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2016/02/05

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十六章 鷹狩その他 (38) モース先生、大いに怒る――附明治の骨董商の詐欺の手口

 

 日本の骨董商人は、世界の他のすべてに於ると同じく、正直なので有名だということは無い。欧洲なり米国なりでつかませられた贋物、古い家具、油絵、特に「昔の巨匠」の絵、エジプトの遺物等を思い出す人は、日本の「古薩摩」(屢々窯から出たばかりでポカポカしている)や古い懸物やその他の商人を、あしまりひどく非難しないであろう。悪いことではあるが、これ等のごまかしのある物が、実に巧妙であるのには、感心せざるを得ぬ。一例として商人が、横浜か東京の郊外に、古風な庭のある古い家を発見したとする。若し彼がその家の住人を数週間、「所持品ぐるみ」引っこしさせることが出来れば、彼は適宜な方法で、その家の中に懸物、青銅の品、屏風、漆塗の箱、その他を一杯入れる。更に彼がその家の主人をして――彼が上品な老紳士であれば――不運な事変のため貧乏になり、今や家宝を売らねばならぬという、落ちぶれた大名の役目を演じさせることが出来れば、それでもう囮つきの係蹄は完全に張られたことになる。上陸したばかりで、日本の芸術の逸品に対して夢中になっている外国人は、ふとしたはずみに商人から、この都会から数マイルしか離れていないところに引退した大名が住んでおり、この大名は今や零落して家財を売らねばならず、非常な値うちのある、且つ非常に古い家宝を手に入れる、このような稀な好機会は、一生に一度位しか起らぬのだということを聞く。人力車が雇われ、長く、気持よく走った上で、彼は、想定的大名のささやかなる住宅ヘ着く。商人は先に行って、彼が来たことを告げる。彼はそこで正式に、尊敬すべき老人に引き合わされ、老人はそこで何ともいえぬ丁重さで彼に茶と菓子と、それから恐らくはすこしの酒とをすすめる。彼は自分がこのように、無遠慮にも押しかけて来たことを恥じ、通弁を通じて前哨戦を行う一方、彼の目は慾深く部屋中を見廻し、自分の所有に帰するにきまっている品を選ぶ。同時に彼は商人によって催眠術にかけられ、愛すべき老人の、上品で、そして家宝を手ばなさずに済めかしと訴えるような態度にだまされる。彼はその品、この品に関して慎み深くいわれる値段を、値切ることが恥しくなる。誇りがましい勝利の感情をいだいて、買物を頼み込んだ人力車でホテルへ帰る彼は、すくなくとも今度こそは稀古の宝物を手に入れたという確信を持っているのだが、品物がすべて贋物であり、彼が途法もなく騙取されたのであることは、すぐ判る。これ等の商人が敢てする面倒と、巧妙さとは他の事柄にも示される。政府の役人か大学の先生で、毎日きまった路を通って勤めさきへ行くとすると、東京の遠方で見て感心し、買いかけたが、あまり高いのでやめた品が、毎日の通路にある商人の手にうつる。値段は前よりも安いので、どうしても買うことが多い。これが、同じ都会の他の場所で、買うことを拒んだ品ではあるまいかと疑って、即座にその遠方の商人のところへ行って見ると、前にほしかった品はすでに売られている。然し、更に買うことを拒み、再び遠くにいる商人を訪れると、その品はまた彼の手もとにあり、値段は安くなっている。私は数度、このような経験をした。

[やぶちゃん注:「係蹄」本来は、繩を使って獣の足(蹄(ひづめ))を引っ掛ける罠のこと。無論、ここは比喩表現。

「数マイル」一マイルは一・六キロメートルであるから、十キロメートル前後。]

M776

図―776

 

 権左と呼ばれる老商人は、私が名古屋へ行った時、あの大きな都会中の骨董屋へ私を案内して大いに働いてくれ、この男こそは大丈夫だろうと思っていたのだが、その後私をだまそうとした。その方法たるや私が日本の陶器をよく知っていなかったら、ひどくだまされたに違いないようなものであった。私は古い手記から、初期の瀬戸の陶器のある物の、ある種の切込み記号を、非常に注意深く写し取った。これ等の写しを権左に送り、それ等の署名のある品をさがし出してくれ、そうすれば最高の値段を払うといってやった。数ヶ月後名古屋から箱が一つ私のところへとどいた。それには権左の、古い陶工の歴史を書いた手紙がついていた。そして私が彼に送った写しと同じような記号のついた、これ等の陶工がつくった茶入、茶碗その他が入っていた。私は一目してそれ等が、三百年昔のものではなく、精々三、四十年位にしかならぬことを知るに充分な位、日本の陶器に関する知識を持っていた。石鹼と水と揚子とを使うと、一度こすった丈で、なすり込んだ塵挨が取れ、切り込んだ記号が奇麗に、はっきりあらわれた。で、普通の虫眼鏡で見ると、この記号が、固く焼かれた品の上にひっ搔いてつけたものであることが知られた。本物だと焼く前に、やわらかい陶土に切り込むのだから、線の両端が持ち上っている。私はすぐさま、これ等の記号はすべて偽物であり、彼をやがて出版する日本の陶器に関する本に、ペテン師としてあげてやるという、激烈な手紙を彼に出した。数週間後に私は権左から手紙と、絹の水彩画を画いたもの(図776)とを受取った。以下はその手紙を竹中氏がざっと訳したものである。

[やぶちゃん注:「権左」「第二十章 陸路京都へ 元箱根から静岡を経て名古屋へ到着」以降に既出する名古屋の桜井権三(この姓名は磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」に拠る)なる骨董屋と思われる。

 以下は、底本では全体が二字下げ。]

 

モース先生

過日は私の経験足らぬ眼のために、私は陶器を批判することについて間違をしました。私は非常に恥入っています。私の欠陥に対して再び先生のお許を乞う可く私は今や私が誤っていた事を書き記してお送りします。この絵で椅子に坐り、陶器を見ておられるのはモース先生で、他は竹中様、他は木村様であります。彼等の前に坐り、お許しを嘆願しているのは権左であります。最後に私は先生が陶器に関する御本を出版なさるに当って、私に親切にして下さらんことを祈ります。先生が御出版なさらんとする御本のことを考えるごとに、私は先生に向って正しからぬことを致したことを、非常にくやみます。

                  敬具

               権  左

 

 絵に書いてある詩は「この世界では殆どすべてがかくの如くである。あなたは外側から、ある柿の内部の渋は見ることが出来ぬ。」という意味である。

[やぶちゃん注:「木村」大森貝塚の土器片の図版の絵を描いた画家木村静山か。この人物については、「東京大学総合研究博物館」公式サイト内の木下直之肖像のある風景/3に『平木政次の『明治初期洋画壇回顧』(日本エツチング研究所出版部、一九三六年)によれば、木村は長崎の出身、外国人の注文に応じて綿密な博物画を描く画家であった。とくに昆虫の写生を得意とした。大学と上野にあった教育博物館(理学部博物館とは別組織)の画工を兼務していたが、一八八〇年に大学の専任となった』とある。

「この世界では殆どすべてがかくの如くである。あなたは外側から、ある柿の内部の渋は見ることが出来ぬ。」図から判読すると、

 

 人の世やそとからみえぬ柿のしふ

 

という俳句である。]

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