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2015/12/05

小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十三章 伯耆から隱岐ヘ (二十三)

       二三

 

 外國人の眼には出雲の住宅すら盜人に對するその防禦は馬鹿げて見える。この帝國の東部の諸市では竹の棒で造つた忍びがへし(シユボオ・ド・フリイズ)が廣く用ひられて居るが、出雲ではこれは餘り見かけぬし、またそれが設けられて居る建物の眞に弱點たる處を守りはせぬ。外側の壁や垣についていへば、それはゞ目隱しか裝飾的境界の用を爲すだけで、誰でもその上へ登れるのである。その上また尋常普通の日本家屋へは、誰でも懷小刀一挺で道を切開いて入つて行くことが出來る。アマドは柔い木で造つた横へ辷る薄い目隱しで、ただの一擊で容易く破れるものであるし、出雲の大抵な家では力強い一と引つ張りに抵抗の出來る錠は無いのである。尤も日本人自らもその木造の板壁が夜盜に對して無效な事を充分知つて居るから、その費用の出せる者は皆んなクラを建てる。クラといふは非常に厚い土の壁があり、素誼に大きな海老錠で締まる狹い重い戸があり、屋根に近く高い處に、鐡棒の棧のある非常に小さな窻が一つある、火に耐へ且つ(日本では)殆んど夜盜に耐へる重い小さな建物である。クラは白く塗つてあつて外觀は甚だ小綺麗である。が然し黴び易くもあり、暗くもあるから住宅には使用出來ないもので、たゞ貴重品の貯藏所たる用を爲すだけである。クラの物を盜むのは容易では無い。

 が、邸内に立派な番犬が居でもすればいざ知らず、出雲の住家へ『どろばうに』入るには骨は折れぬ。盜人はその計畫の途に横たはる困難は、入(は)いり終せた後に遭遇しさうな事柄だけだといふことを知つて居る。その困難を考へて居るから、盜人は普通刀を携へて居る。

 が然し、盜人は刀の使用を必要とするやうな危地に身を置くことは欲しない。そこでそんな不快な萬一を避けんが爲めに魔法の助を藉りる。

 邸内をあるき廻つてタラヒ――一種のタツプ――を探す。一つ見つけると、庭の或る處で口にしがたい或る動作をやつて、裏返しにした盥で其處を蔽ふ、これが出來れば不思議な眠がその家の者總てを襲ひ、自分の好きなどんな物でも、音も聞かれず姿も見られずに、持逃げることが出来ると信じて居る。

 が、出雲の家では誰もその魔法をほどく魔法を知つて居る。毎晩、休む前に、用心深い家婦はハウチヤウ(臺所用のナイフ)が臺所の床板の上に置いてあつて、それヘカナダラヒ(金屬製の洗ひ鉢)がかぶせてあつて、その裏返しにされた底の上にザウリといふ音を立てぬ藁製のサンダルが片足分、これ亦裏返しにして載せてあるかどうかを確める。この一寸した魔術は盜人の魔力を無效ならしめるのみならず、盜人に――假令や姿を見られず音を聞きつけられずに家に入り終せても――何物も特ち去ることを得ざらしめるものと家婦は信じて居る。が、實際非常に疲れてでも居なければ、家婦は晩に雨戸を締める前に、盥が家の中へ取入れてあるかどうかをも注意して見るのである。

 さういふ(善良な家婦が主張する所の豫防の)手段を怠つたが爲めに、若しくはさういふ手段を講じたにも拘らず、一家の者が眠つて居る間にその家へ盜人が入ると、翌朝早くその夜盜の足跡の穿鑿をして、その足跡一つ一つへ灸【註】をすゑる。斯うやると、その夜盜の足が遠くへ走れぬ程に痛くなり、容易く警官に捕へられると望まれ、或は信じられて居る。

