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2016/01/01

梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 (2)

「枕崎の方に行くんですか?」

 車で航空会社の事務所まで送られた。その前の食堂に入り、丹尾は酒を注文し、五郎はうどんを頼んだ。あまりきれいな食堂ではなかった。機上でサンドイッチを食べたので、食慾はほとんどない。

「そうだよ」

 五郎はうどんを一筋つまんで、口に入れた。耳の具合はすでに直っていた。

「どうです。一杯」

 空いた盃(さかずき)に丹尾は酒を注ぎ入れた。五郎は一口含んだ。特別のにおいと味が口の中に広がった。ごくんと飲み下して五郎は言った。

「これはただの酒じゃないね」

「芋焼酎(いもじょうちゅう)ですよ。しかし割ってある」

「もう一杯呉れ」

 五郎は所望して、また味わってみた。

「ああ。これは戦争中、二、三度飲んだことがある。どこで飲んだのかな。思い出せない。もっと強かったような気がするが――」

「割らないで、生(き)で飲んだんでしょう」

 丹尾はまた注いだ。盃は大ぶりで、縁もたっぷり厚かった。

「ぼくも枕崎に行こうかな」

 丹尾はまっすぐ彼を見て言った。五郎の顔は瞬間ややこわばった。ごまかすために、またうどんを一筋つまんだ。

「なぜわたしについて来るんだね?」

「ついて行くんじゃない。あそこあたりから商売を始めようと思って」

「商売って、映画の?」

 そろそろ警戒し始めながら、五郎は丸椅子をがたがたとずらした。

「そうですよ」

 丹尾は手をたたいて、また酒を注文した。

「直営館なら問題はないけどね、田舎には系統のない小屋があるでしょう。面白くて安けりゃ、どの社のでも買う。そこに売込みに行くわけだ。解説書やプログラムを持って、これはここ向きの作品だ。値段はいくらいくらだとね。すると向うは値切って来る。折合いがつけば、交渉成立です。そこがセールスマンの腕だ。各社の競争が烈しいんですよ」

「いい商売だね」

「なぜ?」

「あちこち歩けてさ」

 五郎は盃をあけながら答えた。

「わたしはこの一箇月余り、一つ部屋の中に閉じこもっていた。一歩も外に出なかったんだよ。いや。出なかったんじゃなく、出られなかったんだ」

「なぜ?」

 丹尾はきつい眼付きになった。

「なぜって、そうなっているんだ。二階だったし――」

 病室は二階にあったし、窓の外にはヒマラヤ杉がそびえて、外界をさえぎっていた。別に逃げ出す気持も理由もなかった。友人のはからいで、初めは個室に入ったが、入った日から睡眠治療が始まったらしい。日に三回、白い散薬を服(の)まされる。三日目に回診に来た医師が、五郎に聞いた。

「気分はどうですか。落着きましたか?」

「いいえ」

 と五郎は答えた。

「まだ治療は始めないんですか?」

 まだ憂欝と悲哀の情緒が、彼の中に続いていた。牙をむいて、闘いを求めていた。情緒が彼に闘いを求めているのか、彼が闘いを求めているのか、明らかでなかった。その状況を半年ほど前から、五郎は気付いていた。ある友人と碁を打っている時、急に気分が悪くなった。何とも言えないイヤな気分になり、痙攣(けいれん)のようなものが、しきりに顔面を走る。それでも彼はしばらく我慢して、石をおろしていた。痙攣は去らなかった。彼は石を持ち上げて、そのまま畳にぼろりと落した。友人は驚いて顔を上げた。

「へんだぜ。顔色が悪いぞ」

「気分がおかしいんだ」

 座布団を二つに折って横になった。やがて医者が来る。血圧がすこし高かった。根をつめて碁を打ったせいだろうと医師は言い、注射をして帰る。痙攣は間もなく治った。それに似た発作が、それから何度か起きた。街歩きしている中に起きると、タクシーで早速帰宅する。タクシーがつかまらない時は、店にでも何でも飛び込んで休ませてもらう。しばらく安静にすると元に戻る。コップ酒をあおると回復が早いことを、五郎は間もなく知った。

 いつ発作が起きるかという不安と緊張があった。常住ではなく、波のように時々押し寄せて来る。押し寄せるきっかけは、別にない。気分や体調と関係なくやって来た。すると五郎は酒を飲む。ベッドの中で、あるいはテレビを見ながら。ふっと気がつくと、考えていることは『死』であった。死といっても、死について哲学的省察をしているわけでない。自殺を考えているのでもない。ただぼんやりと死を考えているだけだ。酒を飲み、卓に肱(ひじ)をついて、歌を口遊(ずさ)んでいる。よく出て来るのは、軍歌の一節であった。

