フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 飯田蛇笏 山響集 昭和十五(一九四〇)年 春 | トップページ | ワード文書「蟲 江戸川亂歩 正字正仮名版 附やぶちゃん亂歩風マニアック注」縦書版(全)公開 »

2016/03/21

蟲   江戸川亂歩 正字正仮名版 附やぶちゃん亂歩風マニアック注

[やぶちゃん注:本作は昭和四(一九二九)年の『改造』九月号及び十月号に掲載されたという書誌が、私の持つ角川文庫江戸川乱歩「魔術師」(作品集・昭和五六(一九八一)年刊の第九版)の年譜(島崎博編)にはあるのであるが、どうもこれはネットで調べてみると同誌の六月号及び七月号が正しいようである(例えば、個人サイト「名張人外境」内にある「乱歩文献データブック」の同年のデータ等を参照されたい。さらに調べると、これはどうも江戸川乱歩自身の記憶違いも原因にあるようだ)。また、ウィキの「蟲(江戸川乱歩)」によれば(ここでも初出号を九月号及び十月号としている)、『元々は、『新青年』に「「蟲」という文字を二、三十個、三行に分けて書き連ねた」タイトルで予告されたものだったという』とある。実は、前に示した「乱歩文献データブック」の同年のデータの五月の条に、『「江戸川乱歩作/陰獣/十一版 !!」〔博文館〕』(『新青年』五月号)の『広告』にそれが示されてある。それをそのまま「虫」「乱」を正字化して、『/』を改行ととって、正字化して示して推定復元してみる(太字化はやぶちゃん)。

   *

蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲……江戸川亂歩

   *

これは強烈である。

 さて、私は実に遅まきながら、上記角川文庫版で二十四の時に読んで、その獵奇滿々(これも正字がよい)たる内容に強烈に打ちのめされたのであるが、読後、同書の高木彬光氏の「解説」の中に、

   《引用開始》

 中篇『虫』は昭和四年の九、十月「改造」に掲載された作品である。私は当時雑誌は読んでいなかったが、後で中学生になってから何かの単行本に収録されていたこの作品を読み、最後に近いあたりの、

 「虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫……」

 というあたりで、背筋に悪寒が来て本をとじ、その後はもう読めなくなったことをおぼえている。正直なところ、その結末は人に読んでもらって話を聞いただけだった。

 あのときの記憶によれば、この「虫」はこういう略字ではなく「蟲」という本字が使われていたはずである。二十四字もこの文字が続いた日には、その効果は決して三倍ではとどまらない。

 活字による視覚に訴える恐怖の効果がこれほどすさまじくあらわれた例は、私は長じてからもほかに類例を知らないのだ。

 物語の筋そのものは、別に解説を要しないほど、単純明快なものである。しかしこれを純粋恐怖小説という角度から見たならば、これは他に比較を見出せないほどの絶品だといえる。少なくとも私の知っているかぎりではエドガー・ポーの数作品、日本では上田秋成の「雨月物語」の中の数作品しか比較の対象は見出せない。しかもそれらの作品にくらべてさえ、私はこの『虫』をはるかに高く評価する。そういう意味で、恐怖小説としては、

 「古今東西、空前絶後の最高傑作」

 と、めったなことでは使えない讃辞を呈してもよいのではないかとさえ思われるのである……

   《引用終了》

という箇所を読んで、これはもう、いつか正字のもので読まずんばなるまい、と思って居乍ら、遂にそのままにし、またたく間に、三十五年が経ってしまった(なお、本底本では二十四字ではなく、当該箇所の「蟲」は三十三字、踊り字「ゝ」を数えずにで、踊り字を含めると、四十三字になるが、十字分配されたそれは生理的不快感のインパクトを逆に減衰させてしまうように思う)。

 今年一月一日で江戸川乱歩の著作権が満了したこともあって、近いうちに久々に古本屋を漁って、正字のものを手に入れて電子化をしようか、などと思っていた矢先、何気なしに、国立国会図書館のデジタルコレクションを検索してみたところが――あった!――

