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2016/01/01

猫の話   梅崎春生

 猫の話   梅崎春生

 

[やぶちゃん注:本作は昭和二三(一九四八)年九月号『文芸』に掲載された「いなびかり」「猫の話」「午砲」の三篇からなる「輪唱」の第二篇である(因みに、第三篇の「午砲」は、私の所持する以下に示す全集には標題及び文中でもルビが打たれていないが、一般にはこれで「ドン」と当て読みする読みが通行している)。「輪唱」全体は後に単行本「B島風物誌」(同昭和二三(一九四七)年十二月河出書房刊)に所収された。底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集 第三巻」を用いた。梅崎の作品の中でも殊の外、私の偏愛する一篇である。高校教師時代、私は好んで本作を授業したから、懐かしく読まれる諸君も多いであろう(本公開に合わせて私の授業案も公開する)。「ぼろ」に附された傍点「ヽ」はブログ版では「ぼろ」と太字に代えた。

 なお、本テクストと同一の縦書PDF版も用意した。そちらの方が遙かに美しく読み易い。どうぞ、ダウンロードを。また、全三篇合わせたPDF縦書版「輪唱」(附やぶちゃん注)も用意した。【2016年1月1日公開 藪野直史】]

 

     猫 の 話

 

 大通りに面した運送屋の二階を借りて、若者と一匹の猫が住んでいた。

 この猫は、ある日とつぜん、彼の部屋にやってきた。どこからともなく板廂(いたびさし)をつたって、彼の部屋に入ってきたのであった。そのまま猫は彼の部屋に居ついた。彼も孤独であったから、なんとなくこの猫に愛着をかんじるようになった。

 猫の皮は、茶色のぶちで、耳たぶがうすく鋭く立っていた。身体のあちこちが、しなやかにくぼんでいて、尻尾はながく垂れていた。

 それまでひどい生活をしていたと見えて、猫はすっかりやせていた。眼だけが大きく澄んでひかっていた。彼は外食券食堂にゆくたびに、食べのこした魚の骨やパンの耳を、紙につつんで持ってかえった。猫はそれを待ちかねて食べた。そのほかに自分で、部屋にやってくるカナブンブンや蠅(はえ)をとらえて食べたりした。猫がいちばん好きだったのは、蟋蟀(こおろぎ)であった。運送屋のとなりが空地であったので、そこから蟋蟀が何匹も入ってくるのであった。

 蟋蟀が部屋に入ってくると、猫は急にしんけんな眼付になって、畳の上にひらたくなり、蟋蟀の姿をねらった。その姿勢はなにか力にみちていて、眺めていると、自分が蟋蟀をねらっているような錯覚に彼はおちた。猫がぱっと飛びあがると、かならずその蟋蟀は猫の口にくわえられていた。猫はそれからばりばりと蟋蟀を嚙み、触角だけを残して、他はみな食べてしまうのであった。

 彼の部屋には、だからあちこちに、細い剣のような触角がたたみの上にちらばっていた。それが足の裏にざらざらふれるたびに、彼は次のような句を思い出した。

 

  蟋蟀在堂  歳聿其莫

 

 それはむかし、伯父さんから習った文句であった。意味はわからなかったけれども、彼は何とはなく、これを記憶していた。その他伯父さんから、いろいろなことを習ったが、覚えているのはこれだけであった。あとのことは、すべて忘れていた。

 夜になると、猫は彼に身体をすりよせて寝た。そのしなやかな皮のしたに、彼はかぼそい猫の骨格をかんじた。もっといろんなものを食わせて、肥らしてやりたいと思ったが、貧乏でそれも出来ないのであった。食堂から魚の骨をつつんでかえるのが精いっぱいであった。

 昼間、ときどき猫はどこかへ出かけて行った。しばらくしてかえってくると、おなかがふくらんでいて、ぐったり横になり、舌で顎(あご)の辺を舐め廻したりした。どこかに行って、何かを食べて来るにちがいなかった。そんな時は蟋蟀がそばまできても、あまり見向きもしなかった。

