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2015/10/03

生物學講話 丘淺次郎 第十五章 胎兒の發育(5) 五 陰部

    五 陰部

 

 人間の身體中で最も人の好奇心を呼ぶものは、何というても陰部である。多くの動物に於ける如く、人にも男女の別があつて各々陰部の形狀を異にし、且常にこれを隱蔽する習慣があるために、公然これを熟視する機會が與へられぬから、これに對する好評心は勢ひ極めて強からざるを得ない。解剖圖譜の最も手摺れて居る處は必ず陰部の繪のある處で、共同便所の壁の樂書も多くは陰部の一筆畫であることから推しても、如何に隱部が人の意識を支配して居るかがわかる。生殖器として考へれば、外陰部はたゞ出入口に過ぎぬから、決して肝要な部分ではない。これを睾丸・卵巣・子宮等に比べれば、恰も主人と玄關番との如き關係で、その役目も寧ろ低いものである。しかし主要な器官が體内に潜んで居るに反し、この部だけは直接に外面に現れて居るから、その調査には困難が少い。胎兒の發生に於ても、男女の内部生殖器を比較研究すると餘程面白いことがあるが、これは解剖學。發生學の特殊の知識を要するから、こゝには全く省いて、たゞ外陰部の發育變化のみに就いて述べる。
 
 
Gaiinnbunnohassei

[外陰部の發生]

[やぶちゃん注:これは学術文庫版が白く飛んで細部の観察がし難いため、国立国会図書館蔵の原本からトリミングし、補正を加えた。]

 

 ここに示したのはすべて人間の胎兒の外陰部の廓大した寫眞である。「い」は第六週の胎兒、「ろ」は第八週の胎兒であるが、この頃にいまだ男女の別はない。第六週の頃には、體の後部の腹面に當り、左右兩足の間に小さな縱の裂目が一つあるだけで、これが肛門と生殖器の出口とを兼ねて居る。即ちこの點に於ては、鳥類もしくは獸類中の「かものはし」などと同樣である。第八週になると、この裂目の前端に小さな丸い突起が出來、裂目の兩側には厚い緣が生じ、全部を圍んで土手の如くに皮膚の高まつた處が現れる。「は」・「に」はこれから男の外陰部が出來る順序を示した圖で、「は」は二箇月半、「に」は三箇月の胎兒であるが、この二圖を比べれば、一々の部分を説明せずとも、追々に形の整うて行く有樣が大體わかるであらう。初め一個であつた裂目は後には前後の二つに分れるが、後のは肛門となり前のは尿道の出口となる。三箇月位の胎兒では、外陰部の形もほゞ出來上つて、その男なることは明に知れるが、尿道の口はまだ陰莖の末端に開かないでその下面に開いて居る。もしこのままに生長すると、尿道下裂と稱する畸形になる。また、裂目が稍々大きいと一寸男か女かわからぬやうな、所謂半陰陽のものが出來る。「ほ」・「へ」は「い」・「ろ」の如き狀態から、女の外陰部が出來る順序を示したものであるが、この場合でも、前と同じく初め一つの裂目は前後の二つに分れ、後のは肛門となり前のは陰部の開口となる。「ろ」で裂目の上端に見える圓い突起は、男の方では段々大きくなって陰莖の龜頭となるが、女ではそれほど大きくならずに豆のやうな陰核となる。また「ろ」に見える土手の如き皮膚の高まりは、男の方では睾丸を收めるための陰嚢となるが、女ではそのまゝ大きくなつて大陰唇となる。以上述べた通り、出來上つた男女の外陰部を比較すると、一は凸出し一は凹んで、その間に著しい相違があるが、發生の始には、いづれも全く同形で、二箇月の終までは、男になるか女になるかは少しもわからぬ。それから漸く男女の相違が少しづつ現れ發生の進むに隨ひ、一歩一歩に相遠ざかつて、遂に男女の區別が極めて明瞭になり終るのである。それゆ故男女の外陰部は形狀が著しく違ひながら、その各部分を互に比較して見ると、男のどの部が女のどの部に當るといふやうに、一々當て嵌めて比べることが出來る。また發育が不完全であるか、或る部が過度に大きくなるかすれば、その結果として、男か女かわからぬような曖昧な外陰部が生ずるわけで、實際かやうな畸形もときどきある。男の子が生まれるか女の子が生まれるかは、或は已に受精のときに確定して居るかも知れず、また卵細胞や精蟲に男子になるべきものと女の子になるべきものとの二種の別があるかも知れぬが、これは形に現れぬから全く知ることが出來ぬ。外形に現れた所をいふと、人間の胎兒は二箇月まではまだ男女の別がなく、三箇月目にその區別が生じ、しかも徐々に相遠ざかつて、その月の終には胎兒の性が判然わかるやうになるのである。男と女とは身體上のみならず、精神的方面にも著しい相違があつて、互に了解することの出來ぬ所も少くないが、胎兒發生の模樣から推して考へると、これも決して根本からの相違ではなく、同じ根柢から出發しながら、異なつた方向に發達したために、互に相隔たるに至つたものと思はれる。

