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2016/01/07

梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 (13)

 

 五郎はふっと眩暈(めまい)からさめた。秋の強い日に照らされて、貧血を起したらしい。五郎は靴を穿(は)き、弁当と瓶を持って立ち上り、防風林の中にふらふらと入って行った。あたりに誰もいないということが、安心でもあり、また無気味である。松の木の露出した根の、適当なのを選び、上衣をたたんで乗せた。それを枕にして、長々と横たわった。

 眼をつむる。うとうとと眠りに入った。

 どのくらい眠っていたか判らないが、何だか首筋や手の骨の痛さで眼が覚めた。

〈誰かがおれに理不尽なことをしている〉

 不機嫌な感じがあって、しぶしぶ眼を見開いた。しばらく木の梢や空を眺めながら、ここはどこだろうと考えていた。そしてゆっくりと上半身を起した。

「ああ。ここで眠っていたんだな」

 それが納得出来るまでに、三十秒ほどかかった。誰も理不尽なことをしたわけではない。木の根の固さと不自然な体位が、五郎の体に痛みをもたらしたのだ。彼は手を屈伸し、肩をたたき、体操の真似ごとをした。ふと見るとサイダー瓶は倒れ、栓のすき聞からこぼれて砂にしみたらしく、内容は半分ぐらいになっていた。こぼれたって、別に惜しいとは思わない。五郎はそれを拾い上げ、また一口飲んで、もうこぼれないようにしっかり栓をした。そして立ち上る。

「昨日も今日も、昼酒を飲んだな」

 五郎は歩き出しながら、大正エビのことを思い出した。大正エビはアル中患者だ。まだ若くて、すっきりした顔で、付添婦や看護婦によくもてた。アル中患者なんてものは、アルコールを断たれると、禁断症状を起してばたばたあばれるのかと思っていたが、そうではない。けろりとしている。

「酒、欲しくないか?」

 五郎は聞いたことがある。入院して二、三日目のことだ。

「別にそれほど――」

 大正エビは彼の眼をうかがいながら答えた。

「あれば飲みますがね」

 朝から飲むとのことであった。つまり一日中酒の気(け)の切れる時がない。しかし大正エビの言葉がうそであることは、同室になってやっと判った。彼は付添婦を買収して、薬瓶(含漱(うがい)用の大瓶)に酒を買って運ばせていた。飲んでも顔には出ない。態度も変らない。ただ酒が切れると不安になり、こわくなって来る。

〈今のおれとよく似ている〉

 五郎は思う。歩きながら、左手の海のひろがりが何となく気になる。いったん波打際に行くが、歩いている中に、しだいに足が防風林の方に寄って行く。振り返ると、足跡がそうなっている。やがて川にぶつかった。川口は南方は彎曲(わんきょく)し、石で護岸工事がほどこしてある。岸はかなり高い。五郎は腰をおろした。また瓶の栓を抜いた。熱いものが咽喉(のど)をつらぬいた。

「さて」

 五郎は岸壁がこわかった。生れて最初に水死人を見た所が、これによく似た岸であった。材木を三本、三脚式に立て、結合部から綱が数本水に垂れている。その綱で水死体をからめようとするのだが、なかなかひっかからない。浪は荒れていた。流れ込む淡水と海水が混り合って、三角波を立てている。五郎は小学生で、お下りの合羽を着ていた。早く登校しなければならないが、誰が水死したのか知りたくて、人だかりの中をうろうろしていた。引揚作業の男たちは、裸のもいたし、黒合羽のもいた。雨かしぶきか判らないが、水滴が絶え間なく飛んで来て、顔を濡らす。

「子供たちゃあ邪魔だから、あっちいけ!」

「ごそごそしていると蹴飛ばすぞ!」

 皆気が立っているので、言葉も動作も荒い。そう罵られても放っとけない気がして、五郎はあちこちに頭や肩をぶつけながら、うろうろしていた。水死人が女であることは、作業の男たちの会話で判っていた。

