗艦しようとやっきになる人々への批判的視点を読むと、そうしたものを見つめているハーンの意識が急速に冷めてゆく印象――このおぞましい人殺しの道具でしかない軍艦への強い拒絶感が彼の中に「ある」――ということは最早、疑いないと私は信ずるものである。

「白毛交りの辨髮の老人」原文は“old men with grey queues”。“queue”(キュウー)は、主に英国で順番を待つ人や乗り物の列(米国では“line”が普通)以外に、昔の男性が垂らした添え髪や満州人の弁髪の意は確かにあるが、そもそもがこの単語はラテン語の「尻尾」の意であり、これは未だ髷(まげ)の跡を残しているか、薄くなった白髪交じりの少ない髪を後頭部に束ねている老人のことと私は採る。平井呈一氏は単に『ごま塩あたまの爺さん』と訳しておられる。

「悉皆」老婆心乍ら、「ことごとくみな」(無論、意味はそう)などと訓で読んではいけない。「シッカイ」である。

「また彼等の背後に艦隊をなせる、艫の高い舟には、數百人が待つて、不思議がつて見てゐる。」この「艫の高い舟」という訳が気になった。艫(とも:船の後部・船尾)が高いということは大型の和船であることを意味しようが、ここに美保関から来て集まっているのは、どうもそんなに大きな廻船のような和船とは思われないからである。そこで原文を見ると“and behind them in the fleet of high-prowed boats hundreds more wait and wonder.”であって、落合氏には悪いが、これは誤訳と私には思われる。“prow”は普通、船の舳(へさき)・船首の意である(ハーンはこの本文最後で艫(或いは艫にある少し高くなっている部分)のことを“poope”(プープ)という単語で区別している)。中小型の和船の場合、一艘であっても海上では、艫ではなくて尖った舳が目立つのが普通である。しかもここは一艘ではなく、“the fleet of high-prowed boats”、最後のそうした舳がつんつんと目立って見えている複数の“boats”なのであり、しかもそれが半端ない数の“the fleet”、まさに「船団」(落合氏の「艦隊」は目の前の本物の軍艦を皮肉って面白い訳ではある)を成しているというのである。因みに平井氏は『その連中のうしろには、へさきの高い船団に、まだまだ何百人という見物人がきょろきょしながら待っているという騒ぎだ』と如何にも自然に訳しておられる。

「もう、時間がないから、見せることは出來ません!」以下の台詞は原文では日本語のローマ字表記であることに注意されたい。平井氏は敢えてカタカナ表記でそれを匂わせて呉れている。

「軍人は噓を云はぬかと思へば!噓つきだな!あゝ、さうだな!」「かゝる場面には慣れたものらしく、軍人は微笑だもしない」今も昔も軍人は嘘しか言わないし、鉄面皮(おんたんちん)なんですよね、ハーン先生!

「遊戈」「いうよく(ゆうよく)」と読む。原義は糸弓で鳥を捕る狩猟を言ったが(「弋」は獲物を獲(と)るの意である)、後には専ら軍事用語として、艦船が敵艦に備えて海上をあちこちと動き回ることをいう。ここも冷たく去ろうとする軍艦に対する軍事用語で落合氏の皮肉が炸裂していて面白い。

私の心には、私共が見物に行つた、あの鐡や蒸汽やあらゆる複雜な殺戮の機關を備へた、壯麗な怖ろしい物の莫大な費用のことが浮んできた。その費用は、膝まで沒する泥濘の田の中で絶えず骨を折つて、しかし自分の作つ米が食べられない數百萬の貧民から出して居るのだ。彼等の生命を養ふ食料の方が遙かに安價なのに相違ない。而かも彼等が所有せる少許のものを保護せんが爲めに、こんな怖ろしいものを作らねばならぬ――破壞の目的に對して數學的に應用したる科學の咄々奇怪なる創造物だ。」黙って引用し、太字下線を引いておく。ハーン先生のために――

神聖な山の麓、藍色の瓦の下、遠方に眠れる美保の關が今度は非常に愉快なものに思はれてくる――石燈籠や唐獅子のある、卵の嫌ひな神樣の居玉ふ古い古い美保の關――學校を除けば一切のものが、今猶中世紀である夢幻的な美保の關――艫の高い船や、尖つた舳の舟があつて、船頭の悲しげな歌の聞える處。

    アラホーノサノサ、

    イヤホーエンヤ。

         ギイ、

         ギイ。

 また苔の生えた古い古い石の埠頭へ着いた。輝ける海を漕ぎ歸ること一哩にして、私共は飄然一千年の昔へ飛行したのだ。顧みてあの兇惡な幻の居つた所を見ると、何も居ない。たゞ蒼穹の下に平滑な靑い海があつて、岬の少し向うには、小さな一點の白いものが見えるだけだ。それは一隻の帆船の帆である。水平線上には何も無い。軍艦は去つたのだ。」同前。同じく――ハーン先生のために――

「十九浬の速力が出るのだ。」「浬」は船舶の速度単位である「ノツト(ノット)」と読む。原文は“She makes nineteen knots.”。一ノットは一時間に一海里(約一八五二メートル)を進む速度であるから、凡そ時速三十五キロメートル。なお、船を女性名詞とすることについては、「一般社団法人日本船主協会」公式サイト内の「海運雑学ゼミナール」の202 船を「彼女」と呼ぶ理由が私には実に腑に落ちた(注意しておくが定説はない)。必読!

