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2015/10/28

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十五章 東京に関する覚書(6) 天象台の私の居室/鉄漿附けのスケッチ

M708

708

M709

709

 

 天文台に於る私の部屋は、この観測所の関係者の為に建てられた小さな家の中にある。私の唯一のストーヴは図708に示すもので、四角な木の箱の竹の中に灰を満たした円い土製の容器があり、鉄箸の形をした金鉗(かなばさみ)はその一隅に、竹の管に入っている。外側では既に氷が張っているので、この小さな炭火が無ければ私の部屋は非常に寒いことであろう。私は炭酸瓦斯(ガス)に馴れて了った。もっともその大部分は、床の割目から下へ沈んで行く。あまり強くなれば窓をあける。私は質問を発した結果、日本人が唯一の保温法である炭を燃すことから、何等の不便を蒙らぬことを知った。私の火をつくる――というより、彼女自身の火鉢から僅かな熱い炭を持って来る――老婆は、瓦斯が有害であることなど聞いたことが無く、それが人を殺すことさえ出来るなどとは、夢にも思っていなかった。私の部屋は実に乱雑を極めている。集った陶器、セーラム博物館のための人類学上の標本、雑記帳、絵画等が、寝台と書卓を入れるにさえ決して大き過ぎはしない、小さな部屋に押し込んである。図709は書卓から見た私の部屋の、ざっとした写生である。

[やぶちゃん注:「天文台」原文は確かに“Tenmon Dai”であるが、正しい邦語の固有名は「天象台」である。第十九章 一八八二年の日本 懐かしい人々との再会の私の冒頭注「今夜」を参照されたい。

「炭酸瓦斯」原文も“the carbonic acid gas”であるが、むろんこれは炭火によって発生する一酸化炭素(carbon monoxide)のことである。一酸化炭素は赤血球中のヘモグロビンと酸素の約二五〇倍も結合し易い性質を持ち、空気中濃度が〇・〇二%程度から軽度の頭痛を惹起させ始め、〇・一六%に達した中に二時間いると死亡する(以上は公の保健所のデータに拠る。無論、二酸化炭素(carbon dioxide)でも中毒にはなるが、こちらは空気中の濃度が三~四%から頭痛が発症、七%を超えると呼吸器不全を惹き起こしてそのままの状況状態でいた場合、麻酔作用と呼吸抑制によって死に至るものであって、濃度の違いは歴然としている)。

「セーラム博物館」原文は“the Museum at Salem”でここは正しくは――セーラムの博物館――と訳さねばならないと思う。この博物館は磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」でも「セーラム・ピーボディ博物館」と表記されているのであるが、正確には現在も“The Peabody Essex Museum in Salem”で、マサチューセッツ州のセイラムにある「ピーボディ・エセックス博物館」である。しかもこの時はまだ正式な「博物館」という呼称ではなく、「ピーボディ科学アカデミー」館で、モースはその館長であった(二回目の帰国の翌年一八八〇(明治十三)年七月三日就任。このクレジットなどは磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」二六八頁に拠る)。既に述べた通り、モースはこの古巣の「ピーボディ科学アカデミー」(ウィキエドワード・S・モース及び英語版“George Foster Peabody”から引くと、彼は二十九歳の時(一八六七年)に銀行家ジョージ・ピーボディ(George Foster Peabody)の慈善寄付を受けて三人の研究仲間とともに、ここセイラムに「ピーボディー科学アカデミー」(一九九二年以降のピーボディ・エセックス博物館)を開き、一八七〇年まで軟体動物担当の学芸員を務めていた)に戻った訳だったが、彼の日本民俗や陶器・民具への熱冷めやらず、遂にアカデミーの理事会を説得、アカデミーでの保存・展示を目的とした東洋民俗資料収集という目的をによって今回の三度目の明治一五(一八八二)年来日(四月二十五日セーラム発、六月四日横浜着)が実現したのであった。]

 
 