〈お母さんじゃなかろうか〉

 五郎はしきりにそんなことを考えていた。しかし五郎の母は、彼が家を出る時、台所であとかたづけをしていた。五郎は家を出てまっすぐここに来たのだから、母である筈がない。やがて死体がひっかかったと見え、作業員の動作が急に慎重になる。綱が引かれる。綱の先にぶら下った死体が見える。浴衣(ゆかた)を着ているのだが、岸壁や岩や浪にぶつかって切れ切れになり、海藻がまつわりついたように見える。綱は脇の下にかかっている。まだ若い女らしい。もうすぐ岸に上げられようとしたとたん、死体は綱から離れて、元の水に落ちて行った。嘆声が人混みの中からおこった。――

〈なぜお母さんじゃないかと思ったんだろうな〉

 五郎はゆっくりと立ち上った。川口を徒歩で渡る気持はなかった。防風林の方にのぼり、小さな木橋を渡り、また砂丘に戻って来た。眠っている中に陽が翳(かげ)り、沖の島影も濃くなっている。風が立ち始めた。浪はうねりながら浜に打ち寄せ、静かに、しかし大幅に引いて行く。五郎はかすかな悪感(おかん)を感じた。眠っている中に風邪をひいたのだろう。

「だんだん元に戻ってゆくようだ」

 五郎は呟(つぶや)いた。睡眠療法でどうにか直りかけていたのに、脱走して思うままのことをした。やはりあのコーヒーを飲んで思ったことは、衝動的なものか、あるいは正常人に戻りたくない気持からだったのか。しかし予定していたことと、実際の行動は、ずいぶん食い違った。

「一体おれは、福の死を確めることで、何を得ようとしたのだろう? おれの青春をか?」

 結局おれは福の死をだしにして、女を口説(くど)いた。そして猥雑な中年男の旅人であることを確認しただけに過ぎない。しかし症状としては、昨日はまだよかった。不安や憂欝は、ほとんどなかった。今日はどうも具合が悪い。ぼんやりと『死』が彼の心に影をさしている。この長い砂浜に、独りでいるのがいけないのか。

 橋を渡って、また二キロほど歩いた。疲労がやって来た。砂浜は足がぽくぽく入るので、ふつうの平地を歩くよりずっと疲れるのである。

 大きな流木が打ち上げられていた。そこまでたどりつくと、五郎はほっとして腰をおろし、しばらく海を眺めていた。眺めていると言うより、にらんでいた。流木はずいぶん浪に揉(も)まれたらしく、皮は剝げ、枝もささらのようになり、地肌は白く乾いていた。

「このままで――」

 と五郎は口に出して言った。

「振出しまで戻るか。それとも前非を悔いて病院に戻り――」

 五郎は栓を歯でこじあけ、残りのすべてを咽喉(のど)の中に流し込んだ。飲んだらなお気持が荒れる。それはよく判っていたが、早くけりをつけてしまいたいという気分が先に立つ。このまま服を脱いで裸になり、沖に泳ぎ出す。くたびれて手足も動かなくなるまで泳ぐ。するともう浜には戻れない。その想念が、さっきから彼を誘惑している。海がおいでおいでをしている。

〈まだ大丈夫だ〉

 五郎は沖をにらみながら思う。

〈まだその手には乗らないぞ〉

 彼はなおも福のことを考えていた。おれは福に友情を感じていたのか。いや。感じていなかった。あるとすれば、奴隷としての連帯感だけだ。それ以外には何もない。それはあの精神科病室の四人(五郎も含めて)のつながり方に似ている。神経が病んでいるという点だけが共通で、あとのつながりは何もない。たまたま同室に入れられ、会話したり遊んだりするが、それだけのことだ。

〈あのチンドン爺さんは面白いなあ〉

 内山という六十ぐらいの太った爺さんで、街でチンドン屋に会うと気分が変になり、入院して来るのだ。チンドン屋を見ると、なぜ変になるのか。一歩踏み込むと判りそうな気がするのだが、その一歩が踏み込めない。爺さんにも判っていないらしい。一度訊(たず)ねたことがある。爺さんは答えた。

「わしにも判らんがね、なんか気分がおかしくなるんだ」

「おかしなもんだね」

「うん。おかしなもんだ」

 ある日五郎は、大正エビと電信柱と共謀して、三人でチンドン屋の真似(まね)をしたことがある。爺さんがどんな反応を示すか、知りたかったのだ。思えば危険で残酷な試みであった。鐘のかわりに茶碗を、太鼓のかわりに足踏みして。――夕食が済んだあと、三人がいきなり立ち上り、茶碗を叩きながら、

