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2016/01/05

梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注 (8)

 丘を降りて、船着場の放水塔の下で洗濯をした。雲は無く暑かったけれども、風は絶えず東南の方向から吹いていた。洗濯物のかわきも早いだろうと思われた。放水塔の周囲には、兵隊が沢山集って洗濯をしていた。ほとんど、年多い兵隊ばかりであった。私の隣に洗濯していた兵が、もひとりの兵に話しかけるのを聞いた。

「ソ連が、参戦したそうじゃないか」

「うん」

 それ切り黙ってしまった。話しかけられた兵隊は、何か不機嫌な顔をしていた。彼等の洗う石鹼の泡が、白くふくれてかたまったまま、私の前の水溝に流れて来た。

 鹿児島の新聞社が焼けてからというものは、此の部隊に新聞は入って居ない筈であった。掌暗号長が兵たちに、ソ連参戦のことを外に洩らすなと訓示しているのを私は聞いたが、それにも拘(かかわ)らず何時の間にか拡がっているらしかった。怠業の気分が、部隊一般にかすかにただよっていた。どの点がそうだと指摘は出来ないが、腐臭のようにかぎわけられた。海岸沿いの道端に天幕を張って、士官達は一日中ごろごろしていたし、もっこを持って壕を出入する兵隊も、何かのろのろした動作であった。

 海沿い道を通り、洗濯物をかかえて、私は丘を登った。居住区の前の樹に、洗濯物を注意して拡げた。上空から見えると、うるさいのである。私は壕の中に入り、衣囊(いのう)の中から便箋を出した。私は卓の前にすわり、便箋を前にのべ、そしてじっと考えていた。

 暫(しばら)くして、便箋の第一行目に、私は、「遺書」と書いた。ペンを置いて、前の壁をじっと眺めた。

 書くことが、何も思い浮ばなかった。書こうと思うことが沢山あるような気がしたが、いざ書き出そうとすると、どれもこれも下らなかった。誰に宛てるという遺書ではなかった。次第に腹が立って来た。私は立ち上って、それを破り捨てた。

 壕を出、丘の上の方に登って行きながら、私は哀しくなって来た。遺書を書いて、どうしようという気だろう。私は誰かに何かを訴えたかったのだ。しかし、何を私は訴えたかったのだろう。文字にすれば嘘(うそ)になる。言葉以前の悲しみを、私は誰かに知って貰いたかったのだ。

(このことが、感傷の業と呼ばれようとも、その間だけでも救われるならそれでいいではないか)

 道は尽き、林に入った。見張台に行く方向である。あの健康な展望が、私の心をまぎらして呉れるかも知れない。私は、空を仰いだ。入り組んだ梢を通す斑(まだら)の光線が、私の顔に当った。

 ふと、聞き耳を立てた。降るような蟬の鳴声にまじって、微(かす)かに爆音に似た音が耳朶(じだ)を打った。林のわきに走り出て、空を仰いだ。しんしんと深碧(ふかみどり)の光をたたえた大空の一角から、空気を切る、金属性の鋭い音が落ちて来る。黒い点が見えた。見る見る中に大きくなり、飛行機の形となり、まっしぐらに此の方向に翔(かけ)って来るらしかった。危険の予感が、私の心をかすめた。此処を、ねらって来るのではないか。林の中に走り入り、息をはずませながら、なお走った。恐怖をそそるようないやな爆音が、加速度的に近づき、私の耳朶の中でふくれ上る。汗を流しながら、なお林の奥に駆け入ろうとした時、もはや爆音の烈しさで真上まで来ていたらしい飛行機から、突然足もすくむような激烈な音を立てて、機銃が打ち出された。思わずそこに打ちたおれ、手足を地面に伏せたとたん、飛行機の黒い大きい影が疾風のように地面をかすめ去った。

 地面に頰をつけたまま、私は眼を堅くつむっていた。動悸が堪え難い程はげしかった。咽喉(のど)の処に、何かかたまりのようなものがつまって居るようであった。あえぎながら、私は眼を開いた。真昼の、土の臭いが鼻をうった。爆音はようやく遠ざかった。

 のろのろと立ち上り、埃をはたいた。手拭いで汗をふきながら、梢の間から空をすかして見た。飛行機は、もはや遠くに去ったらしかった。私は歩き出した。

 此の前、見張台でグラマンを見たとき、私は狼狽(ろうばい)はしたけれど、恐いとは思わなかったのだ。今、私をとらえたあの不思議な恐怖は何であろう。歯の根も合わぬような、あのひどい畏(おそ)れは、何であろう?

 此の数日間の、死についての心の低迷が、ひびのように、私の心に傷をつけたに違いなかった。死について考えることが、生への執着を逆にあおっていたに違いなかったのだ。見張台に近い小径(こみち)を登りながら、私は、唇歪めて苦笑していた。

(遺書を書こうという人間が、とかげのように臆病に、死ぬことから逃げ廻る)

 自嘲が、苦々しく心に浮んで来た。

 見張台に登りつめた。見渡しても、例の見張の男は見えないようであった。ふと栗の木のかげに、白いものが見えた。

(まだ、待避をしているのか?)

