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2015/11/12

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十八章 女の髮について (七)

       七

 

 死んだ女の髮は、非常に簡單にしたシマダに幾らか似て居て、何の裝飾も無い、タバネガミと呼ぶ樣式に結ふ。『タバネガミ』といふ名は、稻の束のやうに、一束に結(むす)んだ髮といふ意である。この形式のをまた服喪の期中、女は結はねばならぬのである。

 が然し、幽靈は髮を長く捌いて、物凄く顏に垂れて居るやうな繪には描いてある。そして柳は、屹度その垂れる枝が物悲しさを暗示するからであらう、幽靈が好む木だと信ぜられて居る。その下で幽靈は、その影のやうな髮毛を、その木の長い亂れた枝と交じへて、 夜中悲しんで居るといふ。

 傳説に據ると、圓山應擧が日本で幽靈を描いた最初の繪師だとする。將軍が彼を御殿ヘ招いて『自分に幽靈の繪を描いて呉れ』と仰せられた。應擧はしか致しませうと約束した。が、その命令をどう滿足に果したらばと迷つた。その後二三日して、その一人の叔母が大病だと聞いて、見舞に行つた。非道く瘠せ哀へて、死んで長い間經つた人のやうな顏をし てゐた。病床に侍して看とりして居るうちに、物凄い靈感が彼を襲つた。肉の無い顏と振り亂した長い髮を描いて、その匇々のスケツチからして、全く將軍の期待に優る幽靈を一人物した。後、應擧は幽靈の繪師として非常に有名になつた。

 日本の幽靈はいつも透明な、そして――ただその姿の上の方だけが判然(はつきり)輪廓が見えて居て、下の方は全く消え失せて居る――異樣に脊丈の高いものに現されて居る。日本人の言ふやうに『幽靈には足が無い』その姿は、地上或る距離の處で初めて見えるやうになる、蒸發氣のやうである。そして美術家の構想では、風に動く蒸汽の如くに、ふわついて、伸び縮みして、ゆらめいて居る。時折變化(へんげ)の女が、生きて居る女の姿をして、繪本に出て來る。が、それは本當の幽靈では無い。それは狐が化けた女か、又は他の化け物で、その神異な性質はその眼の一種特異な表情と、到底もありさうに無い一種の魑魅的な品の好さとで、それと知ることが出來るのである。

 日本の子供は、何處の國の子供とも同樣に、恐怖の愉快を非常に面白がる。だからそんな快感がその主たる興味となつて居る遊戲が澤山ある。その中にオバケゴト即ち『幽靈遊び』がある。子守女か姉娘かが髮を前の方へ解いて、顏の上へ垂れるやうにする。そして繪本の幽靈のあらゆる姿勢を眞似て、呻き聲を立て物凄い身振をして、小さな子等を追つかけるのである。

 

[やぶちゃん注:「タバネガミ」「束ね髮」。但し、必ずしも昔の女性の死者の結髪を特異的にかく呼んだ痕跡はない。当然そうなれば「たばねばみ」という言葉は著しい忌言葉とんるはずだが、現行でも後ろで無造作に束ねた髪の普通名詞として通じており、古文でこれが忌まれた印象は私には、ない。

「傳説に據ると、圓山應擧が日本で幽靈を描いた最初の繪師」近現代の京都画壇にまでその系統が続く円山派の祖である絵師円山応挙(享保一八(一七三三)年~寛政七(一七九五)年)はしばしば「お化け応挙」と称されるが、「日本で幽靈を描いた最初の繪師」というのは聴いたことはない。足のない幽霊を描いた元祖という噂は知っている。但し、これについても疑義があり、例えば、黒法師氏のサイト「まよひが」の「円山応挙が足のない幽霊を初めて描いた説」に疑問には(アラビア数字を漢数字に代えさせて頂き、行空を詰め、画像の見られるリンクを再現した。吉川観方氏の引用部は連続させて『 』で括った)、

   《引用開始》

応挙が最古と言われ出したのは文政十二年[やぶちゃん注:西暦一八二九年。]の随筆「松の落葉」などの記述に見られます。

しかし、一六七三年[やぶちゃん注:概ね寛文十二年及び延宝元年相当。]には浄瑠璃本「花山院きさきあらそひ」の挿絵に脚のない幽霊(藤壺の怨霊)が描かれています。それ以降の元禄から正徳にかけての実録本や浄瑠璃本の挿絵にも足のない幽霊が描かれています。

そのかわり肉筆画で応挙より古い足なし幽霊は知られていないそうです。 これが応挙創始の理由ではないかといわれています。

後、応挙真筆の幽霊画は、まだ確認されていません。 ここで上記のサイトなどでリンクを張っている「ほぼ日刊イトイ新聞」などを見ると一作品しか出していませんが、応挙が描いたといわれる幽霊画はたくさんあります。(このサイトのDBをお使いください。弟子のも出ますが)落款が入っていなかったり、弟子による模写が多いのが原因のようです。

その他にも、写生派の応挙が幽霊のような写実的でないものなど描くか?という偏見などがあいまって、真筆にはされていないようです。 最有力候補は「久渡寺」や「カリフォルニア大学(上記のサイトで画像が見られます)」のものだそうです。