「チンチンドンドン、チンドンドン」

 口で囃(はや)して、床を踏み鳴らして歩いた。大正エビは頭に派手な手拭をかぶり、衣紋(えもん)を抜いている。女形(おやま)のつもりなのだ。

 爺さんはきょとんとした表情で、しばらく五郎たちの動作を眺めていた。それからにやにや笑うと、自分も茶碗を持ってベッドから飛び降り、チンドン行列に参加した。病室は壁が厚いし、床も頑丈に出来ているので、音は外部に洩(も)れない。付添婦が入って来るまで、その騒ぎは続けられた。

 叱られてベッドに這(は)い登っても、爺さんは愉快そうであった。首謀者の電信柱は口惜しがって、

「爺さん。気分がおかしくならないのかい」

「おかしくならないね」

「なぜ?」

「お前さんたちが本もののチンドン屋でないからさ」

 と爺さんは答えた。

「初めわしは、お前さんたちが気が狂ったのか、可哀そうに、と思ったよ」

 もちろんこの病室の四人は、自分が気が狂っているとは、夢にも思っていないのである。電信柱が舌打ちをしてベッドに戻ると、爺さんは追打ちをかけるように言った。

「しかし、面白かったよ。またやろうや」

 五郎はその会話を聞いていた。最後のその言葉には同感であった。自分が他の人間になることは、何とすばらしいことだろう。爺さんの言うように、恰好(かっこう)は本ものでないが、気持の上では五郎は完全にチンドン屋になり切っていた。

〈たとえばこんな風に――〉

 五郎は今流木の傍に投げ捨てたサイダー瓶を拾い、ついでに流木の枝を折り取ろうとしたが、樹液をうしなった枝はしなうばかりで、幹から離れようとしない。そこらを捜して、細長い石を拾う。弁当は腰にくくりつける。

「それっ!」

 足を斜めに踏み出しながら、瓶を石でたたく。ひょいひょいと飛び交いながら、

「チンチン、ドンドン」

「チン、ドンドン」

 誰も見ていないでもいいのだ。ただ一人五郎は、踊りながら砂浜を行く。しかし三十メートルほど行くと、さすがにくたびれて、足がもつれる。彼は踊りやめた。そのまま腰をおろそうとして、砂丘に眼をやると、そこに見物人が一人いるのを見つけた。子供である。そちらに歩を踏み出すと、その子供はあわてたように、水の中に入った。そこは入洲みたいになっていて、細い水路で渚(なぎさ)から海につながっている。それを網でせきとめてあるので、入洲は百坪ばかりの池になっている。その中にいる魚を、子供はすくい網で獲ろうとしているのだ。

「これは何という魚かね?」

 砂上のバケツをのぞこうとすると、子供はあわててじゃぶじゃぶとかけ寄り、バケツの位置を移そうとした。十二、三の男の子で、白い褌(ふんどし)をつけている。

「小父さんは気違いじゃないんだ。安心しなさい」

 少年の眼の警戒の色を見ながら、五郎はやさしい声を出した。

「芋焼酎を飲んだら、踊りたくなったんだ」

 少年は思い直したように、バケツから手を離した。五郎と並んで腰をおろした。

「これ、ボラだろう」

 五郎は言った。少年は首を振った。しかし五郎にはボラとしか思えなかった。

「ボラだよ」

 子供はまた首を振った。濡れた砂の上に指で、ズクラ、と書いた。口がきけないのかな、と五郎は思った。

「ズクラ、というのか。おいしいかね?」

 また少年は砂に、ウマイ、と書いた。五郎は突然空腹を感じた。彼は腰にゆわえた弁当の風呂敷を解いた。大きな握り飯が二つ、豚の煮付け、それに繩のようなタクアン、切らずにそのまま入っている。

