フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 生物學講話 丘淺次郎 第十八章 教育(4) 五 命の貴さ / 第十八章 教育~了 | トップページ | 生物學講話 丘淺次郎 第十九章 個體の死(2) 一 死とは何か »

2016/02/26

生物學講話 丘淺次郎 第十九章 個體の死(1) 序

 

    第十九章 個體の死

 

 「生あるものは死あり」と昔から承知して居ながら、やはり死にたくないのが人情と見えて、少しでも物の理窟を考へる餘裕が出來ると、まづ第一に死のことから注意し始め、想像を逞しうして、不老不死の藥とか、無限壽の仙人とかの話を造り出す。それより智力が進めば進むだけ、死に關する想像も複雜精巧になり、想像と實際との區別がわからぬためにさまざまの迷信が生じて、今日に至つても、死に就いては實に種々雜多の説が行はれて居る。生を論ずるに當つても、材料を人間のみに取つては一部に偏するために、到底公平な結論に達すべき望がないのと同じく、死を研究するにも、まづ廣く全生物界を見渡して、種々の異なつた死にやうを比較する必要がある。そして廣く各種の動物に就いて、その死にやうを調べて見ると、或は外面だけが死んで内部が生き殘るもの、前半身が死んで後半身が生き殘るもの、死んで居るか生きて居るかわからぬもの、死んでも死骸の殘らぬものなど、實に意外な死に方をするものが澤山あつて、人間の死の如きはたゞその中の最も平凡なる一例に過ぎぬことが明に知れる。

 

« 生物學講話 丘淺次郎 第十八章 教育(4) 五 命の貴さ / 第十八章 教育~了 | トップページ | 生物學講話 丘淺次郎 第十九章 個體の死(2) 一 死とは何か »