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2015/12/01

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十三章 伯耆から隱岐ヘ (十五)

       一五

 

 西郷へ到着の翌日の朝、或る若年の醫師が自分を訪問して、その家で食事を共にして呉れと乞うた。西郷に泊つた外國人は自分が初めてであるから、自分を見るの好機會を有てば一家の者も自己も甚だ愉快とするといふことを頗る率直に説明した。が、その人の生得の慇懃が、他國人の好寄心に滿足を與へてやるのに自分が感じたかも知れない、如何なる躊躇にも打ち克つた。自分はその人の美くしい邸宅で非常に愛想よく待遇された許りでは無い、そのうち多くは斷らうと力めても斷り切れなかつた數々の贈物を實際背負ひ込んで送り出されたのであつた。が、然したゞ一つ自分は、先方の感情を害する惧れがあつても、頑として聽かなかつた。それは驚くべきバテイセキ(この品物に就いては後に話さう)の贈物であつた。啻に非常に高價なだけでは無い、非常に稀なものだといふことを知つてゐたから、自分は頑張つて受納を拒んだ。主人は到頭屈したが、後(あと)で私(ひそ)かにより小さいのを二つ自分の宿へ送り屆けて呉れた。是は日本の禮儀として返戻することが出來なかつた。西郷を去る迄に自分はこの紳士から他の數々の思掛け無い親切を蒙つた。

 其後間も無く西郷小學校の教師の一人が自分を訪ねて呉れた。自分が隱岐に興味を有つて居ることを耳にして、手製の此島の美くしい地圖二枚、西郷のことを書いた小さな本一册、それから贈物として今の人が作つた隱岐の蝶類昆蟲類の蒐集を持參したのであつた。全くの他國人に純粹な厚意の斯んな驚くべき表明に出遇ひさうなことはたゞ日本だけでのことである。

 今一人の訪間者で、自分の友に會ひに來たのは、前述のと同じやうな日本人獨得な行爲を演じたが、これは自分に少からぬ苦痛を味はしめた。三人は坐つて一緒に煙草をふかした。その男は目立つて美くしい煙草入と、小さな銀の煙管の入つて居る煙管筒とを帶から取出して、煙草を吸ひ始めた。その煙管筒は黑珊瑚のやうなもので出來てゐて、珍らしいい彫がしてあつて、そして透明な瑪瑙の玉を通した三色絹糸組合せの重い紐でタバコイレ(パウチ)に着けてあるのであつた。自分がそれを賞めるのを見ると、突然袂から小刀を取出して、自分が止め得ないうちに、その煙管筒を煙草入から切り離して、それを自分に進上すると言つた。自分は、その驚歎すべき紐を切つた時、その男自らの神經を切り斷ちでもしたやうな氣持がした。でも、一旦切つてしまつた後でその贈物を斷るのは極めて失禮であつたらう。自分は返禮に或る贈物を受けさせた。が、この經驗後自分は、隱岐に居る間は、どんなものでもその持主の面前ではもう賞めぬやうに用心した。

 

