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« 柳田國男 蝸牛考 初版(11) 語感の推移 | トップページ | 小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十六章 日本の庭 (六) »

2015/10/24

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十六章 日本の庭 (五)


        五

 樹木は、灌木同樣、その珍らしい詩と傳説とを有つて居る。石の如くに、樹木には一々、庭の構成上のその位置と目的とに從つて、特殊の風景的な名がある。恰も岩と石が庭の地面計畫の骨骼を成すが如くに、松の木がその樹木意匠の骨組を成す。松の木が全體に肉體を與へるのである。此處の庭には松は五本ある――苦しめられて奇妙な恰好になつて居る松ではなくして、長年の倦まず撓まずの世話と、思慮分別ある刈込みとの爲め驚く許り繪のやうに、美しくなつて居る松である。庭師の目的は、ごつごつな線を畫かう、葉を――日本の藝術が金屬の象眼に、或は金色の漆器に之を模することに決して飽かぬ、あの針のやうな黑味がかつた綠の葉を――かためて付けよう、とするその本來の傾向を出來うる限り、發展せしむるにあつたのである。松はこの表象の國では表象の木である。永久に綠で居るから、同時に不撓不屈の目的と、強壯な老齡との徽號である。そしてその針の恰好した葉は、惡鬼を追ひ拂ふ力があると信ぜられて居る。 

 

 サクラノキ、日本のチエリイツリイが――チエムバレン教授がいかにも正常に述べて居らるゝ如く、其花は『歐羅巴が示し得る如何なる物よりも、比較を絶して遙かに美しい』あの木が――二本ある。これには多くの變種が栽培され鐘愛されて居る。自分の庭のは最も微かな淡紅の、紅味を帶びた白の、花を着ける。春、その木が花を咲かすと、ほのかに夕日に色どられた羊毛のやうな、雲の塊が最も高い空から漂ひ降りて、枝を抱いて居るが如くである。この比喩は決して詩的誇張では無い、また斬新でも無い。自然が爲し得る最も驚嘆すべき花の表示の日本古來の叙述である。日本での花盛りの櫻の木を一度も見らことのない讀者は、その眺めの美しさは到底も想像が出來ぬ。綠の葉は少しも無い。葉は後から出る。華麗極はまりない、花の全くの一と爆發で、そのまた花の美妙な霞で大枝も、小枝も殘らず蔽はれて居る。そして、その木一本々々の下の地面は、淡紅ゐの積雪を見るが如くで、落ちを花瓣に地が見えぬ程に厚く蔽はれる。

 然しそれは栽培した櫻の木である。他に、ヤマザクラ【註】即ち山櫻のやうな、花より前に葉を出すのがある。

    註。この山櫻に就いては、日本人が
    地口を好む例證になる滑稽な話があ
    る。それを充分に鑑賞するには、讀
    者は日本語の名詞には、單數複數の
    差別が無いことを知らなければなら
    ぬ。『ハ』といふ語は、發音しただ
    けでは「葉」「齒」いづれをも意味
    し、『ハナ』といふ語は「花」「鼻」
    いづれをも意味すゐ。山櫻はそのハ
    (葉)をハナ(花)より前に出す。
    そこで、ハ(齒)がハナ(鼻)より
    前に突き出て居る人を、ヤマザクラ
    だと言ふ。突顎は日本では、殊に下
    流階級では、珍らしく無い。

が然し、これ亦美と象徴とのその詩を有つて居る。神道の大家で詩人であつた本はかう歌つた。

    シキシマノ

      ヤマトゴコロヲ

    ヒトトハバ

      アサヒニニホフ

    ヤマザクラバナ

 栽培されているものでも、栽培されないものでも、日本の櫻は徽號である。昔のサムラヒの庭に植ゑてあるものは、たゞその麗はしさばかりの爲めに、大事にされるのでは無かつた。その淸淨無垢の花は、非常な慇懃と眞實な勇式とに屬する、彼(か)の感情の優美と生活の非類無さとを象徴するものと考へられで居た。『花は櫻木、人は武士』と古い諺は云つて居る。

 此庭の西の端を陰らせて、そして綠の廂の上にその滑らかな黑い四肢を突き出して、餘程年數を經た、そして元々、他の庭でと同樣、その花の咲くのを見る穴めに植ゑられたに相違無い立派なウメノキ即ち日本のプラムツリイが一本ある。春の極くの始めの梅の花【註】は、それから全(まる)一月後で無いと咲かぬ、櫻の木に劣らず驚くべきもので、兩方とも花が咲くとみんな業を休んで、それを賞め稱へる。

