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2015/12/08

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十五章 東京に関する覚書(31) 土蔵の効用/箕作佳吉結婚披露宴出席 / 第二十五章~了

 土蔵の内容は、屋根部屋や小屋のそれとよく似ていて、古い箱、笊、乾燥中の穀物、家の廃物等を、いつかは役に立つこと もあろうという倹約心から、棄てずに置いた物である。火事が起ると家の内容――それは要するに僅かな品になる――を、急いで土蔵に入れる。寝台、椅子、長椅子等は無く、書物がすこしある丈で、大切な絵や骨董品は常に土蔵に入っているのだから、これはすぐに出来る。すると戸を閉し、泥で空気の入らぬように密封する。泥は常々桶に入れて手近に置く。時として、商業区域などでは、店の前の地下に仕舞っておき、小さな揚蓋からそれを取るようにしてある。

 

 私は特別学生の一人、佐々木氏を訪問した。彼は数ヶ月前結婚したのだが、私は今日までそれを知らなかった。結婚ということは、日本人が決して喋舌らぬ出来ごとらしく、誰かが結婚したことは、必ず後で聞いて吃驚する事柄である。二日前、私は箕作氏に一軒の料理屋へ招かれた。彼の奥さんと、数名の友人とにあう為なのである。私は今や日本の生活に馴れ切って了って、それが我国の生活と違っていることを、容易に感じないようになった。この料理屋の大きな広々とした部屋には、家具が全然置いてなく、只両側と一端とに四角い箱が一列に並んでいる丈であった。箱の中では灰の中に炭火があり、箱一つについて一枚ずつ、やわらかい四角な座布団が置かれた。この上に人が坐るのである。部屋に入ると入口の左に箕作夫人が、多数の人と一緒にいた。私は膝をつき、両手を前に出し、頭を畳につけた。私にとってはこうすることが、完全に自然的に思われ、彼女も同じことをした。一人一人、到着すると名前が呼び上げられ、一人一人、花嫁にお辞儀をした。私は殆どすべての人を知っていた。そして、かかる会合の多くに於ると同じく、私が唯一の外国人であることに気がついた。やがてお膳にのった食物が出ると、芸者や小さな女の子達がお膳をくばり、酒を注ぎ、踊り、歌い、そして万事を愉快にした。退出する時、食物の手をつけなかった部分が、家へ持って帰るように、この上もなく清潔な箱に入って我々に与えられた。

[やぶちゃん注:この段、ちょっと判り難いが、「特別学生の一人、佐々木氏」が「数ヶ月前結婚した」ことと、その後の「二日前」にモースが「箕作氏」の結婚披露宴である「一軒の料理屋へ招かれた」こととは別記事である点に注意されたい。前者の「佐々木」は不詳(モースのかつての教え子で愛弟子であった佐々木忠二郎では「特別学生」という謂い方が気になり、違う人物のように私には思われる)。後者は明治一五(一八八二)年十二月二十三日にモースが招待された(磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」二八二頁)、「後で聞いて吃驚」した、箕作佳吉の結婚披露宴に招待された折りのエピソードなのである。]
 

 
これを以って「
日本その日その日」E.S.モース(石川欣一訳)は残り、「第二十六章 鷹狩その他」一章を残すのみとなった。

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