 さても、その「版画莊」昭和一二(一九三七)年刊の「江戸川乱歩」の作品集「幻想と怪奇」(扉の作者名は「乱」で奥附は本名の「平井太郎」名義である。発行所の「画」もママ「莊」はご覧の通り、正字である。何とも不思議)を、国立国会図書館デジタルコレクションの画像で視認して電子化する。あの時の私は、三十五年後にこうしてネット上で自身がこれを電子化するなどとは夢にも思わなかった。

 なお、これには現行のものに附されてある章番号(全十二章)がなく、二行空行となっている。また、現行では続いている場面に空きが入ってもいる。一部に不自然な妖しい空白箇所を見出せるが、それも再現しておいた(作者或いは出版社側の自主的伏字箇所と思われる。何故なら後の方には明確に『(○○字削除)』という箇所が出現するからである)。しかも極めて残念なことに、この伏字でない――原「蟲」――は復元されていない模様である。また、現行通用の本篇はこの後にかなり大きく改稿されている(編集者が、漢字表記を読み易く、別字に変えたり、平仮名化したというは除外して、である)。例えば最初は、冒頭の一文の「一言して」が「説明して」になり、冒頭から三段落目の「その徴候は、既に業に、彼の幼年時代に」の箇所が「その徴候は、遠く彼の幼年時代に」に、その直後の「手の平を使つて」が「手の平で涙を隱したり」になっており、更には、期待される鮮烈血みどろのエンディングが、実は元々は実は頗るあっさりしていた、意外な事実などが今回の電子化作業で判明した。因みに、多くのその改変(読点の異同を含めると、相当な箇所に及ぶ)は、コーダの加筆その他数か所を除いて、概ね、改悪にしか見えないことも付け加えておく(一部、大きく変わっている箇所や、やや疑義を覚える改稿を含んだ表現改変部分については言及したが、私の意図は本篇の校合にはないので、総ては注していない。その内、厳密なそれ(原「蟲」の伏字部分の復元も含む)は誰かが成し遂げて呉れることを期待するものである)。特に強く感じたのは、角川文庫版の「眼」となっている箇所が、こちらでは殆んどが「目」となっている点である。単漢字ならそれほど大きな違いに感じないかも知れぬが、「眼前」と「目前」では音読した際の発音が異なり、感触印象も微妙に異なってくるからである。

 禁欲的に注を附したつもりだが、相手が乱歩なればこそ、結局、マニアックな注という体裁になってしまった。単純な表記字注は原則、当該段落の最後に附したが、パートが長い箇所では、前者でもやはり形式段落の後に附しておいた(必ずしも統一してされていないのは悪しからず)。本文だけを読もうという読者にはやや読み難くなったが、その方が、一部、難読語や見なれぬ語彙と感じられる向きの多い若い方には親切かと判断した(私の注は基本、私の元の職業柄、想定対象を高校生においている)。なお、明らかな句読点の欠落(ないと、明らかに甚だ読み難いと判断した箇所で、角川版には打たれてある箇所)などは黙って補っておき、読むに煩瑣なので特に注してはいない。なお、私は明朝でタイプしており(視覚上でゴシックが生理的に厭いである)、英文フォント(ローマンでないと最近は厭になった)との組み合わせ上、特異的に打ったそのままで表示した(一括ゴシックにして、さらにローマンを選択方法を採ると、和文中の「――」「……」の位置が、英文式に下がるのがおぞましいからである。かといって、これだけ散在する英文のみを選択的にローマンにするのは(普通は煩瑣ながらそうしていることが多い)、もうこれもここでは厭になった)。悪しからず。……しかし……「蟲」はこれ……明朝が――いい……♪ふふふ♪

 面倒なので最初に注しておくと、主人公の名はルビはないが、角川文庫版に従って、「まさきあいぞう(歴史的仮名遣「まさきあいざう」)」、女主人公の芸名は「きのしたふよう」と読んでおく(本名は「木下文子」であるが、これは「ふみこ」か「あやこ」かは不明。ルビをしない以上は「ふみこ」か)。なお、「柾木」は「柾」「正木」と同義で、ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus のことである。

