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2015/12/13

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十五章 幽靈と化け物について (一)


      第二十五章 幽靈と化け物について
  

 

       一

 

  法華經によれば、『夜叉の形を以て得度すべき者には、夜叉の形を現じてまで法を經く』佛があつたと云ふ。それから同じ經に、佛にこんな約束がある、『彼がその荒野に淋しく住んで居る間に、自分は彼と交際させるために夜叉を大勢送るつもり』この約束は、菩薩をも又送らうと云ふ證言で餘程その恐ろしさが緩和されて居る。しかし私が僧侶になる事があつても、荒野に住む事は注意して避けたい、私は日本の化け物を見て、それを嫌ふからである。

 昨夜、金十郎は私にその化け物を見せた、その化け物は氏神の祭禮に町へ來た、祭りの夜に見られるやうな珍らしいものが澤山あるので、私共は日が暮れてから神社の方へ出かけた、金十郎は家の紋をつけた提燈をもつて伴をした。

 朝のうちひどく雪が降つたが、もう天(そら)も、刺すやうに寒い靜かな空氣、ダイアモンドのやうに澄み渡つて居る、それから脆い雪は歩く時足の下で快くばりばり音を立てる、それで私は思ひついて云ふ。『金十郎さん、雪の神樣と云ふ物はありますか』

 『分りません』金十郎は答へた。『私の知らない神樣は澤山あります、神樣の名を殘らず知つて居る人はありません。しかし雪女と云ふ物はあります』

 『それはどんな物です』

 『眞白な物で、雪の中で色々變な顏をして見せます。別に害を加へる事はないが、ただ恐ろしがらせるだけです。晝のうちは顏を上げて、獨り旅の人をおどかすだけですが、夜になると時々樹よりも高くなつて暫らくあたりを見𢌞してから、急に雪になつて降つて來ます』【註一】

    註一。日本の他の地方では、私の聞
    くところでは、雪女は甚だ綺麗な女
    となつて現れ、若い男を淋しい場所
    へ誘つて、血を吸ふと云はれて居る。

 『どんな顏をしてゐますか』

 『白い――眞白です。非常に大きな顏です。それから淋しい顏です』

〔金十郎の云つた言葉は淋しいであつたが、私の考では、それは『陰氣な氣味の惡い』と云ふ意味であつた〕

 『金十郎さんあなたは見た事がありますか』

 私は見た事はありません。しかし私の父が子供の時分に、外の子供と遊ぶつもりで、雪の中を隣りのうちへ行かうと致しますと、途中で、雪の中から大きな白いが出て淋しさうにあたりを見𢌞したさうです、恐ろしさの餘り聲を出して逃げて歸つたと申します。そこでうちの人が皆出て見ると何にもない、雪ばかり、それで皆がこれは雪女を見たのだとさとりました』

 『ところで、金十郎さん、この節、人は雪女を見ますか』

 『はい。大寒の時節に、やぶ村へ參詣する人は、時々見ます』

 『やぶ村に何かありますか』

 『やぶ神社があります、それはやぶ天皇さんと云ふ風の神の名高い古い神社です。松江から九里ばかりの山のずつと上にあります。その神社の大祭は二月の十日と十一日にあります。それでその日には妙な事があります。ひどい風を引いて居るものがやぶ神社の神樣になほるやうにお祈りをして、その大祭の日に神社へ裸參りを致しますと誓ひます』

 『裸ですか』

 『さうです、わらぢをはいてふんどしや、ゆもじ一つでお參りを致します。それで大勢の人は、その頃雪が深いのですが、神社の方へ雪の中を裸で行くのです。それから男は銘々御幣と拔身の刀を泰納します、女は銘々鏡を奉納します。それから神社では、神主がその人々を迎へて妙な儀式を行ひます。古式によつて、神主は病人のやうななりをして、寢てうなります、それから漢方で處方致します草根木皮のくすりを飮みます』

