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2015/11/27

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十二章 舞妓について (六) /第二十二章~了

       六

 

 翌朝、日が出てから一時間すると、師匠と弟子は町の界から向うの方で無宿者の集まる磧へと歩いて行つた。

 小屋の入口は一枚の雨戸で閉ぢてあつた。師匠は幾たびも叩いて見たが、應答がなかつた。すると、戸は内から締めてなかつたので、輕く開けて、隙間から呼んだ。誰も答へないから、彼は入ることに決心した。同時に異常な鮮明さを以て、彼が疲勞せる靑年修業者として、山中の小屋の前に立つて、戸を叩いた瞬間の感が念頭に返つた。

 彼が獨りで靜かに入つてみると、女は一枚の薄い、ぼろぼろの布團にくるまつて、一見すると寢たやうに横つてゐた。粗末な棚の上に、彼は四十年前の佛壇を認めた。中には位牌があつた。して、當時と同じく、今も小さな燈明が、戒名の前で輝いてゐた。月の後光を負つた觀音の幅は無くなつてゐたが、佛壇に面した壁には、彼の贈つた畫が掛けてあつた。して、その下には一言(ひとこと)觀音【註】――この觀音はたゞ一つの祈願を叶へ玉ふだけだから、一囘以上、願を掛けてはならぬ――の御札があつた。荒凉たる家の中には、その外のものは、たゞ衣と托鉢の筇及び鉢だけであつた。

 が、師匠はこれらのものを眺めて、躊躇してはゐなかつた。彼は眠つてゐる女を醒まし、欣ばせようと思つて、一囘も三囘も、元氣よく彼女の名を呼んだ。

 すると、忽然彼女の死んでゐるのに氣がついた。して、その顏を凝視し乍ら、彼は不思議に思つた。それは案外若く見えた。靑春の妖精とも見ゆる、何となく美しい趣が、そこへ歸つてきてゐた。悲哀の皺は、彼よりも更に偉大なる幻影の師匠の手によつて、奇異にも滑かに和らげられてゐた。

 

    註。この觀音の寺は、奈良の大佛の寺から遠くない。

 

[やぶちゃん注:この挿話はまたしてもしみじみとして哀しく美しい。これは実に神話的でさえあるではないか。巧妙に配されたフラッシュ・バックのイメージの何と、神々しいことか!

 なお、底本途中に配された注の位置が(「觀音【註】」を含む段落の後に前後行空けで配されてある)、鑑賞上、極めて無粋に過ぎるので恣意的に最後に回した。

「筇」底本では下部の(つくり)が「阝」ではなく「卩」であるが、表記出来ず、当該漢字も見当たらず、意味からも竹で出来た杖の意であるこれを採った。音は「キヨウ(キョウ)」或いは「グ」であるが、「つゑ(つえ)」と訓じておく。

「この觀音の寺は、奈良の大佛の寺から遠くない」こう語る以上、本尊が観音菩薩でなくてはならないとすれば、奈良県桜井市初瀬の長谷寺(本尊十一面観音)か、或いは高市(たかいち)郡高取町の壺阪寺、正式名称南法華寺(本尊十一面観音)か? しかし両寺を「遠くない」というかどうか? 「遠くな」くごく近いとならば、別な寺ではなく、東大寺の二月堂(本尊十一面観音)となるが? しかし原注をよく見ると“Her shrine”とある。これは「彼女の廟」「彼女を祀った寺」の謂いである。平井呈一氏も『老女を祀った堂は、いま、奈良の大仏殿の近くにある』と訳しておられ、奈良知らずの下種(げす)の私の憶測であるが、この平井氏の訳だと、恐らく多くの人はこれを二月堂と解釈するのではあるまいか? しかしそのような二月堂の伝承も、そのような由緒を持つ観音の寺も私は不学にして知らない。そもそもが、私はもっと不勉強にしてこの白拍子と絵師の数奇な奇談の原話を知らない。構造パターンの類型的な話は複数聴いたことがあるが、人物設定や結末が全く異なる。ネット検索でも網にかからぬ。原話を御存じの方は、是非とも御教授を乞うものである――と言っても――この話柄はこれで閉じられた一箇の完成品としてとても美しい――

 

 

.

   On the morning of the day following, an hour after sun-rise, the Master and his pupil took their way to the dry bed of the river, beyond the verge of the city, to the place of outcasts.

   The entrance of the little dwelling they found closed by a single shutter, upon which the Master tapped many times without evoking a response. Then, finding the shutter unfastened from within, he pushed it slightly aside, and called through the aperture. None replied, and he decided to enter. Simultaneously, with extraordinary vividness, there thrilled back to him the sensation of the very instant when, as a tired. lad, he stood pleading for admission to the lonesome little cottage among the hills.

   Entering alone softly, he perceived that the woman was lying there, wrapped in a single thin and tattered futon, seemingly asleep. On a rude shelf he recognized the butsudan of' forty years before, with its tablet, and now, as then, a tiny lamp was burning in front of the kaimyō. The kakemono of the Goddess of Mercy with her lunar aureole was gone, but on the wall facing the shrine he beheld his own dainty gift suspended, and an ofuda beneath it,— an ofuda of Hito-koto-Kwannon [10],— that Kwannon unto whom it is unlawful to pray more than once, as she answers but a single prayer. There was little else in the desolate dwelling; only the garments of a female pilgrim, and a mendicant's staff and bowl.

   But the Master did not pause to look at these things, for he desired to awaken and to gladden the sleeper, and he called her name cheerily twice and thrice.

   Then suddenly he saw that she was dead, and he wondered while he gazed upon her face, for it seemed less old. A vague sweetness, like a ghost of youth, had returned to it; the lines of sorrow had been softened, the wrinkles strangely smoothed, by the touch of a phantom Master mightier than he.

 

10 Her shrine is at Nara, — not far from the temple of the giant Buddha.

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