「君もお握りを食わないか」

「食う」

 初めて口をきいた。立ち上ると自分の服を脱いだ場所にかけて行き、小さな平たい板と小刀と、ビニールに包んだ味噌らしいものを持って戻って来た。何をするのかと五郎は少年の動作を見守っている。少年はバケツからつかみ出し、頭をはね鱗(うろこ)を落し、内臓を抜いた。あざやかな手付きで三枚におろす。骨は捨てる。四匹を調理し、ビニールの結び目を解く。五郎は驚きの眼で、それを眺めていた。

「それでもう食えるのかい?」

 握り飯をひとつ少年に渡しながら、五郎は言った。少年はうなずいて、肉片に味噌をなすって、五郎に差出す。酢(す)味噌がよくきいて、案外うまかった。

「うまいな」

 五郎もおかずを差出し、繩タクアンを板の上に乗せた。

「ついでにこれも切って呉れ」

 ズクラの刺身と豚煮付けとタクアンで、五郎と少年は並んで食事をした。どれもうまい。野天の豪華な真昼の宴だ。繩タクアンの味は、二十年前の記憶にある。これは壺漬けと言うのだ。薩摩半島でつくられ、軍艦や潜水艦に搭載(とうさい)して、赤道を越えても腐らないので、海軍ではこれを全部買い占めてしまった。そんな話を当時五郎は聞いた。微妙な匂いと味を持つタクアンで、鹿児島の基地にいる時は、三度三度の食事にこれが出た。この味は敗戦の喜びに通じるところがある。食べ終ると彼はほっと息を吐き、煙草に火をつけた。お握りはもちろん、おかずも全部姿を消していた。

「君の家はここらかね?」

「うん」

 少年はうなずいた。少年は日焼けして、肌も浅黒かった。眼が大きく、容貌はきりっと引きしまっていた。

「お父さんは、何してる?」

「町で自動車の運転手をしておる」

「町って、どこ?」

「伊作」

「お母さんは?」

「うちにおる」

「ふん」

 彼はこの少年の一家のことを考えていた。

「も少しお酒が飲みたいな。君んちで飲ませて呉れないか」

 少年は黙っていた。立って服の所に行き、服を着た。もうズクラ獲りはやめる気になったらしい。バケツの中に板と小刀を放り込んだ。五郎は性欲を感じた。少年に対してではない。海や雲や風の中で、自然発生的に浮んで来たのだ。酔いのせいもあった。流木のところであおった焼酎の酔いが、そのまま動かなきゃ暗く沈むところを、チンドン屋の真似をしたり、少年と話を交わしたばかりに、外に発散した。海からの誘惑は、もう消失していた。少年がぽつんと答えた。

「うちは困ッ」

「なぜ?」

「うちは酒屋じゃなか」

 それは知っているが、と言いかけて、五郎は口をつぐんだ。少年の家に押しかけて行くべき理由は、何もないのだ。彼はサイダー瓶を防風林へ投げ、弁当の殻や包み紙はまとめて火をつけた。透き通った炎を上げ、すぐに焼け焦げた。物憂くて立ち上る気がしない。

「伊作って遠いのかい?」

「ちっと遠い」

「案内して呉れるかね?」

 少年はうなずいた。立ち上らざるを得ない。懸声をかけて立ち上る。入洲に手をつけて、飯粒などをざぶざぶと洗い落す。少年の後について歩き出した。

 松林に入る。しばらく歩くと、林の中に大きな繩が置いてある。長さ二十メートルばかり。立ち止って調べると、松根を芯にして、まわりを藁(わら)で巻いたもので、何のためにつくられ、何のためにここに置かれているか判らない。少年を呼びとめて聞いた。