 『寒さで死ぬ人はありませんか』

 『ありません、出雲の農夫は達者です。その上早く走りますから神社へ着く頃は熱い程です。それから歸る前に厚い暖い着物を着ます。しかし時々途中で雪女を見ます』

[やぶちゃん注:既に前章に登場した「金十郎」が松江ではなく熊本の植木職人であつたように、本章も操作が加えられてある。底本末の本章の訳者と思われる田部隆次氏の後書きには本編に就いて、『祭りの夜、見せ物を見て𢌞つたのは熊本の町で、同行者は金十郎ではなく夫人であつた』とある。

「法華經によれば、『夜叉の形を以て得度すべき者には、夜叉の形を現じてまで法を經く』佛があつたと云ふ」これは、鳩摩羅什(くまらじゅう)漢訳になる「妙法蓮華経」の中でも知られた「観世音菩薩普門品第二十五」の一節(読みは私が勝手に附した)、

    *

應以(わうい)、天龍・夜叉・乾闥婆(けんだつぱ)・阿修羅・迦樓羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅伽(まごらか)・人非人等(とう)身(しん)得度者(とくどしや)、卽(そく)皆(かい)現之(げんし)、而爲(にゐ)說法、應以、執金剛神(しふこんがうしん)身得度者、卽現執金剛神、而爲說法。

(やぶちゃんの自在勝手訓読文:應に、天龍・夜叉・乾闥婆(けんだつぱ)・阿修羅・迦樓羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅伽(まごらか)・人非人(にんぴにん)等(とう)の身(しん)を以つて得度すべき者には、卽ち皆(みな)、之に現(げん)じて、爲(ため)に法を說き、應に、執金剛神(しふこんがうしん)の身を以つて得度すべき者には、卽ち執金剛神に現じて爲に法を說く。)

   *

と出る部分を略したものである。

「同じ經に、佛にこんな約束がある、『彼がその荒野に淋しく住んで居る間に、自分は彼と交際させるために夜叉を大勢送るつもり』これも「妙法蓮華経」の中の「法師品第十」の一節、

   *

若說法者。在空閑處(くふげんしよ)。我時廣遣。天龍鬼神。乾闥婆。阿修羅等(とう)。聽其(ちやうし)說法。

(やぶちゃんの自在勝手訓読文:若し、說法者、空閑(くふげん)の處に在らば、我れ、時に廣く、天・龍・鬼神・乾闥婆・阿修羅等を遣はし、其の說法を聽かしめん。)