……北風寒き千早城」

 それにつづいて、

「楠公父子の真心に、鬼神もいかで泣かざらん」

 楠公父子が『暗号符字』に、いつか彼の中ですり変えられている。暗号符字の真心に鬼神もいかで泣かざらん。彼は苦笑いとともに思う。これがおれの正体じゃないか。今まで不安を忘れたり、避けたりして、ごまかして来たんじやないか。おれだけじゃなく、みんな。

「もう始まっていますよ。今日はすこし血を採りましょう」

 医師がそう言った。注射管の中にたまる血の色を見ながら、五郎は同じようなことを考えていた。しかし、幻覚のことは、どうなるのか?

[やぶちゃん注:「枕崎」鹿児島県の薩摩半島南西部にあり、南方で東シナ海に臨む。当時は既に現在同様に枕崎市であるが、後述場面の述懐で主人公五郎が若き日に向かって歩いた時は枕崎町であった。昭和二四(一九四九)年九月一日で市制を施行、枕崎市となっている。ここで五郎の向かおうとする先が一応、読者に具体的に示されてくる。但し、これは丹尾との会話であるから、目的地が本当に枕崎方向かどうかは、この時点では明確ではない。如何にも胡散臭い相手に嘘をついた可能性もないとはいえないと読者は読むからである。


『「空いた盃(さかずき)に丹尾は酒を注ぎ入れた。五郎は一口含んだ。特別のにおいと味が口の中に広がった。ごくんと飲み下して五郎は言った。/「これはただの酒じゃないね」/「芋焼酎ですよ。しかし割ってある」/「もう一杯呉れ」』ここと、本パートで以下に語られる症状に対してそれを落ち着かせるのにコップ酒が効果があったと記す部分を読むに、五郎はアルコール依存ではないことが判る。但し、以下、最初の発症シークエンスの軽い痙攣様発作や麻痺の病態は、寧ろ、突発的であって、先行する心理不安が示されていないことからは(わかり切ったことだが、あったが書かなかった可能性をまず置いて、である)、寧ろ一見、脳疾患のようにも見える。無論、本篇の五郎の過去への回帰と自分探しの「生と死の再生の旅」といった雰囲気の主題性からは、五郎の精神疾患は完全な心因性ではあるように一見、見える。但しこれは、梅崎春生自身がそうであったと読み換えてはいけない病跡学的には私は、梅崎春生は心因性或いは内因性の抑鬱性疾患に加え、それによって引き起こされたとも言えるアルコール依存症でもあり、実際の彼の精神変調の主因の少なくとも大きな一つは外因性アルコール性精神病であったと考えている。因みに私はズブの素人ではあるが、物心ついて以来、精神分析や精神医学に色気を持ち続けており(私は実際には大学では心理学を専攻したかったのであるが、心理学で受けた大学は総て落ちた)、文学専攻であったが故にパトグラフィ(病跡学)にも強い関心を持ち続けており、教師時代の授業でも特異的にそうした解析をよくやった(例えば、私の
『梶井基次郎「檸檬」授業ノート』の主人公の心理分析や、最後の「檸檬に暗示される性的象徴性の匂い」などの箇所を参照されたい)。私の分析に疑義を持たれる向きは、金剛出版昭和五〇(一九七五)年刊の春原千秋・梶谷哲男共著「パトグラフィ叢書 別巻 昭和の作家」の「梅崎春生」(梶谷哲男氏担当)をお読みになられることをお薦めする。そこで梶谷氏は『その執拗な死への想い、ややもすれば憂欝に傾いた基本的気分などからみて、内因性のうつ周期の波があったように思われる』とされ、本「幻化」を『書きはじめる半年位前から、不安に襲われたり、玄関のベルの音を』幻聴しており、『恵津夫人は、アルコール中毒を否定しているが、やはりアルコール中毒症状とみるべきであろう』と分析しておられる。なお、精神疾患に於ける外因性・内因性・心因性について附言しておくと、「外因性精神病」は脳梗塞や脳腫瘍などの脳自体の損傷や脳に影響を及ぼす疾患及び脳以外の身体疾患が明らかな原因と診断出来る場合を指す(脳以外の身体疾患とは甲状腺機能低下や中枢神経変性を起こすアルツハイマー病・パーキンソン病・ハンチントン病、感染症のインフルエンザ脳症などで、ここで問題と私がしているアルコール過飲、ステロイド・インターフェロンなどの治療用の投薬、そして違法な麻薬・覚醒剤、毒物などによって引き起こされる物質誘発性精神病性障害をも含まれる)。「心因性」は所謂、ストレスによって生じるそれを指し、「内因性」は以上の外因性でも心因性でもないものを指すが、実際には脳の機能異常が疑われる。但し、脳変性や異常部位が不明で解明されていない精神病を安易に投げ込んでいる傾向があるものである。これは概ね、何らかの遺伝的背景とそれに伴う発症を想定したものであって、代表的なものは先天的な脆弱性から発症するとされる統合失調症及び、内因も心因も想定出来ない抑鬱障害である双極性障害である。