 最後に申し上げておくが、本作の後半部は高木彬光氏が、かくおっしゃられたように、相当に猟奇的でエグい。自己責任で読まれたい。生理的不快感を持たれても、それは私の責任ではない。かく忠告したにも拘わらず、読んでしまった「あなた」の責任である……告白しよう……私は……柾木愛造……その人で……ある…………

 

 

 

 

 

 

 この話は、柾木愛造と木下芙蓉との、あの運命的な再會から出發すべきであるが、それについては、先づ男主人公である柾木愛造の、いとも風變りな性格について、一言して置かねばならぬ。

 柾木愛造は、既に世を去つた兩親から、いくばくの財産を受け繼いだ一人息子で、當時二十七歳の、私立大學中途退學者で、獨身の無職者であつた。といふことは、あらゆる貧乏人、あらゆる家族所有者の、羨望の的である所の、此上もなく安易で自由な身の上を意味するのだが、柾木愛造は不幸にも、その境涯を樂しんで行くことが出來なかつた。彼は世に類ひもあらぬ厭人病者であつたからである。

 彼のこの病的な素質は、一體全體どこから來たものであるか、彼自身にも不明であつたが、その徴候は、既に業に、彼の幼年時代に發見することが出來た。彼は人間の顏さへ見れば、何の理由もなく、眼に一杯涙が湧き上つた。そして、その内氣さを隱す爲に、あらぬ天井を眺めたり、手の平を使つて、誠にぶざまな恥かしい恰好をしなければならなかつた。隱さうとすればする程、それを相手に見られてゐるかと思ふと、一層おびただしい涙がふくれ上がつて來て、遂には『ワツ』と叫んで、氣違ひになつてしまふより、どうにもかうにも仕方がなくなる、といふ感じであつた。彼は肉親の父親に對しても、うちの召使に對しても、時とすると母親に對してさへ、この不可思議な羞恥を感じた。隨つて彼は人間を避けた。人間が懷しい癖に、彼自身の恥づべき性癖を恐れるが故に、人間を避けた。そして、薄暗い部屋の隅にうづくまつて、身のまはりに、積木のおもちやなどで可憐な城壁を築いて、獨りで幼い即興詩を呟いてゐる時、僅かに安易な氣持になれた。

[やぶちゃん字注:「既に業に」「すでにすでに」と読む。畳語。「業」には「すでに・前もって・最早」の意がある。]

 年長じて、小學校といふ不可避な社會生活に入つて行かねばならなかつた時、彼はどれ程か當惑し、恐怖を感じたことであらう。彼はまことに異樣な小學生であつた。母親に彼の厭人癖を悟られることが堪へ難く恥しかつたので、獨りで學校へ行くことは行つたけれど、そこでの人間との戰ひは實に無殘なものであつた。先生や同級生に物を云はれても、涙ぐむ外に何の術をも知らなかつたし、受持ちの先生が他級の先生と話をしてゐる内に、柾木愛造といふ名前が洩れ聞えただけで、彼はもう涙ぐんでしまふ程であつた。

 中學、大學と進むに從つて、この忌むべき病癖は、少しづつ薄らいでは行つたけれど、小學時代は、全期間の三分の一は病氣をして、病後の養生にかこつけて學校を休んだし、中學時代には、一年の内半分程は假病を使つて登校せず、書齋をしめ切つて、家人の入つて來ないやうにして、そこで小説本と、荒唐無稽な幻想の中に、うつらうつらと日を暮らしてゐたものだし、大學時代には、進級試驗を受ける時の外は、殆ど教室に入つたことがなく、と云つて、他の學生のやうに樣々な遊びに耽るでもなく、自宅の書庫の、買ひ集めた異端の書物の塵に埋まつて、併し、それらの書物を讀むといふよりは、蟲の食つた靑表紙や、中世紀の羊皮紙の匂ひをかぎ、それらの釀し出だす幻怪な雰圍氣の中で、益々嵩じて來た空想に耽り、晝と夜との見境のない生活を續けてゐたものである。