「これで何をするんだね?」

「綱引き」

「綱引き? 両方から引っぱり合うのか」

 少年はうなずく。

「なるほどね」

 五郎は答えたが、納得(なっとく)したわけではない。納得したいとも思わない。納得したいという気持は、ずいぶん前から、彼の心の中で死んでいる。五郎は言った。

「ちょっとここで休憩しよう」

 少年は不承不承(ふしょうぶしょう)、五郎に並んで綱に腰をおろした。五郎は内ポケットから金を取り出した。百円玉を少年に渡した。

「あそこに茶店があるだろう。ジュースを二本買って来て呉れ、咽喉が乾いた」

 少年はちょっとためらったが、五郎は無理に掌に押しつけた。少年が立ち去ると、五郎は自分の在り金を全部つかみ出して勘定した。

「もし伊作に泊るとすると――」

 その分をポケットに入れた。残りの金では、とても東京まで戻れない。しばらく掌に乗せたまま、考えていた。

「熊本まで行って、三田村に電報を打って、送金してもらうか」

 三田村と言うのは、病院を紹介して呉れた友人のことだ。今は画廊を経営している。五郎は熊本で学生生活を四年送ったことがある。三田村はその時からの友人であった。熊本から電報を打つという思いつきは、そこから出た。三田村ならためらわず送金して呉れるだろう。学生時代にそば屋だった店があり、二人ともそこによく通い、酒を飲みそばを食べた。それが戦後旅館に転向して繁昌(はんじょう)していると聞いた。女主人とは顔なじみだし、そこから電報を打てばいい。

〈そうだ。丹尾も阿蘇に登ると言っていたな〉

 五郎は枕崎までの同行者を思い出した。別に丹尾に再会したいとは思わないが、金が送られて来るまでに、時間がかかるだろう。阿蘇に登ってもいいな、と五郎は考えた。彼は学生時代、二度阿蘇に登ったことがある。しかし二度とも、眺望には失敗した。一度は雨で、火口はほとんど視界ゼロで、何も見えなかった。もう一度は晴天だったが、もう直ぐ火口に達する時に小爆発が起きて、火口にいた何百という登山客が、算を乱して急坂をかけ降りた。まるで映画のロケーションみたいだと五郎は一瞬見とれたが、その間にも小さな火山弾が彼のまわりに落ちて来て、ジジッと煙を上げた。

〈しかしほとんど危険は感じなかった〉

 と五郎は思う。まだ若くて、生命力にあふれていたのだろう。生命に対して自信があったのだ。今とは違う。

 三田村は五郎の良友であると同時に、悪友でもあった。酒色を本格的に教えたのは三田村である。いつだったか、盛り場で酒を飲み、下宿に戻る途中、赤提燈(ぢょうちん)を軒にぶら下げた売春宿があった。それを指して三田村は言った。

「この店にだけは泊るなよ。あとできっと後悔するから」

「なぜ?」

「理由はどうでもいい。泊るなというだけだ」

 三田村は同年輩のくせに、へんに老成し、先輩ぶりたがるところがあった。五郎はそれがいやだったし、その時も心の中で反撥を感じた。

〈そこは私娼だから、病気を恐れろという意味なのか?〉

 それならそうとはっきり言えばいい、と五郎は思った。しかしも一度聞き直すのは、彼の自尊心が許さなかった。それから一週間後、一人で酒を飲み、夜更(ふ)けて戻る時、赤提燈の前を通りかかった。ふと先夜の三田村のもったいぶった言い方を思い出した。一度は通り過ぎたが、ためらいながら元に戻り、油障子を張った引戸をそっと引きあける。寒い夜で、年老いたのと若いのと二人の妓(おんな)が、火鉢に当っていた。二人とも会話をやめ、ふしぎそうな顔付きで、制服姿の五郎を見た。五郎は若い方を指して言った。

「そのひと、あいてる?」

「はい」

 女は娼婦らしくなく、小学生のように素直な声を出した。五郎は靴を脱いで、二階に上った。ここに勤め始めて二箇月だそうで、女の体はまだ未熟なように思えた。

「何でここに泊ってはいけないのだろう?」

 そのわけは翌朝になって判った。七時過ぎに眼がさめ、服を着て窓をあけた。窓の下を人が通っている。五郎ははっとした。通行人のほとんどが学生であり、彼の同窓生であった。

「なるほど。これは困ったな」

 五郎は窓をしめ、また細めにあけた。今朝の坊の宿と同じ姿勢で、妓の持って来た茶をすすりながら、道を見おろしていた。道を通る人は前方ばかり注意して、案外上を見ないことに彼は気がついた。背徳と疎外の感じはあったが、別に妙な優越感がやがて彼に湧き上って来た。お前たちはせっせと蟻(あり)のように登校して行くが、おれはこんなところで一夜を明かしたんだぞ。そんな謂(いわ)れのない優越感で、彼は茶をすすり、煙草をふかしていた。と言っても、今直ぐ堂々と外に出て行く勇気はなかった。優越感といっても、それは若さが持つ虚勢に過ぎなかった。その時通行人の中の一人が、どんなはずみからか、ふっと顔を上にねじ向けた。五郎と視線がぴたりと合ってしまった。