「直営館」各大手映画会社によって築かれた全国規模のネットワークの各地方の拠点映画館である封切館。原則、ネット元である各映画会社が選択した映画を上映する映画館。

「系統のない小屋」直営館のようなネットワークに縛られないか、ややその拘束から脱している、前のパートで説明した二番館以下の、複数の映画会社の作品を数本立てで、安く上映するところの中小の映画上映館。

「ヒマラヤ杉」裸子植物の球果植物門マツ綱マツ目マツ科ヒマラヤスギ属ヒマラヤスギ Cedrus deodara 

「睡眠治療」一九世紀末から二〇世紀初頭における精神医療の一般的治療法の一つである持続睡眠療法(continuous sleep treatment)である。現行のような精神治療薬が生まれる以前は所謂、精神分析による会話療法(心理療法)と神経障害や異常昏睡の死亡リスクを副作用として持つブロム剤・バルビツール酸系睡眠薬による強制持続催眠法(及びその併用)が主流であった(付け加えておくと、特に重い統合失調症(旧精神分裂病)の中で、激しい加虐性被虐性を示す興奮・錯乱異常の場合には、専らこの強力で危険な睡眠剤による治療法一つしかなかった。言っておくが、私は梅崎春生がそうだったと言っているのではない。あくまで「持続催眠法」の実態を述べているので間違われぬようにされたい)。持続催眠法は一週間から二十日間を一クルーとし、一日凡そ十五時間から二十時間も薬物によって人為的持続的に睡眠させて安静を保たせるという治療法で、薬剤としてはブロム剤・バルビツール酸・モルヒネ・抱水クロラール・アトロピン・スコポラミン等が用いられた。一九六〇年代に入って、効果の高い抗精神薬治療薬が相次いで開発されて以降はほとんど用いられていない。梅崎春生には悪いが、持続催眠療法は実は無理矢理ひたすら眠らせておけば脳が沈静して精神不安が軽快除去されるであろうぐらいな素人考えに等しいものであって、精神科療法としては客観的科学的な根拠は全くなかったというのが真相である。前に注したように、梅崎春生は実際に、本作公開に先立つ五年前の昭和三四(一九五九)年五月、四十五歳の時、前年からの(推定)精神的不調が昂まったために入院し、持続睡眠療法を受けている(七月に退院し、蓼科山荘にて療養)。

「碁を打っていると」梅崎春生は囲碁を殊の外、好んだ。

「いつ発作が起きるかという不安と緊張があった。常住ではなく、波のように時々押し寄せて来る。押し寄せるきっかけは、別にない。気分や体調と関係なくやって来た。すると五郎は酒を飲む。ベッドの中で、あるいはテレビを見ながら。ふっと気がつくと、考えていることは『死』であった。死といっても、死について哲学的省察をしているわけでない。自殺を考えているのでもない。ただぼんやりと死を考えているだけだ」典型的な抑鬱症状による不定愁訴である。但し、それ自体は必ずしも病的状態とは言い難い。いや、何より、今の私でさえこの五郎と全く同じである。寧ろ、五郎の――というよりも作者梅崎春生の「死といっても、死について哲学的省察をしているわけでな」く、「自殺を考えているのでもな」く、漠然とした「『死』考えている」深い沈鬱状態が襲ってくるのであるという自己観察はすこぶる醒めて冷静であることに着目しておく必要がある。「いつ発作が起きるかという不安と緊張が」突然前触れもなく(「押し寄せるきっかけは、別にな」く、「気分や体調と」も「関係な」いと言っている)襲ってくることが、寧ろ当たり前に狂気とその持続そして精神の「死」、実際の「死」へと至る恐怖と直結するというのは関係妄想でさえない、ごく普通の反応でさえある。――私は昨年八月の前頭葉の一部挫滅以降、その後遺症としての人格変容や腕や足の不可逆的麻痺や劇しい発作の突発的発症不安と、その彼方にある「死」の虞れを――この「五郎」と全く同じように――どこかで何時も感じているからである。但し、この五郎がその不安を常習的に飲酒によって鎮静させ、紛らわしているというの状況が、ひいては重いアルコール性抑鬱状態を惹き起こしたとも言えるのではないかと思うし、春生が彼の死因となった肝硬変になった主因もそれであるように思われるのである。

