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2015/11/29

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十三章 伯耆から隱岐ヘ (五)

        五

 

 この美くしい美保關灣は二つの岬の間に開いて居る。一方はミオ(古風な綴に從ふとミホ)岬で、一方は土地の人が頗る不適當にも『地藏鼻』(ヂザウノハナ)と今呼んで居る地藏崎(ヂザウザキ)である。この地藏鼻は激浪の折には此海岸での最も危險な場所で、隱岐から歸る小舟の恐怖の的になつて居る。天氣の好い折にも其處には殆どいつも大うねりがある。でも自分等の船がその峨々たる海角を過ぎた時には水が鏡の如く靜かなのを見て驚いた。その音無しの海がなんだか怪しいやうな氣持がした。その音無しといふ事が熱帶的風景に先立つ浪と風との美くしい欺瞞的な眠を想ひ出させたからである。だが友は斯く言つた。

 『幾週間も斯んなで居るだらう。六月と七月の始とはいつも非常に平穩だ。盆前に危險になるやうなことはありさうに無い。だが先週美保關に一寸した疾風(はやて)があつた。土地の者はそれは神樣の御立腹で起こつたのだと言つて居る』

 『卵でか?』と自分は尋ねた。

 『いゝや、クダンだ』

 『クダンて何んだ?』

 『クダンのことを今迄聞いたことが無いのかい?件といふのは人間の顏をして牛の身體をしたものだ。たまたま牛が生むもので、それは起こらうとして居る事の前兆だ。ところ が件はいつも本當のことを言ふ。だから日本の手紙や證文には――「件の如くに」即ち、「件が眞實を語るが如くに」といふ――クダンノゴトシ【註】といふ文句を使ふが習はしだ』

 

    註。この妙な意味は和英字書に載つて

    居らぬ。字書にはこのイディオムは

    たゞ『前述の如く』といふ句で譯して

    ある。

 

 『だがどうして美保關の神樣が件に腹を立てられたのだい?』

 『剝製の件だつたといふ事だ。自分はそれを見はしなかつたから、どんなに出來て居たか君に話せぬ。大阪から旅の見世物師が境へ來て居たのだ。虎や、色んな珍らしい動物や、その剝製の件を持つて來て居た。そして出雲丸に乘つて美俣關へ來たのだ。その汽船が港へ入ると不意の疾風(はやて)が起きた。すると神社の神官は、何か不淨な物を――死んだ動物の骨や何んかを――此町へ持つて來たから神樣がお腹立ちになつたのだと言つた。そこで見世物師は上陸さへ許されず、乘つて來たその汽船で境へ歸らなければならなかつた。ところがそれが出て行つてしまふと、空は再び晴れて風は吹き止んだ。だから或る人達は神主が言つた事は本當だと思つた』

 

[やぶちゃん注:ここは「友」の設定がやや破綻してしまっている感じを私は受ける。「一」でハーンは、彼は「前に隱岐へ行つたことがあ」り、「用事あつて數日のうちにまた行かうとして居る一友」で「前の學校の同僚」と言っているのであるが、最後のシーンは少なくとも美保の関でのその直近(事件は先週である)の異様な出来事を直ちに知り得、しかも見物師のその前の状況も知り得る人物だということになる。松江在の中学教師にしては現実的には情報通に過ぎる気がする。これらは恐らく、船員や実際の美保の関の村人(ハーンは隠岐の帰りに寄っており、そこで松江の盟友西田千太郎とも再会している)の話を西田らが仕入れ、ハーンに英訳して説明したものが下敷きであろう。

「土地の人が頗る不適當にも『地藏鼻』(ヂザウノハナ)と今呼んで居る」出雲半島最東端の岬。ここは言代主神の聖地であるにも拘わらず、『「地蔵」の鼻』という地名は相応しくないというハーンの謂いであろう。時に前から不思議だったのだが、平井氏訳(「日本瞥見記(下)」一九七五年恒文社一版)では何故か『地蔵の歯』(?)となっている。不審。

