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2015/10/17

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十五章 狐 (一五) / “Glimpses of Unfamiliar Japan”第一巻~了

        一五

 

 しかし是等の奇異なる信仰は、急速に亡びつゝある。年々稻荷の社祠は、ますます頽廢して行つて、再建されるのは決してない。年々彫像師が作る狐の數は減じて行く。年々狐憑きの犧牲となつて、病院――獨逸語を操る日本の醫者が、最も進歩せる科學的方法によつて治療を施す病院――ヘ送られる患者も少くなつた。その原因は古い信仰の衰頽に存するのではない。迷信は宗教の亡びたる後にも殘るのだ。況してそれは西洋から來た宣教師輩の勸誘的努力によるのでもない――彼等の多くは惡魔といふものの熱誠なる信仰を告白してゐるのだ。それは全然教育のためだ。迷信に取つて萬能力を有する敵は、公立學校である。そこでは近代の科學が、宗派または偏見によつて、妨げられることなく教へられてゐる そこでは極貧な人々の兒童も、西洋文明に接することが出來る。そこでは十四歳位の男兒、又は女子にして、チンダル、ダーウヰン、ハクスレー、或はハーバート・スペンサアなど、諸大家の名を知らぬものは一人もない。惡戲の際に狐の神の鼻を毀はす小さな手は、また植物の進化や、出雲の地質に關する論文を書くことが出來る。新しい學問によつて、新しい時代の人々に啓示されたる、美しき、自然そのまゝの世界には、妖狐の存すべき餘地はない。全能の陰陽師と改革者は子供なのだ。

 

[やぶちゃん注:以上、敢えて本章では、主に被差別上の問題及び著作権上の問題から引用等を控えたが、私も所持する一九九〇年三一書房刊の「日本民俗文化資料集成 第七巻 憑きもの」には、まさに出雲や山陰地方の狐憑きをテーマとした「人狐・狐憑き・狐持ちの実態」(出雲民俗の会)、「人狐――伝説とその正体」(岩田正俊)、「狐持ち研究への疑問」(速水保孝)、「狐持ちと双系的親族組織」(丸山孝一)という極めて優れた論文群が所載されている。学術上の興味を持たれた方は、まず本書をお読みになられることを強くお薦めしたい。

「況してそれは西洋から來た宣教師輩の勸誘的努力によるのでもない――彼等の多くは惡魔といふものの熱誠なる信仰を告白してゐるのだ」既注であるが、老婆心乍ら、「況して」は「まして」と訓じ、「熱誠」は「ねつせい(ねっせい)」で、熱情の籠った誠意。熱い真心が籠っていることを言う(無論、キリスト教嫌いのハーンは皮肉で形容している)。しかし現行の日本語としてはちょっと読み取り難い。平井呈一氏の訳は『ましてや、西洋からやってきた宣教師どもの勸誘の力によるものでもない。宣教師どもの多くは悪魔に対する熱烈な信仰を説いている輩(やから)どもである』とすっきりすんなりと腑に落ちるものである。

「チンダル」アイルランド出身の物理学者で登山家としても知られたジョン・ティンダル(John Tyndall 一八二〇年~一八九三年)。チンダル現象(微小な粒子が分散している透明物質やコロイド溶液に光を入射させると、光が微小粒子によって散乱されて光の通路だけが濁って見える現象)の発見者として最も知られる。

「ダーウヰン」言わずもがな、進化論イギリスの自然科学者チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin 一八〇九年~一八八二年)。

「ハクスレー」ダーウィンの進化論を支持して「ダーウィンの番犬(ブルドッグ)」の異名でもって知られたイギリスの生物学者トマス・ヘンリー・ハクスリー(Thomas Henry Huxley 一八二五年~一八九五年)。但し、自然科学者としての彼は事実はダーゥインの自然選択説よりも寧ろ、唯物論的科学を志向しており、参照したウィキトマス・ヘンリー・ハクスリーによれば、『ダーウィンのアイディアの多くに反対であった(たとえば漸進的な進化)』とある。

「ハーバート・スペンサア」イギリスの哲学者で社会学の創始者の一人としても知られるハーバート・スペンサー(Herbert Spencer 一八二〇年~一九〇三年)。参照したウィキハーバート・スペンサーによれば(アラビア数字を漢数字に代えた)、『一八八〇~九〇年代の明治期日本では、スペンサーの著作が数多く翻訳され、「スペンサーの時代」と呼ばれるほどであった。たとえば、一八六〇年の『教育論』は、尺振八の訳で一八八〇年に『斯氏教育論』と題して刊行され、「スペンサーの教育論」として広く知られた。その社会進化論に裏打ちされたスペンサーの自由放任主義や社会有機体説は、当時の日本における自由民権運動の思想的支柱としても迎えられ、数多くの訳書が読まれた。しかし、スペンサーからみると、封建制をようやく脱した程度の当時の日本は、憲法を持つなど急速な近代化は背伸びのしすぎであると考え、森有礼のあっせんで、一八八三年に板垣退助と会見した時も、彼の自由民権的な発言を空理空論ととらえ、けんか別れをしたといわれる。 このようなことがあったにもかかわらず、一八八六年には浜野定四郎らの訳により『政法哲学』が出版されるほど、日本でスペンサーの考えは浸透していた』とある。以上の四名の内、ダーゥイン(死後九年)を除いて、本書が執筆された明治二四(一八九一)年の段階でまだ存命していた近代科学と思想を現に荷っていた人物である。また、一八五九年にダーウィンが提唱した進化論が本格的に日本に紹介されたのは明治 一〇(一八七七)年の東京大学でのエドワード・モースの講義が濫觴であり(E.S.モース石川欣一訳「日本その日その日」を参照されたい)一般民衆の受容は明治三七(一九〇四)年の丘浅次郎の「進化論講話」によったと考えてよいから(丘先生生物講話」電子化ていので参考にされたい。将来はまさにこの「進化論講話」も手掛けたいと考えている)、まさに「死せる」ダーウィンもまたアップ・トゥ・デイトな「生きた」西欧最新の近代科学思想家であったのである。

 

 本章を以って原典“Glimpses of Unfamiliar Japan”の第一巻(全二巻構成)が終わる。]

 

Sec. 15

But these strange beliefs are swiftly passing away. Year by year more shrines of Inari crumble down, never to be rebuilt. Year by year the statuaries make fewer images of foxes. Year by year fewer victims of fox-possession are taken to the hospitals to be treated according to the best scientific methods by Japanese physicians who speak German. The cause is not to be found in the decadence of the old faiths: a superstition outlives a religion. Much less is it to be sought for in the efforts of proselytising missionaries from the West—most of whom profess an earnest belief in devils. It is purely educational. The omnipotent enemy of superstition is the public school, where the teaching of modern science is unclogged by sectarianism or prejudice; where the children of the poorest may learn the wisdom of the Occident; where there is not a boy or a girl of fourteen ignorant of the great names of Tyndall, of Darwin, of Huxley, of Herbert Spencer. The little hands that break the Fox-god's nose in mischievous play can also write essays upon the evolution of plants and about the geology of Izumo. There is no place for ghostly foxes in the beautiful nature-world revealed by new studies to the new generation The omnipotent exorciser and reformer is the Kodomo.

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