   *

に基づく。

「雪女は甚だ綺麗な女となつて現れ、若い男を淋しい場所へ誘つて、血を吸ふと云はれて居る」最後の部分、私は聴いたことがないが、冷気を「吹き」つけて血を凍らせ死に至らせる、或いは、美女で男の精を「吸い」つくして殺す(後の引用を参照)、といった話を「血を吸う」と誤認したのかも知れない。或いは、凍死した青白い死体から吸血されたという連想は容易には出来る。また「血」との絡みでは、後で引用する下半身血だらけの妖怪「産女(うぶめ)」との親和性はあるとは言える。しかしどうもこの部分、西欧の吸血鬼伝承と恣意的に結び付けようとする外国人ハーンの確信犯的なゴシック・ホラーの側面が窺われるように感じられる。いや、或いはもっとプラグマティクに――欧米圏読者向けのリップ・サーヴィスのようにも私には感じられる――と正直言っておきたい。何故なら、後のハーンの知られた「雪女」のそれは吸血性ではないからである。彼が、この吸血の強い印象を持っていたなら、あれに使わないはずはないからである。尤も、雪女が吸血するという古伝承があるのであれば、是非とも御教授を乞うものではある。以下、ウィキの「雪女から引く。雪女は『「ユキムスメ」、「ユキオナゴ」、「ユキジョロウ(雪女郎)」、「ユキアネサ」、「雪オンバ」、「雪ンバ」(愛媛)、「雪降り婆」とも呼ばれる』。『「ツララオンナ」、「カネコリムスメ」「シガマニョウボウ」など、氷柱に結びつけて呼ばれることも多い』。『雪女の起源は古く、室町時代末期の連歌師・宗祇法師による『宗祇諸国物語』には、法師が越後国(現・新潟県)に滞在していたときに雪女を見たと記述があることから、室町時代には既に伝承があったことがわかる』。『呼び方は違えど、常に「死」を表す白装束を身にまとい男に冷たい息を吹きかけて凍死させたり、男の精を吸いつくして殺すところは共通しており、広く「雪の妖怪」として怖れられていた』。『雪女は『宗祇諸国物語』をもとにした小泉八雲の『怪談』「雪女」の様に、恐ろしくも美しい存在として語られることが多く、雪の性質からはかなさを連想させられる』。『伝承では、新潟県小千谷地方では、男のところに美しい女が訪ね、女は自ら望んで男の嫁になるが、嫁の嫌がるのを無理に風呂に入れると姿がなくなり、男が切り落とした細い氷柱の欠片だけが浮いていたという。青森県や山形県にも同様の話があり「しがま女房」などと呼ばれる』。『山形県上山地方の雪女は、雪の夜に老夫婦のもとを訪ね、囲炉裏の火にあたらせてもらうが、夜更けにまた旅に出ようとするので、翁が娘の手をとって押し止めようとすると、ぞっとするほど冷たい。と、見る間に娘は雪煙となって、煙出しから出ていったという。また、姑獲鳥』(うぶめ/産女:死んだ妊婦をそのまま埋葬するとこの妖怪に変ずるとされた)『との接点も持っており、吹雪の晩に子供(雪ん子)を抱いて立ち、通る人間に子を抱いてくれと頼む話が伝えられる。その子を抱くと、子がどんどん重くなり、人は雪に埋もれて凍死するという』。『頼みを断わると、雪の谷に突き落とされるとも伝えられる。弘前では、ある武士が同様に雪女に子供を抱くよう頼まれたが、短刀を口に咥えて子供の頭の近くに刃がくるようにして抱いたところ、この怪異を逃れることができ、武士が子供を雪女に返すと、雪女は子供を抱いてくれたお礼といって数々の宝物をくれたという』。『次第に増える、雪ん子の重さに耐え抜いた者は怪力を得るともいう』。『長野県伊那地方では、雪女を「ユキオンバ」と呼び、雪の降る夜に山姥の姿であらわれると信じられている。同様に、愛媛県吉田では、雪の積もった夜に「ユキンバ」が出ると言って、子供を屋外に出さない様にする。また、岩手県遠野地方では』小正月の一月十五日或いは月の半ばの『満月の夜には、雪女が多くの童子をつれて野に出て遊ぶので、子供の外出を戒めるという。