    註。顯著な變種が三つある。一つは
    紅い花をつけるもの、一つは淡紅と
    白の花をつけるもの、今一つは純白
    の花をけるもの。

が、この二つが一番有名であるが、斯く世人の愛好を蒙る花は、この二つだけでは無い。藤、朝顏、牡丹、各々その季節には、それを見る全市の住民を田舍に赴かしむるに足る程の美はしい花を見せる。出雲では、牡丹の花は殊に驚く可きである。之を觀るのに一番有名な處は、中海(なかうみ)といふ大きな鹹湖の中にある、松江から船で一時間ばかりの、大根島(だいこんしま)といふ小さな島である。五月には、島が牝丹で紅ゐに燃える。小學校の男女兒童すら、それを眺めて樂しむ爲め、一日の休暇を貰ふ。

 梅の花は美に於て、確かに櫻の花の敵手であるのに、日本人は婦人の美をば――肉體美をば――櫻の花に較(たと)へて、決して梅の花には較へぬ。然しまた、之に反して、婦人の貞節と深切とは梅の花に例へて、決して櫻の花には例(たと)へぬ。或る著者が斷言したやうに、日本人は女を木や花に例へることを考へぬと斷言するのは大なる誤である。優しさには、少女はほつそりした柳に【註一】、若盛りの色香には、花の盛りの櫻に、心の麗はしさには、花の咲いて居る梅の木に例へられて居る

    註一。『ヤナギゴシ』」といふ言葉は、
    ほつそりした美しさを柳の木に例へ
    る、普通使用されて居る多くの言葉
    の一つである。

それどころか、日本の昔の詩人は女をあらゆる美しい物に例へて居る。次記の歌に見るが如くに、その種々な姿勢に對し、その動作に對して、彼等は花から比喩を求めさへしてゐるのである。

    タテバ  シヤクヤク【註二】

    スワレバ  ボタン

    アルク  スガタハ

    ヒメユリ  ノ  ハナ

    註二。學名ピオニア・アルビフロラ。
    此名は優美なといふ意味を含んで居
    る。ボタン(英語のツリイ・ピオニイ)
    への比喩は、この日本の花を知つて
    居る人だけが、充分に鑑賞が出來る。

    註三。ヒメユリと言はずにケシユリ
    (英語のポピイ)と言ふ人もある。
    前者は優美な一種の百合で、學名リ
    リウム・カロスムである。

 實際、身分の非常に賤しい田舍娘の名でさへ、往々敬語の『お』【註】を前に附けた美しい木又は花の名のことがある。舞子やヂヨラウの職業的な華名は、言ふまでも無いとして、オマツ(松)、オタケ(竹)、オムメ(梅)、オハナ(花)、オイネ(稻)の如きそれである。ところが、娘が有つて居る木の名のうち、その或る者の起原は、木そのものの美しさについての、どんな民衆觀念にも求むべきでは無くして、寧ろ長命とか幸福とか幸運とかの徽號としての、その木の民間思想に求めなければならぬ、と可なり有力に議論され來つて居る。が、それはどうあらうとも、日本人が女を木や花にたとへる、その比喩が美的感念に於て少しも、我々西洋人の比喩に劣つて居ないことを、今日の諺、詩、歌、並びに日常の言葉が充分に證明して居るのである。

    註。今は日本の社會のより高等な階
    級では、『お』を、概して言つて、
    娘の名の前に用ひず、また派手な稱
    呼は息女の名には附けぬ。貧しい可
    なりな階級のうちに在つてすら、藝
    者なんかの名に似た名は嫌はれて居
    居る。上に記載した名は立派な正し
    い、日常の名である。

[やぶちゃん注:「サクラノキ」訳者は省略しているが、原注があり、そこにはCerasus pseudo-cerasus (Lindley).”とある。しかしこれはバラ亜綱バラ目バラ科サクラ属 Cerasus カラミザクラ(唐実桜/別名シロバナカラミザクラ・シナミザクラ・チュウゴクミザクラ/英名Chinese sour cherry false cherryCerasus pseudocerasus (Lindl) のことで、我々が一般に「桜」として認識するそれとは異なるし、ハーンの居宅のそれもこのカラミザクラではなかった可能性が高い。ここは最も誰もが肯んずるはずの、サクラ属品種ソメイヨシノ(染井吉野)Cerasus × yedoensis (Matsum.) A.V.Vassil. ‘Somei-yoshino’ をどうしても示しておきたい。

