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2015/11/08

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十七章 家の内の宮 (十)


       一〇

 

 出雲の家庭では夜になると、神へと先祖へとの燈を、その家での信賴を受けて居る奴僕か、又は家族の誰かが點す。神道の正の規則では燈には純粹な植物性の油――トモシアブラ――だけしか用ひてはならぬことになつて居て、通例は蕓薹の油を使用する。が然し、より貧しい階級の間では、かの昔からの道具の代りに、極小の石油ラムプを用ひようとする明らかな傾向がある。が、嚴密に正統な式を守る人には、これは甚だ間違つた事と考ヘられて居て、燈をマツチで點すことすら稍々異端な行ひである。それはマツチはいつも屹度純粹な物質で造らるゝものとは思はれぬのに、神の燈は最も純粹な火――一切の事物のうちに潛んで居(お)る彼の神聖な自然の火――だけで點さなければならぬからである。だから嚴密に正統な式を守る神道家族の家では、どんな家でも、或る小さな部屋があつて、其處にはいつも神聖な火を默すのに用ひる、古昔の道具が入つて居る小さな箱がある。ヒウチイシ即ち「火打石」と、ヒウチガネ即ち鋼と、ホクチ即ち乾かした苔から造つた引火奴と、それからツケギ即ち脂松の見事な薄切とから、それは成つて居る。引火奴(ほくち)を少し燧石の上ヘ置いて置いて、鋼を二三度打つて煙らせて、炎を出すまで吹く。それからその炎で松の木片を燃やして、それで祖先と神との燈を點すのである。若し宮に或は神棚に、數々の大神が數々のオフダで代表されて居れば、時として別々の燈その一つ一つに點す。そしてその家に佛間があれば、其處の蠟燭又は燈も同時に點す。

 

 神の燈を點すのに燧石と鋼とを使ふ事は、多分一代のうちに癈れてしまふことであらうけれども、出雲では、殊にその田舍地方では、今なほ大いに行はれて居る。安全マツチが全くこの正統な道具に取つて代つて居る處でも、正統の感念は、使用するマツチの選擇に自づと現れて居る。外國製マツチは許容されぬ。土地のマツチ製造者は、外國マツチには『死んだ動物の骨から造つた』燐が入つて居るから、そんな不淨な火で神の燈を點すのは瀆神であると、首昆能く言ひ囃した。日本の他の部分ではマツチ製造者は『サイキヤウゴホンザンヨウ」(西京【註】の御本山の用に適す)といふ言葉をその箱の上へ捺した。

 

    註。日本佛教の聖都たる京都の別名。

 

が、出雲での神道感念は、そんな宣言によつて大いに動かされるには餘りに強かつた。それどころか、そのマツチが眞宗の寺で使用するに適當して居る、といふ推擧それ自體が神道信者をして、そのマツチに僻見を抱かせるに充分であつた。だから安全マツチをこの神の國ヘ見事輸入するまでに、特別の用心をしなければならなかつた。出雲のマツチ製造者は、今かういふ銘を貼つて居る、『純粹にしてカミ若しくはホトケの燈を點すに適す!』

 

 日本に於て一切の事柄に對しての避け難い危險は火である。一家が火事の時、それが出來たらば、第一に助け出すべき品物は、家の中の神と祖先の位牌であるといふことは、傳統的な規則である。これさへ助け出せば、一家の貴重品は大部分は助かるに極まつて居る。これが無くなれば萬事休すだとさへ言はれて居る。

 

[やぶちゃん注:「トモシアブラ」「點し油」或いは「燈し油」。

「蕓薹の油」菜種油。「蕓薹」は恐らくは「あぶらな」或いは「なたね」と訓じており、既出既注。言うまでもなくアブラナ Brassica rapa var. nippo-oleifera 、「菜の花」のことである。

「ヒウチガネ即ち鋼」前後の叙述法から、以前に注したように、訳者はやはりこの「鋼」を「ひうちがね」と訓じていることが判明した。

「ホクチ即ち乾かした苔から造つた引火奴」「ホクチ」は「火口(ほくち)」で、言わずもがな乍ら、火打ち石で出した火を最初に移し取って火を安定させて燃上がらせるものを指す。「苔」とあるが、イグチ類(菌界担子菌門真正担子菌綱イグチ目イグチ科 Boletaceae )やサルノコシカケ類(同真正担子菌綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科 Polyporaceae )などの菌類(キノコ類)に属する種の菌糸(菌類の体を構成する糸状の構造体の単位)や子実体(しじつたい:菌類が胞子形成のために造る菌糸が集合した複合的構造を持つ構造物。この大型のものを我々は所謂、「キノコ」と呼称しているのである)の塊をよく乾燥させたものや麻(あさ)などの繊維・蒲(がま)の穂などをよく解き解(ほぐ)したものが使用される。「ほくそ」とも言う。直後に「引火奴」には「ほくち」とルビを振ってある。

「ツケギ」「付木」「附木」。この場合は特に単純に薄い短い木片を指している。「ほくち」に移したものをさらに大きく安定させるための道具で、近世以降では火をより移し易くするために、一方の端に硫黄をつけたものが一般的に用いられていた。素材は檜・松(本文の「脂松の見事な薄切」はそれ。「脂松」は松脂を多く含んだものを言っている)・杉材を薄く削ったものである。但し、地域によっては「ほくち」のことを同時に「つけぎ」と同義として用いているので注意されたい。