この様に、雪女を山姥と同じものとして扱うところも多く、多くの童子を連れるという多産の性質も、山姥のそれに類似している。和歌山県伊都地方では、雪の降り積む夜には一本足の子どもが飛び歩くので、翌朝に円形の足跡が残っているといい、これを「ユキンボウ」と言うが』、一本足の『童子は山神の使いとされている。鳥取県東伯郡小鹿村(現・三朝町)の雪女は、淡雪に乗って現れる時に、「氷ごせ湯ごせ」(「ごせ」とは「(物を)くれ、下さい」という意味の方言)と言いながら白幣を振り、水をかけると膨れ、湯をかけると消えるという。奈良県吉野郡十津川の流域でいう「オシロイバアサン」、「オシロイババア」も雪女の一種と思われ、鏡をジャラジャラ引きずってくるという。これらの白幣を振るという動作や、鏡を持つという姿は、生産と豊穣を司る山神に仕える巫女としての性格の名残であると考えられる。実際に青森では、雪女が正月三日に里に降り、最初の卯の日に山に帰ると云われ、卯の日の遅い年は作柄が変わるとされていた』。『岩手県や宮城県の伝承では、雪女は人間の精気を奪うとされ、新潟県では子供の生き肝を抜き取る、人間を凍死させるなどといわれる。秋田県西馬音内では、雪女の顔を見たり言葉を交わしたりすると食い殺されるという。逆に茨城県や福島県磐城地方では、雪女の呼びかけに対して返事をしないと谷底へ突き落とされるという』。『福井県でも越娘(こしむすめ)といって、やはり呼びかけに対して背を向けた者を谷へ落とすという』。『岐阜県揖斐郡揖斐川町では、ユキノドウという目に見えない怪物が雪女に姿を変えて現れるという。山小屋に現れて「水をくれ」と言うが、求めに応じて水を与えると殺されてしまうので、熱いお茶を出すべきとされる。またこのユキノドウを追い払うには「先クロモジに後ボーシ、締めつけ履いたら、如何なるものも、かのうまい」と唱えると良いという』。『正月元旦に人間界に雪女が来て帰っていく青森県弘前市の伝承や岩手県遠野市の、小正月または冬の満月の日に雪女が多くの子を連れて遊ぶという伝承から見ても、このような人間界を訪れる日から雪女の歳神(としがみ)的性格を窺うことができる。吹雪の晩に雪女を親切にもてなしたところ、翌朝、雪女は黄金と化していたという、「大歳の客」系の昔話の存在も雪女の歳神的性格と無縁ではない』。『雪女は子供をつれて出現することも多い。同じような子連れの妖怪、産女(うぶめ)の伝承とも通い合う。山形県最上郡では産女を雪女だと伝えている』。『異類婚姻譚の類型の物語に登場することも多く、小泉八雲の「雪おんな」のように、山の猟師が泊り客の女と結ばれ子供が生まれ、嫁にうっかり雪女と結んだタブーを口にしたため、女は自分こそ雪女だと明かすが男との間に生まれた子がいたため殺さず、子に万一の事があったら只では済まさぬと告げて姿を消すタイプの昔話のパターンは新潟県、富山県、長野県に伝承があり、その発端は山の禁(タブー)を破ったために山の精霊に殺されるという山人の怪異譚に多い。雪女の伝説は、山人の怪異譚と雪女の怪異譚の複合により生まれたとする説もある』。『雪女の昔話はほとんどが哀れな話であり、子のない老夫婦、山里で独り者の男、そういう人生で侘しい者が、吹雪の戸を叩く音から、自分が待ち望む者が来たのではと幻想することから始まったといえる。そして、その待ち望んだものと一緒に暮らす幸せを雪のように儚く幻想した話だという。それと同時に畏怖の感覚もあり、『遠野物語』にもあるように吹雪が外障子を叩く音を「障子さすり」と言い、雪女が障子を撫でていると遅寝の子を早く眠らす習俗もある。障子さすりのようなリアルな物言いにより、待ち望むものの訪れと恐怖とは背中合わせの関係であるといえる。また冬などの季節は神々の訪れであり、讃めなければひどいことになりかねず、待ち望むといってもあまり信用してはならない。なんにせよ季節の去来と関係した話といえる。