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2015/10/08

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十三章 心中 (一)

       第十三章 心中

 

        一

 

 彼等は單に兩腕に互に抱き合つたまゝ、急行列車の來る前に、レールの上に二人の身を載せておくこともある。(しかし出雲ではこれは出來ぬ。まだ鐡道がないから)時としては、自分等だけの小宴を催し、兩親や友達へ宛てた奇異な手紙を書きのこして、彼等が擧げる酒杯に或る苦がい味のものを交ぜて、永遠の眠に入つて行く。時としては、もつと古い、もつと名譽ある手段を選ぶ。男は最初一刀で彼の濃戀人を殺し、それから自分の咽喉を貫くのだ。時としては女の長い縮緬の如き腰帶で、彼等は相向き合つて、しつかりと二人の身を縛つて、かやうに抱擁しやまゝ、深い湖水や川に跳び込む。あの世界開闢このかた存在する古い悲哀によつて苦しめられる時、彼等が冥途に行く方法はさまざまある。――シヨペンハウエルはこの悲哀について、語る奇拔な理論を書いてゐる。

 彼等自身の理論は、もつと簡單なものだ。

 日本人ほど人生を愛するものはない。日本人ほど死を怖れぬ者はない。未來の世についで、彼等は何の恐怖も有たぬ。彼等が現世を去ることを惜しみ悲しむのは、この世が彼等に取つて、美と幸福の世界と思はれるからだ。しかし歐洲人の心に對して、永く壓迫を加へてゐる未來の不可思議は、彼等にあまり心配を惹起こさない。私が今、語つてゐる若い戀人達は、一種奇異なる信仰を有してゐるので、それが彼等のために不思議を拭ひ去つて了う。彼等は限りなき信賴を抱いて、暗黑に振り向く。若し生涯があまりに不幸であつて、生きて行くに堪へられぬ場合、その責任はある他人のものでもなく、世問のものでもない。それは彼等自身のものだ。それは因緣、即ち前生に於ける過誤の結果である。この世でどうしても夫婦になれないといふのは、前生に於て彼等が婚約を破つたことがあるか、或はまた相互に殘酷であつたために過ぎない。すべて以上の考は異端ではない。しかし彼等はまた、もろ共に死ぬることによつて、末來の世界で忽ち夫婦になれると信じてゐる。尤も佛教では、自殺は恐ろしい罪だと斷言してゐる。さてこの死によつて夫婦の結合を獲るといふ觀念は、釋迦の信仰よりは遙かに古いものである。しかしそれが近代に於ては何ういふ譯だか、佛教から一種特別の歡喜的色彩、神祕的光耀を借用してきた。蓮の花の上で一緒に休息するといふのだ。佛教は無限の輪廻を教へる。靈は何億年に亘つて轉生して、遂に無限の視覺、無限の記憶を得て、白雲が夏の蒼空に溶け行く如く、涅槃の幸福に沒入する。しかし是等の惱める人達は、決して涅槃のことを考へぬ。彼等の至上の願望なる戀愛の結合は、たゞ一囘、死の苦しみを經て達成せられるのだと、彼等は空想してゐる。尤も彼等の空想は――その哀れな手紙が示す通り――同一では無い。あるものは阿彌陀の光明の極樂へ入つて行くと考へてゐる。あるものは、彼等の幻想的希望の中には、ただ先きの世のみを見てゐる。そこで生まれ變はつた別個の若さの愉快の中に、愛人同志相逢ふものと期してゐる。實際大多數のものの觀念は、更に漠然としてゐる――夢の茫乎たる幸福に於けるが如く、霞める靜けさの間を、相共に影の如く漂ふて行くといふ觀念に過ぎない。

