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2015/11/24

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十一章 日本海に沿うて (五)

        五

 

 船に乘つて海に行き、そこに止まつて歸らない人々に關して、この遠隔の海岸では妙な信仰が行はれる、――墓の前に白い燈籠をかける優しい信仰よりは、たしかに、もつと原始的な信仰である。溺死者は決して冥途へは行かないと信じて居る者がある。彼等は永久に流れの間に漂ふ、潮の動搖と共にうねる、船のあとに續いて動く、大波の碎ける時に叫ぶ。激浪の跳ぶ時上るものは彼等の白い手である、礫をざらざら音をさせたり、引浪が引 く時游泳者の足をつかんだりするのは彼等の拳である、それで船乘はこのお化けの事を婉曲に云つて、非常にそれを恐れる。

 それで船には猫を飼ふ。

 猫はお化けを追彿ふ力がある物ときめられて居る。どうして、又何故かについて私に告げてくれる人が未だ見つからない。私は猫は死者を支配する力があると考へられて居る事だけを知つて居る。死骸と猫だけを置いたら、死骸は起きて躍り出さないだらうか。猫のうちでも三毛猫はそのために船乘に最も貴ばれる。しかし三毛猫が得られない場合には外の猫でもよい、それで船が港に入ると、その船の猫は大概――船側のどこか小さい窓から覗いたり、大きな舵の動いて居る廣い場所に坐つたりして居るのが見られる、――即ちもし天氣がよく、海が靜かであれば。

 

[やぶちゃん注:「死骸と猫だけを置いたら、死骸は起きて躍り出さないだらうか」妖猫(猫又)が死者の遺体を踊らせるという伝承はかなり有名である。ウィキの「猫又」にも『ネコはその眼光や不思議な習性により、古来から魔性のものと考えられ、葬儀の場で死者を甦らせたり、ネコを殺すと』七代祟る『などと恐れられており、そうした俗信が背景となって猫又の伝説が生まれたものと考えられている』。『また、ネコと死者にまつわる俗信は、肉食性のネコが腐臭を嗅ぎわける能力に長け、死体に近づく習性があったためと考えられており、こうした俗信がもとで、死者の亡骸を奪う妖怪・火車』(かしゃ)『と猫又が同一視されることもある』とある。

「三毛猫」ウィキの「三毛猫に、オスの三毛猫(ご存じの通り、本三色の毛色と性別は伴性遺伝であるため、三毛猫はその殆んどが♀であり♂は滅多に出現しないことから、それだけでも非常に稀少価値であった)を船に乗せると福を呼び、船が遭難しないという言い伝えがあり、『江戸時代には高値で取引されていたという説もあるが、実際の取引事例は不明である。 日本の第一次南極観測隊では珍しくて縁起がいいという理由でオスの三毛猫のタケシが連れて行かれ、昭和基地内のペットとして南極で越冬している』事実はある、とある。大型で遠洋に長期に出るようなものならば鼠退治としての実用性もあるが(日本への猫渡来説の有力な一つは仏典を鼠の食害から守るために同船させた猫がルーツとするものである。また、私の偏愛するサイト「カラパイア」のかつて猫は船の守り神だった。船に乗る猫たちの古写真特集(これらの写真は必見!)には、『英国では古い海上保険法で、猫を乗せることが義務付けられており、乗せていなかった貨物船は、ネズミによる被害を故意に防ごうとしなかったという理由で、貨物の損害への保険金支払いを認められなかったほどだ』ともある)、貧しい日本の漁師の木の葉のようなそれでも乗せるとなら、これはもうその信仰はまさにハーンが語るようなものでなくてはならぬ。先のカラパイアの記事にも『日本では、ネズミ退治はもちろんのこと、「ネコが騒げば時化、眠れば好天」「ネコは船中で必ず北を向く」などの言い伝えがあり、猫には天気の予知する能力や荒天でも方角を示す能力とがあると信じられてきた』とあり、これも一因であろう。]

 

 

.

   Concerning them that go down into the sea in ships, and stay there, strange beliefs prevail on this far coast,— beliefs more primitive, assuredly, than the gentle faith which hangs white lanterns before the tombs. Some hold that the drowned never journey to the Meido. They quiver for ever in the currents; they billow in the swaying of tides; they toil in the wake of the junks; they shout in the plunging of breakers. 'Tis their white hands that toss in the leap of the surf; their clutch that clatters the shingle, or seizes the swimmer's feet in the pull of the undertow. And the seamen speak euphemistically of the O-'baké, the honourable ghosts, and fear them with a great fear.

   Wherefore cats are kept on board!

   A cat, they aver, has power to keep the O-baké away. How or why, I have not yet found any to tell me. I know only that cats are deemed to have power over the dead. If a cat be left alone with a corpse, will not the corpse arise and dance? And of all cats a mike-neko, or cat of three colours, is most prized on this account by sailors. But if they cannot obtain one,— and cats of three colours are rare,— they will take another kind of cat; and nearly every trading junk has a cat; and when the junk comes into port, its cat may generally be seen,— peeping through some little window in the vessel's side, or squatting in the opening where the great rudder works,— that is, if the weather be fair and the sea still.

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