「何を食べてきたんだい。おまえは」

 彼はよく指先で、やわらかい脇腹をぐりぐりとつついてやったりした。いまどきよその猫に食物をあたえる家もないだろうから、どこかの台所でぬすんで食っているにちがいないと思ったが、彼にはそれを叱るすべもないのであった。

「ぬすむのもいいけれど、見つからないようにしろよ」

 彼はこの猫にカロという名をつけてやった。意味もない名前であった。それから三箇月ほど過ぎた。

 ある曇った日、彼が窓から大通りを見おろしていると、向う側の横町から、カロが出てきた。なにかへんにふらふらした歩きかたで、いつものような確かさがなかった。頸(くび)をしきりに曲げるようにしながら、ひょろひょろとよろめいて、大通りを横切ろうとした。切迫した予感が背をはしって、彼は窓べりをにぎりしめたまま、身体を思わずのり出した。そのとたん、右手の方から走ってきた黒い自動車が、あっというまに視野に入ると、茶色のカロの姿は、ひょろひょろとその車輪のしたに吸い込まれた。

 頭のなかが燃え上るような気持で、彼はそれを瞬間に見た。カロの身体がぐしゃっとつぶれる音を、彼はその時全身でありありと感じとった。自動車はちょっと速力をゆるめたが、すぐにスピードを増して左手の方へ小さくなって行った。暗い空のした、ひろい車道のまんなかに、カロのつぶれた死骸だけがぼろ布のようにころがっていた。それを一目見たとき、彼は大声でわめき出したい衝動をこらえながら、眼を大きく見開いて、指をがくがくと慄えさせていた。

 その夜、彼は蒲団にもぐって、長いこと泣いた。カロをこんなに愛していたとは、今まで意識しないことであった。こみあげてくる涙のなかに、生きているカロのいろんな姿体がうかんできて、彼はなおのこと泣いた。外では雨が降ってきたらしく、板廂をはじく水音が聞え、遠く近くで雷の音がごろごろと鳴った。前の大通りを、自動車が水をはねて疾走してゆく音が、ときどき聞えた。

 翌朝になると、雨はあがっていた。彼は寝巻のまま、はれぼったい瞼の下から、乾いた眼で大通りを見おろした。濡れてだだっぴろい車道のまんなかに、カロの死骸があった。やはり夢ではなかった。それは昨夜なんども自動車のタイヤにひかれたと見えて、板のようにうすっぺらになって、舗道にひらたく貼りついていた。猫の身体のかたちのまま、面積は生きているときの五倍にもひろがっていた。彼は急に無惨な気がして、また涙が流れ出そうな気がした。そしてあわてて、窓からはなれた。

 大通りを、一日中何十台何百台ともしれぬ自動車が往来した。彼は一日中部屋にいて、 その音を聞いていた。

 翌日は日が照って、道が乾いた。道が乾くのといっしょに、カロの死骸も乾いた。乾いてみると、それは猫の死骸という感じではなくて、猫の形をしたよごれた厚紙のような感じであった。そしてそれは舗道に貼りついてはいたが、四囲の部分が疾走するタイヤの圧力で少しめくられ、ひらひらと動いていた。その上を容赦なく、いろんな型の自動車やトラックが通った。彼はそれを窓から見おろしていた。

 彼はその日一日中、カロのことをぼんやり考えていた。蟋蟀(こおろぎ)をねらうカロの姿とか、蒲団にねむっているカロの格好だとか、彼の着物の裾にじゃれつくカロの感触などが、なまなましく彼によみがえってきた。そのカロがすでに実体をうしなって、あそこによごれた紙みたいになって拡がっていることを思うと、胸をかきむしりたくなるような悲哀感が彼をおそうのであった。あの横町から出てきたとき、どうも歩き方がおかしいと思ったが、ものを盗んでいるところを見付けられ、どこかをしたたか殴られたにちがいない、と彼は思った。そうすると彼は新しく涙が垂れた。

