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2015/11/15

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第十九章 英語教師の日記から (十四)

      一四   一八九一、四月四日

 

  三四五年級の生徒は私の出すやさしい題について短い英文を一週一回書いて見せる。概して問題は目本に關する物である。日本の生徒にとつて英語の非常にむつかしい事を考ヘて見れば、私の生徒のうちの或者が彼等の思想を英語で表はす技倆は驚くべきである。彼等の作文は、個人の性格ではなく國民的感情又は或種の集合的感情の現れたる物として私にとつて又別種の興味がある。普通の日本の生徒の作文に於て私に最も驚くべき事と思はれるのは彼等は全く個人的特色をもたない事である。二十の英作文の手蹟までも奇妙に親類的相似を有せる事が分る。この結論を動かす事ができない程に、著しい除外例は先づない。ここに私の机上に最もよい作文の一つがある、その級中の一番の生徒の書いた物である。ただ云ひまはし方について僅かの誤りを直したに過ぎない。

[やぶちゃん字注:以下の生徒作文の引用は、底本では凡て全体が二字下げである。]

 

      月

『月ハ悲メル人ニ悲シク見エ、幸福ナ人ニハ愉快ニ見エル。月ハ旅行スル人ニ故郷ヲ思ハセテ懷郷病ヲ起サセル。故ニ逆臣北條ノタメニ隱岐ニ流サレタ後醍醐天皇ハ海岸デ月光ヲ見テ「月ハツレナシ」ト叫ビ給ウタ。

 我等タ雲ナキ月ヲ見ル時、我等ノ心ニ名狀シ難キ感情ヲ起ス。

 我等ノ心ハ月光ノ如ク澄ミ且ツ平靜デアルベキデアル。

 詩人ハヨク月ヲ日本ノ鏡ニ比ベル、滿月ノ時ニハソノ形ハ全ク同ジデアル。

 風流ナ人ハ月ヲ見テ樂シム、コノヤウナ人ハ月ヲ見ルタメニ水ニ臨ンデ家ヲサガジ、ソシテ月ニ關スル詩歌ヲツクル。

 月ヲ見ルニ最モヨキ場所ハ月ケ瀨【譯者註一】ト姨捨山デアル。

 月光ハ美醜貴賤ヲ普ク照ラス。コノ美ハシキ明光ハ我、汝ノ物デナク、一切平等凡テノ人ノ物デアル。月ヲ見ル時、ソノ滿チ又缺クルハ凡テノ物ノ頂上ハ又ソノ降下ノ始マリデアル事ノ道理ヲ示シテ居ルト思ハネバナラナイ』

 

 日本の教育法に全く通じない人なら、何人でも以上の作文を見て、それに思想と想像の多少の斬新な力を示して居ると思ふであらう。しかし事實はさうでない。私は同じ題の他の三十の作文に於て同じ思想及び比喩を見出した。實際中學生の同じ題の作文が如何程多數でも、必ずその思想感情に於て甚だ相似て居るのである、しかしそのために面白味が少いと云ふわけではない。概して日本の學生は、想像の方面に於ては殆んど獨創力を表はしてゐない。その想像は數百年前、幾分は支那に於て、幾分は日本に於て、彼の爲に爲に作つてあるのである。幼年時代から彼は二三の早い筆で一枚の紙に寒い朝、熱い日中、秋の夕の感じを容易に描き出すあの不思議な美術家が見たと同じやうに自然を見、又詠ずるやうに訓練されて居る。少年時代から彼は古文學に見出される最も美はしい思想や比喩を記するやうに教へられて居る。どの少年も靑空に立てる富士の形は逆さにした半開の扇に似て居る事を知つて居る。どの少年も滿開の櫻花は最も美しい紅の夏の雲が枝のうちに捉へられたやうに見ゆる事を知つて居る。どの少年も雪の上に木の葉が散つたのと白紙の上に筆で文字の散らし書きにしてあるのとの比喩を知つて居る。どの少年少女も雪の上の猫の足跡が梅の花に似て居る事、雪の上の木履のあとが二の字に似て居ると云ふ比喩の歌句【譯者註二】を知つて居る。これ等はずつと古への詩人歌人の思想である、もつと美はしいものを發明する事は甚だ難いであらう。作文に於ける能事はこれ等の古への思想を正しく記憶し巧みに配列する事で終つて居る。