    註。モクサは英語のマグワアト・プ

    ラントの日本名モエクサ即ちモグサ

    (燃える草)の訛である。その纎維

    の小さく圓錐形にしたのをつて漢方

    に據つて燒物に用ひるのである。そ

    の小さな圓錐形を患者の皮膚の上ヘ

    置いておいて、火をつけ、盡きるま

    で燃ゆるに委す。その結果は深い痕

    になる。モクサは醫治に用ふるのみ

    ならずいたづら子の罰にも用ひる。

    これに就いてはチエンバレン教授の

    『日本のことども』のうちにあるあ

    の興味深い註を一讀されたい。

 

[やぶちゃん注:「忍びがへし(シユボオ・ド・フリイズ)」の「シユボオ・ド・フリイズ」はルビ。原文はChevaux-de-frise。これは、フランス語で、“Chevaux”は「馬」の意の“Cheval”の複数形、“frise”は柱の上部構造の一部である「小壁」を意味するが、フランス語の辞書では“Cheval de frise”で軍事用語の拒馬(きょば)・防柵、移動可能の鉄条網の類とあり、本来は木枠に取り付けた有刺鉄線や釘から成る移動可能な障害物で出来た、主に敵の通過を防ぐために道路などの封鎖目的に用いる防御構造器具を指す語である。本邦では可動式のそれは「拒馬」と称し、戦国時代に作られた移動出来ないそうした目的の柵は特に「馬防柵(ばぼうさく)」と呼ばれた。敢えて音写するなら、「シュヴォゥ・ドゥ・フルィーズ」であろう。

「口にしがたい或る動作」御存じとは思うが、脱糞である。これは泥棒に入った盗人の迷信として古くから本邦にあるジンクスで、「自分のひった糞が温かいうちは捕まらない」というものである。 これはプラグマティクには、盗みに入った場合、つい欲が出て長時間に亙って物色しがちでになるが、家に忍びこんだら、家人が目を覚まさぬうちに、即ち、ひった大便が冷めないうちに、手早く短時間で仕事を済まるのが得策という極めて現実的な戒めがルーツであったらしい。誰の書いたものであったか、忘れてしまったが、ごく近代の作家の作品に、家が貧しく、そこに馬鹿な盗人が入り、盗むものがなく、腹いせに部屋の真ん中に糞がしてあったのを子供時代に見て、訳が分からない乍ら、ひどく哀しい思いをしたという叙述を読んだことがあった。読んだ遠い昔、見もしないのに、その情景と臭いが確かに浮かんではかおってきて……確かに――それはほんに哀しい――という気がしたことを……私は、思い出した……

「タツプ」タブ。バスタブの「タブ」である。最早、原音の方が判りが良くなった。

「マグワアト・プラントの日本名モエクサ即ちモグサ」キク目キク科キク亜科ヨモギ属変種ヨモギ Artemisia indica var. maximowiczii。この訳は、これまでの本書での訳基準からはまるで学名のカタカナ表記のように読めてしまい、よろしくない。原文は“the mugwort plant”で、「ヨモギ類の植物」とすべきところである。“mugwort”は音写「マグワァート」で、キク科ヨモギ属Artemisia に属するところの、西洋に於ける数種を含む雑草の一般的総称名に過ぎない。さらに、ウィキモグサ(これは狭義の本邦で「艾(もぐさ)」の用いられるヨモギ Artemisia indica var. maximowiczii についての記載ページである)には、『英語ではJapanese mugwortとも呼ばれるが英語のmugwortとは異なることがあるので注意が必要』とわざわざ記載さえあるである。ウィキには(前の狭義の植物の「モグサ」とは異ない、ヨモギの葉の裏にある繊毛を精製した主に灸に使用されるものを解説したページなので注意)『西洋語にもmoxaとして取り入れられている』とし、五月から八月頃に『よく生育したヨモギの葉を採集し、臼で搗(つ)き、篩にかけ、陰干しする工程を繰り返して作られる。点灸用に使用される不純物(夾雑物)のない繊毛だけの艾を作るには、多くの手間暇がかかるため、大変高価である。高級品ほど、点火しやすく、火力が穏やかで、半米粒大のもぐさでは、皮膚の上で直接点火しても、心地よい熱さを感じるほどである』とし、その主成分は『毛茸(葉裏の白い糸、T字形をしているのでT字毛とも呼ばれる)と線毛(芳香成分として精油(テルペン、シネオール、ツヨン、コリン、アデニン)、タール)』及び凡そ、十一%の水分・六十七%の線維・十一%の蛋白質等の有機物・四~五%の類脂質(脂肪)・四~六%の無機塩類(灰分)・ビタミンB・ビタミンCなどで構成される、とある。因みに私は残念なことに御灸の実際経験は、ない。]

