フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十七章 家の内の宮 (十二)/第十七章~了 | トップページ | 小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十八章 女の髮について (二) »

2015/11/09

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十八章 女の髮について (一)

       第十八章 女の髮について

 

 

       一

 

 家(うち)の妹娘の髮は甚だ長い。だからそれを結ふのを見るのは、感興少からぬ觀物である。三日毎に一度結ふ。そしてその四錢掛かる作業は、一時間を要するものと認められて居る。實際は殆んど二時間を要する。髮結(カミユヒ)は先づその女弟子をよこす。それが髮を綺麗にし、洗ひ、香を附け、少くとも五通り種類の異つた異常な櫛で梳く。髮は何處から何處まで綺麗にされるから、三日は、或は四日も、我々西洋人の考への及ばぬほど淸淨な儘で居る。朝、掃除をする間は、ハンケチ又は小さな紺のタオルで大事にそれを蔽ふ。そして日本の妙な木枕、これは頭を支へるのでは無くて、頸を支へるものであるが、それがこの不思議な作物を崩すこと無しに樂(らく)に寢ることを可能ならしめる。

 

    註。前には同じ理由で男女とも同じ

    枕を用ひた。年若いサムラヒの長い

    髮は、一種精巧な結に束ね上げてあ

    つたもので、結(ゆ)ふのに隨分の

    時間を要した。髮を短くするのが殆

    んど一般の習慣となつてから男は小

    さな枕蓐(ボルスタア)のやうな恰

    好の枕を用ふることになつて居る。

 

 弟子がその受持の仕事を終つた後へ、髮結の本人が遣つて來て髷を造り始める。この仕事に髮結は、その異常な種々な櫛の他に、金を塗つた絲又は色の附いた紙縒の美しい匝と、非常に麗はしい色取りの優雅な縮緬切(ぎれ)と、花車な鋼條の彈機と、取付けないうちに髮を其上で所要の形に造り上げる籠形(かごなり)の小さな妙な物とを使用する。

 カミユヒはまた剃刀を携へて來る。日本の女は――頰、耳、眉、顎、おまけに鼻も!――剃るからである。剃るべき何があるのか。最も美はしい人間の皮膚といふ天鵞絨の彼の桃の皮のやうな※毛(うぶげ)だけである[やぶちゃん字注:「※」=「毯」-「炎」+「戎」。]。が、それを日本人の趣味は取り除けるのである。が然し、剃刀には今一つ使途(つかひみち)がある。少女は總て、頭の極くの天邊の處、直徑一吋許り、圓く小さく綺麗に剃つて、それを處女たる標徴にして居る。これは額からその上を横ぎつて後へ持つて來て、後の髮に結はへてある一束の髮で、一部分だけ隱されて居る。女赤ん坊の頭は全部剃る。四五歳になると、頭の天邊の處、其處はいつも大きく剃られて居るが、其處を除いては髮を生(は)やさせる。然し剃髮部の大いさは年々減つて行つて、幼年時代を過ぎると上述した小さな個處に縮まる。そしてそれも亦結婚後、なほ一層複雜な髮の結ひ方をするやうになると、無くなつてしまふ。

 

[やぶちゃん注:「家(うち)の妹娘」ということは妻セツの妹ということになる。本書で初めて字背にセツの面影が出るシークエンスであることに注目されたい。但し、セツに妹がいてハーンと一緒に住んでいたというのは事実から推して考えられないので、この訳(原文ではない。原文は“the younger daughter”)は実に上代の「妹(いも)」の意でとって、妻セツ自身のことを指していると考えるべきである。「あとがき」で本章の訳者と思われる田部隆次が『起筆に『家の妹娘は』これは『自分の妻の髮は』とあつても差支無いもの、といふことは讀者も想像さるゝであらう』と述べていることも言い添えておく。本書の執筆時期は前章の記載から明治二五(一八九二)年(本書刊行は翌年九月)で、小泉セツとの事実婚を来日したその年である明治二三(一八九〇)年の十二月とすれば(上田和夫訳新潮文庫「小泉八雲集」年譜の断定)、一年数ヶ月相当となり、「八雲会」の「松江時代の略年譜」明治二十四年の八月十四日の条にある『セツと伯耆へ新婚旅行に出る』という記載を文字通りにとって、この時期を事実婚の成立とするならば、未だ半年強である。因みに私が「ハーン」と表記するのに疑問をお持ちの方もあると思われるが、彼が帰化して正式に「小泉八雲」となるのは、本書刊行の二年後の明治二八(一八九五)年秋であるからである(上記の上田年譜に拠る)。即ち、本書を書いている時には未だ、彼はパトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)であったのである(我々がファースト・ネームだと勝手に思い込んでいる「ハーン」は実はミドル・ネームである。因みに、ファースト・ネームの「パトリック」はアイルランドの守護聖人聖パトリックに因んだもので、キリスト教嫌いの彼は敢えてこの名を使用しなかったとされる。また、参照したウィキの「小泉八雲」によれば、ファミリー・ネームについては、『来日当初「ヘルン」とも呼ばれていたが、これは松江の島根県立中学校への赴任を命ずる辞令に、「Hearn」を「ヘルン」と表記したのが広まり、当人もそのように呼ばれることを非常に気に入っていたことから定着したもの』だとするものの、『ただ、妻の節子には「ハーン」と読むことを教えたことがあるHearn』『はアイルランド南部では比較的多い姓である』とある。下線やぶちゃん)。

