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2015/12/05

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十五章 東京に関する覚書(26) 拳遊び

M730

図―730

 

 私は子供達が非常な勢で、両手を使ってする遊びをしているのを見た。駄句を奴鳴り終えると、彼等は手を三度叩いて、「裁判官」「狐」「狩人」の身振をする。私は彼等にその文句をゆっくりいって貰って書き取り、手のいろいろな形を写生した。私の聞き得た程度で、文句は次の如きものである――

[やぶちゃん注:以下、底本の字配を操作した。]

 イッケン キ ナ セイ      (一度遊ぼう)

 チョ ビスケ サン        (小さいさん。小指を意味する)

 ジャノメ ノ カラカサ      (蛇目の傘)

 サン ガイ エ デ        (家の第三階)

 シチ ク デッポー ゴ サイ ナ (?)

 ム チッポー デ         (鉄砲無し)

 ヨイ! ヤ! ナ!        (?)

 図730はこれをいいながらする手の形を、ざっと写生したものである。

[やぶちゃん注:『彼等は手を三度叩いて、「裁判官」「狐」「狩人」の身振をする』これは狐拳(きつねけん)と呼ばれる、じゃんけんなどと類似した、狐・猟師・庄屋の三すくみの関係を用いた拳遊びの一種。藤八拳(とうはちけん)・庄屋拳(しょうやけん)・在郷拳(ざいきょうけん)とも呼ばれる。庄屋の権力が生活上行政上では消失したため、近代化して「裁判官」になったものである(以下、「庄屋」を「裁判官」に読み換えられたい)。ウィキの「狐拳」によれば、『狐は猟師に鉄砲で撃たれ、猟師は庄屋に頭が上がらず、庄屋は狐に化かされる、という三すくみの関係を、腕を用いた動作で合わせて勝負を決する』。『通常は二人が向かい合い、正座して行なう。それぞれの手の姿勢は』、

・「狐」は『掌を広げ、指を揃えて頭の上に相手に向けて添え、狐の耳を模する』もの

・「猟師」は『両手で握り拳を作り、鉄砲を構えるように前後をずらして胸の前に構える』もの

・「庄屋=裁判官」は『正座した膝の上に手を添える』もの

で、『互いに思う手を出し合い、猟師は狐に勝ち、狐は庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ちとなる。また狐拳には「狐、猟師、鉄砲」のバージョンもある』。『狐拳が登場する有名な作品として、十返舎一九の東海道中膝栗毛などがある』とある。

「図730はこれをいいながらする手の形を、ざっと写生したものである」これは十本の指の出し方で六種の異なる符号を意味する形態を表わしているから、恐らくは拳遊びの中でも、元禄年間(一六八八年~一七〇四年)に『長崎を通じて中国より伝来し酒席で遊ばれ、天保年間』(一八三一年~一八四四年)『に盛んになったといわれる』。「本拳(ほんけん)」と呼ばれる遊びの一変種であろう。それは『向かい合って座った二人の人がそれぞれに片手の五本の指の開縮で六変化をあらわし、二人の合計数をゼロから』十までの『中国語ですばやく答えあう』ものである(以上の引用はウィキの「本拳」から)。但し、モースが採取した拳遊びの掛け声は、現行のジャンケンの三すくみ系やそれ以外の派生的に生まれた各種じゃんけん(日本には数拳(本拳・球磨拳・箸拳など)及び三すくみ拳(虫拳・蛇拳・狐拳・虎拳など)がある)のそれを含んでいるように思われる。詳しくはウィキの「じゃんけん」及びそのリンク先を参照されたい。ともかくも、モースは一般的な「じゃんけん」に相当する英語の“Scissors Paper Stone”“Rock-paper-scissors”という語を原文に登場させておらず、子供らのそれらが、彼の知っているしれらとは異なった遊びだと思ったと考えた方がよく、それは恐らく、単純な三すくみ系を越えたものが多かったか、或いはそうモースには認識されたからと思われる。幾つかの、掛け声は聴き取りに不備があるように思われる。正確なものを復元出来る方は是非、御教授を乞うものである。]

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