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2015/11/11

橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(27) 昭和二十七(一九五二)年 百三句

 昭和二十七(一九五二)年

 

毛糸の足袋ひとり立つことはじめけり

 

   宇陀野御幸

 

冬日の畦ゆき逢へるみな君を見し子

 

[やぶちゃん注:「宇陀野御幸」「宇陀野」は奈良県宇陀郡にあった旧菟田野町(うたのちょう)のことか。二〇〇六年に榛原町・大宇陀町・室生村と合併、現在は宇陀市。推古天皇一九(六一一)年五月五日にこの宇陀の菟田野(うだの)に推古帝が「薬狩り」(女性は薬草摘み。男性は強壮剤とされる若い鹿の角で「鹿茸(ろくじょう)」を狩った)に行幸されたことが「日本書紀」に記されており、その後の古えの皇族が重臣を従えて訪れており、現在の宇陀市大宇陀(おおうだ)上新(かみしん)には現存する日本最古の民間の薬草園「森野旧薬園」(「森野吉野葛本舗」裏手)がある(サイト「歩く・なら」のに拠った)。しかし、これは現に「君」の「行幸」を「皆」「見し子」であるから、当時の実際の昭和天皇の「御幸」である。調べてみると、スーポンドイツ氏のブログ「かぎろひを観る会」は11日 ~大宇陀へお越しください~によって、この「森野吉野葛本舗」の店には「みゆき」(御幸)の暖簾がかかっていることが写真で判った。しかも、そこには、この暖簾は昭和二六(一九五一)年に『昭和天皇がこちらの工場・薬園の視察に来られた記念として』あるということが記されている。これは恐らく、昭和二一(一九四六)年の神奈川県から始まった昭和二九(一九五四)年の北海道まで延べ八年半かけて行われた昭和天皇の「行幸」(全行程三万三千キロメートル・総日数百六十五日)の一環であったと考えられる。この句はまさに古えの女帝の「行幸」にまで詩想としては遡りつつ、現に人間となった天皇の直近のその「行幸」を詠吟したものと思われる。]

 

相迫る冬山滾ぎつ瀬をへだて

 

凩がゐて噴水を憩はしめず

 

少女となる眉よせ露の反射する

 

風収まる雪嶺ぴしぴし枝を折る

 

四方の枯野暮るゝは雨戸締めし後

 

寒雀一羽失ひし群を率(ゐ)て

 

母と娘の頭上に桜重きかな

 

帆綱つかむ前向く燕うしろ向く燕

 

頭上蔽ふ一樹に椎の花満てる

 

芽出す籾水層一寸をへだつ

 

浪の上一蝶のなほ還らざる

 

向日葵の花のつめたし暁発ちぬ

 

木下闇仔鹿が駆けて陽漏るゝ

 

炎天に音なし身ぢろぎもせず

 

人中へいそぎつつをり花火受く

 

手花火の火を手花火に継ぎうつす

 

手花火の尽きるを山の闇が待つ

 

雄の虻の横暴薔薇に押しあけ入る

 

少年銭得て葡萄の種吐き吐く

 

青蚊帳の裡をともしてあと燈なし

 

虹住む山我住む山のつゞきけり

 

草に音あり吾に秋雨まだふれず

 

炎天歩く駝鳥がかすむほど遠く

 

渡り鳥一羽遅れしまゝの列

 

祭囃子遠くなる今笛の音のみ

 

花野過ぎ落葉松林に入りて透く

 

秋草に浅間嶽隠る下りつゞけ

 

枯野の汽笛波立つ千曲(ちくま)渡り来て

 

[やぶちゃん注:以上、『天狼』掲載分。]

 

童女爪立つ風船の糸伸び切つて

 

啼きゆく雁夜の沼の光りしならむ

 

雁を待つ沼夜となる昼となる

 

過ぐるとき寒星充つる潦

 

凩が追ひぬきゆけり鶏駆けり

 

夕焼くる寒雲知れる聖母なし

 

聖母の咳ひくゝ吾胸ひゞきけり

 

油火の一つの火立ち馬屋の主(エス)

 

我手の影聖母の金魚ひるがへる

 

聖母の歩に寒星しつかに従へり

 

雪の上に鹿暮る一つ一つ位置占め

 

風邪の枕低し雪ふりやまぬかな

 

寒雀の羽音たしかに風邪癒ゆる

 

雛ふたつ病める畳の上におく

 

百千鳥鴉おのれの枝摑む

 

伽藍の屋根尾さげ嬉しき恋雀

 

春の海粗朶に入り来てやすからず

 

春日の海堡白波の中白波あげ

 

冬の河渡る央に照りきはむ

 

[やぶちゃん注:「央」は通常の訓ならば「なかば」であるが、どうもそれではスケールがやや小さく私は感ずる。私は「まなか」と読みたい。]

 

青野に鹿群れゐることのやすらかさ

 

揚羽蝶どこにて揚羽蝶にあふ

 

紫雲英(げんげん)に足没し立つ遠くの鴉も

 