風の又三郎などとも何処かで繋がるのではないかと、国文学者・古橋信孝は述べている』。『雪女の正体は雪の精、雪の中で行き倒れになった女の霊などと様々な伝承がある。山形県小国地方の説話では、雪女郎(雪女)は元は月世界の姫であり、退屈な生活から抜け出すために雪と共に地上に降りてきたが、月へ帰れなくなったため、雪の降る月夜に現れるとされる』。『江戸時代の知識人・山岡元隣は雪女は雪から生まれるという。物が多く積もれば必ずその中に生物を生ずるのが道理であり、水が深ければ魚、林が茂れば鳥を生ずる。雪も陰、女も陰であるから、越後などでは深い雪の中に雪女を生ずることもあるかも知れぬといっている』。『日本の伝統文化の中で、雪女は幸若の『伏見常磐』などに見られ、近世には確認できる。近松門左衛門の「雪女五枚羽子板」がありだまされ惨殺された女が雪女となり復讐する話である。雪女の妖艶で凄惨な感じがうまく使われている。昔話・伝承では青森、山形、秋田、岩手、福島、新潟、長野、和歌山、愛媛などで確認されている』。以下、八雲のKWAIDANのシノプシスが示される。『この話は武蔵の国、西多摩郡調布村の百姓が私に語ってくれたものである』。『武蔵の国のある村に、茂作と巳之吉という』二人の『樵が住んでいた。茂作はすでに老いていたが、巳之吉の方はまだ若く、見習いだった』。『ある冬の日のこと、吹雪の中帰れなくなった二人は、近くの小屋で寒さをしのいで寝ることにする。その夜、顔に吹き付ける雪に巳之吉が目を覚ますと、恐ろしい目をした白ずくめ、長い黒髪の美女がいた。巳之吉の隣りに寝ていた茂作に女が白い息を吹きかけると、茂作は凍って死んでしまう』。『女は巳之吉にも息を吹きかけようと巳之吉に覆いかぶさるが、しばらく巳之吉を見つめた後、笑みを浮かべてこう囁く。「おまえもあの老人(=茂作)のように殺してやろうと思ったが、おまえは若くきれいだから、助けてやることにした。だが、おまえは今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はないと思え」そう言い残すと女は戸も閉めず、吹雪の中に去っていった』。『それから数年して、巳之吉は「お雪」と名乗る、雪のように白くほっそりとした美女と出会う。二人は恋に落ちて結婚し』、十人の『子供をもうける。お雪はとてもよくできた妻であったが、不思議なことに、何年経ってもお雪は全く老いることがなかった』。『ある夜、子供達を寝かしつけたお雪に、巳之吉がいう。「こうしておまえを見ていると、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出す。あの日、おまえにそっくりな美しい女に出会ったんだ。恐ろしい出来事だったが、あれは夢だったのか、それとも雪女だったのか……」』『巳之吉がそういうと、お雪は突然立ち上り、言った。「そのときおまえが見たのは私だ。私はあのときおまえに、もしこの出来事があったことを人にしゃべったら殺す、と言った。だが、ここで寝ている子供達を見ていると、どうしておまえのことを殺せようか。どうか子供達の面倒をよく見ておくれ……」』『次の瞬間、お雪の体はみるみる溶けて白い霧になり、煙だしから消えていった。それきり、お雪の姿を見た者は無かった』。以下、その「原典」の項。『小泉八雲の描く「雪女」の原伝説については、ここ数年研究が進み、東京・大久保の家に奉公していた東京府西多摩郡調布村(現在の青梅市南部多摩川沿い)出身の親子(お花と宗八とされる)から聞いた話がもとになっていることがわかっている(英語版の序文に明記)』。『この地域で酷似した伝説の記録が発見されていることから、この説は相当な確度を持っていると考えられ』、話柄時間の十九世紀当時は『気候が非常に異なり、中野から西は降れば大雪であったことから、気象学的にも矛盾しない』とある。