 

 又同じやうによく學生は、生物であれ無生物であれ殆んど凡ての物に『教訓』を見出すやうに教へられて居る。私は百ばかりの題(日本の題)を與へて彼等を試みた。題が日本の物であれば、私は彼等が必ず教訓を見出す事を知つた。私が『螢』と云へば彼等は直ちにその題を選んで燈火を買へない支那の學者が提燈のうちに多數の螢を入れ、夜になつて勉強するだけの光りを得て、後に大學者になる事を得たと云ふ話を私のために書いた。私が『蛙』と云つた時、彼等は柳の枝に飛びつかうとした蛙の撓まない忍耐を目擊して大學者にならうと志を起した小野道風の物語を私のために書いた。私がかく誘ひ出した教訓の少しの例を附加して置く。原文に於て普通のいくつかの誤りを直して置いたが少し變つた處はそのままにして置いた。

 

     牡丹

『牡丹ハ大キク又見テ綺麗デアル、ガ、イヤナ香ヒガアル。コレハ自分ニ人間社會ニ於テ只外見上美麗ナ物デ自分等ノ心ヲ動カシテハナラヌ事ヲ思ヒ起サスベキデアル。只美ノタメニ心ヲ動カス事ハ自分等ヲ恐ルベキ不幸ナ運命ニ陷ラシムルヤウニナル事モアル。牡丹ヲ見ルニ最モヨイ場所ハ中海ニアル大根島デアル。花ノ咲ク頃ハ島中一面牝丹デ紅クナル』

 

     龍

『龍が雲ニ乘ツテ天ニ行カウトスル時急ニ恐ロシイ風ガ起ル。龍ガ地上ニスム時ハ石又ハソノ他ノ物ノヤウナ姿ヲシテ居ルト云フ事デアル、シカシ上ル時ニハ雲ヲ呼ブ。龍ノ體ハ種々ノ動物ノ各部分デデキテ居ル。虎ノ目、鹿ノ角、鰐ノ胴、鷲ノ爪、ソシテ象ノ鼻ノヤウナ鼻ガ二ツアル。ソコニ教訓ガアル。自分等ハ龍ノヤウニナラウト勉メテ他人ノ長所ヲ悉ク見テソレヲ具備セネバナラヌ

 

 龍のこの文の終りに先生の手紙がついて居る。それに『私は龍などある物とは信じません。しかし龍に關する種々の話や不思議な繪があります』と云つてある。

 

     蚊

『夏ノ夜私共ハカスカナ聲ノヒビキヲ聞ク、ソシテ小サイ物ガ來テ、甚ダヒドク私共ノ體を刺ス。コレヲ蚊ト呼ブ、英語デ『もすきーとず』私ハコノ刺サレ事ハ有益ト思フ、何故ナレバ私共ガソロソロ居眠リヲ始メルト蚊ガ來テ、小サイ聲ヲ發シナガラ刺ス、ソコデ私共ハ剌サレテ勉強スルヤウニサマサレル

 

 つぎは十六歳の少年のものであるが、餘り知らない問題について半解の知識を示した物として特色があると云ふ點でここへ出す。

 