 

 

ⅩⅩⅢ.

   To foreign eyes the defences of even an Izumo dwelling against thieves seem ludicrous. Chevaux-de-frise of bamboo stakes are used extensively in eastern cities of the empire, but in Izumo these are not often to be seen, and do not protect the really weak points of the buildings upon which they are placed. As for outside walls and fences, they serve only for screens, or for ornamental boundaries; anyone can climb over them. Anyone can also cut his way into an ordinary Japanese house with a pocket-knife. The amadō are thin sliding screens of soft wood, easy to break with a single blow; and in most Izumo homes there is not a lock which could resist one vigorous pull. Indeed, the Japanese themselves are so far aware of the futility of their wooden panels against burglars that all who can afford it build kura,— small heavy fire-proof and (for Japan) almost burglar-proof structures, with very thick earthen walls, a narrow ponderous door fastened with a gigantic padlock, and one very small iron-barred window, high up, near the roof. The kura are whitewashed, and look very neat. They cannot be used for dwellings, however, as they are mouldy and dark; and they serve only as storehouses for valuables. It is not easy to rob a kura.

   But there is no trouble in 'burglariously' entering an Izumo dwelling unless there happen to be good watchdogs on the premises. The robber knows the only difficulties in the way of his enterprise are such as he is likely to encounter after having effected an entrance. In view of these difficulties, he usually carries a sword.

   Nevertheless, he does not wish to find himself in any predicament requiring the use of a sword; and to avoid such an unpleasant possibility he has recourse to magic.

   

He looks about the premises for a tarai,— a kind of tub. If he finds one, he performs a nameless operation in a certain part of the yard, and covers the spot with the tub, turned upside down. He believes if he can do this that a magical sleep will fall upon all the inmates of the house, and that he will thus be able to carry away whatever he pleases, without being heard or seen.

   But every Izumo household knows the counter-charm. Each evening, before retiring, the careful wife sees that a hōcho, or kitchen knife, is laid upon the kitchen floor, and covered with a kanadarai, or brazen wash- basin, on the upturned bottom of which is placed a single straw sandal, of the noiseless sort called zōri, also turned upside down. She believes this little bit of witchcraft will not only nullify the robber's spell, but also render it impossible for him—even should he succeed in entering the house without being seen or heard—to carry anything whatever away. But, unless very tired indeed, she will also see that the tarai is brought into the house before the amado are closed for the night.

   If through omission of these precautions (as the good wife might aver), or in despite of them, the dwelling be robbed while the family are asleep, search is made early in the morning for the footprints of the burglar; and a moxa [11] is set burning upon each footprint. By this operation it is hoped or believed that the burglar's feet will be made so sore that he cannot run far, and that the police may easily overtake him.

 

11 Moxa, a corruption of the native name of the mugwort plant: moe-kusa, or mogusa, 'the burning weed.' Small cones of its fibre are used for cauterizing, according to the old Chinese system of medicine, the little cones being placed upon the patient's skin, lighted, and left to smoulder until wholly consumed. The result is a profound scar. The moxa is not only used therapeutically, but also as a punishment for very naughty children. See the interesting note on this subject in Professor Chamberlain's Things Japanese.

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