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2016/01/06

梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 (10)~「白い花」了

 

 五郎の注文で、湯はぬるめにしてもらった。福のようなことになったら、たいへんだ。その危懼からだ。それに旅先で脳貧血でも起したら、みっともない。しかし五右衛門風呂なので、少しずつじりじりと熱くなる。水道のホースから、水をがぼがぼ入れてさます。主人に借りた剃刀(かみそり)で、髭を剃る。体を丹念に洗う。ついでに下着も洗う。ふたたび体を湯に沈める。誰かが耳のすぐ近くでささやいた。

「恥知らず!」

 五郎は周囲を見廻した。誰もいない。壁だけだ。壁が口をきくわけがない。

〈また幻聴が出て来たな〉

 と思う。聞き慣れた声だが、誰のでもない。抑揚も感情もない声である。

「なるほどね」

 しばらくして五郎はつぶやいた。

「言葉を使ったからな。使わねばただの痴漢で済んだが、屁理屈をこねたばかりに、恥知らずか」

 五郎は今日一日の重さをどっと感じながら、背中を鉄の壁に押しつけていた。熱さがじんじんと伝わって来る。今朝の病院脱出のことを考えていた。あれは恣意(しい)ではなく、いたたまれなく飛び出したという感じであった。

〈正常人が異常心理になるのを恐怖するように、異常心理者は正常に戻るのをおそれるんじゃないか?〉

 そんな考えが浮んで来た。正常と異常は、紙一重の差に過ぎないだろう。しかしその差を乗り越える時、性格や感情ががらりと変ってしまう。おれにとって、それがこわかったのではないのか。それで東京を出て、数百里もある薩摩半島につっ走り、今ひっそりかんと五右衛門風呂に沈んでいる。

 鉄の壁につけた背中が、やがて耐えがたく熱くなって来た。背を引き剝がして立ち上り、流し場に出る。やはり貧血を起したらしく、眼がくらくらとする。しやがんでじっとしていた。やがて浴衣(ゆかた)をつけ、部屋に戻る。部屋は二階であった。階段の登り口で、主人がどこからともなく出て来て、声をかけた。

「夕食はどげんしもすか」

「ええ」

 五郎は考えて答えた。

「軽いものを。酒もすこし」

 部屋に上る。へんな感じの部屋だ。天井は低く、舟底型だ。下着を海に面した手すりに乾し、部屋の真中に坐る。どうも感じがへんだ。宿屋の造りではない。第一がらんとし過ぎる。他に泊り客もないようだし、いるのは老人夫妻だけのようだ。真中にちゃぶ台があり、ダチュラの花が瓶にさしてある。ちょっと棺桶みたいな感じの部屋だ。それが五郎の居心地を悪くさせていた。五郎が坐った左側、つまり海と反対側に、明り障子が立ててある。五郎は膝でにじり寄り、そっとあけてみて驚いた。

 そこには部屋がないのである。

 部屋がなくて、ぽかんと空間(くうかん)だけがあった。見おろすと一階の部屋の畳が見える。今風呂からことに来た時、通った部屋だ。居間とも納戸ともつかぬ、独立していないつなぎの部屋で、隅に布団が替み重ねてある。台所の方角から誰かが膳を持って出て来たので、五郎はあわてて障子をしめ、ちゃぶ台に戻った。階段をのぼる足音がして、老婦人が姿をあらわした。

「いらっしゃいませ」

 膳を置き、老婦人はていねいに頭を下げた。

「お疲れでございましたろ。只今主人も参じます」

 老婦人が階段を降りて行くと、入れ違いに、主人が登って来た。手に土瓶のようなものを持っている。カラカラだと五郎は思い出した。特殊の形をした酒器で、二十年前に福がどこからか仕入れて来て、アルコール入れに使ったのと、同じ型のものだ。

「どら。晩酌(だいやめ)にあずかりもすか」

 主人はカラカラから薩摩焼の器に注ぎ分けた。聞くまでもなく、甘ったるい匂いで、芋焼酎と知れた。食膳は割に豊富である。三種類の刺身を次々箸にはさんだ。

「もう、しおれましたな」

 主人はダチュラを指でつついた。

「こいじゃから活花(いけばな)になりもさん」

「何だか陰気な感じのする花ですな」

 五郎は水いかを食べながら、相槌を打った。

「二十年前もそう思った。葬式花みたいだとね」

 二十年前の話になった。主人の言では、この家屋は軍に接収され、泊へ疎開していた。だから戦中の坊のことは、あまり知らない。

「妙な造りの部屋でしょう」

 主人は立って説明した。一見壁に見えるところを開くと、かくし部屋がある。そして障子をあける。

「階段から敵がのぼって来ると、ここから飛び降りて逃げる」

「なぜ逃げるんです?」

 五郎は冗談めかして言った。

「わたしには逃げる必要はないですよ」

「いや。密貿易の時代の名残りですよ」

 主人は笑いながら、座に戻って来た。

「ここが島津藩の密貿易港では、最大のものでしてな。大陸に行ったり、沖繩や南西諸島に行ったり、ああ、このダチュラも、種子が船に乗ってやって来たんでしょう。どこで摘(つ)んで来やした?」