「金十郎の云つた言葉は淋しいであつたが、私の考では、それは『陰氣な氣味の惡い』と云ふ意味であつた」原文は“The word Kinjurō used was samushii. Its common meaning is 'lonesome'; but he used it, I think, in the sense of 'weird.”である。この「淋しい」には「天」なんぞに「そら」なんて下らぬルビは振らなくていいから、「淋(さむ)しい」というルビだけは振って欲しかった。平井呈一氏は漢字を使わず、『さむしい』と訳しておられる。

「やぶ村」「やぶ神社」不詳。不思議なことに孰れも検索にかかってこない。ハーンの設定からはどう考えても松江近在でなくてはならないが、この名称も奇体なる裸神事も、これ、全く見当たらない。ハーンはまず全く虚構のでっち上げを行うタイプの作家ではないと思うので、これは必ず元になった神社や神事があったはずである。識者の御教授を乞う。

 

 

ⅩⅩⅤ

 

OF GHOSTS AND GOBLINS. 

 

.

   THERE was a Buddha, according to the Hokkekyō who 'even assumed the shape of a goblin to preach to such as were to be converted by a goblin.' And in the same Sutra may be found this promise of the Teacher: 'While he is dwelling lonely in the wilderness, I will send thither goblins in great number to keep him
company.
' The appalling character of this promise is indeed somewhat modified by the assurance that gods also are to be sent. But if ever I become a holy man, I shall take heed not to dwell in the wilderness, because I have seen Japanese goblins, and I do not like them.

   Kinjurō showed them to me last night. They had come to town for the matsuri of our own ujigami, or parish-temple; and, as there were many curious things to be seen at the night festival, we started for the temple after dark, Kinjurō carrying a paper lantern painted with my crest.

 

   It had snowed heavily in the morning; but now the sky and the sharp still air were clear as diamond; and the crisp snow made a pleasant crunching sound under our feet as we walked; and it occurred to me to say: 'O Kinjurō, is there a God of Snow?' 

   'I cannot tell,' replied Kinjurō. 'There be many gods I do not know; and there is not any man who knows the names of all the gods. But there is the Yuki-Onna, the Woman of the Snow.'

   'And what is the Yuki-Onna?'

   'She is the White One that makes the Faces in the snow. She does not any harm, only makes afraid. By day she lifts only her head, and frightens those who journey alone. But at night she rises up sometimes, taller than the trees, and looks about a little while, and then falls back in a shower of snow.' [1]

   'What is her face like?'

   'It is all white, white. It is an enormous face. And it is a lonesome face.'

   [The word Kinjurō used was samushii. Its common meaning is 'lonesome'; but he used it, I think, in the sense of 'weird.']

   'Did you ever see her, Kinjurō?'

   'Master, I never saw her. But my father told me that once when he was a child, he wanted to go to a neighbour's house through the snow to play with another little boy; and that on the way he saw a great white Face rise up from the snow and look lonesomely about, so that he cried for fear and ran back. Then his people all went out and looked; but there was only snow; and then they knew that he had seen the Yuki-Onna.'

   'And in these days, Kinjurō, do people ever see her?'

   'Yes. Those who make the pilgrimage to Yabumura, in the period called Dai-Kan, which is the Time of the Greatest Cold, [2] they sometimes see her.'

   'What is there at Yabumura, Kinjurō?'

   'There is the Yabu-jinja, which is an ancient and famous temple of Yabu-no-Tenno-San,— the God of Colds, Kaze-no-Kami. It is high upon a hill, nearly nine ri from Matsue. And the great matsuri of that temple is held upon the tenth and eleventh days of the Second Month. And on those days strange things may be seen. For one who gets a very bad cold prays to the deity of Yabu-jinja to cure it, and takes a vow to make a pilgrimage naked to the temple at the time of the matsuri.'

   'Naked?'

   'Yes: the pilgrims wear only waraji, and a little cloth round their loins. And a great many men and women go naked through the snow to the temple, though the snow is deep at that time. And each man carries a bunch of gohei and a naked sword as gifts to the temple; and each woman carries a metal mirror. And at the temple, the priests receive them, performing curious rites. For the priests then, according to ancient custom, attire themselves like sick men, and lie down and groan, and drink, potions made of herbs, prepared after the Chinese manner.'

   'But do not some of the pilgrims die of cold, Kinjurō?'

   'No: our Izumo peasants are hardy. Besides, they run swiftly, so that they reach the temple all warm. And before returning they put on thick warm robes. But sometimes, upon the way, they see the Yuki-Onna.'

1
In other parts of Japan I have heard the Yuki-Onna described as a very beautiful phantom who lures young men to lonesome places for the purpose of
sucking their blood.

2
In Izumo the Dai-Kan, or Period of Greatest Cold, falls in February.

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