 そのやうな彼であつたから、後に述べるたつた一人の友達を除いては、まるで友達といふものがなかつたし、友だちのない程の彼に、戀人のあらう筈もなかつた。人一倍優しい心を持ちながら、彼に友だちも戀人もなかつたことを、何と説明したらよいのであらう。彼とても、友情や戀をあこがれぬではなかつた。濃やかな友情や甘い戀の話を聞いたり讀んだりした時には、若し自分もそんな境涯であつたなら、どんなにか嬉しからうと、羨まぬではなかつた。だが、假令彼の方で友愛なり戀なりを感じても、それを相手に通じるまでに、どうすることも出來ない障害物が、まるで壁のやうに立ちはだかつてゐた。

[やぶちゃん字注:「假令」老婆心乍ら、「たとひ(たとい)」と読む。「たとえ」に同じい。]

 柾木愛造には、彼以外の人間といふ人間が、例外なく意地惡に見えた。彼の方で懷しがつて近寄つて行くと、相手は忠臣藏の師直のやうに、ついとそつぽを向くかと思はれた。中學生の時分、汽車や電車の中などで、二人連れの話し合つてゐる樣子を見て、屢々驚異を感じた。彼等の内一人が熱心に喋り出すと、聞手の方はさもさも冷淡な表情で、そつぽを向いて、窓の外の景色を眺めたりしてゐる。時たま思ひ出したやうに合點々々をするけれど、滅多に話し手の顏を見はしない。そして、一方が默ると、今度は冷淡な聞手だつた方が、打つて變つて熱心な口調で話し出す。すると、前の話手は、ついとそつぽを向いて、俄かに冷淡になつてしまふ。それが人間の會話の常態であることを悟るまでに、彼は長い年月を要した程である。これは些細な一例でしかないけれど、總てこの例によつて類推出來るやうな人間の社交上の態度が、内氣な彼を沈默させるに十分であつた。彼は又、社交會話に洒落(彼によればその大部分が、不愉快な駄洒落でしかなかつたが)、といふものの存在するのが、不思議で仕樣がなかつた。洒落と意地惡とは同じ種類のものであつた。彼は、彼が何かを喋つてゐる時、相手の目が少しでも彼の目をそれて、外の事を考へてゐると悟ると、もうあとを喋る氣がしない程、内氣者であつた。言葉を換へて云ふと、それ程彼は愛について貪婪であつた。そして、餘りに貪婪であるが故に、彼は他人を愛することが、社交生活を營むことが出來なかつたのであるかも知れない。

[やぶちゃん字注:「貪婪」「どんらん」と読む(「たんらん」「とんらん」とも読む)。貪欲。]

 だが、そればかりではなかつた。もう一つのものがあつた。卑近な實例を上げるならば、彼は幼少の頃、女中の手を煩はさないで、自分で床を上げたりすると、その時分まだ生きてゐた祖母が、『オオ、いい子だ、いい子だ』と云つて御褒美を呉れたりしたものであるが、さうして褒められることが、身内が熱くなる程、恥しくて、いやでいやで、褒めてくれる相手に、極度の憎惡を感じたものである。引いては、愛することも、愛されることも、「愛」といふ文字そのものすらが、一面ではあこがれながら、他の一面では、身體がキユーツとねぢれて來る程も、何とも形容し難い厭あな感じであつた。これは彼が、所謂自己嫌惡、肉親憎惡、人間憎惡等の一聯の特殊な感情を、多分に附與されてゐたことを語るものであるかも知れない。彼と彼以外の凡ての人間とは、まるで別種類の生物であるやうに思はれて仕方がなかつた。この世界の人間共の、意地惡の癖に、あつかましくて、忘れつぽい陽氣さが、彼には不思議でたまらなかつた。彼はこの世に於て、全く異國人であつた。彼は謂はば、どうかした拍子で、別の世界へ放り出された、たつた一匹の、孤獨な陰獸でしかなかつた。