「わたしが摘んだんじゃない。さっきの女のひとが――」

「ああ」

 主人はうなずいて酒盃をあけた。

「どこで知合いやした?」

「キャンプ場の近くでね」

「あいも勝気過ぎって、不幸な女(おなご)でな」

「泊って、女中の産地らしいですね」

「そや昔の話ですよ。あしこは近頃鰹(かつお)の不漁のために人口が減る一方でね、そこに紡織工場が眼をつけち、娘さんたちをごっそりと雇って行く。その勧誘係りたちが何組もここに泊るが、聞いてみると、今の娘たちは女中になりたがらん。みんな工場を希望するらしいですな。泊だけじゃなく、この坊の若者たちも――」

 主人はふたたび立って、海にむかう窓を開いた。五郎も傍に立った。

「この坊の家々も、全部が舟子(かこ)屋敷でな。みんな鰹漁(かつお)によりかかって、生活していた。それがだめになったから、さびれる一方ですな」

 だんだんさびれて、峠を隔てた二つの部落は人口が減り、ついに消失してしまう。五郎はそんなことを考えていた。しかし主人の語調は淡々として、感傷の気配は微塵(みじん)もなかった。

「鴉(からす)だけが殖ゆる一方です」

「どのくらいいるんですか?」

「約二千羽。あそこに棲んどる」

 主人は右の方の山を指した。

「今は少し減っておるかも知れん。魚の量が減っていますでのう」

 主人は窓をしめ、座に戻った。盃を手にして、じっと五郎の顔を見た。

「あんた、誰かに追われとるのじゃなかか。眠が血走っちょる」

「さっきの電話のことですか。ありや何でもない。途中で知合いになった男です」

 五郎はわらった。

「疲れているんですよ」

「そうですか。相当お疲れのようですな」

 主人は盃をあけた。

「明日はお早えかな」

「いや。寝たいだけ寝かしてもらいますよ」

 五郎は答えながら、刺身のツマの大根を食べていた。千六本は適当に甘くからく、水気があってうまかった。主人は笑った。

「よほど大根(でこん)がお好(す)ッなようじゃな。で、枕崎に――」

「ええ。二十年前にはね」

 五郎は箸をおろし、盃に手をやった。

「ここで部隊は解散してね、わたしは復員荷物を背負って、枕崎へ歩いた。峠のだらだら坂を登り切ると、いきなり海が見えた。海がぎらぎらと光っていた」

 五郎は盃を一気にあおり、口をつぐんだ。すこし経って主人がうながした。

「そいで?」

「あ」

 五郎は放心から醒(さ)めた。にが笑いをして、盃を置いた。

「それから枕崎に出て、故郷に戻りましたよ。汽車のダイヤがめちゃめちゃで、家に着くのに、二日二晩かかった」

「苦労しやしたな。明日は苦労は要らん。バスがあっから」

「いや。明日は吹上浜(ふきあげはま)に行こうかと思っています。歩いて」

「歩って行くのは無理ですな」

 主人ははっきり言った。

「明日そっちに行くトラックの便があっから、そいを利用しゃんせ。わしがとこの荷を取りに行くんだ」

 主人は掌を叩いて、老妻を呼んだ。

「もうお寝みになったがええじゃろ。ひどく疲れておらるるようだ」

 老妻の手によって、食膳が下げられ、寝具の用意が出来た。淡い燈の光だけになった。ダチュラの匂いは、まだただよっている。彼は掛布団を顎まで引き上げる。女のことを思い出していた。熱い軀(からだ)や紅い唇、切ないあえぎなどを。それを忘れるために、彼は心で念じた。

〈便所に行く時に、あの障子をあけないこと〉

〈絶対にあけないこと。階段を利用すること〉

 五郎の体は宙に浮いて、ただよい始めた。ゆるやかに、ゆるやかに、波打際の方に。――五郎は福の体になっている。すっかり福になって、しずかに流れている。そう感じたのも束の間で、次の瞬間に五郎は眠りに入っていた。

 