 彼等はいつも兩人一緒に葬られることを願ふ。往々この願ひを親達や、後見人どもによつで拒まれることがある。すると、世間ではこの拒絶を殘酷な所業と考へる。といふのは、互に愛しあつて死んだ人達は同一の墓を與へられないと、安心を得ないものと信ぜられてゐるからだ。が、其願ひが許された場合には、葬式は美はしく、また可憐なものである。二つの家から二つの葬列が出でて、提燈の火光によつて、寺の境内で相會する。そこで讀經と人を感動させるやうな慣例の式があつた後、主僧が死人の靈に向つて、挨拶を述べる。彼は深い同情を以て過誤と罪惡に就いて語り、犧牲となつた若い人達が、春と共に咲いて、また落ち行く花のやうに短命で、且つ美しかつたことを語る。彼は彼等をしてかゝる行動に出でしめた迷妄について語り、佛陀の訓戒を誦讀する。が、時として彼は、戀人達が未來の一層幸福にして高尚なる世界で、また結合するだらうと預言することもある。彼が單鈍なる雄辯を以て、かやうに一般世人の衷情を吐露するとき、聽衆は涙に暮れる。それから二つの行列は一つとなり、墓穴が既に掘つてある墓地の方へ進んで行く。二つの棺は共に下ろされ、穴の底で棺側が相接する。そこで『山の者【註】』が二人の境界をなせる板を撤して、二つの棺を一つにする。結合された兩死人の上に、土が盛られる。して、彼等の悲運の物語を刻める墓石が、恐らくは小さな歌をも刻み添へて、彼等の遺骨の交り合つた土の上に置かれる。

 

    註。『山の者』は死體を洗つたり、墓

    穴を掘つたりするのを專門の業とする

    特殊階級の人々である。洞光寺の上の

    山に、その部落があるので、斯く呼ば

    れてゐる。

 

[やぶちゃん注:個人的に、このエンディングの光景には、事実、その場を見たような錯覚に陥るのを私は常としている。

「シヨペンハウエルはこの悲哀について、語る奇拔な理論を書いてゐる」これがショーペンハウエルの自殺論のどの部分を指してゐるのか、今一つ、良く分からない。落合氏は特に「この悲哀について」と限定している。「この」が指すのは文脈からは男女の心中」という現象の持っている「悲哀」、或いは男女の心中に於いて多様な心中方法が選ばれる/選ばれざるを得ないことに就いての「悲哀」という意味でしか私は採れない。しかし、原文を見ても、今一つ、何に対して「シヨペンハウエル」が「奇拔な理論を書いてゐる」のかが実は私にはよく分からないのである。二十代に読んですっかり内容を忘れた岩波文庫の「自殺について」の五篇を実に三十年振りにつまびらいて見ても、やはりピンとこない。この五篇の中には少なくとも自殺の方法選択の在り方の解釈どころか、男女の心中そのものを問題としている箇所が見当たらないように思うのである。「哲学入門」なども塵埃の中から発掘出来たが、どうもこの注のために、管見する気もこれさらさら起って来ない。識者の御指摘を俟つこととする。悪しからず。