「事代主命よ、あの艦内には多分雞卵があつたものを!」かの軍艦への、驚くべきハーン先生の痛烈強烈な呪詛である! 平井氏は『そうだ、事代神よ、あの艦のなかには、おそらく、卵がありましたぞ!』と訳しておられる。私がこの巡洋艦を特定したいのは、実は、その後、この軍艦がどうなったかを知りたいから、なのである。

 

 

Sec. 8

Last night I saw the seamen of Old Japan: to-day I shall see those of New Japan. An apparition in the offing has filled all this little port with excitementan Imperial man-of-war. Everybody is going out to look at her; and all the long boats that were lying in the alleys are already hastening, full of curious folk, to the steel colossus. A cruiser of the first class, with a crew of five hundred.

I take passage in one of those astounding craft I mentioned beforea sort of barge propelled by ten exceedingly strong naked men, wielding enormous oarsor rather, sweepswith cross-handles. But I do not go alone: indeed I can scarcely find room to stand, so crowded the boat is with passengers of all ages, especially women who are nervous about going to sea in an ordinary sampan. And a dancing-girl jumps into the crowd at the risk of her life, just as we push offand burns her arm against my cigar in the jump. I am very sorry for her; but she laughs merrily at my solicitude. And the rowers begin their melancholy somnolent song-

A-ra-ho-no-san-no-sa,
Iya-ho-en-ya!
   Ghi!
   Ghi!

It is a long pull to reach herthe beautiful monster, towering motionless there in the summer sea, with scarce a curling of thin smoke from the mighty lungs of her slumbering engines; and that somnolent song of our boatmen must surely have some ancient magic in it; for by the time we glide alongside I feel as if I were looking at a dream. Strange as a vision of sleep, indeed, this spectacle: the host of quaint craft hovering and trembling around that tremendous bulk; and all the long- robed, wide-sleeved multitude of the antique portmen, women, children -the grey and the young togethercrawling up those mighty flanks in one ceaseless stream, like a swarming of ants. And all this with a great humming like the humming of a hive,a sound made up of low laughter, and chattering in undertones, and subdued murmurs of amazement. For the colossus overawes themthis ship of the Tenshi-Sama, the Son of Heaven; and they wonder like babies at the walls and the turrets of steel, and the giant guns and the mighty chains, and the stern bearing of the white-uniformed hundreds looking down upon the scene without a smile, over the iron bulwarks. Japanese those alsoyet changed by some mysterious process into the semblance of strangers. Only the experienced eye could readily decide the nationality of those stalwart marines: but for the sight of the Imperial arms in gold, and the glimmering ideographs upon the stern, one might well suppose one's self gazing at some Spanish or Italian ship-of-war manned by brown Latin men.

I cannot possibly get on board. The iron steps are occupied by an endless chain of clinging bodiesblue-robed boys from school, and old men with grey queues, and fearless young mothers holding fast to the ropes with over-confident babies strapped to their backs, and peasants, and fishers, and dancing-girls. They are now simply sticking there like flies: somebody-has told them they must wait fifteen minutes. So they wait with smiling patience, and behind them in the fleet of high-prowed boats hundreds more wait and wonder. But they do not wait for fifteen minutes! All hopes are suddenly shattered by a stentorian announcement from the deck: 'Mo jikan ga naikara, miseru koto dekimasen!' The monster is getting up steamgoing away: nobody else will be allowed to come on board. And from the patient swarm of clingers to the hand-ropes, and the patient waiters in the fleet of boats, there goes up one exceedingly plaintive and prolonged 'Aa!' of disappointment, followed by artless reproaches in Izumo dialect: 'Gun-jin wa uso iwanuka to omoya!- uso-tsuki dana!aa! so dana!' ('War-people-as-for-lies-never-say-that-we-thought!Aa-aa-aa!') Apparently the gunjin are accustomed to such scenes; for they do not even smile.

But we linger near the cruiser to watch the hurried descent of the sightseers into their boats, and the slow ponderous motion of the chain- cables ascending, and the swarming of sailors down over the bows to fasten and unfasten mysterious things. One, bending head-downwards, drops his white cap; and there is a race of boats for the honour of picking it up. A marine leaning over the bulwarks audibly observes to a comrade: 'Aa! gwaikojn dana!nani ski ni kite iru daro?'The other vainly suggests: 'Yasu-no-senkyoshi daro.' My Japanese costume does not disguise the fact that I am an alien; but it saves me from the imputation of being a missionary. I remain an enigma. Then there are loud cries of 'Abunail'if the cruiser were to move now there would be swamping and crushing and drowning unspeakable. All the little boats scatter and flee away.

Our ten naked oarsmen once more bend to their cross-handled oars, and recommence their ancient melancholy song. And as we glide back, there comes to me the idea of the prodigious cost of that which we went forth to see, the magnificent horror of steel and steam and all the multiple enginery of deathpaid for by those humble millions who toil for ever knee-deep in the slime of rice-fields, yet can never afford to eat their own rice! Far cheaper must be the food they live upon; and nevertheless, merely to protect the little that they own, such nightmares must be called into existencemonstrous creations of science mathematically applied to the ends of destruction.

How delightful Mionoseki now seems, drowsing far off there under its blue tiles at the feet of the holy hills!immemorial Mionoseki, with its lamps and lions of stone, and its god who hates eggs!pretty fantastic Mionoseki, where all things, save the schools, are medieval still: the high-pooped junks, and the long-nosed boats, and the plaintive chants of oarsmen!

A-ra-ho-no-san-no-sa,
Iya-ho-en-ya!
         Ghi!
         Ghi!

And we touch the mossed and ancient wharves of stone again: over one mile of lucent sea we have floated back a thousand years! I turn to look at the place of that sinister visionand lo!there is nothing there! Only the level blue of the flood under the hollow blue of the skyand, just beyond the promontory, one far, small white speck: the sail of a junk. The horizon is naked. Gone!but how soundlessly, how swiftly! She makes nineteen knots. And, oh! Koto-shiro-nushi-no-Kami, there probably existed eggs on board!

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