M710

710

 

 先日いい折があって、私はある婦人――私の小さな家の世話をやく男の神さんである ――が、彼女の歯を黒く染めつつあるところを写生することが出来た。彼女は三日か四日に一度、これをしなくてはならぬといった。口をすすいだ水をはき出す特別な銅の器があり、それにかけ渡した金属板の上には、二つの真鍮の容器が置かれる。その一つは粉状で灰に似ている堅果(ナッツ)の虫瘻(むしこぶ)を入れた箱で、他には鉄の溶液を含む液体が入っている。この溶液は彼女が古い壺を使用し、酢に鉄の一片をひたして、自分でつくる。刷毛は一端をささらみたいにした木の小片で、つまり普通の日本の歯楊子である。彼女はこれを鉄の水にひたし、次に堅果の虫瘻に入れ、あたかも歯を清潔にしているかの如くこすり、時々横に置いた鉢の水で口をそそぎ、また鏡を取り上げて歯を充分黒くなったかどうかを見る。これは歯のためによいとされている(図710)。

[やぶちゃん注:所謂、「鉄漿(おはぐろ/お歯黒)」である。大変面白く興味深い内容が満載なので、ウィキお歯黒から引く(下線やぶちゃん)。『お歯黒(おはぐろ)とは、明治時代以前の日本や中国南東部・東南アジアの風習で主として既婚女性、まれに男性などの歯を黒く染める化粧法のこと』で、『日本では古代から存在したとされ、民間には明治時代末期まで見られた。むらなく艶のある漆黒に塗り込めたものが美しいとされ、女性の化粧に欠かせないものであった』。「お歯黒」というのは、元は『日本の貴族の用語である。「おはぐろ」の読みに鉄漿の字を当てることもある。御所では五倍子水(ふしみず)という。民間では鉄漿付け(かねつけ)、つけがね、歯黒め(はぐろめ)などとも』称した。『起源はわかっていないが、初期には草木や果実で染める習慣があり、のちに鉄を使う方法が鉄器文化とともに大陸から伝わったようで』、『古墳に埋葬されていた人骨や埴輪にはお歯黒の跡が見られる』。中国の戦国から秦・漢にかけて加筆執筆され成立したとされる最古のブットびの地誌「山海経(せんがいきょう)」(現行本は西晋の郭璞(かくはく)の注釈を付した五部十八巻)の中に「黒歯国」(「三国志」の「魏志倭人伝」には倭国の東方にあるとする)『があると記述がある』。また、天平勝宝五(七五三)年に『鑑真が持参した製法が東大寺の正倉院に現存』しており、『鑑真が中国から伝えた製造法は古来のものより優れていたため徐々に一般に広まっていったが、その製造法は当初は仏教寺院の管理下にあった。このあたりが一般に日本のお歯黒が仏教に由来する習俗と言われる所以かもしれない』。お歯黒への言及は「源氏物語」や「堤中納言物語」の中にも既に見られており、『平安時代の末期には、第二次性徴に達し元服・裳着を迎えるにあたって女性のみならず男性貴族、平氏などの武士、大規模寺院における稚児も行った。特に皇族や上級貴族は袴着を済ませた少年少女も化粧やお歯黒、引眉を行うようになり、皇室では幕末まで続いた』。『室町時代には一般の大人にも浸透したが、戦国時代に入ると結婚に備えて』数え八〜十歳前後の『戦国武将の息女へ成年の印として鉄漿付けを行ない、このとき鉄漿付けする後見の親族の夫人を鉄漿親(かねおや)といった。また、一部の戦国武将(主に小田原北条家をはじめ他)は戦場に赴くにあたり首を打たれても見苦しくないように、ということから女性並みの化粧をし、お歯黒まで付けたという。これらの顔が能面の女面、少年面、青年面に写された』。『江戸時代以降は皇族・貴族以外の男性の間ではほとんど廃絶、また、悪臭や手間、そして老けた感じになることが若い女性から敬遠されたこともあって既婚女性、未婚でも』数え十八〜二十歳以上の『女性、及び、遊女、芸妓の化粧として定着した。農家においては祭り、結婚式、葬式、等特別な場合のみお歯黒を付けた』(新美南吉の童話「ごんぎつね」(『赤い鳥』昭和七(一九三二)年一月号初出。