応挙が幽霊画を描いた理由はこれとは別の話なのであまりしませんが、脚のない理由が、応挙真筆最有力候補(久渡寺)が「反魂香之図」というタイトルであることなどから下半身が煙で覆われているから見えないのではないかという考え方もあります。[やぶちゃん注:以下、その証左についての検証叙述があるが、中略する。リンク先をお読みあれ。]

「足のない幽霊」が誕生した理由は結局のところ「~という説がある」どまりで確実なところはまだ分かっていないようです。

「初めて描いたのは応挙」は違う気がするのですが「広めたのは応挙」という説ならいいと思います。でも広がりのきっかけ自体は大衆芸能のほうが強い気がします。狩野派絵師の絵に庶民が触れる機会がどれだけあるのかが分かりませんが。

応挙が偶然下半身を薄く描いただけか、浄瑠璃本の技法を見てまねしたのか分かりませんが、もし後者なら、漫画の技法を画家が真似をすると、その技法がその画家が初めて描いたことになってしまうのと同じような気がします。

おまけですが吉川観方氏の『絵画に見えたる妖怪』では

七、 女房と幽霊   土佐光起筆  森徹山摸

[やぶちゃん注:章と標題であろう。対象が、土佐光起原画の森徹山の模写、である謂いであろう。森徹山(もりてつざん)は江戸後期に大坂で活躍した森派・四条派の絵師である。]

『幽霊には足が有るのが本儀であるが、現在方々で見受ける幽霊は殆ど皆足が無い。それでは何時ごろから無くなったのであらうか。一般には、かの写生派の祖円山応挙の創始工夫によるものと云はれているが、ここに載せた光起筆の図が、その模写した森徹山の署名の添記を真とすれば、少くとも元禄には既に足の無い幽霊が有ったことが証明せられることとなる。更に又、[やぶちゃん注:中略。]佐脇嵩之が元文一年[やぶちゃん注:一七三六年。]に写した「妖怪図巻」を、その署名の添記即ち、本書古法眼元信筆云々を真とすれば、元禄よりは遙に古く江戸時代を超えて室町時代に溯る訳になるが、これは其の儘直ぐには信じられないと思ふ。』[やぶちゃん注:引用文中の一部の衍字と思われるものを除去した。]

吉川観方が「応挙無脚幽霊創始説」が疑問視されていたという参考です。[やぶちゃん注:「を疑問視していた」の謂いであろう。]

   《引用終了》

とある。

「將軍」応挙(彼の本姓は「藤原」で名は「岩次郎」であった)がその丸山応挙と名乗り始めるのは明和三(一七六六)年(満三十三歳)とされ、この頃から三井寺円満院の祐常門主や豪商三井家をパトロンとするようになるので、将軍の命が事実であったとすれば、第十代徳川家治か次代の家斉ということになるが、何となくこの以来エピソード自体が私には正直、疑わしく思われる。]

 

 

The hair of dead women is arranged in the manner called tabanegami, somewhat resembling the shimada extremely simplified, and without ornaments of any kind. The name tabanegami signifies hair tied into a bunch, like a sheaf of rice. This style must also be worn by women during the period of mourning.

   Ghosts, nevertheless, are represented with hair loose and long, falling weirdly over the face. And no doubt because of the melancholy suggestiveness of its drooping branches, the willow is believed to be the favourite tree of ghosts. Thereunder, 'tis said, they mourn in the night, mingling their shadowy hair with the long dishevelled tresses of the tree.

   Tradition says that Ōkyo Maruyama was the first Japanese artist who drew a ghost. The Shōgun, having invited him to his palace, said: 'Make a picture of a ghost for me.' Ōkyo promised to do so; but he was puzzled how to execute the order satisfactorily. A few days later, hearing that one of his aunts was very ill, he visited her. She was so emaciated that she looked like one already long dead. As he watched by her bedside, a ghastly inspiration came to him: he drew the fleshless face and long dishevelled hair, and created from that hasty sketch a ghost that surpassed all the Shōgun's expectations. Afterwards Ōkyo became very famous as a painter of ghosts.

   Japanese ghosts are always represented as diaphanous, and preternaturally tall,only the upper part of the figure being distinctly outlined, and the lower part fading utterly away. As the Japanese say, 'a ghost has no feet': its appearance is like an exhalation, which becomes visible only at a certain distance above the ground; and it wavers arid lengthens and undulates in the conceptions of artists, like a vapour moved by wind. Occasionally phantom women figure in picture-books in the likeness of living women; but these are riot true ghosts. They are fox-women or other goblins; and their supernatural character is suggested by a peculiar expression of the eyes arid a certain impossible elfish grace.

   Little children in Japan, like little children in all countries keenly enjoy the pleasure of fear; and they have many games in which such pleasure forms the chief attraction. Among these is 0-bake-goto, or Ghost-play. Some nurse-girl or elder sister loosens her hair in front, so as to let it fall over her face, and pursues the little folk with moans and weird gestures, miming all the attitudes of the ghosts of the picture-books.

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