[やぶちゃん注:「カラカラ」銚子を大振りして注ぎ口を附けたような陶磁器製の瓶。薩摩というと、これと「黒ぢょか」(黒千代香)が焼酎を注す酒具として有名である。御存じない方はブログ「かごしま検定をめざす鹿児島案内」の黒ヂョカ(黒千代香)とカラカラで写真が見られる。そこの記載によれば、『「カラカラ」の語源は、唐から伝わったからという説や、ビンが空になったものを振るとカラカラと鳴るためともいわれてい』るとあり、『よく、黒ヂョカは男性的な酒器といわれ、これに対してカラカラは優美な曲線を持った女性的な器であるといわれてい』るとし、一方の『黒ヂョカの形は、偏平な一番巾の広い所を海面に見立て、上半分が桜島で、下半分が錦江湾に映った桜島を形どったとも言われてい』るとある。私(以前に述べた通り、私は薩摩隼人の血を色濃く持つ人間である)は黒じょかが好きで、勿論、家に持っている。

「晩酌(だいやめ)」「鹿児島県酒造組合」公式サイトの鹿児島講座回。」に「ダイヤメ(ダレヤメ)」を挙げ、『「ダレ」は「疲れ」』を「ヤメ」(止める)『のことで、鹿児島では』、一日の『労働の疲れを癒す晩酌のことを方言で「ダイヤメ」と言います』。明治二〇(一八八七)年の『鹿児島の風俗を克明に書き記している資料「薩摩見聞記」によると、『凡そ薩摩程多く酒を飲む国はなし。彼地にて家々毎夜「おだいやめ」と称へ晩酌を為す。家族も皆主人の相手として一、二盃を傾く。随て、婦人、小児にても相応に飲むもの多し。』』とあると記す。

「水いか」頭足綱閉眼目ヤリイカ科アオリイカ属アオリイカ Sepioteuthis lessoniana の九州での地方名。

「南西諸島」普通は、九州南端から台湾との間に弧状に連なる島嶼群全部を指す。東シナ海と太平洋を画し、鹿児島県に属する大隅諸島・吐噶喇(とから)列島・奄美諸島(与論島まで)などから構成される「薩南諸島」と、南西諸島凡そ南半分に当たる沖繩県に属する沖縄諸島(沖繩本島以南)とその先の先島(さきしま)諸島(与那国島まで)から成る「琉球諸島」とに大別されるが、ここで宿の主人は、前に「沖繩」を出して区別しているので、薩南諸島を指している。なお、本作の発表は昭和四〇(一九六五)年で、沖縄返還は昭和四七(一九七二)年五月十五日、未だアメリカの占領下にあった。

『「泊って、女中の産地らしいですね」/「そや昔の話ですよ。あしこは近頃鰹(かつお)の不漁のために人口が減る一方でね』ウィキ旧「坊津の記載の中に、『その後明治から昭和にかけては、鰹漁業や鰹製造の一大集積地として隆盛を誇った。特に昭和初年に隣りの枕崎市に近代的な築港が完成するまではこちらが大きな力があり、その当時は今では考えられない程の多くの人が行きかっていた』とある。先に記した通り、「泊」は現在、南さつま市坊津町泊である。

「舟子(かこ)屋敷」「かこ」の「か」は梶(かじ)の「か」で、「こ」は「人」の意で、広義には「水夫」「水手」「水主」と書いて、船乗り全般或いは下級の漁師を指す。ここでも船頭や網元の指揮の下にある漁師の謂いであろう。「屋敷」と言ったのは前注のように繁栄した頃に豪壮な屋敷を作ったからであろう。

「鰹漁(かつお)」ここは「鰹漁」の二字に「かつお」とルビする。現在でも枕崎は鰹漁が盛んで、先日のとある番組では、多い日には六百トンの水揚げがあると言っていた。

「だんだんさびれて、峠を隔てた二つの部落は人口が減り、ついに消失してしまう。五郎はそんなことを考えていた」梅崎春生の作品にしばしば現われる〈滅亡の予感とその幻視〉である。「しかし主人の語調は淡々として、感傷の気配は微塵(みじん)もな」いところや、「鴉(からす)だけが殖ゆる一方です」という台詞、そしてこの密貿易屋敷の奇体な構造などなど、本作を物凄い力で妖しい幻想の異界へとすり替えてゆく妙味も味わいたい。

「千六本」「せんろっぽん」或いは「せろっぽう」と読み、「繊蘿蔔(センロフ)」の唐音「センロウポ」の音が変化したものの当て字。大根などを細長く刻んだ、千切りのこと。「蘿蔔」はアブラナ目アブラナ科ダイコン属ダイコン Raphanus sativus var. longipinnatus の中文名或いは別名で、これで「すずしろ」と当て読みもする
 
『「いや。明日は吹上浜(ふきあげはま)に行こうかと思っています。歩いて」/「歩って行くのは無理ですな」』実際に現在の地図で最短コースを調べたが、坊津から吹上浜までは山越えで、最低でも二十キロメートル以上、実際に次章「砂浜」で辿りつく辺りを調べると三十キロメートルを有に越す
。]

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