 それは五郎が教わっている松井というドイツ語の教授であった。中年にして頭の禿(は)げた小太りの教授で、足をとめていぶかしげに五郎を見ている。今更五郎も顔を引込めるわけには行かない。眼を据(す)えて、松井教授をにらみつけた。時間にすると、二、三秒だったかも知れない。感じからすると、十秒から十五秒くらいに思われた。教授は顔を元に戻すと、すたすたと歩き出した。五郎は荒々しく窓をしめた。

 にらみ合いに勝った、という感じは全然なかった。打ちのめされたような敗北感だけがあった。彼は震えながら、女に酒を頼んだ。熱いコップ酒に口をつけながら呟いた。

「不潔なやつだな。あいつは!」

 不潔なのは自分であることは、理屈では判っていた。しかし実感としては、教授の方が不潔でいやらしいと思う。教授が窓を見上げねば、不潔感は生じなかった。見上げたばかりに、穢(けが)らわしい感じになってしまった。しかも教授が表情を少しも動かさず、動物園の檻(おり)の中のけものでも見る眼付きだったことが、五郎を一層傷つけた。

〈やはりおれの負けだったんだ〉

 太繩の藁(わら)のけばをむしりながら、今五郎は思う。少年がジュースを二本ぶら下げて戻って来た。五郎は受取りながら言った。

「栓抜きはないのか」

「忘れた」

「だめじゃないか。借りておいで」

 そして五郎は言い直した。

「借りて来なくてもいい。向うであけてもらって来いよ」

「栓抜きがなくても、歯であける」

 

[やぶちゃん注:もう、お分かり戴けたと思うが――というよりも既にして前のパートの冒頭で「いつの時か、どこの場所かも定かでない。青年の時だったような気がする。なぜ追われていたか、それもはっきりしない。そんな夢をある時見たのか、あるいは何かのきっかけで生じた贋(にせ)の記憶なのか」と一人称で五郎が述べているので誤読された方は多分いないとは思うのであるが――前のパートは総て、前の前のパートの最後で起った「眩暈」の後、意識を喪失した久住五郎が見た非常に五感部分が優れてリアルな幻覚、というよりも「夢」なのである。すこぶる映像的感覚的で素晴らしい。私はこれにごく類似した夢を見たことがあるし、精神疾患の患者が見る夢としても整序されている。というよりも整序され過ぎている。見ている漁師の女の腕が脚に変わる場面、彼女のリフレインする苛立ちの台詞の意味不明性、前触れなしに五郎の大腿部が濡れている点(これは極めて性的な意味で解釈出来るし、それを狙っていることが顕在的である)以外は、夢としては特有の飛躍や非現実性・超現実性が殆んど見られないことから、これは確かに「久住五郎の夢」ではあるが、イコール「作者梅崎春生が見た夢」である訳ではなく(実際の夢の断片を素材とした可能性は寧ろ高い)、全体は意識的に春生によって創作構成された「擬夢」の可能性が非常に高い。されば、この異様にインサートされた「夢」の分析は本作の秘鑰(ひやく)の確かな堆積とも考えられる。フロイト派やユング派の夢分析を行うよりもまず(それも全く無価値ではないとは思う)、作者の顕在意識が布置した顕在的なアイテムや言動・行動、音などを解析し、そこから伏線的象徴や暗示を引き出してみる価値は非常に高い。但し、私は今それをここでやらかす気は毛頭ない。しかし、何時かはやってみたい。ともかくも、すこぶる映画的なフラッシュ・バックする夢幻シークエンス、まさに「幻化(げんか)」(書名ではない。一般名詞のそれである)のヴァーチャル・リアリティとして鮮烈であり、今以って新鮮であり続けている名場面である。――既に述べた通り、安倍公房の妙にインキ臭いくどくどしい解説的描出や、寺山修司の如何にもな陳腐極まりない(と実は私はずっと昔から思っている)シュールレアリスティクな異物による構成モンタージュ映像が最早、化石のように古びて見えるのとは全く違って――である。