[やぶちゃん注:「半陰陽」図を見て分かる通り、両性の生殖器を持つ真性半陰陽(True Hermaphroditism)である(次注で示す通り、当時のレベルでは、現行の、遺伝子と外見上での性別の異なる「仮性半陰陽」自体の考え方が存在しなく、ただの「半陰陽」しかないのである)。以下、小学館「家庭医学館」の同解説に基づき記す。男性の性腺である精巣(睾丸)と女性の性腺である卵巣の両方を持っている先天異常をいう。これには、

①片方の性腺は精巣であり、もう一方は卵巣である場合。

②片方は精巣と卵巣が併存し(卵精巣)、もう一方は精巣か卵巣である場合。

③両方の性腺とも卵精巣である場合。

三タイプの組み合わせがある。真性半陰陽の染色体は46XXの女性型が約六十%を占める。生殖器の分化発育のしかたは複雑で、誕生時より外陰部の形態異常が見られるが、その状態は陰茎・陰嚢の発育不良・停留精巣(停留睾丸)・尿道下裂・二分(にぶん)陰嚢などから、女性の外陰部に近いものまで多種多様である。思春期になると、卵巣と精巣が同時に働くために第二次性徴異常が現われ、男性では女性ホルモンが卵巣から分泌され、生理が始まったり、乳房が大きくなったりする。女性では精巣から分泌される男性ホルモンの作用によって、髭が生えたり、声変わりしたりする。診断は染色体検査や性腺が何かなどを調べたりし、最終的には試験開腹をして性腺の生検をして精巣・卵巣の両方があることを確認する。『この病気の治療でもっとも大事なことは、育てていく性を決めることです。ふつうは外生殖器の形により、男性か、女性かを決めます』。『性腺は、選択した性にしたがって、男性は精巣を、女性は卵巣を残します。卵精巣は、性のいかんによらず切除します。外生殖器の形成手術を行ない、必要に応じてホルモン療法をします』。『早期に性を決定してあげることが重要ですが、将来の社会生活を問題なく営むためには、精神的、身体的な支えが』大切ですとある。