作者の死(昭和一八(一九四三)年三月二十二日)の直後である同年九月三十日に刊行された童話集『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)に収録。ここは概ねウィキに拠った)にもその描写がある)。明治三年二月五日(グレゴリオ暦一八七〇年三月五日)に、『政府から皇族・貴族に対してお歯黒禁止令が出され、それに伴い民間でも徐々に廃れ(明治以降農村では一時的に普及したが)、大正時代にはほぼ完全に消えた』(モースの本記載は明治一五(一八八二)年である)。『尚、お歯黒は引眉とセットになる場合が多い』。以下、「お歯黒の目的」の項。『きれいに施されたお歯黒には、歯を目立たなくし、顔つきを柔和に見せる効果がある。谷崎潤一郎も、日本の伝統美を西洋的な審美観と対置した上で、お歯黒をつけた女性には独特の妖艶な美しさが見いだされることを強調している』。『また、歯科衛生が十分に進歩していなかった時代には、歯並びや変色を隠すだけでなく、口腔内の悪臭・虫歯を予防する効果があった。お歯黒は、江戸時代以前の女性および身分の高い男性にとって、口腔の美容と健康の維持のため欠かせないたしなみであった』。『ただし、お歯黒を見慣れない人々にとって、黒い歯は奇異で醜悪なものと映り、単に遅れた奇習と見なされたり、美容・衛生以上の特別な目的があるものと曲解される場合も少なくない。実際、幕末に日本を訪れた多くの欧米人が、お歯黒は女性を醜悪化する世界に稀にみる悪慣習と評している。ラザフォード・オールコックはお歯黒は故意に女性を醜くすることで女性の貞節を守る役割があると推測している。歴史社会学者の渡辺京二は著書「逝きし世の面影」の中で、これを否定し、お歯黒はマサイ族に見られるような年齢階梯制の表現であると考察している。つまり自由を満喫し逸脱行為すら許容されていた少女が、お歯黒と眉を抜くという儀式によって、妻の仕事、母の仕事に献身することを外の世界に見える形で証明するためのものとしている』。以下、「染料」の項。『鉄漿を「かね」と読むと、染めるのに使う液を表す。主成分は鉄漿水(かねみず)と呼ばれる酢酸に鉄を溶かした茶褐色・悪臭の溶液で、これに五倍子粉(ふしこ)』(後注参照)『と呼ばれる、タンニンを多く含む粉を混ぜて非水溶性にする。主成分は、酢酸第一鉄でそれがタンニン酸と結合して黒くなる。歯を被膜で覆うことによる虫歯予防や、成分がエナメル質に浸透することにより浸食に強くなる、などの実用的効果もあったとされる。毎日から数日に一度、染め直す必要があった。江戸時代のお歯黒を使用する女性人口を』三千五百万人とし、一度に用いるふしこの量を一匁(もんめ=三・七五グラム)として、『染め直しを毎日行っていたと仮定した場合』、一日の五倍子粉(ふしこ)の消費量は何と二十トン弱になったと考えられている。なお、五倍子粉(ふしこ)は『利用が幅広く、お歯黒の他、黒豆の着色にも用いた』。『また簡便にした処方として、五倍子粉』・緑礬(りょくばん:melanterite。メランテライトは硫酸塩鉱物鉱物の一種で硫酸鉄を多く含む)・『カキ殻を合わせた粉末を歯に塗るものもあり、高価ながら拒否反応が少なく安全であるため、僧侶たちの手によって製法が伝えられていた』。『演劇用には松脂に墨を混ぜたものが使われた。現代ではトゥースワックス(蝋に墨を混ぜたもの)が多いが、本式の鉄漿も絶滅はしておらず、歴史研究家や歯科技師から成る民間団体「香登お歯黒研究会」によって、往年の成分に近いお歯黒「ぬれツバメ」が製造販売されている』とある。最後に「迷信・都市伝説・等」の項の一条。『明治時代に一部地域で「電線に処女の生き血を塗る」という噂が広まったことから(実際はコールタールを塗布する絶縁作業を見たことからの勘違い)、その地域の妙齢の女性の多くが生き血を取られないようにお歯黒・引眉・地味な着物・等の既婚女性と同様の容姿となった』という、現地の人々には笑えない切実な近代ならではの都市伝説(アーバン・レジェンド)が紹介されてある。実に面白いではないか。