「チエムバレン教授がいかにも正常に述べて居らるゝ如く、其花は『歐羅巴が示し得る如何なる物よりも、比較を絶して遙かに美しい』」既注のイギリスの日本研究家で東京帝国大学文学部名誉教師バジル・ホール・チェンバレン(Basil Hall Chamberlain 一八五〇年~一九三五年)が書いた“Things Japanese”か? 当該書を私は読んでいないので不詳。識者の御教授を乞う。 
「ヤマザクラ」本邦の野生の桜の代表的種で和歌にも数多く詠まている、サクラ属ヤマザクラ
Cerasus jamasakura (Siebold ex Koidz.)H.Ohba, 1992 である。

「シキシマノ/ヤマトゴコロヲ/ヒトトハバ/アサヒニニホフ/ヤマザクラバナ」は国学者本居宣長(享保一五(一七三〇)年~享和元(一八〇一)年)が寛政二(一七九〇)年この年に描かれた六十一歳の自身の肖像に書きつけた自賛歌である。

 敷島のやまと心を人とはば朝日ににほふ山ざくら花

自撰家集には採られていないが、宣長の代表的名歌とされてよく引き合いに出される。

「鹹湖」「かんこ」と読み、「塩湖」(湖水塩分が一リットル中に〇・五グラム以上含まれる湖を指す)と同義であるが、塩湖は陸に閉ざされた湖(内陸湖)の塩分(主成分を塩化ナトリウムとする)やその他塩類の濃度が、通常の淡水湖よりも高くなっている湖をいう。平井氏もこの語を使っているが、頗る不審である。中海は海と繋がる汽水湖であって、用法としてはとんでもない間違いであるからである。そもそもが原文は“lagoon”で、普通に「潟湖」でいいはずである。

「大根島」現行では「だいこんじま」と濁る。ウィキの「大根島」より引くと、島根県の東部中海に浮かぶ島で、東西三・三、南北二・二、周囲約十二キロメートル。極めて平坦な島で、最高地点の大塚山山頂でもわずか標高四十二メートルである。『しかし、大根島全体と隣の江島は玄武岩質の小規模火山(大根島火山)である。粘性の低い玄武岩質溶岩で島ができているため傾斜が緩やかで平坦である』。『隣の江島と共に八束郡八束町を構成していたが、市町村合併(平成の大合併)によって松江市八束町になった』。『江島や松江市街側からは干拓用護岸道路で結ばれている』(中海の干拓事業は二〇〇二年に中止となっている)。『大根島を形成する大根島玄武岩は』今から約十二万年乃至三十万年前に形成されたと推定され』、『有史上は『出雲国風土記』に「たこ島」という名前で記載があり、奈良時代当時は牧場として土地利用されていたようである。その後、島の火山灰土質が高麗人蔘と牡丹の栽培に合っているので江戸時代より栽培が盛んになった』。「出雲国風土記」によれば、『杵築の御崎のたこを捕らえた大鷲がこの島に飛来したことにより「たこ島」と名付けられたとの言い伝えが紹介されている。たこから太根(たく)そして大根(たいこ)と変化して今に至る。一方、人参を大根とよびかえたのが島の名の由来という説もある』と名の由来を記す。

「或る著者が斷言したやうに、日本人は女を木や花に例へることを考へぬと斷言するのは大なる誤である」出典不詳。識者の御教授を乞う。

「タテバシヤクヤク/スワレバボタン/アルクスガタハ/ヒメユリノハナ」一般には、

 立てば芍藥坐(すは)れば牡丹歩く姿は百合の花

で知られる都都逸であるが(平井氏は表記の一部が違うだけでほぼこれで訳されておられる)、調べてみると他にも「立てば芍藥座居(とい)すりゃ牡丹あるき姿は山丹(ゆり)の花」「立てば芍藥居(とと)すりや牡丹歩行(ある)く姿は百合の花」「立てば芍藥座れば牡丹歩く姿がゆりの花」などがあり、最初の出典は定かでない。諸情報を綜合すると、江戸中期の文化年間には存在していた都都逸である。なお、これはもともと漢方に於ける症状とそれに対する生薬の処方を譬えたものという解釈があることを今回初めて知った。知ったが、どうも漢方サイトの慇懃な詳説なんぞを読んでも如何にも、如何にもな御説にして話半分、信じ難いというのが印象である。