     歐洲ト日本トノ習慣

『歐洲人ハ甚ダ狹イ着物ヲ着ル、又家ニアツテモ常ニ靴ヲハイテ居ル。日本人ハ甚ダユルイ着物ヲ着テ、戸外ヲ歩ク時ノ外ハ靴ヲハク事ハナイ。

 私其ノ非常ニ不思議ニ思フ事ハ歐洲デハ凡ソ妻ハ親ヨリモ夫ヲ餘計ニ愛スル事デアル。日本デハ夫ヨリモ兩親ヲ多ク愛シナイ妻ハナイ。

 又歐洲人ハ妻ト路ヲ歩ク、私共ハ八幡ノ御祭リノ時ノ外ハソソナ事ハ全クシナイ。

 日本婦人ハ男子ノタメニ女中ノ如ク使ハレ、歐洲婦人ハ主人ノ如ク尊敬サレル。私ハコレラノ習慣ハ何レモ惡イト思フ。

 私共ハ歐洲婦人ヲ遇スル事ハ甚ダ面倒ナ事ト思フ。ソシテ私共ハ何故婦人ガ歐洲人ニサホドマデニ尊敬サレルノカ、ソノ理由ヲ知ラナイ』

 

 外國の問題に關して教場での會話も亦同じやうに面白く又啓發される事が屢々ある。

『先生、歐洲人が自分の父と妻と一緒に海に落ちたと假定して、そして自分だけ泳げる場合には先づ自分の妻をさきに助けようとすると聞いてゐますが本當でせうか』

『多分さうでせう』と私が答へる。

『何故でせう』

『一つの理由は歐洲人は弱い者を第一に、殊に女や子供を助けるのを男子の義務と考ヘて居るからです』

『そして歐洲人は自分の父母よりも自分の妻の方を餘計に愛しますか』

『いつでもさうと云ふわけでないが、しかし先づ大概はさうです』

『でも、先生、私共の考によればそれは甚だ不道德です』

……『先生、歐洲人はどんな風にして赤ん坊をもつてあるきますか』

『抱いてあるきます』

『隨分つかれませう。そして赤ん坊を抱いて女はどれ程あるけますか』

『強い女なら赤ん坊を抱いて餘程あるけます』

『しかしそんな風に赤ん坊を抱いてゐますと手が使はれませんでせう』

『よくは使はれません』

『それではそんな風に赤ん坊をもつてあるくのは餘程惡いやり方です』

 

    譯者註一。月ケ瀨と云ふから月もよ

    からうと出雲の學生が考へた。

    譯者註二。『初雪や猫の足跡梅の花』

    關東では犬の足跡と云ふが、北陸、

    山陰その他ではかく云ふ。『二の字

    ふみ出す木履かな』これも『二の字

    二の字の下駄のあと』と云ふ處もあ

    る。

 

[やぶちゃん注:「逆臣北條ノタメニ隱岐ニ流サレタ後醍醐天皇ハ海岸デ月光ヲ見テ「月ハツレナシ」ト叫ビ給ウタ」不勉強にしてこの御製を知らぬ。識者の御教授を乞う。

「月ケ瀨」「月ケ瀨と云ふから月もよからうと出雲の學生が考へた」当初、何処か特定の場所を指しているのかとも思ったが、この訳者注は、各地に月ヶ瀬と名づける場所を聴くけれども、それはきっと川瀬で水に月の映ってさぞ美しい故に名づけられたのであろうから、何処と言わず、月ヶ瀬と呼ぶ場所は月が美しいに決まっているということから、引いた語に過ぎないという推定で、納得。「姨捨山(うばすてやま)」同様に歌枕的用法と採っておく。

「どの少年も靑空に立てる富士の形は逆さにした半開の扇に似て居る事を知つて居る」私はここを読むと日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 9 日本人の描く富士山の心理学的認識実験を思い出す(リンク先は私の注附きの電子テクスト)。

「どの少年少女も雪の上の猫の足跡が梅の花に似て居る事、雪の上の木履のあとが二の字に似て居ると云ふ比喩の歌句を知つて居る」「『初雪や猫の足跡梅の花』關東では犬の足跡と云ふが、北陸、山陰その他ではかく云ふ。『二の字ふみ出す木履かな』これも『二の字二の字の下駄のあと』と云ふ處もある」訳者注となっているが、以下通り、原注に、これらの句は提示されている。但し、やや表記が異なり、「はちゆきや/ねこのあしあと/うめのはな」であり(誤植か誤記)、「にのじふみだす/ぼっくりかな」である(通常はここでは「ぼくり」である)。前者は作者不詳であるが、後者の、