 そのやうな彼が、どうしてあんなにも、死にもの狂ひな戀を爲し得たか、不思議と云へば不思議であるが、だが、考へ方によつては、そのやうな彼であつたからこそ、あれ程の、物狂はしい、人外境の戀が出來たのだとも、云へないことはない。彼の戀にあつては、愛と憎惡とは、最早や別々のものではなかつたのだから。併し、それは後に語るべき事柄である。

 いくばくの財産を殘して兩親が相ついで死んだあとは、家族に對する見得や遠慮の爲めに、苦痛をしのんで續けてゐた、ほんの僅かばかりの社會的な生活から、彼は完全に逃れることが出來た。それを簡單に云へば、彼は何の未練もなく私立大學を退校して、土地と家産を賣拂ひ、兼ねて目星をつけて置いたある郊外の、淋しいあばら家へと引き移つたのである。斯樣にして、彼は學校といふ社會から、又隣近所といふ社會から、全く姿をくらましてしまふことが出來た。人間である以上は、どこへ移つたところで、全然社會を無視して生存することは出來ないのだけれど、柾木愛造が最も厭つたのは、彼の名前なり爲人を知つてゐる見知り越しの社會であつたから、隣近所に一人も知合ひのない、淋しい郊外へ移住したことは、その當座、彼に「人間社會を逃れて來た」といふ、やや安易な氣持を與へたものである。

[やぶちゃん字注:「斯樣」「かやう(かよう)」と読む。

「爲人」「ひととなり」と読む。]

 その郊外の家といふのは、向島の吾妻橋から少し上流のKといふ町にあつた。そこは近くに安待合や貧民窟がかたまつて居たり、河一つ越せば淺草公園といふ盛り場をひかへてゐたにも拘らず、思ひもかけぬ所に、廣い草原があつたり、ひよつこり釣堀の毀れかかつた小屋が立つてゐたりする、妙に混雜と閑靜とを混ぜ合はせたやうな區域であつたが、そのとある一廓に、このお話は大地震よりは餘程以前のことだから、立ち腐れになつたやうな、化物屋敷同然の、だだつ廣い屋敷があつて、柾木愛造は、いつか通りすがりに見つけておいて、それを借り受けたのであつた。

 毀れた土塀や生垣で取まいた、雜草のしげるにまかせた廣い庭の眞中に、壁のはげ落ちた大きな土藏がひよつこり立つてゐて、その脇に、手廣くはあるけれど、殆ど住むに耐へない程荒れ古びた母屋があつた。だが、彼にとつては、母屋なんかはどうでもよかつたので、彼がこの化物屋敷に住む氣になつたのは、全くその古めかしい土藏の魅力によつてであつた。厚い壁でまぶしい日光をさへぎり、外界の音響を遮斷した、樟腦臭い土藏の中に、獨りぼつちで住んでみたいといふのは、彼の長年のあこがれであつた。丁度貴婦人が厚いヴエイルで彼女の顏を隱すやうに、彼は土藏の厚い壁で、彼自身の姿を、世間の視線から隱してしまひたかつたのである。

[やぶちゃん字注:「樟腦」「しやうなう(しょうのう)。クスノキから製した防虫剤。]

 彼はその土藏の二階に疊を敷きつめて、愛藏の異端の古書や、横濱の古道具屋で手に入れた、等身大の木彫の佛像や、數個の靑ざめたお能の面などを持ち込んで、そこに彼の不思議な檻を造りなした。北と南の二方だけに開かれた、たつた二つの小さな鐵棒をはめた窓が、凡ての光源であつたが、それを更らに陰氣にする爲に、彼は南の窓の鐵の扉を、ぴつしやりと閉め切つてしまつた。それ故、その部屋には、年中一分の陽光さへも直射することはなかつた。これが彼の居間であり、書齋であり、寢室であつた。