「川口は南方に彎曲(わんきょく)し」これは地図上の推定から前に注した「万瀬川」万之瀬川の、現在でも非常に大きく南西方向に蛇行している河口部分、現在の鹿児島県南さつま市加世田益山(かせだますやま)一帯である。

「三角波」進む方向が異なる二つ以上の波が重なり合って出来る、波の峰が文字通り、三角状になる、波高の高い波のこと。

「衣紋を抜いている」抜衣紋(ぬきえもん)のこと。和服の着付け方の呼称の一つで、後ろ襟をずっと引き下げ、襟足があらわに出るように着ている、の謂い。

「女形(おやま)」歴史的仮名遣では「をやま」で、他に「女方」「御山」とも書く。江戸初期の承応年間(一六五二一六五五)辺りに人形浄瑠璃の女役の人形遣い手として知られた小山次郎三郎に由来するとされ、文楽の女役の人形、現在は主に歌舞伎で女役を演ずる男性の役者を指す。また、上方では遊女のことをもかく呼称した。

「百坪」畳二枚が一坪であるから百坪は二百畳。二十五メートルのプール一基分に相当するから、かなり広い砂浜海岸の半人工的な(網で閉鎖してあると描写がある)入り江である。

「ボラ」条鰭綱ボラ目ボラ科ボラ属ボラ Mugil cephalus 。出世魚として知られる。ウィキの「ボラ」には、

 関東 オボコイナッコスバシリイナボラトド

 関西 ハクオボコスバシリイナボラトド

 高知 イキナゴコボライナボラオオボラ

 東北 コツブラツボミョウゲチボラ

とあり、それとは別にボラの別名として『イセゴイ(関西地方)、ナタネボラ(愛媛県)、マボラ(広島県)、ツクラ(沖縄県)、クチメ、メジロ、エブナ、ハク、マクチ、クロメ、シロメなど』を挙げる(下線やぶちゃん。次注参照)。

「ズクラ」少年は否定するが、前注のボラ Mugil cephalus の幼魚の地方名である。トマト氏のブログ「トマトのいきいき人生日記」の「渚の足跡4母なる万之瀬川(まさに当該の川!)に(下線やぶちゃん)、

   《引用開始》

 趣味娯楽のもう一つは万之瀬川での魚取りである。万之瀬川は薩摩半島最大の1級河川である。河口から2キロぐらいまでは川幅は100メートルを越す。満潮時には満面に水を湛えさながら大河を趣きがあるが、干潮時には川の半分は干潟になる。私の集落はその川の畔に位置するので、まさに母なる川である。うなぎ・モクズガニ・鯉・フナ・エビ・ムツなど獲物は多い。が、父が獲るのはもっぱらズクラである。ズクラとは方言でボラの子のことで体長10~15センチのものをいう。10センチ以下のものをギンゴロウといい美味なのだが資源保護のためにあまり獲らない。自然保護を心得ていたと思う。ボラは海水魚であるがズクラは真水と海水が混ざるところの集落辺りの川がちょうどいいすみかになっている。漁は投網を使う。投網はみな木綿糸の手編みである。1本編み上げるのに1ヶ月を要する、時間と根気の要る仕事だ。編みあがったら下辺に鉛の錘を付け、柿渋に漬けて天日で乾かしこれを繰り返す。柿渋の独特の匂いが沁み込み腰が強く糸がしゃんと突っ張り褐色に染まった網はまさに芸術品である。今はナイロンテグスで機械編みとなり、丈夫で長持ちする網に変わった。