「シヤクヤク」「學名ピオニア・アルビフロラ」ユキノシタ目ボタン科ボタン属 Paeonia シャクヤク(芍薬) Paeonia lactiflora。音写は現行では「パエオニア・アルビフローラ」である。

「ボタン(英語のツリイ・ピオニイ)」ボタン属ボタン(牡丹) Paeonia suffruticosa(パエオニア・スッフルティコサ)。英名は“Peony”で、私には「ピィアィ」に聴こえる。因みにこの学名と英名はギリシャ語源で、ギリシア神話で神々の傷を治したという医神“Paeon”(ペオン)に基づき、シャクヤクが古くより薬用とされたことに由来すると英和辞典その他にあった。

「ヒメユリ」「優美な一種の百合で、學名リリウム・カロスム」ハーンの比定するそれは現在、絶滅危惧種に指定されている単子葉植物綱ユリ目ユリ科ユリ属ノヒメユリ(姫百合又はスゲユリ(菅百合))という和名のLilium callosum(リリウム・カロースム)である。現行の種としての和名「ヒメユリ」はユリ属ヒメユリ Lilium concolor (Salisb.)(リリウム・コンカラー)で別種である(やや色は似ている。グーグル画像検索Lilium callosumLilium concolorをリンクさせておくが、当該画像が総てそれぞれの種だけではない(特に前者)ので注意が必要である)。

「ケシユリ(英語のポピイ)」実は原文は「キシユリ」となっているが、不審になって原典を確認したところ、“kesiyuri (poppy)”とあり、誤訳か誤植であることが分かったので、例外的に訂した。これはもう、「芥子」「罌粟」でモクレン亜綱ケシ目ケシ科ケシ属 Papaver に属するケシの花、ポピーのことである。通常の西洋人読者や現行の日本人読者が想起するのはケシ属の園芸種ヒナゲシ Papaver rhoeas(パパウェル・ロエアス)である(本邦へのケシ類の渡来は桃山から江戸時代にかけて中国からであった)。] 

 

Sec.5

The trees, like the shrubs, have their curious poetry and legends. Like the stones, each tree has its special landscape name according to its position and purpose 
in the composition. Just as rocks and stones form the skeleton of the ground-plan of a garden, so pines form the framework of its foliage design. They give body to the whole. In this garden there are five pines,
not pines tormented into fantasticalities, but pines made wondrously picturesque by long and tireless care and judicious trimming. The object of the gardener has been to develop to the utmost possible degree their natural tendency to rugged line and massings of foliagethat spiny sombre-green foliage which Japanese art is never weary of imitating in metal inlay or golden lacquer. The pine is a symbolic tree in this land of symbolism. Ever green, it is at once the emblem of unflinching purpose and of vigorous old age; and its needle- shaped leaves are credited with the power of driving demons away.

There are two sakuranoki, [11] Japanese cherry-treesthose trees whose blossoms, as Professor Chamberlain so justly observes, are 'beyond comparison more lovely than anything Europe has to show.' Many varieties are cultivated and loved; those in my garden bear blossoms of the most ethereal pink, a flushed white. 
When, in spring, the trees flower, it is as though fleeciest masses of cloud faintly tinged by sunset had floated down from the highest sky to fold themselves about the branches. This comparison is no poetical exaggeration; neither is it original: it is an ancient Japanese description of the most marvellous floral exhibition which nature is capable of making. The reader who has never seen a cherry-tree blossoming in Japan cannot possibly imagine the delight of the spectacle. There are no green leaves; these come later: there is only one glorious burst of blossoms, veiling every twig and bough in their delicate mist; and the soil beneath each tree is covered deep out of sight by fallen petals as by a drift of pink snow.

But these are cultivated cherry-trees. There are others which put forth their leaves before their blossoms, such as the yamazakura, or mountain cherry. [12] 
This, too, however, has its poetry of beauty and of symbolism. Sang the great Shinto writer and poet, Motowori:

  Shikishima no

   Yamato-gokoro wo

  Hito-towaba,

   Asa-hi ni niou

  Yamazakurabana.[13]

 

Whether cultivated or uncultivated, the Japanese cherry-trees are emblems. Those planted in old samurai gardens were not cherished for their loveliness alone. 
Their spotless blossoms were regarded as symbolising that delicacy of sentiment and blamelessness of life belonging to high courtesy and true knightliness. 'As 
the cherry flower is first among flowers,' says an old proverb, 'so should the warrior be first among men'.