 雪の朝二の字二の字の下駄の跡

は、丹波国氷上郡柏原(かいばら:現在の兵庫県丹波市柏原地区)の出の女流俳人田捨女(でんすてじょ 寛永一一(一六三四)年~元禄一一(一六九八)年)六歳の句として人口に膾炙する。

「撓まない」正式な訓ならば「たわまない」である。屈しないの意。或いは当てて「ひるまない」「たゆまない」と訓じているかもしれない(いないとしても今はそう読んだ方が通りが良い)。「不撓不屈」の「撓」である。

「大根島」既出既注。そこでも書いたが、江戸時代より牡丹の栽培が盛んであった。]

 

 

ⅩⅣ.

April 4, 1891.

   The students of the third, fourth, and fifth year classes write for me once a week brief English compositions upon easy themes which I select for them. As a rule the themes are Japanese. Considering the immense difficulty of the English language to Japanese students, the ability of some of my boys to express their thoughts in it is astonishing. Their compositions have also another interest for me as revelations, not of individual character, but of national sentiment, or of aggregate sentiment of some sort or other. What seems to me most surprising in the compositions of the average Japanese student is that they have no personal cachet at all. Even the handwriting of twenty English compositions will be found to have a curious family resemblance; and striking exceptions are too few to affect the rule. Here is one of the best compositions on my table, by a student at the head of his class. Only a few idiomatic errors have been corrected:
 

 THE MOON.

   'The Moon appears melancholy to those who are sad, and joyous to those who are happy. The Moon makes memories of home come to those who travel, and creates homesickness. So when the Emperor Godaigo, having been banished to Oki by the traitor Hojo, beheld the moonlight upon the seashore, he cried out, "The Moon is heartless!"

   'The sight of the Moon makes an immeasurable feeling in our hearts when we look up at it through the clear air of a beauteous night.

   'Our hearts ought to be pure and calm like the light of the Moon.

   'Poets often compare the Moon to a Japanese [metal] mirror (kagami); and indeed its shape is the same when it is full.

   'The refined man amuses himself with the Moon. He seeks some house looking out upon water, to watch the Moon, and to make verses about it.

   'The best places from which to see the Moon are Tsukigashi, and the mountain Obasute.

   'The light of the Moon shines alike upon foul and pure, upon high and low. That beautiful Lamp is neither yours nor mine, but everybody's.

   'When we look at the Moon we should remember that its waxing and its waning are the signs of the truth that the culmination of all things is likewise the beginning of their decline.'

 

   Any person totally unfamiliar with Japanese educational methods might presume that the foregoing composition shows some original power of thought and imagination. But this is not the case. I found the same thoughts and comparisons in thirty other compositions upon the same subject. Indeed, the compositions of any number of middle-school students upon the same subject are certain to be very much alike in idea and sentiment—though they are none the less charming for that. As a rule the Japanese student shows little originality in the line of imagination. His imagination was made for him long centuries ago—partly in China, partly in his native land. From his childhood he is trained to see and to feel Nature exactly in the manner of those wondrous artists who, with a few swift brushstrokes, fling down upon a sheet of paper the colour-sensation of a chilly dawn, a fervid noon, an autumn evening. Through all his boyhood he is taught to commit to memory the most beautiful thoughts and comparisons to be found in his ancient native literature. Every boy has thus learned that the vision of Fuji against the blue resembles a white half-opened fan, hanging inverted in the sky. Every boy knows that cherry-trees in full blossom look as if the most delicate of flushed summer clouds were caught in their branches. Every boy knows the comparison between the falling of certain leaves on snow and the casting down of texts upon a sheet of white paper with a brush. Every boy and girl knows the verses comparing the print of cat's-feet on snow to plum-flowers, [6] and that comparing the impression of bokkuri on snow to the Japanese character for the number 'two.' These were thoughts of old, old poets; and it would be very hard to invent prettier ones. Artistic power in composition is chiefly shown by the correct memorising and clever combination of these old thoughts.