「クダン」「件」これは妖怪というよりも一種の妖しい奇獣或いは奇形体で、しかも江戸末期頃に特に西日本で発生した噂話(地方域が多いので、敢えて都市伝説(アーバン・レジェンド)とは言わないでおく)で語られる、人面牛身で人語を操り、直近の未来に起こる災厄を予言するという。ある場合はそれを聴く者にその災厄からの回避方法を教えるとし、その直ちに死ぬとも言われる、架空のハイブリッドな奇形動物或いは奇形人間である。これは私の守備範囲で、語り始めると、始末に負えなくなるので、ウィキの「の引用でとどめておく(ハーン先生のまさにこの部分が例として挙げられてある)。十九世紀前半頃から、発生が取り沙汰されており、『その姿は、古くは牛の体と人間の顔の怪物であるとするが、第二次世界大戦ごろから人間の体と牛の頭部を持つとする説も現れた』。『幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。また件の絵姿は厄除招福の護符になると言う』。『別の伝承では、必ず当たる予言をするが予言してたちどころに死ぬ、とする話もある。また歴史に残る大凶事の前兆として生まれ』、『数々の予言をし、凶事が終われば死ぬ、とする説もある』。『江戸時代から昭和まで、西日本を中心に日本各地で様々な目撃談がある』。『西日本各地に伝わる多くの伝承では、証文の末尾に記される「件の如し」という慣用句は「件の予言が外れない様に、嘘偽りがないと言う意味である」と説明されることもあるが、実際には件が文献に登場するはるか前より「件の如し」は使われている』。『怪物「件」の記述がみられるようになるのは江戸時代後期であるが、「件の如し」という決まり文句は既に『枕草子』などにも見え、これは民間語源の一種と考えられる』。これについては本篇でもまことしやかに語られているが、はっきり言っておくが、全くの後付けの妄説である。『この怪物の目撃例として最古と思われるものは、』文政一〇(一八二七)年の『越中国・立山でのもの。ただし、この頃は「くだん」ではなく「くだべ」と呼ばれていた。ここで山菜採りを生業としている者が、山中でくだべと名乗る人面の怪物に出会った。くだべは「これから数年間疫病が流行し多くの犠牲者が出る。しかし自分の姿を描き写し絵図を見れば、その者は難を逃れる」と予言した。これが評判になり、各地でくだべの絵を厄除けとして携帯することが流行したと言う。江戸時代後期の随筆『道徳塗説』ではこれを、当時の流行の神社姫に似せて創作されたものと指摘している』。『「くだん」としての最古の例は』天保七(一八三六)年の『日付のある瓦版に報道されたもの。これによれば、』「天保Ⅶ年の十二月丹後国・倉橋山で人面牛身の怪物『件』が現れた」と言う。またこの瓦版には、「宝永二年十二月にも『件が現れ、その後豊作が続いた。この件の絵を貼っておけば、家内繁昌し疫病から逃れ、一切の災いを逃れて大豊年となる。じつにめでたい獣である」ともある。また、ここには「件は正直な獣であるから、証文の末尾にも『件の如し』と書くのだ」ともあり、この説が天保の頃すでに流布していたことを示す』。『因みにこの報道の頃には天保の大飢饉が最大規模化しており「せめて豊作への期待を持ちたい」という意図があってのものと思われる』。『幕末に入ると、件は突如出現するとする説に代わって、人間の飼っている牛が産んだとする説が広まり始める。慶応三(一八六七)年四月の『日付の『件獣之写真』と題した瓦版によると「出雲の田舎で件が生まれ、『今年から大豊作になるが初秋頃より悪疫が流行る。』と予言し』、三日で死んだ」という。『この瓦版には「この瓦版を買って家内に貼り厄除けにして欲しい」として人面牛身の件の絵が描かれており、件の絵画史料として極めて貴重なものである』。明治四二(一九〇九)年六月二十一日の『名古屋新聞の記事によると、十年前に五島列島の農家で、家畜の牛が人の顔を持つ子牛を産み、生後』三十一日目に『「日本はロシアと戦争をする」と予言をして死んだとある。この子牛は剥製にされて長崎市の八尋博物館に陳列されたものの、現在では博物館はすでに閉館しており、剥製の行方も判明していない』。『明治時代から昭和初期にかけては、件の剥製と称するものが見世物小屋などで公開された。小泉八雲も自著『伯耆から隠岐へ』の中で、件の見世物をする旅芸人についての風説を書き残している。それによると』明治二十五(一八九二)年に『見世物をする旅芸人が美保関行きの船に件の剥製を持ち込んだ。しかしその不浄の為に神罰が下り、その船は突風の為に美保関に上陸できなくなったという』(下線やぶちゃん)。『昭和に入ると、件の絵に御利益があるという説は後退し、戦争や災害に関する予言をする面が特に強調された』。昭和五(一九三〇)年頃には『香川県で、森の中にいる件が「間もなく大きな戦争があり、勝利するが疫病が流行る。しかしこの話を聞いて』三日以内に『小豆飯を食べて手首に糸を括ると病気にならない。」と予言したという噂が立った』。昭和八(一九三三)年には『この噂が長野県で流行し、小学生が小豆飯を弁当に入れることから小学校を中心に伝播した。ただし内容は大きく変わっており、予言したのは蛇の頭をした新生児で、諏訪大社の祭神とされた』。『第二次世界大戦中には戦争や空襲などに関する予言をしたという噂が多く流布した』。昭和一八(一九四三)年には『岩国市のある下駄屋に件が生まれ』、「来年四、五月頃には戦争が終わる」と『予言したと言う』。また、昭和二〇(一九四五)年春頃には、『松山市などに「神戸に件が生まれ』、「自分の話を信じて三日以内に小豆飯かおはぎを食べた者は空襲を免れる」と予言した、『という噂が流布していたという』。『第二次世界大戦末期から戦後復興期にかけては、それまでの人面牛身の件に代わって、牛面人身で和服を着た女の噂も流れ始めた』。『以下、これを仮に牛女と呼称する』。『牛女の伝承は、ほぼ西宮市、甲山近辺に集中している。例えば空襲の焼け跡で牛女が動物の死骸を貪っていたとする噂があった。また、芦屋市・西宮市間が空襲で壊滅した時、ある肉牛商の家の焼け跡に牛女がいた、おそらくその家の娘で生まれてから座敷牢に閉じ込められていたのだろうという噂などが残されている』。『小説家小松左京はこれらの噂に取材して小説『くだんのはは』を執筆したため、この牛女も件の一種とする説もある。 が、幕末期の件伝承と比較すると』、『件は牛から生まれるが、牛女は人間から生まれる』、『件は人面牛身、牛女は牛面人身』、『件は人語を話すなど知性が認められるが、牛女にはそれが認め難い』など『といった対立点があり、あくまでも件と牛女は区別すべきと言う主張もある』とある。私は引用文中に出た小松左京の「くだんのはは」は件小説の白眉と信じて疑わない。