「佛教では、自殺は恐ろしい罪だと斷言してゐる」これは本当にそうだろうか? それこそ久々に管見したショーペンハウエルの「自殺について」の冒頭では(斎藤信治訳一九五二年岩波文庫刊)、『自殺を犯罪と考えているのは、一神教の即ちユダヤ系の宗教の信者達だけである。とことが舊約聖書にも新約聖書にも、自殺に關する何らの禁令も、否それを決定的に否認するような何らの言葉さえ見出されないのであるから、いよいよもってこれは奇怪である』と述べているほどである。ウィキの「自殺」の「宗教と自殺」の項には、『ユダヤ教、キリスト教、イスラームなどのアブラハムの宗教は、自殺は宗教的に禁止されている。欧米やイスラーム諸国では自殺は犯罪と考えられ、自殺者には葬式が行われないなどの社会的な制約が課せられていた』。『キリスト教においては伝統的に、自殺は基本的に罪と受け取られており、現在でもそうした見方が基本にある』。『イスラームでは、自殺した者は地獄へ行くとされて』おり、クルアーン「婦人章」第二十九・三十節では『「あなたがた自身を、殺し(たり害し)てはならない」と明確な禁止の啓示が下されており、さらに「もし敵意や悪意でこれをする者あれば、やがてわれは、かれらを業火に投げ込むであろう」と続けて、自殺が地獄へと通じる道であることを示している。現代のイスラム原理主義者による自爆テロについて多数派のイスラムの教義解釈では、敵の戦闘員に対しての自爆はジハードとして天国に行けるが、民間人に対しての自爆テロは自殺として永遠の滅びの刑罰が与えられるとされている』などと記されてあるばかりである。私はこの年になるまで、仏教が積極的に自殺を大罪として絶対的に禁じているとか、無条件に訓戒して否定しているなどという認識を感じたことは、一度もない。そもそも、ここでハーンが述べるように、仏教に於いては、人の決定的な生死という現象も、自己の独自な認識や意思決定ではなく、例外なき「業(ごう)」の結果である以上、それが個人の「罪」足り得るはずがないと私は考える。ネット上の見解としては、「仏教でも未練を残して死ぬことはいけない」、怨念を持って亡霊となるような死に方はあかん、だから、自殺を抑止し得る、的な記載は、正直、なんだかなぁという気がする。私はReverie 氏の「雑文文庫」内の仏教は自殺を本当に禁じているのか?という記事が、釈迦にまで遡った各個的自殺肯定或いは容認例を引いて論理的に語られてあって、非常によく纏まって首肯出来るものと思う。是非、ご覧あれ。ともかくも私はハーンの見解は誤りと断ずるものである(付け加えておくと、何より大事なことは、自殺を禁ずることと、自殺を積極的に勧めることは、同義ではないという当たり前のことを、多くの人間は忘れているということである)。

「山の者」この部分の原注は同和的観点から現在では非常に問題があり、特に落合氏の訳は現行では許されない差別表現である(また、殆んど変わらぬ内容の平井呈一氏の訳でさえも同じく使用語彙に落合氏ほどではないものの現行では問題とされるであろう部分がある)。くれぐれも批判的視点から読解されるようお願いする。なお、鳥取県境港市竹内町の「日本食品工業」公式サイト内の、ハーン/小泉八雲の末子で享年六十二でガス自殺を遂げた「小泉 清 狂躁の詩人画家」についての記事の中に、『ハーンには、西田千太郎(松江中学教頭)にさそわれて松江市近郊の被差別部落〈山の者〉を訪問した見聞記「俗唄三つ」がある』とある。ここで見聴きしたのは大黒舞であったことが、青玉楼主人氏のサイト「蒼穹の回廊」の『REVIEW 2003/7/31 『異界歴程』 前田速夫 晶文社により判明した。ここにはそれを書いた小泉八雲の『「俗唄三つ」という作品は、人権に対する配慮によるものか、現在では小泉八雲の作品とされるテキスト類から全文削除されている。その三つの俗唄というのが、大黒舞の中で歌われる「俊徳丸」や「小栗」などの説教節である』とある。これは非常に憂鬱で重大な記載である。差別記載は言語道断である。しかし、「ある」ものを「ない」ものとして結果的に自己規制コードとして隠蔽する行為は私は寧ろ、無意識的差別や、ありもしない薄気味悪さ、感覚的違和感を却って助長する悪習であると考えている。

「洞光寺」特に何の前振りもなくこの固有名詞を出している以上、既出の松江市新町にある八雲が好きだった曹洞宗松江金華山洞光寺のことかと読者は判断するはずである。松江市街のど真ん中にあるが、寺の南側に標高四十一・四メートルの丘陵上の地域があり、地図上にも山の記号がちゃんと配されて「床几山(しょうぎさん)」とある。なお、くれぐれも、これは私の単なる叙述上地理上の推測注に過ぎない。推測同定地が合っていたとしても合っていなかったとしても(合っていないと指摘される方は御教授を乞う。先の「日本食品工業」公式サイト内のそれが『松江市近郊』とされるのが気になる)、差別的な観点からの興味でこの推測データを読まれぬよう強くお願いするものである。先に書いたように、今まで私は自分が疑問に思う箇所には必ず注を附してきた。ここで私がこの注を附さなければ、それは私自身が私が批判する自己抑制コードに搦め捕られたことにほかならなくなるので、私は毅然としてこの注を附した。注を附さないことが明らかに不自然で「差別」を意識する「差別」観に基づく怪しいものと「私が他人」なら感ずるであろうと思うからである。大方の御批判を俟つ。]