[やぶちゃん字注:「一分」「いちぶ」。ごく僅かな喩え。]

 階下は板張りのままにして、彼のあらゆる所有品を、祖先傳來の丹塗りの長持や、紋章のやうな錠前のついた、いかめしい簞笥や、虫の食つた鎧櫃や、不用の書物をつめた本箱や、そのほか樣々のがらくた道具を、滅茶苦茶に置き竝べ、積み重ねた。

[やぶちゃん字注:「鎧櫃」「よろひびつ(よろいびつ)」。本来は鎧や兜(かぶと)を入れておく、蓋が上に開く長方形の大型の箱。

「虫」はママ。]

 母屋の方は十疊の廣間と、臺所脇の四疊半との疊替へをして、前者を滅多に來ない客の爲の應接間に備へ、後者は炊事に傭つた老婆の部屋に當てた。彼はさうして、傭ひ婆さんにも、土藏の入口にすら近寄らせない用意をした。土藏の出入口の、厚い土の扉には、内からも外からも錠を卸す仕掛けにして、彼がその二階にゐる時は、内側から、外出の際は外側から、戸締りが出來るやうになつてゐた。それは謂はば、怪談のあかずの部屋に類するものであつた。

[やぶちゃん字注:「卸す」「おろす」。]

 傭ひ婆さんは、家主の世話で、殆ど理想に近い人が得られた。身寄りのない六十五歳の年寄りであつたが、耳が遠い外には、これといふ病氣もなく、至極まめまめした小綺麗な老人であつた。何より有難いのは、そんな婆さんにも似合はず、樂天的な呑氣者で、主人が何者であるか、彼が土藏の中で何をしてゐるか、といふやうなことを、猜疑し穿鑿しなかつたことである。彼女は所定の給金をきちんきちんと貰つて、炊事の暇々には、草花をいぢつたり、念佛を唱へたりして、それですつかり滿足してゐるやうに見えた。

 云ふまでもなく、柾木愛造は、その土藏の二階の、晝だか夜だか分らないやうな、薄暗い部屋で、彼の多くの時間を費した。赤茶けた古書の頁をくつて一日をつぶすこともあつた。ひねもす部屋の眞中に仰臥して、佛像や壁にかけたお能の面を眺めながら、不可思議な幻想に耽ることもあつた。さうしてゐると、いつともなく日が暮れて、頭の上の小さな窓の外の、黑天鵞絨の空に、お伽噺のやうな星がまたたいてゐるのであつた。

[やぶちゃん字注:「黑天鵞絨」「くろびろうど(くろビロウド)」。黒色のビロード(ポルトガル語の「veludo」で、表面が滑らかな感触の絹織物。ベルベット)。]

 暗くなると、彼は机の上の燭臺に火をともして、夜更けまで讀書をしたり、奇妙な感想文を書き綴つたりすることもあつたが、多くの夜は、土藏の入口に錠を卸して、どこともなくさまよひ出るのが慣はしになつてゐた。極端な人厭ひの彼が、盛り場を歩き廻ることを好んだといふのは、甚だ奇妙だけれど、彼は多くの夜、河一つ隔てた淺草公園に足を向けたものである。だが、人嫌ひであつたからこそ、話しかけたり、じろじろと顏を眺めたりしない、漠然たる群集を、彼は一層愛したのであつたかも知れぬ。そのやうな群集は、彼にとつて、局外から觀賞すべき、繪や人形にしか過ぎなかつたし、又、夜の人波にもまれてゐることは、土藏の中にゐるよりも、却つて人目を避ける所以でもあつたのだから。人は無關心な群集のただ中で、最も完全に彼自身を忘れることが出來た。群集こそ、彼にとつてこよなき隱れ蓑であつた。そして、柾木愛造のこの群集好きは、あの芝居のはね時を狙つて、木戸口をあふれ出る群集に混つて歩くことによつて、僅かに夜更けの淋しさをまぎらしてゐた、ポオの Man of crowd の一種不可思議な心持とも、相通ずる所のものであつた。