「出雲丸」田中邦貴氏のサイト「尖閣諸島問題」の明治一八(一八八五)年十一月四日のクレジットを持つ『沖繩縣五等屬』の石澤兵吾人物署名のあ 『魚釣島外二島巡視取調概略』に、この年の十月二十二日に『魚釣島久場島及久米赤島實地視察の御内命』により『沖繩縣』が視察を行った内容が記されてある中に、その際、沖繩県が雇い入れたのが『汽船出雲丸』とあり、最後の方には『日本郵船會社 出雲丸船長 林 鶴松』とある(引用部を恣意的に正字化した)。恐らくは、この船と同一のものではないかと思われる。]

 

 

.

    The beautiful bay of Mionoseki opens between two headlands: Cape Mio (or Miho, according to the archaic spelling) and the Cape of Jizō (Jizō- zaki), now most inappropriately called by the people 'The Nose of Jizo' (Jizō-no-hana). This Nose of Jizō is one of the most dangerous points of the coast in time of surf, and the great terror of small ships returning from Oki. There is nearly always a heavy swell there, even in fair weather. Yet as we passed the ragged promontory I was surprised to see the water still as glass. I felt suspicious of that noiseless sea: its soundlessness recalled the beautiful treacherous sleep of waves and winds which precedes a tropical hurricane. But my friend said:

   'It may remain like this for weeks. In the sixth month and in the beginning of the seventh, it is usually very quiet; it is not likely to become dangerous before the Bon. But there was a little squall last week at Mionoseki; and the people said that it was caused by the anger of the god.'

   'Eggs?' I queried.

   'No: a Kudan.'

   'What is a Kudan?'

   'Is it possible you never heard of the Kudan? The Kudan has the face of a man, and the body of a bull. Sometimes it is born of a cow, and that is a Sign-of-things-going-to-happen. And the Kudan always tells the truth. Therefore in Japanese letters and documents it is customary to use the phrase, Kudanno-gotoshi,— "like the Kudan",— or "on the truth of the Kudan."' [4]

   'But why was the God of Mionoseki angry about the Kudan?'

   'People said it was a stuffed Kudan. I did not see it, so I cannot tell you how it was made. There was some travelling showmen from Osaka at Sakai. They had a tiger and many curious animals and the stuffed Kudan; and they took the Izumo Maru for Mionoseki. As the steamer entered the port a sudden squall came; and the priests of the temple said the god was angry because things impure — bones and parts of dead animals — had been brought to the town. And the show people were not even allowed to land: they had to go back to Sakai on the same steamer. And as soon as they had gone away, the sky became clear again, and the wind stopped blowing: so that some people thought what the priests had said was true.'

 

4 This curious meaning is not given in Japanese-English dictionaries, where the idiom is translated merely by the phrase 'as aforesaid.'

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