 そしてまた翌日になった。彼が窓から通りを見おろすと、カロの死骸の感じがすこし変わったように見えた。彼は眼をこらして、しばらくじっと眺めた。確かに昨日より、形が小さくなったような感じであった。彼が見ている前で、その時また一台のトラックがカロの上を通りぬけた。その反動でカロの死骸がすこし動いたような気がしたが、はっと気がつくと、死骸の縁のささくれだった一部を、たしかに今のタイヤがくっつけて持って行ったにちがいなかった。

 彼は身体のなかから、何か引きぬかれるような感じがして、凝然と立ちすくんだ。

 カロの死骸が、乾くにつれて風化して、皮も骨も内臓もぼろぼろの物質になり、四囲のめくれた部分からすこしずつ、車輪がかすめてゆくに相違なかった。一廻り小さくなったところを見ると、昨日から相当量、千切って持ち去られたにきまっていた。そう思うと彼は、何か言いようのない深いかなしみが、胸にひろがってくるのを感じた。

 彼はその日、窓辺に椅子をおいて、一日中通りを見張っていた。カロの死骸をかすめてゆく自動車がいるのを、どうしても放っておけない気持がするのであった。そうして昼の間、何十台という自動車が、カロの上を通った。それは恰好のいい乗用車もあったし、がたがたのトラックもあったし、またオートバイや、まれに霊柩車(れいきゅうしゃ)が、カロの部分をすこしずつ持って逃げた。そのたびに、彼は両掌で眼をおおった。

 夕方になると、カロは半分になっていた。

 次の日も、彼は朝から、窓辺の見張りをつづけていた。カロの死骸はすでに猫の形をうしなって、一尺四方ぐらいの、白茶けたぼろに過ぎなかった。しかし彼は昨日から、ずっと見張っているせいで、それがカロのどの部分であるかは、はっきりと知っていた。

 この日もさまざまな自動車が、カロの上を通った。道が乾き切ったので、カロの死骸も貼りついている支えを失ったのか、今日はことに脆(もろ)く持ち去られるようであった。顔の部分はまだ残っていたが、昼ごろ炭俵を積んだトラックがきて、両方の耳を一挙に持って逃げた。彼はあの薄いするどい耳たぶの形を思い出して、声を出してうめいた。

 黄昏(たそがれ)のいろが立ちこめてきた頃、カロはすでに手帳ほどの大きさになっていた。それは最後までのこったカロの顔の部分であった。彼は異様な緊張を持続しながら、黄昏(たそが)れかかった通りを見張っていた。

 通りのかなたから自動車の影をみとめるたびに、彼は身をかたくした。そしてその車輪がカロにふれないように、必死に祈願した。

 しかしついに、最後にカロを持ち去られる瞬間がきた。それはぼろぼろのタクシーらしく、ななめに揺れながらごとごと走ってきたのであった。ちらと見た印象では、なかに中年の男たちが五六人、ぎっしりと詰めて乗っていて、それがみんな酔っぱらっているらしかった。窓から手が出たり入ったりした。まるで自動車自体が酔っぱらっているような具合であった。それの後尾のタイヤが、あっという間もなく、カロの顔をぺろりとすくいあげたと思うと、がたごと軋(きし)みながら、その酔っぱらい自動車は一目散に遠ざかって行った。

 彼は窓からはなれ、部屋のまんなかにくずれるように坐りこんだ。そうして両掌を顔にあて、しずかな声で泣いた。カロがすっかり行ってしまったことが、深い実感として彼におちたのであった。カロの死骸が、いまや数百片に分割され、タイヤにそれぞれ付着して、東京中をかけめぐっていると考えたとき、彼はさらに声をたかめて泣いた。

 カロがいなくなって四日になるから、蟋蟀が何匹も床の間や壁のすみに、安心してとまっていた。本箱のかげにいたその一匹が、その時触角をかすかに慄わせながら、畳の上にはい出してきた。そしていい音を出して一声高く鳴いた。

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