[やぶちゃん注:「西郷に泊つた外國人は自分が初めてである」一」の注の冒頭で述べた通り、西郷どころか、ハーンは隠岐諸島に来訪した初めての西洋人であった。

「バテイセキ」ガラス質の火成岩である黒曜石のこと。一般には黒色のものが多く、ガラス光沢を有し、貝殻状の断面を示す。「島根県」公式サイトの「しまねの伝統工芸」の「工芸品一覧」にある「隠岐黒耀石細工」に、『黒耀石を割った際、馬のひずめの形に割れるところから「馬蹄石」ともよばれる。全国でも産地は数カ所しかなく、なかでも隠岐産の黒耀石は純度が高く純黒の色沢の優美さで知られ、県内外から珍重されている。純黒であるがゆえに仕上げの研磨ではより高度な技術を要する。従来からある硯・置石などの製作に加え、最新のデザインを取り入れたネクタイピンやネックレスなどのアクセサリー類の製作にも取り組』みが進んでいるとあり、また、「隠岐の島町」公式サイトの「町の歴史」には「黒曜石の島」と題して、『黒曜石は、ガラス成分を含む岩石で、隠岐島後の各地で産出され、石器の材料として利用されました。隠岐では、その割れ目の模様が馬の蹄に似ていることから馬蹄石とも呼ばれます』。『旧石器時代から鏃などの石器に加工され、近世の隠岐では、硯や根付などにも使われました。現在は、久見地区の八幡黒曜石店が唯一、隠岐産黒曜石の加工を行なっています』と記されてある。ハーンが注しているように、これについては「十七」で詳しく語られることになる。

「返戻」老婆心乍ら、「ヘンレイ」と音読みする。返し戻すこと。

「今一人の訪間者で、自分の友に會ひに來たのは」実際の同伴者が妻セツであることを殊更に隠蔽し、架空の男の友達をリアルに意識させるハーンの意図が見え見えの箇所である。

「黑珊瑚」は他の知られた所謂、宝石サンゴ(花虫綱八方サンゴ亜綱ヤギ目サンゴ科 Coralliidae に属するParacorallium属のアカサンゴ Paracorallium japonicum や、Corallium 属のベニサンゴ Corallium rubrum・モモイロサンゴ Corallium elatius・シロサンゴ Corallium konojoi 等)類とは異なり、六放珊瑚亜綱ツノサンゴ目ウミカラマツ科Antipathidae の属する種のうち、

 ウミカラマツAntipathes japonica

 サビカラマツMyriopathes lata

 ネジリカラマツ Cirripathes  spiralis

の三種のみを指す。なお、これら黒珊瑚は現在(二〇〇六年十月以降)ではワシントン条約によって輸入が禁止されている。]

 

 

ⅩⅤ.

   On the morning of the day after my arrival at Saigo, a young physician called to see me, and requested me to dine with him at his house. He explained very frankly that as I was the first foreigner who had ever stopped in Saigo, it would afford much pleasure both to his family and to himself to have a good chance to see me; but the natural courtesy of the man overcame any scruple I might have felt to gratify the curiosity of strangers. I was not only treated charmingly at his beautiful home, but actually sent away loaded with presents, most of which I attempted to decline in vain. In one matter, however, I remained obstinate, even at the risk of offending,— the gift of a wonderful specimen of bateiseki (a substance which I shall speak of hereafter). This I persisted in refusing to take, knowing it to be not only very costly, but very rare. My host at last yielded, but afterwards secretly sent to the hotel two smaller specimens, which Japanese etiquette rendered it impossible to return. Before leaving Saigo, I experienced many other unexpected kindnesses from the same gentleman.

   Not long after, one of the teachers of the Saigo public school paid me a visit. He had heard of my interest in Oki, and brought with him two fine maps of the islands made by himself, a little book about Saigo, and, as a gift, a collection of Oki butterflies and insects which he had made. It is only in Japan that one is likely to meet with these wonderful exhibitions of pure goodness on the part of perfect strangers.

   A third visitor, who had called to see my friend, performed an action equally characteristic, but which caused me not a little pain. We squatted down to smoke together. He drew from his girdle a remarkably beautiful tobacco-pouch and pipe-case, containing a little silver pipe, which he began to smoke. The pipe-case was made of a sort of black coral, curiously carved, and attached to the tabako-ire, or pouch, by a heavy cord of plaited silk of three colors, passed through a ball of transparent agate. Seeing me admire it, he suddenly drew a knife from his sleeve, and before I could prevent him, severed the pipe-case from the pouch, and presented it to me. I felt almost as if he had cut one of his own nerves asunder when he cut that wonderful cord; and, nevertheless, once this had been done, to refuse the gift would have been rude in the extreme. I made him accept a present in return; but after that experience I was careful never again while in Oki to admire anything in the presence of its owner.

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