Shadowing the western end of this garden, and projecting its smooth dark limbs above the awning of the veranda, is a superb umenoki, Japanese plum-tree, very old, and originally planted here, no doubt, as in other gardens, for the sake of the sight of its blossoming. The flowering of the umenoki, [14] in the earliest spring, is scarcely less astonishing than that of the cherry-tree, which does not bloom for a full month later; and the blossoming of both is celebrated by popular holidays. Nor are these, although the most famed, the only flowers thus loved. The wistaria, the convolvulus, the peony, each in its season, form 
displays of efflorescence lovely enough to draw whole populations out of the cities into the country to see them.. In Izumo, the blossoming of the peony is 
especially marvellous. The most famous place for this spectacle is the little island of Daikonshima, in the grand Naka-umi lagoon, about an hour's sail from 
Matsue. In May the whole island flames crimson with peonies; and even the boys and girls of the public schools are given a holiday, in order that they may 
enjoy the sight.

Though the plum flower is certainly a rival in beauty of the sakura-no-hana, the Japanese compare woman's beautyphysical beautyto the cherry flower, 
never to the plum flower. But womanly virtue and sweetness, on the other hand, are compared to the ume-no-hana, never to the cherry blossom. It is a great 
mistake to affirm, as some writers have done, that the Japanese never think of comparing a woman to trees and flowers. For grace, a maiden is likened to a 
slender willow; [15] for youthful charm, to the cherry-tree in flower; for sweetness of heart, to the blossoming plum-tree. Nay, the old Japanese poets have compared woman to all beautiful things. They have even sought similes from flowers for her various poses, for her movements, as in the verse,

  Tateba skakuyaku;[16]

  Suwareba botan;

  Aruku sugatawa

  Himeyuri [17] no hana. [18]

Why, even the names of the humblest country girls are often those of beautiful trees or flowers prefixed by the honorific O: [19] O-Matsu (Pine), O-Take (Bamboo), O-Ume (Plum), O-Hana (Blossom), O-ine (Ear-of- Young-Rice), not to speak of the professional flower-names of dancing- girls and of joro. It has been argued with considerable force that the origin of certain tree-names borne by girls must be sought in the folk- conception of the tree as an emblem of longevity, or happiness, or good fortune, rather than in any popular idea of the beauty of the tree in itself. But however this may be, proverb, poem, song, and popular speech to-day yield ample proof that the Japanese comparisons of women to trees and flowers are in no-wise inferior to our own in aesthetic sentiment.

 

11
Cerasus pseudo-cerasus (Lindley).

12
About this mountain cherry there is a humorous saying which illustrates the Japanese love of puns. In order fully to appreciate it, the reader should know that Japanese nouns have no distinction of singular and plural. The word ha, as pronounced, may signify either leaves or teeth; and the word hana, either flowers or nose. The yamazakura puts forth its ha (leaves) before his hana (flowers). Wherefore a man whose ha (teeth) project in advance of his hana (nose) is called a yamazakura. Prognathism is not uncommon in Japan, especially among the lower classes.

13
If one should ask you concerning the heart of a true Japanese, point to the wild cherry flower glowing in the sun.

14
There are three noteworthy varieties: one bearing red, one pink and white, and one pure white flowers.

15
The expression yanagi-goshi, a willow-waist, is one of several in common use comparing slender beauty to the willow-tree.

16
Peonia albiflora, The name signifies the delicacy of beauty. The simile of the botan (the tree peony) can be fully appreciated only by one who is acquainted with the Japanese flower.

17
Some say kesiyuri (poppy) instead of himeyuri. The latter is a graceful species of lily, Lilium callosum.

18
Standing, she is a shakuyaku; seated, she is a botan; and the charm of her figure in walking is the charm of a himeyuri.

19
In the higher classes of Japanese society to-day, the honorific O is not, as a rule, used before the names of girls, and showy appellations are not given to
daughters. Even among the poor respectable classes, names resembling those of geisha, etc., are in disfavour. But those above cited are good, honest, everyday names.

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