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2015/10/05

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十二章 日ノ御崎にて (二)

       二

 

 日ノ御崎の海門なる大鳥居は、白の花崗石で、飾氣なくして立派だ。それを潜つてから、私共は本通りへ上つて行く。町へ入ると、右は庇や緣側のある灰色の木造の家が長く續いて見える――小店や漁師の小さな二階建の家――それから、その前には、また無數の竹の枠が建つて、今しも獲れた數百萬の鳥賊が吊るしてある。町の左側に大きな擁壁が聳えて、大名の城壁のやうに巖疊で、處々に通門の附いた高い木造の胸牆が載つてゐる。その上に屹立するのが、いかめしい建物の屋根で、こゝの建築法は杵築のと酷似してゐる。而して綺麗な綠色の山が背景をなしてゐる――是が日ノ御崎神社である。が、境内の正門へ達するには、道路を上ミ手の方へ可なり歩かねばならぬ。正門は垣の最遠端にあつて、花崗岩の堂々たる石段で上つて行くやうになつてゐる。

 境内は驚異であつた。それは殆ど杵築大社の外苑ほどに奧行があつた。尤も幅はさほどまでなかつた。して、石を鋪きつめた廻廊が、その兩側をなしてゐた。惣門からは、幅の廣い鋪石道が、境内の反對の端にある拜段と社務所に通ずる――この二つの建物は、廣やかな品位あるもので、その屋根の上から、奇怪な横桁を有する本殿の異樣な、重々しい破風が現れてゐる。この海に背を向けて立てる社殿は、太陽の女神を祀つたものだ。入つてから境内の右側に當つて、今一つの石段が更に高い庭へ通じて、そこにまた立派な一團の神道の建物――拜殿と宮――が建つてゐる。しかし餘程小さくて、下の廣い境内の建物の小型だ。その造作も全然新しいやうに見えた。これは天照大神の弟、素戔嗚尊の祠である。

 

[やぶちゃん注:「私共は本通りへ上つて行く。町へ入ると、右は庇や緣側のある灰色の木造の家が長く續いて見える」ここの部分、中ほどの箇所を落合氏は何故か省略している。平井呈一氏の訳で補う。『村の大通りの方へ上がって行く。その道は千ヤードほどはおそろしく広く、その先へ行くと普通の街道の幅になり、やがてこんもりとした丘へだらだら登って行き、その末は森の下かげの下に消えている。大通りへ出ると、右側は庇や二階のある黒ずんだ木造の家並――小さな店屋や、二階建ての漁師の住居などが長ながと続いて見え』(以下、略)である。「千ヤード」は九百十四・四メートル。

「胸牆」「きようしやう(きょうしょう)」と読み、「胸墻」とも書く。原文は“parapet”。胸の高さ程度に築いた盛り土や防壁を指す。胸壁とも。但し、この日本語は本来、軍事用語で、敵弾を防ぎ、こちら側の射撃の便を良くするために構築された砦の銃眼を供えた構造を指すのが普通である。英語の“parapet”もその軍事用語としての意味があるが、元は屋根・露台・橋などの欄干、姫垣、壁の上に更に附けた手すり壁などの意味がある。私は当地へ行ったことがないので(現在もそのような構造物があるかどうかも不明)、ハーンの行っているのがどの意味なのか、判然としない。識者の御教授を乞うものである。

「日ノ御崎神社」島根県出雲市大社町日御碕の東の根近くにある日御碕(ひのみさき)神社(現行ではかく表記する)。ウィキの「日御碕神社」によれば、『式内社で旧社格は国幣小社である。通称、みさきさん。出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」として崇敬を集める』。『下の本社(日沈の宮・日沉の宮、ひしずみのみや)は』天暦二(九四八)年に『村上天皇勅命により祀り、上の本社(神の宮)は』安寧天皇十三年(紀元前五百三十六)年に『勅命により祀られ、総称して日御碕大神宮とされた』とする。『「日沈の宮」の名前の由来は、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けた神社、である事による』。祭神はハーンの述べるように「下の本社(日沈の宮)」は天照大御神を、「上の本社(神の宮)」は素戔嗚尊である。]

 

 

Sec. 2

The great torii which forms the sea-gate of Hinomisaki is of white granite, and severely beautiful. Through it we pass up the main street of the villagesurprisingly wide for about a thousand yards, after which it narrows into a common highway which slopes up a wooded hill and disappears under the shadow of trees. On the right, as you enter the street, is a long vision of grey wooden houses with awnings and balconieslittle shops, little two-story dwellings of fishermenand ranging away in front of these other hosts of bamboo frames from which other millions of freshly caught cuttlefish are hanging. On the other side of the street rises a cyclopean retaining wall, massive as the wall of a daimyo's castle, and topped by a lofty wooden parapet pierced with gates; and above it tower the roofs of majestic buildings, whose architecture strongly resembles that of the structures of Kitzuki; and behind all appears a beautiful green background of hills. This is the Hinomisaki-jinja. But one must walk some considerable distance up the road to reach the main entrance of the court, which is at the farther end of the inclosure, and is approached by an imposing broad flight of granite steps.

The great court is a surprise. It is almost as deep as the outer court of the Kitzuki-no-oho-yashiro, though not nearly so wide; and a paved cloister forms two sides of it. From the court gate a broad paved walk leads to the haiden and shamusho at the opposite end of the court spacious and dignified structures above whose roofs appears the quaint and massive gable of the main temple, with its fantastic cross-beams. This temple, standing with its back to the sea, is the shrine of the Goddess of the Sun. On the right side of the main court, as you enter, another broad flight of steps leads up to a loftier court, where another fine group of Shinto buildings standsa haiden and a miya; but these are much smaller, like miniatures of those below. Their woodwork also appears to be quite new. The upper miya is the shrine of the god Susano- o, [1]brother of Amaterasu-oho-mi-Kami.

 

1 This deity is seldom called by his full name, which has been shortened by common usage from Susano-o-no-mikoto.

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