「堅果(ナッツ)の虫瘻(むしこぶ)」「蟲癭(ちゅうえい)」(或いはこれでも「むしこぶ」と読む)「虫瘤」もこと。英語では“gall”(ゴール)と称し、植物組織が異常な発達を起こして出来る癭(こぶ)状の突起物を指す。これは様々な寄生生物の寄生によって植物体が異常な成長をすることで形成されるものである。参照したウィキの「虫こぶ」によれば、『虫こぶと呼ばれるものは葉に見られるほか、草類の茎や樹木の細枝、花や果実などに見られることもある。その名の通りに昆虫の寄生によって形成されるものが多いが、ダニや線虫によるものや、菌類によるもの、細菌によるものもある。それらはその原因によってダニえいや菌えい、細菌ならクラウンゴールなどと呼び分けることもあるが、すべてまとめて虫こぶという場合も多い。ゴールという語はそれらすべてに適用される』。『植物以外にも適用される例もあり、たとえばパラシテラというカビは近縁のケカビに寄生するが、その際に菌糸の付着部分がふくれるのもゴールと呼ぶ』。『また、その原因となった昆虫により、虫こぶ自体に「~フシ」という名前がつけられている』。『ハチ目のタマバチの仲間やハエ目のタマバエの仲間、カイガラムシなどが産卵管を植物体に差し込み、内部に卵を産む。卵の状態ではそれほど目立たない虫こぶも、幼虫、蛹と成長していくうちに大きく膨れ上がり色づいて立派な虫こぶとなる』。『虫こぶは時には果樹などにもできる。害虫として作物に寄生する昆虫が虫こぶを作るものの場合、表面に昆虫が露出していないので駆除がしづらい。さらに病気を持ち込むこともあり、タマバチやタマバエは厄介な害虫として君臨している』。『役に立つ例もある。オークやヌルデの虫こぶにはタンニンが豊富に含まれるため、それぞれ皮革のなめし剤やお歯黒の材料として用いられた』。これが先の注に出た「五倍子」これは「ごばいし」或いは前述した通り、「ふし」と読み、ウィキの「ヌルデ」によれば、ムクロジ目ウルシ科ヌルデ属ヌルデヌルデ(白膠木)Rhus javanica 或は変種ヌルデ Rhus javanica var.chinensis の葉にヌルデシロアブラムシが寄生して形成される大きな虫癭から抽出した染料或いは漢方薬を言う。この虫癭には『黒紫色のアブラムシが多数詰まっている。この虫癭はタンニンが豊富に含まれており、皮なめしに用いられたり、黒色染料の原料になる。染め物では空五倍子色とよばれる伝統的な色をつくりだす。インキや白髪染の原料になるほか、かつては既婚女性』及び十八歳以上の『未婚女性の習慣であったお歯黒にも用いられ』、『また、生薬として五倍子(ごばいし)あるいは付子(ふし)と呼ばれ、腫れ物、歯痛などに用いられた』とある(但し、猛毒のあるトリカブトの根も同じく「付子」で「ふし」と読むので混同しないよう注意を要する、と注意書きがある)。]

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