 

 

Chapter Thirteen Shinju

Sec. 1

SOMETIMES they simply put their arms round each other, and lie down together on the iron rails, just in front of an express train. (They cannot do it in Izumo, however, because there are no railroads there yet.) Sometimes they make a little banquet for themselves, write very strange letters to parents and friends, mix something bitter with their rice-wine, and go to sleep for ever. Sometimes they select a more ancient and more honoured method: the lover first slays his beloved with a single sword stroke, and then pierces his own throat. Sometimes with the girl's long crape-silk under-girdle (koshi-obi) they bind themselves fast together, face to face, and so embracing leap into some deep lake or stream. Many are the modes by which they make their way to the Meido, when tortured by that world-old sorrow about which Schopenhauer wrote so marvellous a theory.

Their own theory is much simpler.

None love life more than the Japanese; none fear death less. Of a future world they have no dread; they regret to leave this one only because it seems to them a world of beauty and of happiness; but the mystery of the future, so long oppressive to Western minds, causes them little concern. As for the young lovers of whom I speak, they have a strange faith which effaces mysteries for them. They turn to the darkness with infinite trust. If they are too unhappy to endure existence, the fault is not another's, nor yet the world's; it is their own; it is innen, the result of errors in a previous life. If they can never hope to be united in this world, it is only because in some former birth they broke their promise to wed, or were otherwise cruel to each other. All this is not heterodox. But they believe likewise that by dying together they will find themselves at once united in another world, though Buddhism proclaims that self-destruction is a deadly sin. Now this idea of winning union through death is incalculably older than the faith of Shaka; but it has somehow borrowed in modern time from Buddhism a particular ecstatic colouring, a mystical glow. Hasu no hana no ue ni oite matan. On the lotus-blossoms of paradise they shall rest together. Buddhism teaches of transmigrations countless, prolonged through millions of millions of years, before the soul can acquire the Infinite Vision, the Infinite Memory, and melt into the bliss of Nehan, as a white cloud melts into the summer 's blue. But these suffering ones think never of Nehan; love's union, their supremest wish, may be reached, they fancy, through the pang of a single death. The fancies of all, indeedas their poor letters showare not the same. Some think themselves about to enter Amida's paradise of light; some see in their visional hope the saki-no-yo only, the future rebirth, when beloved shall meet beloved again, in the all-joyous freshness of another youth; while the idea of many, indeed of the majority, is vaguer faronly a shadowy drifting together through vapoury silences, as in the faint bliss of dreams.

They always pray to be buried together. Often this prayer is refused by the parents or the guardians, and the people deem this refusal a cruel thing, for 'tis believed that those who die for love of each other will find no rest, if denied the same tomb. But when the prayer is granted the ceremony of burial is beautiful and touching. From the two homes the two funeral processions issue to meet in the temple court, by light of lanterns. There, after the recitation of the kyo and the accustomed impressive ceremonies, the chief priest utters an address to the souls of the dead. Compassionately he speaks of the error and the sin; of the youth of the victims, brief and comely as the flowers that blossom and fall in the first burst of spring. He speaks of the IllusionMayoi which so wrought upon them; he recites the warning of the Teacher.. But sometimes he will even predict the future reunion of the lovers in some happier and higher life, re-echoing the popular heart-thought with a simple eloquence that makes his hearers weep. Then the two processions form into one, which takes its way to the cemetery where the grave has already been prepared. The two coffins are lowered together, so that their sides touch as they rest at the bottom of the excavation. Then the yama-no-mono [1] folk remove the planks which separate the pairmaking the two coffins into one; above the reunited dead the earth is heaped; and a haka, bearing in chiselled letters the story of their fate, and perhaps a little poem, is placed above the mingling of their dust.

 

1 Yama-no-mono ('mountain-folk,'—so called from their settlement on the hills above Tokoji),—a pariah-class whose special calling is the washing of the dead and the making of graves.

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