「枕蓐(ボルスタア)」原文“bolster”。ボルスターとは「長枕」などと訳され、頭部を高めるためにベットに於いてシーツの下に入れるものを指す。西洋ベッドではその上に枕(pillow)を載せるのである。「蓐」(しとね)は柔らかい敷物のことだから、この漢訳は美事である。

「少女は總て、頭の極くの天邊の處、直徑一吋許り、圓く小さく綺麗に剃つて、それを處女たる標徴にして居る。これは額からその上を横ぎつて後へ持つて來て、後の髮に結はへてある一束の髮で、一部分だけ隱されて居る。女赤ん坊の頭は全部剃る。四五歳になると、頭の天邊の處、其處はいつも大きく剃られて居るが、其處を除いては髮を生(は)やさせる。然し剃髮部の大いさは年々減つて行つて、幼年時代を過ぎると上述した小さな個處に縮まる。そしてそれも亦結婚後、なほ一層複雜な髮の結ひ方をするやうになると、無くなつてしまふ」直径一インチは二・五四センチメートル。この特殊な処理はいくら探しても出てこない。江戸時代ならば、少年少女の髪型のである「芥子坊主」(それでも六歳位までである)からそれを過ぎてからの「おたばこぼん」や「銀杏髷」といった成人女性への過渡期的な少女の髪型には当然、初期の芥子坊主時代の髪を剃った部分が当然残っていたに違いないとは推測するが、それがずっと小さなものとして、豊かな髪の下に隠されながらも、やはり剃られて残され、それがまた処女のシンボルとなっていたというのは少なくとも私は他で聴いたことがない。是非とも識者の御教授を乞うものである。]

 

 

ⅩⅧ

OF WOMEN'S HAIR.

.

THE hair of the younger daughter of the family is very long; and it is a spectacle of no small interest to see it dressed. It is dressed once in every three days; and the operation, which costs four sen, is acknowledged to require one hour. As a matter of fact it requires nearly two. The hairdresser (kamiyui) first sends her maiden apprentice, who cleans the hair, washes it, perfumes it, and combs it with extraordinary combs of at least five different kinds. So thoroughly is the hair cleansed that it remains for three days, or even four, immaculate beyond our Occidental conception of things. In the morning, during the dusting time, it is carefully covered with a handkerchief or a little blue towel; and the curious Japanese wooden pillow, which supports the neck, not the head, renders it possible to sleep at ease without disarranging the marvellous structure. [1]

   After the apprentice has finished her part of the work, the hairdresser herself appears, and begins to build the coiffure. For this task she uses, besides the extraordinary variety of combs, fine loops of gilt thread or coloured paper twine, dainty bits of deliciously tinted crape- silk, delicate steel springs, and curious little basket-shaped things over which the hair is moulded into the required forms before being fixed in place.

   The kamiyui also brings razors with her; for the Japanese girl is shaved,—cheeks, ears, brows, chin, even nose! What is here to shave? Only that peachy floss which is the velvet of the finest human skin, but which Japanese taste removes. There is, however, another use for the razor. All maidens bear the signs of their maidenhood in the form of a little round spot, about an inch in diameter, shaven clean upon the very top of the head. This is only partially concealed by a band of hair brought back from the forehead across it, and fastened to the back hair. The girl-baby's head is totally shaved. When a few years old the little creature's hair is allowed to grow except at the top of the head, where a large tonsure is maintained. But the size of the tonsure diminishes year by year, until it shrinks after childhood to the small spot above described; and this, too, vanishes after marriage, when a still more complicated fashion of wearing the hair is adopted.

 

1 Formerly both sexes used the same pillow for the same reason. The long hair of a samurai youth, tied up in an elaborate knot, required much time to arrange. Since it has become the almost universal custom to wear the hair short, the men have adopted a pillow shaped like a small bolster.

« 小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十七章 家の内の宮 (十二)/第十七章~了 | トップページ | 小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十八章 女の髮について (二) »