   And the students have been equally well trained to discover a moral in almost everything, animate or inanimate. I have tried them with a hundred subjects—Japanese subjects—for composition; I have never found them to fail in discovering a moral when the theme was a native one. If I suggested 'Fire-flies,' they at once approved the topic, and wrote for me the story of that Chinese student who, being too poor to pay for a lamp, imprisoned many fireflies in a paper lantern, and thus was able to obtain light enough to study after dark, and to become eventually a great scholar. If I said 'Frogs,' they wrote for me the legend of Ono- no-Tofu, who was persuaded to become a learned celebrity by witnessing the tireless perseverance of a frog trying to leap up to a willow- branch. I subjoin a few specimens of the moral ideas which I thus evoked. I have corrected some common mistakes in the originals, but have suffered a few singularities to stand:

 

 THE BOTAN.

   'The botan [Japanese peony] is large and beautiful to see; but it has a disagreeable smell. This should make us remember that what is only outwardly beautiful in human society should not attract us. To be attracted by beauty only may lead us into fearful and fatal misfortune. The best place to see the botan is the island of Daikonshima in the lake Nakaumi. There in the season of its flowering all the island is red with its blossoms. [7]

 

 THE DRAGON.

   'When the Dragon tries to ride the clouds and come into heaven there happens immediately a furious storm. When the Dragon dwells on the ground it is supposed to take the form of a stone or other object; but when it wants to rise it calls a cloud. Its body is composed of parts of many animals. It has the eyes of a tiger and the horns of a deer and the body of a crocodile and the claws of an eagle and two trunks like the trunk of an elephant. It has a moral. We should try to be like the dragon, and find out and adopt all the good qualities of others.'

 

   At the close of this essay on the dragon is a note to the teacher, saying: 'I believe not there is any Dragon. But there are many stories and curious pictures about Dragon.'

 

 MOSQUITOES.

   'On summer nights we hear the sound of faint voices; and little things come and sting our bodies very violently. We call .them ka—in English "mosquitoes." I think the sting is useful for us, because if we begin to sleep, the ka shall come and sting us, uttering a small voice; then we shall be bringed back to study by the sting.'

 

   The following, by a lad of sixteen, is submitted only as a characteristic expression of half-formed ideas about a less familiar subject:

 

 EUROPEAN AND JAPANESE CUSTOMS.

   'Europeans wear very narrow clothes and they wear shoes always in the house. Japanese wear clothes which are very lenient and they do not shoe except when they walk out-of-the-door.

   'What we think very strange is that in Europe every wife loves her husband more than her parents. In Nippon there is no wife who more loves not her parents than her husband.

   'And Europeans walk out in the road with their wives, which we utterly refuse to, except on the festival of Hachiman.

   'The Japanese woman is treated by man as a servant, while the European woman is respected as a master. I think these customs are both bad.

   'We think it is very much trouble to treat European ladies; and we do not know why ladies are so much respected by Europeans.'

 

   Conversation in the class-room about foreign subjects is often equally amusing and suggestive:

   'Teacher, I have been told that if a European and his father and his wife were all to fall into the sea together, and that he only could swim, he would try to save his wife first. Would he really?'

   'Probably,' I reply.

   'But why?'

   'One reason is that Europeans consider it a man's duty to help the weaker first—especially women and children.'

   'And does a European love his wife more than his father and mother?'

   'Not always—but generally, perhaps, he does.'

   'Why, Teacher, according to our ideas that is very immoral.'

   …'Teacher, how do European women carry their babies?'

   'In their arms.'

   'Very tiring! And how far can a woman walk carrying a baby in her arms?'

   'A strong woman can walk many miles with a child in her arms.'

   'But she cannot use her hands while she is carrying a baby that way, can she?'

   'Not very well.'

   'Then it is a very bad way to carry babies,' etc.

 

 

6                   Hachi yuki ya

                   Neko no ashi ato

                    Ume no hana.

7                   Ni no ji fumi dasu

                      Bokkuri kana.

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