   《引用終了》

文中の「ムツ」は海水魚のスズキ目スズキ亜目ムツ科ムツ属ムツ Scombrops boops で、成魚は六〇センチメートルから一メートルを超える大型の深海(二〇〇~七〇〇メートル)ほどの深海の岩礁域に棲息するが、稚魚は海岸部の岩礁や内湾の藻場などでも見られ、タイドプールに入ることもある。さてもさても! こういう記載に出逢えるのは醍醐味! まさにネット世界のユビキタス(Ubiquitous――どこにでも何でもそれぞれの神意は「在る」こと――であると私は思う。なお、少年はここで、そのズクラを手早く三枚に下ろして酢味噌をなすって五郎に供しているが、残念なことに私はボラを刺身で食ったことはないし、食えるとも思っていなかった(因みに、青年の頃に富山で釣り上げたことは何度かあるが、総て母が「臭いから」と味噌汁に仕立てていた。味は嫌いではない。なお、私は臭いものが却って好きなくらいである)。ところが、ウィキの「ボラ」を見ると、『日本では高度経済成長以降、沿岸水域の汚染が進み、それに伴って「ボラの身は臭い」と嫌われるようにもなったが、それ以前は沿岸でまとまって漁獲される味のよい食用魚として広く親しまれ、高級魚として扱った地域も少なくなかった。そのため各地に様々な方言呼称がある』として、前に挙げた別名が挙げられている(別名を多く持つのは食用として持て囃され美味いからなのである)。また別に、『その食性から汚染した水域で採れるものは臭みが強いが、臭みは血によるものが多いため、伊勢志摩地方では釣り上げてすぐに首を折り、海水に浸して完全に血を抜き臭みの大部分を消した上で食用とする。水質の良い水域のものや外洋の回遊個体は臭みが少なく、特に冬に脂瞼の回りに脂肪が付き白濁した状態になる「寒ボラ」は美味とされる。身は歯ごたえのある白身で、血合が鮮やかな赤色をしている。刺身洗い、味噌汁、唐揚げなど様々な料理で食べられる。刺身などの際は鱗と皮膚が厚く丈夫なので剥ぎ取った方がよい臭みを消すには酢味噌や柚子胡椒が用いられる』とある(下線やぶちゃん)。眼から鱗、臍から鯔! なお、個人的に、この少年、大好き!

「壺漬け」ウィキの「壺漬け」から引く。『杵でついた干し大根を壺で塩漬けにしてから、調味醤油で味付けした南九州の伝統的な漬物である。鹿児島県山川町(現・指宿市)付近で作られていたので山川(やまがわ)漬けとも言う』。『たくあん漬け同様にべっこう色であるが粒が小さく、パリパリした歯ごたえのする漬物である。癖がなく万人受けし易いので最近では全国的に流通しており』、『和風の外食メニューや弁当類で口直しの香物として添えられることも多い』とある。私の母方の大隅町岩川の祖母のそれは今思い出しても、絶品であった。私は少し発酵が進んで、臭くなった方が美味いと思う。前頭葉挫滅で、もう、「臭い」という感覚は失われたけれど――

「敗戦の喜び」この「喜び」という叙述は梅崎春生の小説での表現としてはかなり特異点であるように思う。彼の日記などからも敗戦直後には、そのような積極的歓喜の印象は認められない。

『「伊作って遠いのかい?」「ちっと遠い」』以下、少年に伴われて伊作(現在の日置市吹上町中原)まで歩くのであるが、このロケーションは実地に基づくものとはちょっと思われない。何故なら、万之瀬川河口付近から伊作の町までは(次の章の「町」で事実そうしたことが判る)、地図上試みに吹上浜に近い道を辿って見ても、十キロメートル近い距離になるからである。少年と病院を脱走して来た四十五歳の五郎のそれでは、最低でも二時間半はかかる。九月の夕方とはいえ、田舎の少年はまだしも、五郎にはかなりきつい距離で、第一、体が持ちそうもない。

「綱引き」後の「町」の章で語られる。そこで再注したい。

「五郎は熊本で学生生活を四年送ったことがある」梅崎春生は昭和七(一九三二)年四月に熊本第五高等学校文化甲類に十七歳で入学している(前年に卒業した修猷館中学の高等部(年譜には「福岡高校」とある)を受験するも不合格で一浪しているため)。

 

「算を乱し」「算」は「算木(さんぎ)」で、古えは占術や実用的な和算で数(かず)を数えるのに使った木製の棒を指し、その算木をばらばらに乱したようになる、の謂いから、「ちりぢりばらばらになる様子」の形容となった。]

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