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2015/09/15

カテゴリ「立原道造」創始 /「ひとり林に‥‥」(草稿) 及び その決定稿「眞冬のかたみに」 並びに 別篇「ひとり林に‥‥」

ある種の神経症的に駆られる、ある僕の内なる感情に基づいて、カテゴリ「立原道造」(大正三(一九一四)年七月三十日~昭和一四(一九三九)年三月二十九日)を創始する――

僕は彼の全集を持っておらず、彼の詩の総てに目を通した訳ではない(これが永く纏まった電子化を躊躇してきた主な理由である)――

しかし、僕は確かに――
密かに彼の詩篇を愛し続けてきた――

「ただ、それだけの、ことです‥‥」――

 

追記:但し無論、僕のサイトやブログの自己拘束としての節は保持する。則ち、自慰のために既に何処かで電子化されてしまったものと同じ見慣れた退屈なものを垂れ流すことはしない。それでいてしかし、それなりに意義のあると僕の考えるテクストをお示しするつもりである‥‥さても‥‥それが如何なるものか‥‥どうぞ――その眼で――ご覧あれ‥‥

 

   *   *   *

 

 

 

    ひとり林に‥‥

 

山のみねの いただきの ぎざぎざの上

あるのは 靑く淡い色 あれは空‥‥

空のかげに 輝く日 空のおくに

ながれる雲‥‥私はおもふ 空のあちらを

 

夏の日に咲いてゐた 百合の花も ゆふすげも

薊の花も 堅い雪の底に かくれてゐる

みどりの草も いまはなく 梢の影が

茜色の こまかい線を 編んでゐる

 

ふと過ぎる‥‥あれは頰白 あれは鶸!

透いた林のあちらには 山のみねのぎざぎざが

ながめてゐる 私を 私たちを 村を――

 

すべてに 休みがある ふかい息をつきながら

耳からとほく 風と風とが ささやきかはしてゐる

――ああ この眞白い野に 蝶を飛ばせよ!‥‥

 

 

[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。太字「たち」は底本では傍点「ヽ」。

 この底本の書籍は標題等には全く示されていないが、最後の「後記」によって、堀辰雄が中心となって生前刊行された自選二詩集「萱草に寄す」(処女詩集。昭和一二(一九三七)年五月クレジット(実際には印刷遅延により七月)の「風信子(ヒヤシンス)叢書第一冊」として刊行された私家版で百十一部限定)「曉(あかつき)と夕(ゆふべ)の詩」(同昭和十二年十二月に「風信子叢書第二冊」として百六十五部限定刊行)に並べ、生前の道造が最後に構想していた幻の詩集「優しき歌」の原稿(当時、中村真一郎が所蔵)をもとに推定された詩集「優しき歌」(「序」及び「Ⅰ」から「Ⅹ」のナンバーを持つ詩篇群)を添え、更に第二部(「Ⅱ」)に初期詩篇二十七篇、第三部(「Ⅲ」)に未発表の未定稿詩篇五篇、「補遺」二篇を載せたものである。

 本詩篇はそのたった二篇の「補遺」の中の一篇である。

 なお、この底本で用いられているローマ数字は道造も多様したものであり、道造の打ったナンバーと誤解され易く、私は感心しない。また、それとは別に、本書で示された「優しき歌」が死後の堀らによる推定編集版詩集であることを理解せずに、「優しき歌」及びその詩を刊行された定稿詩篇と思い込んで読んでいる読者も少なくないものと私には思われる。例えば、教科書にも採られ、人口に膾炙し、私も教師時代に好んで朗読した「草に寢て‥‥」〔リンク先は私のブログの新字正仮名テクスト。本書の表記は以上のように二点リーダで四つ。後日、別に正確に電子化する。〕は、この死後編集になる新詩集の第二部に載ることで広く知られるようになったものであって、生前の刊行詩集には載らない詩篇であるという事実などは、意外の感を与えるかも知れない。

 さて本初回で電子化した詩篇「ひとり林に‥‥」は、全く同題のものが、本底本の第二部の中に以下のようにある。

   *

 

    ひとり林に‥‥

 

だれも 見てゐないのに

咲いてゐる 花と花

だれも きいてゐないのに

啼いてゐる 鳥と鳥

 

通りおくれた雲が 梢の

空たかく ながされて行く

靑い靑いあそこには 風が

さやさや すぎるのだらう

 

草の葉には 草の葉のかげ

うごかないそれの ふかみには

てんたうむしが ねむつてゐる

 

うたふやうな沈默に ひたり

私の胸は 溢れる泉! かたく

脈打つひびきが時を すすめる

 

   *

しかしこれは、どう見ても本詩を草稿とするものとは思われず、根本から全く別なシチュエーションであって、全く別な詩篇詩想であるが判る。しかして、底本の堀辰雄の「後記」を見ると、本詩篇は『第二部のなかの「眞冬のかたみに」の原形であると見なされる』と記されてある(既に述べた通り、「第二部」とは堀らが選んだ初期詩篇集である)。

 さればこそ「眞冬のかたみに」を引こう。

   *

 

    眞冬のかたみに
 
      
Heinrich Vogeler gewidmet

 

追ひもせずに 追はれもせずに 枯木のかげに

立つて 見つめてゐる まつ白い雪の

おもてに ながされた 私の影を――

(かなしく 靑い形は 見えて來る)

 

私はきいてゐる さう! たしかに

私は きいてゐる その影の うたつてゐるのを……

それは涙ぐんだ鼻聲に かへらない

昔の過ぎた夏花のしらべを うたふ

 

⦅あれは頰白 あれは鶸 あれは 樅の樹 あれは

私‥‥私は鶸 私は 樅の樹‥‥⦆ こたへもなしに

私と影とは 眺めあふ いつかもそれはさうだつたやうに

 

影は きいてゐる 私の心に うたふのを

ひとすぢの 古い小川のさやぎのやうに

溢れる泪の うたふのを‥‥雪のおもてに――

 

   *

Heinrich Vogeler gewidmet」「Heinrich Vogeler」はドイツブレーメン出身の画家・建築家であったヨハン・ハインリヒ・フォーゲラー(Johann Heinrich Vogeler 一八七二年~一九四二年)。港区南青山の画廊有限会社ワタヌキの公式ブログ「ときの忘れもの」のハインリッヒ・フォーゲラーに事蹟や絵が載る。「gewidmet」(ゲヴィッドメット)は“widmen”(ヴィトメン)の過去分詞形で「~に捧げる」(厳密には「捧げたる」)の意。ドイツ語ウィキ(これはウィキペデイアの中でも良質な記載として評価されており、彩色画も多く見られる)もリンクしておく。

 確かに堀の言うように詩想の類似性は強く、草稿の一つと考えて然るべきものではある。あるが、私はこれはこれで、全く独立した詩篇として味わうことが十全に可能なものと思う。というより、堀自身、そう思ったからこそ特に選んでこれを本底本の「補遺」に載せたものと思うのである。]

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