「男の子が生まれるか女の子が生まれるかは、或は已に受精のときに確定して居るかも知れず、また卵細胞や精蟲に男子になるべきものと女の子になるべきものとの二種の別があるかも知れぬが、これは形に現れぬから全く知ることが出來ぬ」意外の感を受けられるであろうが、この時代(本書の初版は大正五(一九一六)年)にはヒトどころか性差のある動物の性染色体による性決定という現象自体が未だ認知されていなかったのである。ウィキの「性決定」によれば、植物の性染色体は本書発行の翌年である一九一七年に苔植物の一種Spaerocarposで最初に報告されたのを濫觴とし、種子植物の性染色体は、一九二三年に相次いで発見されたのが最初で、『哺乳類においては、未分化の生殖腺が精巣あるいは卵巣に分化することが知られていた。形成された精巣が胚の雄性化において重要な役割を持つことを証明したのはアルフレート・ヨーストであった』。彼は一九四〇年代に、ウサギの雄の胎児から精巣を取り除くと、雌の形態を持つように性分化することを示した。このことによって、哺乳類の性決定・性分化についての「染色体がどのように作用して性別を決めるか(性決定)」「決定された性別がどのようにして表現されるようになるか(性分化)」という基本的疑問点のうち、後者に対する一つの結論が出された』に過ぎなかったのである。『性決定についてDNAレベルでの研究が発表され始めたのは』一九八〇~一九九〇年代からであるとある。無論、性染色体による性決定という詳細はそれよりも前で、東京医科歯科大学公式サイト内の「染色体研究の歴史(細胞遺伝学から分子細胞遺伝学へ) ヒト染色体研究の発展とエポック」の年譜を見ると一九五三年のDNA二重螺旋構造の発見、一九五六年のヒト染色体数四十六本の発見の後に、一九五九年にターナー症候群(Turner syndrome:染色体異常の一つでX染色体が一本しかないことによって発生するもの。ウィキの「ターナー症候群」よれば、『この症候群の現れ方は多様であり、染色体の異常だけで外見的には全く普通の女性と変化が』なく、九十八%は胎児の段階で自然流産となり、発生頻度は二千人から三千人に一人で『診断される契機としては、新生児期の四肢の浮腫、先天性心疾患、低身長、無月経などである。無月経であるので妊娠することはできないが、性交渉は可能である』。十二歳頃になっても『思春期の起点である乳房の発達が始まらないか』十六歳頃に『なっても初潮を迎えておらず、且つ低身長である場合は、本疾患を疑うべきである。上記の症状が現れることなく自然に思春期が到来する場合もあり、結婚してから不妊症として発見されることもある』とある)の性染色体異常の報告が挙げられているという辺りから、大体の科学的事実としての周知の認知の年代が分かるとは言える。恐らくはかなり以前から推測はされていたのであろうが(しかし八十九年前の生物学者である丘先生がかく言っているぐらいには「新しい」推理である)、科学的証明は結構、遅いのである。]

Haninyou

[半陰陽]

[やぶちゃん注:これは学術文庫版が白く飛んで細部の観察がし難いため、国立国会図書館蔵の原本からトリミングし、補正を加えた。]

 

 前章と本章とで説いた所は、人間の胎兒發生中の若干の點に就いて極めて簡單に述べたのであるが、かやうな變化は決して人間に限るわけでなく、如何なる動物でも卵細胞から、成長した形までに發育する途中には、必ず多少これに類する變遷を經過する。獸類ならば殆ど終まで人間に似た發生を經過するが、鳥類は途中から幾分か違ひ、魚類は更に早くから違ふといふやうに、人間に似た動物ほど人間と同樣の發生をする時期が長い。これらのことを詳細に調べると頗る面白い事實も澤山にあるが、餘り長くなるからこゝにはすべてこれを省き、たゞ動物發生の一例として人間自身の胎兒に就いて述べるに止めて置く。しかし單に人間の胎兒の發生だけでも、これを知ると知らぬとでは、人々の知情意の働に餘程異なつた所が生ずるであらう。例へば佛教では諦めることの一方法として、美人を見ても皮一重剝げばその下は汚らわしい肉や腸であると考へさせるとのことであるが、同じ筆法で論ずれば、胎内第五週頃に鼻の孔と口とが連つて、顏が「あかえひ」に似て居たことや、肛門と生殖器の出口との別がなく、單に短い縱裂であつた有樣などを目の前に考へ浮べたならば、更に有効に思ひ切ることが出來るかも知れぬ。

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