『ただぼんやりと死を考えているだけだ。酒を飲み、卓に肱をついて、歌を口遊(ずさ)んでいる。よく出て来るのは、軍歌の一節であった。/「……北風寒き千早城」/それにつづいて、/「楠公父子の真心に、鬼神もいかで泣かざらん」』これは、大正三(一九一四)年作の海軍軍歌で、所謂、「桜井の別れ」、河内の武将で後醍醐天皇の名臣楠木正成は湊川の戦いに赴いて戦死したが、その今生の別れとなった正成・正行父子が訣別する西国街道桜井駅(櫻井の驛)での逸話に基づく「楠公父子(なんこうふし)」(作詞・大和田健樹/作曲・瀬戸口藤吉。著作権は詞曲ともに消滅している)の二番の末尾の一節であるが、実は「旗風高き千早城」で、「北風」ではない。これは五郎(或いは梅崎春生自身)の記憶違いか、それとも確信犯(両者の)かは定かでない。天翔氏のサイト「天翔艦隊」の軍歌のデータベースの「楠公父子」から全歌詞を引くが、恣意的に漢字を正字化した。仮名遣も歴史的仮名遣にしようとしたが、実際の歌曲として詠んでもらうために特異的に現代仮名遣のままとした(リンク先ではミディで曲もダウロード出来る)。

   *

 

   楠公父子

 

一、

天に溢(あふ)るるその誠

地にみなぎれるその節義

楠公父子(なんこうふし)の精忠(まごころ)に

鬼神(きじん)もいかで泣かざらん

 

二、

天皇(すめらみかど)の御夢(おんゆめ)に

入るも畏(かしこ)き笠置山(かさぎやま)

百萬の敵滅ぼして

旗風高き千早城

 

三、

七度(ななたび)人と生まれ出で

殲(つく)さで止まじ君の仇(あだ)

誓いの詞(ことば)雄雄しくも

千古(せんこ)朽ちせぬ湊川(みなとがわ)

 

四、

その名もかおる櫻井の

父の遺訓(おしえ)を守りつつ

葉はその陰に生い立ちし

楠の若葉のかぐわしさ

 

五、

再び生きて還らじと

かねて思いし合戰に

四條畷(しじょうなわて)の白露(しろつゆ)と

消えても玉の光あり

 

六、

忠勇義烈萬代(よろずよ)の

靑史を照らす眞心は

死せず滅びず永久(とこしえ)に

日本男兒の胸の血に

 

   *

なお、「千早城」は現在の大阪府南河内郡千早赤阪村大字千早に鎌倉末から南北朝期にあった楠木正成の城で、元弘二/正慶元(一三三二)年の正成の奇策防衛戦で知られる「千早城の戦い」で名高い。

「楠公父子が『暗号符字』に、いつか彼の中ですり変えられている。暗号符字の真心に鬼神もいかで泣かざらん」「暗号符字」暗号コード。戦中の換字暗号に於いて原語を換字するために配当する数字文字若しくは記号を総称して「暗語」と称したが、特に海軍では「符字」と呼んだ(二〇一三年紫峰出版刊の保坂廣志「日本軍暗号辞典」に拠る)。「すり変えられている」というのは無論替え歌ということであるが、同時に「暗号に変換されている」ことをも暗示し、ここで初めて主人公五郎が戦中の海軍の暗号通信兵であったらしいことがほぼ明確に示されるところである。

「彼は苦笑いとともに思う。これがおれの正体じゃないか。今まで不安を忘れたり、避けたりして、ごまかして来たんじやないか。おれだけじゃなく、みんな」戦中の海軍暗号通信兵であった五郎の現在の精神変調の根っこが、遡ること二十年前の海軍暗号通信兵時代の体験に存在すること、その秘められた異常な体験の変成物こそ「がおれの正体じゃないか」? 「今まで」上辺ばかりが小平和になったと幻想し、過去を忘れる中で、かつて「生」そのものが揺るがされ、存在そのものが全否定されたような記憶に基づく、「不安を忘れたり、避けたりして、ごまかして来たんじやないか」? いや!「おれだけじゃなく、みんな」だ! と「彼は苦笑いとともに思う」のである。ここに本作の怨念と執念が垣間見えるのである。

「幻覚のことは、どうなるのか?」先に示された五郎の見る、「虫」の「幻覚」である。]

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