[やぶちゃん注::「げんげん」はマメ目マメ科マメ亜科ゲンゲ属ゲンゲ(紫雲英) Astragalus sinicus の別名である。この花を愛する私にはずっとこの年になるまで、正しいのが「レンゲ」であり、「蓮華草(れんげそう)」なのだとずっと思っていたのだが、正式和名はあくまで「ゲンゲ」であり、これは「レンゲ」の転訛などではなく、漢名「翹搖」(ゲウエウ(ギョウヨウ))の音読みに基づくものであることを今回調べてみて初めて知った。何だか少し、哀しい気がした。]

 

雌(め)が招きわが斑猫(みちおしへ)たちまち外れ

 

[やぶちゃん注:「斑猫(みちおしへ)」複数回既出既注。]

 

蜥蜴走る光も影も失ひて

 

醜の翅を日に搏たれたる日蔭蝶

 

菩提樹花下くゞりて旅の道曇る

 

寵りゐる燕の尾羽の巣に尖る

 

揚羽丁星に迷ひ入りしも薄暮のこと

 

田草とり土地の青に溺れをり

 

夫の忌燕負ひくる九月の天

 

[やぶちゃん注:夫豊次郎(昭和一二(一九三七)年没。享年五十歳)の祥月命日は九月三十日。この年は十六回忌。]

 

花火ひらきつゞく帰ること思はず

 

   池田浩子を悼む

 

炎天を揚羽翔けいそぐ処女(をとめ)逝きぬ

 

[やぶちゃん注:「池田浩子」不詳。]

 

炎天を負ひし面影笑み崩さず

 

芙蓉にくる褐色のみの田舎の蝶

 

大足の羽抜鳥にて遁走す

 

踊り子の眉紅つよしはや暮れよ

 

身を屈むときに踊りの輪が翳る

 

使ひにゆく方(かた)へはたはた追ひ飛ばし

 

葡萄樹下西日が処女さし透す

 

葡萄採り去りたる畑霧が満つ

 

虻のこゑ被り身低め葡萄採り

 

葡萄畑男が走る褐色に

 

[やぶちゃん注:以上、『七曜』掲載分。]

 

天にゐる尾長き凧よ祖母吾が欲る

 

恋猫に雪がとびつく野の闇より

 

白鷺あらそへり寒天音もなく

 

雪降る間いなづま走り乱れ出す

 

修二会の鐘闇に羽ばたく夜鳥ども

 

暁(あけ)の嫗髪梳きあかぬかな

 

炎天にむらさき多し木槿(むくげ)咲き

 

[やぶちゃん注:「木槿(むくげ)」アオイ目アオイ科アオイ亜科フヨウ連フヨウ属ムクゲ Hibiscus syriacus 。]

 

千本の手を秋風に観世音

 

牛乳に火蛾の飛び入り溺れし疾(はや)さ

 

[やぶちゃん注:以上、『俳句』掲載分。]

 

母が焚く炉よがうがうと根本の株

 

月光に風花さわぎしことも過ぐ

 

鹿と鹿との間(あひ)に雪降る野にも降る

 

恋猫のゆく闇何処も雪降れる

 

鞦韆を父へ漕ぎ寄り母へしりぞき

 

草木瓜は地(つち)にいこひて見るべき花

 

[やぶちゃん注:「草木瓜」既注であるが、再掲する。バラ目バラ科サクラ亜科リンゴ連ボケ属 Chaenomeles ボケ Chaenomeles speciosa の近縁種で本邦固有種であるクサボケ(草木瓜)Chaenomeles japonica 。ボケは中国原産で観賞用に栽培されており自生はないのに対し、クサボケは本邦の本州関東地方以西・四国・九州に自生する。樹高は五十センチメートルほどで、『実や枝も小振り。本州や四国の日当たりの良い斜面などに分布。シドミ、ジナシとも呼ばれる。花は朱赤色だが、白い花のものを白花草ボケと呼ぶ場合もある。果実はボケやカリン同様に良い香りを放ち、果実酒の材料として人気がある。減少傾向にある』とウィキの「ボケにある。]

 

帰らむいざ同じ青野を同じ馭者(ぎよしや)

 

藤たぐり降りる足なほ地に着かず

 

わが百合(ゆり)に花粉通はせ山の百合

 

いつぴきの金魚となりていのちながし

 

万緑や斧うつ音を一時断ち

 

穂絮(ほわた)いま楽しげにとぶ地を忘れ

 

[やぶちゃん注:「穂絮」は守旧派にとっては、熟した葦や茅(チガヤ)などのの花穂が熟れて生じた白い細毛が風に乗って飛ぶさまを指し、晩秋の季語であるが、これは前後を見ても明らかに蒲公英(タンポポ)などのそれである。]

 

寧(やす)らかに浮巣が波にゆれつづけ

 

炎天を乙女駆けりし風一筋

 

青蚊帳に馬追が啼き青さちがふ

 

炎天に燕が飛んでかすむなり

 

秋草に笑ひどほしの乙女撮(うつ)す

 

祭囃子遠くなる笛の高音のみ

 

咽喉(のど)裂けて憎まれ鵙の啼きつづく

 

一眼にて他国者なり胡桃掌(て)に

 

胡桃割る力のなくて持ちつづけ

 

雀らに夜がしりぞく霜の上

 

[やぶちゃん注:以上、『文庫版「海彦」より』とある。多佳子、五十三歳。]

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