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2016/02/08

北條九代記 卷第七 諸寺の供僧を評せらる 付 僧侶の行狀

 

      ○諸寺の供僧を評せらる  僧侶の行狀

同十二月七日、評議の次(ついで)に定めらるゝ主旨あり。關東諸寺の供僧等病患に臨めば、寺職(じしよく)を非器(ひき)の弟子に附屬し、亦は名代(みやうだい)を立てて役を勤め、或は妻子を貯へて、墮落の身となり、寺門の施入(せにふ)を貪りて、弟子に運上(うんじやう)を取る事あり。向後停止(ちやうじ)すべし。袈裟、掛(か)けながら、隱して魚鳥を喰(くら)ひ、妻子に陷(おちい)りて非分の罪科(ざいくわ)を犯す條、言語道斷の惡行にして、方(まさ)に在家の業因(がふいん)に過ぎたり。重欲強盛(ぢうよくがうせい)、頗る世俗に越え、瞋恚愚癡(しんいぐち)るな事に、庸人に劣れり。國民を誑(たぶらか)し、取て利養(りやう)に飽かず。無行無學にして、祖師の眞教(しんけう)に暗し。王法の外護(げご)となるべき事、一つもなし。信施(しんせ)の報(むくい)、實に恥づべし。世の爲、人の爲、還(かへつ)て政道(せいだう)の妨(さまたげ)となる。甚だ誡(いさ)むべし。昔、佛法、この國に流(つたは)りしよりい、國郡に祈願所を建て、菩提所を造りて、家家、是を崇仰(そうがう)す。禁裡(きんり)の御領所、國司領、郡司領、官位領に補(ふ)せられし一國の府に、一寺を置きて、國分寺と名付く。國司の菩提所として、寺領を付けらる。又一國に總社あり。神護寺と號す。國司の祈願所として、社領を付せららる。寺僧等(ら)は、學行おこたりなく、戒行法門(かいぎやうほふもん)を説きて、人の惡を誡め、善を勸む。僧侶に威なければ、民俗、其(その)説誡(せつかい)を重(おもん)ぜず。この故に國司は頭(かうべ)を傾(かたぶ)けて、敬屈(けいくつ)すといへども、戒行道德(かいぎやうだうとく)の沙門(しやもん)は、是(これ)をも喜(よろこ)びず。不惜身命(ふしやくしんみやう)の行に依て、國司の惡行を諫め、我が神妙を害せられん事をも恐れず。僧に科(とが)あるときんば、國人(くにたみ)、是を正(ただし)くす。沙門の教誡、神職の諫諍(かんさう)に依て、國家に悪事災難なし。上(かみ)は下(しも)を哀み、下は上を敬(やまつ)て、忠義廉恥、盛(さかん)に行はれて、天下泰太平なりき。中比(なかごろ)、釋門(しやくもん)に殘賊(ざんぞく)の者、出來り、佛戒(ぶつかい)を破り、餘法(よはふ)を謗(そし)り、我慢放逸(がまんはういつ)、無道不學なり。夫(それ)、大小權實(ごんじつ)の法門は、化用(けよう)の前に、下愚(かぐ)を教ふる方便なり。實には法に二法なし。只、沙門の行德、智分(ちぶん)に勝劣あり。全く法の科(とが)に非ず。聖德太子より以來(このかた)、佛法を以て外護(げご)は神佛、王道一體不二なりと教へ給ふ。然るを、この比は愈(いよいよ)澆漓(げうり)の世となりて、神佛二道はあるかなきかに衰(おとろへ)て、社司(しやし)僧侶は、物の道理に迷ひ、只、神施を取りて、榮耀(ええう)を事とし、外を飾りて内に實(じつ)なし。向後、件(くだん)の惡行を改め、正法を守るべし。違犯(ゐぼん)の僧は寺院を追却(つゐきやく)し、科(とが)の輕重に依て成敗(せいばい)すべしとぞ觸(ふ)れられけり。

 

[やぶちゃん注:「吾妻鏡」巻三十二の暦仁元(一二三八)年十二月七日の師資継承(ししそうしょう/ししそうじょう:仏法の師から弟子へと法や道を伝えていくこと)を法的に規定した短い記事に基づくのであるが、極めて具体の内容に膨らまして示してあり、筆者の現在時制(江戸前期)での、当世寺社内実腐敗への鬱憤が読み取れるように私には思われる。

「供僧」供奉僧の略で、本来は祀られた本尊に仕える僧。他に神宮寺の社僧も言うが、ここは前者で、特に幕府の直接の支配下にある諸寺の住持である。

「非器」修学が足らず、法嗣となる器(うつわ)でない修行僧。

「附屬」「付囑」とも書き、師が弟子に教説を伝授し、その自身が行ってきた布教の勤めをを託すこと。

「名代」現代法律用語で言うところの「代理人」のこと。

「妻子を貯へ」教義で認めている浄土真宗以外は女犯は原則的には罰せられた。

「運上」運上金を取ること。弟子から上納金を搾取すること。無論、本来は許されることではない。

「非分」自分の分を越えていること、身分不相応以外に、道理に合わないさま、非理の意があり、ここは後者で、仏道の道義に反すること。

「在家の業因に過ぎたり」一般の民草の在家信者が生計(たつき)のために必要悪として犯してしまう、来世に於いて苦を招くところの悪業(あくごう)以上の悪行悪因縁である。