「安全マツチ」強い毒性を持ち、自然発火し易い危険な黄燐マッチに対する赤燐マッチの呼称。なお、現行の主たる着火薬である頭薬(とうやく)には塩素酸カリウム・硫黄・膠(にかわ)・硝子粉末・松脂・珪藻土からなり、燐は含まれていない(含まれなくなったのは一九〇〇年代とし、今も摩擦する方(側薬という)には赤燐が含まれるとウィキマッチにはあった)。

「『死んだ動物の骨から造つた』燐が入つて居る」外国どころか、当時の国産マッチには確かに出雲の人々が警戒した通り、動物の骨から燐が製造されていたことが判った。「函館市史デジタル版」の「燧木製造所と囚人玉林治右衛門」を確認されたい。

「西京の御本山」京都市下京区にある浄土真宗本願寺派の本山龍谷山西本願寺。ここまでしばしばハーンは浄土真宗を神道の対照例として出すが、実はネットを調べてみると、島根は現在でも浄土真宗の信者が有意に多い県にリスト・アップされていることが判った。信用されない向きのために、島根県出雲市今市町北本町にある「仏壇の原田 出雲店」の公式サイト内のこちらに、現在の島根県内には約千二百の『檀家(門徒)を持つ寺院があります。特筆すべきは、石見地域で、約半数は浄土真宗本願寺派で出雲部は、西東合わせても』二割弱で、『出雲部に唐木仏壇が多く石見部に金仏壇が多い』ことが、『この宗派別分布図』(リンク先を見て頂きたい)『により理解できます。その出雲部の中でも松江市は、曹洞宗が約半数近くを占めていますが』、浄土真宗は西東合わせても二十ヶ寺、『出雲市では、臨済宗が』四割『近くを占めています』とある。グラフを見ると出雲地方では禅宗に後塵を拝しているものの、石見地方のそれは浄土真宗のグラフの棒だけが、中略されていることから、島根の真宗信徒のダントツさがよく判る。

「僻見」老婆心乍ら、「へきけん」と読む。公平でない偏った見解。「偏見」に同じい。

「純粹にしてカミ若しくはホトケの燈を點すに適す!」底本では「純粹にしてカミ若しくはホトケ!の燈を點すに適す」と感嘆符が配されている。原文を見ても文末であり(確かに「仏!」だけどね)、これは如何にもおかしい。例外的に訂した。]

 

 

   At nightfall in Izumo homes the lamps of the gods and of the ancestors are kindled, either by a trusted servant or by some member of the family. Shintō orthodox regulations require that the lamps should be filled with pure vegetable oil only,tomoshiabura,and oil of rape-seed is customarily used. However, there is an evident inclination among the poorer classes to substitute a microscopic kerosene lamp for the ancient form of utensil. But by the strictly orthodox this is held to be very wrong, and even to light the lamps with a match is somewhat heretical. For it is not supposed that matches are always made with pure substances, and the lights of the Kami should be kindled only with purest fire,that holy natural fire which lies hidden within all things. Therefore in some little closet in the home of any strictly orthodox Shintō family there is always a small box containing the ancient instruments used for the lighting of' holy fire. These consist of the hi-uchi-ishi, or 'fire-strike-stone'; the hi-uchi-gane, or steel; the hokuchi, or tinder, made of dried moss; and the tsukegi, fine slivers of resinous pine. A little tinder is laid upon the flint and set smouldering with a few strokes of the steel, and blown upon until it flames. A slip of pine is then ignited at this flame, and with it the lamps of the ancestors and the gods are lighted. If several great deities are represented in the miya or upon the kamidana by several ofuda, then a separate lamp is sometimes lighted for each; and if there be a butsuma in the dwelling, its tapers or lamp are lighted at the same time.

 

   Although the use of the flint and steel for lighting the lamps of the gods will probably have become obsolete within another generation, it still prevails largely in Izumo, especially in the country districts. Even where the safety-match has entirely supplanted the orthodox utensils, the orthodox sentiment shows itself in the matter of the choice of matches to be used. Foreign matches are inadmissible: the native matchmaker quite successfully represented that foreign matches contained phosphorus 'made from the bones of dead animals,' and that to kindle the lights of the Kami with such unholy fire would be sacrilege. In other parts of Japan the matchmakers stamped upon their boxes the words: 'Saikyō go honzon yo' (Fit for the use of the August High Temple of Saikyō). [20] But Shintō sentiment in Izumo was too strong to be affected much by any such declaration: indeed, the recommendation of the matches as suitable for use in a Shin-shū temple was of itself sufficient to prejudice Shintōists against them. Accordingly special precautions had to be taken before safety-matches could be satisfactorily introduced into the Province of the Gods. Izumo match- boxes now bear the inscription: 'Pure, and fit to use for kindling the lamps of the Kami, or of the Hotoke!'
 
 

   The inevitable danger to all things in Japan is fire. It is the traditional rule that when a house takes fire, the first objects to be saved, if possible, are the household gods and the tablets of the ancestors. It is even said that if these are saved, most of the family valuables are certain to be saved, and that if these are lost, all is lost.

 

20 Another name for Kyōto, the Sacred City of Japanese Buddhism.

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