 訝(いぶ)かしく思いながら、近づいて行った。伏せた姿勢のまま、見張の男は、栗の木の陰に、私の跫音(あしおと)も聞えないらしく、じっと動かなかった。地面に伸ばした両手が、何か不自然に曲げられていた。土埃にまみれた半顔が、変に蒼白かった。私はぎょっとして、立ち止った。草の葉に染められた毒々しい血の色を見たのだ。総身に冷水を浴びせかけられたような気がして、私は凝然(ぎょうぜん)と立ちすくんだ。

「…………」

 死体が僅かに身体をもたせかけた栗の木の、幹の中程に、今年初めてのつくつく法師が、地獄の使者のような不吉な韻律を響かせながら、静かに、執拗に鳴いていたのだ。突然焼けるような熱い涙が、私の瞼のうちにあふれて来た。

(此の、つくつく法師の声を聞きながら、死んで行ったに違いない!)

 片膝をついて、私は彼の身体を起そうとした。首が、力なく向きをかえた。無精鬚(ぶしょうひげ)をすこし伸ばし、閉じた目は見ちがえるほど窪んで見えた。弾丸は、額を貫いていた。流れた血の筋が、こめかみまでつづいていた。苦悶の色はなかった。薄く開いた唇から、汚れた歯が僅か見えた。不気味な重量感を腕に感じながら、私は手の甲で涙をふいた。

 とうとう名前も、境遇も、生国も、何も聞かなかった。私にとって、行きずりの男に過ぎない筈であった。滅亡の美しさを説いたのも、此処で死ななければならぬことを自分に納得させる方途ではなかったのか。不吉な予感に脅(おび)えながら、自分の心に何度も滅亡の美を言い聞かせていたに相違ない。自分の死の予感を支える理由を、彼は苦労して案出し、それを信じようと骨折ったにちがいなかったのだ。

(滅亡が、何で美しくあり得よう)

 私は歯ぎしりをしながら、死体を地面に寝せていた。生き抜こうという情熱を、何故捨てたのか。自分の心を言いくるめることによって、つくつく法師の声を聞きながら、此の男は安心してとうとう死んでしまったのだ。

 風が吹いて、男の無精鬚はかすかにゆらいだ。死骸は、頰のあたりに微笑をうかべているように見えた。突然、親近の思いともつかぬ、嫌悪の感じともちがう、不思議な烈しい感情が、私の胸に湧き上った。私は、立ち上った。栗の木の下に横たわった死体の上に、私は私のよろめく影を見た。

 大きな呼吸をしながら、私は電話機の方に歩いた。受話器を取った。声が、いきなり耳の中に飛び込んで来た。

「グラマンはどうした。もう行ったのか」

「見張の兵は、死にました」

「え? グラマンだ。何故早く通報しないか」

「――見張は、死にました」

 私はそのまま受話器をかけた。

 男の略帽を拾い上げた。死体の側にしゃがみ、それで顔をおおってやった。立ち上った。息を凝(こ)らしながら、身体をうごかし、執拗に鳴きつづけていたつくつく法師をぱっととらえた。規則正しい韻律が、私の掌の中で乱れた鳴声に変った。物すごい速度で打ちふるう羽の感触が、汗ばんだ掌に熱いほど痛かった。生れたばかりの、ひよわな此の虫にも此のような力があるのか。残忍な嗜虐(しぎゃく)が、突然私をそそった。私は力をこめて掌の蟬を握りしめると、そのまま略服のポケットに突っ込んだ。蟬の体液が、掌に気味悪く拡がった。それに堪えながら、私は男の死体を見下していた。

 丘の下からは、まだ誰も登って来なかった。軽い眩惑が、私の後頭部から、戦慄を伴(ともな)って拡がって行った――

 

[やぶちゃん注:本「桜島」の一番のクライマックス・シークエンスである。前パートが八月九日夜で、この次のパートが八月十五日であるから、その間の八月十日から十四日までの閉区間が時制となるが、冒頭の洗濯する兵らのソ連参戦の会話と新聞云々の叙述からは、九日の翌日ではなく、八月十一日か十二日辺りのようには読め、さらに次の八月十五日のパートで「グラマンは、見張の男を殺した日を最後に、昨日も一昨日も姿を見せなかった」とあるから、十四日も十三日も外れ、そうしてその後に実は――「一昨昨日捕えたつくつく法師」――という描写が出る。従ってこの日は昭和二〇(一九四五)年八月十二日であることが判るのである私は高校教師時代、この箇所をセンター向けの現代文問題集の中に見出し、面白がって改変し、実力テストに出したという、実におぞましい記憶がある。だからこそここでは、多くを注したくない。静かに読まれたい。

「略服」前に注した軍服の下の事業服或いは作業服を指しているようである。彼は洗濯を終えて着替えていないので作業服であろう。]

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