「重欲強盛」欲深く、勢いが強い即ち偉そうに威張り散らすこと。

「世俗に越え」世俗の信心の足らぬ民草以上にひどく。

「瞋恚愚癡」「瞋恚」は「しんに」とも読み、仏道に於ける三毒一つ。怒り・憎しみ・怨みなどの憎悪感情。「愚癡」も三毒の一つで、物事を正しく認識判断出来ないこと。愚かであることを指す。もう一つは既に出た「重欲」である「貪欲(とんよく)」。

「庸人」雇い使っている身分の低い下人。

「王法」公的な政(まつりごと)。

「信施の報、實に恥づべし」信者が仏法に帰依し布施するその心に対し何ら報いておらず、まことにあるまじき恥ずべき悪逆非道であること、これ、言を俟たぬ。

「總社」「そうしや(そうしゃ)/そうじや(そうじゃ)」は、その地域の古くからの有力な数社の祭神を一ヶ所に総合して勧請してた神社で、特にこの頃(平安末から鎌倉時代にかけて)、国司が一の宮・二の宮など国内の有力社を、概ね、祭祀参拝の便宜のために国府の近傍に合祀した神社を指す。

「神護寺」神仏習合の神宮寺の別称。

「諫諍」「諍」は「あらそう」の意。争うことをも厭わずに、目上の者の言動を強く諌めることを指す。

「廉恥」心が清らかであって、且つ、恥を知る心が強いことを言う。

「中比」今までの時代を漠然と古えと現在とに分けた謂いの「途中」であるが、こういう場合は正しい直き時制の古えがずっと昔であるのに対して、中頃は現在に近い時制の経過期ととるべきである。従って近頃の意味でとってよい。

「釋門」僧侶。

「殘賊」人や世間に害を与える者ら。

「餘法」「妙法蓮華経」以外の経典。法華経は仏教諸宗派に於いて諸仏典の中の核心経典とする。例えば、「道元禅師法語」には、『法華經は諸佛如來一大事因緣なり。大師釋尊所説の諸經のなかには法華經これ大王なり、大師なり。餘經餘法はみなこれ法華經の臣民なり、眷屬なり。法華經中の所説これまことなり』と記す。

「我慢放逸」高慢ちきで節度を弁えることなく勝手気儘に振る舞うこと。

「大小權實」大乗仏教・小乗仏教・権教(ごんきょう:真実の仏法の教えに導くための方便として示された人々の受けいれ易い分かり易く言い換えた教え)・実教(仮や方便ではない真実をそのままに語った仏道の教え)。

「化用の前に」教育社新書版現代語訳(一九七五年刊)で増淵勝一氏は、『これによって悟りに達することができるというよりも』と訳しておられる。

「下愚(かぐ)を教ふる方便なり」同じく増淵氏はここを、『はなはだ愚かな者を悟りに導くための便宜上の手段であるとされている』と訳しておられる。

「實には法に二法なし」同じく増淵氏は『(しかし)ほんとうは(一方は悟りに達することができ、他方はそれができないというような)仏の教え二つのそれは存在しないのである』と訳しておられる。

「沙門の行德、に勝劣あり」同じく増淵氏は、『僧侶の修業の結果』、『得られた徳と知力の有無によって(経典を有効に使えるか使えないかの)勝ち負けが決まるのである』と訳しておられる。

「法」各種経典。

「澆漓」「澆」「漓」ともに「薄い」の意で、道徳が衰えて人情が希薄化することを指す。

「神施」布施。

「榮耀」現代仮名遣では「えよう」で「えいえう(えいよう)」とも読む。原義は、高い地位に就いて、富み、勢力の強いことであるが、ここは、驕った贅沢な生活をすることを指す。

「正法」老婆心乍ら、「しやうぼふ(しょうぼう)」と読む。正しい仏法の教え。

 

 「吾妻鏡」の暦仁元(一二三八)年十二月七日の当該記事は以下。

 

○原文

七日戊申。晴。今日。評議之次。就諸堂供僧等事。有被定之旨。是臨病患。付囑非器弟子。又立名代之後。落堕世間。猶貪其利潤事。向後可停止之由云々。

○やぶちゃんの書き下し文

七日戊申。晴れ。今日、評議の次(つい)でに、諸堂の供僧等(ら)の事に就きて、定めらるるの旨、有り。是れ、病患に臨みて、非器(ひき)の弟子に付囑し、又、名代(みやうだい)を立てるの後、世間に落堕(らくだ)し、猶ほ其の利潤を貪る事、向後(きやうこう)、停止(ちやうじ)すべきの由と云々。]

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