 さて、冒頭に述べた、柾木愛造と木下芙蓉との、運命的な邂逅といふのは、この土藏の家に引き移つてから二年目、彼がこのやうな風變りな生活の中に、二十七歳の春を迎へて間もない頃、淀んだ生活の沼の中に、突然小石を投じたやうに、彼の平靜をかき亂した所の、一つの重大な出來事だつたのである。

[やぶちゃん注:「忠臣藏の師直」「師直」は通常は「もろなほ(もろなお)」であるが、ここは以下の演目では「もろのう」と読み慣わすので、それで訓じておく。二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作人形浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」で吉良上野介に擬された悪役、足利尊氏の執事高師直(こうのもろなお)のこと。同作は禁制によって、赤穂事件を南北朝時代に設定変えしたものである。

「ポオの Man of crowd」「群集の人」(正しくはThe Man of the Crowd。エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe 一八〇九年~一八四九年)が一八四〇年末(天保十一年相当)に発表した、無名の語り手がロンドンの雑踏の中に見かけた不可思議な老人を追跡するさまを描いた短編小説。ウィキの「群集の人」に詳しい。それによれば、主人公は結局、この老人の正体を摑むことが出来ず、彼を『「深い罪の典型であり本質」であり「群集の人」なのだ、と結論して追跡を諦め、「自らを読み取られることを拒む書物が存在することは神の恵みの一つなのだ」と結ぶ』とある。]

 

 

 先にもちょつと觸れておいたが、かくも人厭ひな柾木愛造にも、例外として、たつた一人の友達があつた。それは、實業界にちよつと名を知られた父の威光で、ある商事會社の支配人を勤めてゐる、池内光太郎といふ、柾木と同年輩の靑年紳士であつたが、あらゆる點が柾木とは正反對で、明るい、社交上手な、物事を深く掘下げて考へない代りには、末端の神經はかなりに鋭敏で、人好きのする、好男子であつた。彼は柾木と家も近く小學校も同じだつた關係で、幼少の頃から知合ひであつたが、お互が靑年期に達した時分、柾木の不可思議な思想なり言動なりを、それが彼には分らないだけに、すつかり買ひかぶつてしまつて、それ以來引續き、柾木のやうな哲學者めいた友達を持つことを、一種の見得にさへ感じて、柾木の方では寧ろ避けるやうにしてゐたにも拘らず、繁々と彼を訪ねては、少しばかり見當違ひな議論を吹きかけることを樂しんでゐたのである。また、華やかな社交に慣れた彼にとつては、柾木の陰氣な書齋や、柾木の人間そのものが、こよなき休息所であり、オアシスでもあつたのだ。

 その池内光太郎が、ある日、柾木の家の十疊の客間で(柾木はこの唯一の友達をさへ、土藏の中へは入れなかつた)柾木を相手に、彼の華やかな生活の一斷面を吹聽してゐる内に、ふと次のやうなことを云ひ出したのである。

『僕は最近、木下芙蓉つて云ふ女優と近づきになつたがね。ちよつと美しい女なんだよ』彼はそこで一種の微笑を浮べて、柾木の顏を見た。それはここに云ふ「近づき」とは、文字のままの「近づき」でないことを意味するものであつた。『まあ聞き給へ、この話は君にとつてもちよつと興味があり相なんだから。と云ふのは、その木下芙蓉の本名が木下文子なんだ。君、思ひ出さないかい。ホラ、小學校時代僕等がよくいたづらをした、あの美しい優等生の女の子さ。たしか、僕達より三年ばかり下の級だつたが』

[やぶちゃん字注:「相」「さう」。~のようだ、~の様子だ、の意。当て字ではなく、本字を語源ともする説がある。本篇では以下、多用される。]

 そこまで聞くと、柾木愛造は、ハツとして、俄かに顏がほてつて來るのを感じた。流石に彼とても、二十七歳の今日では、久しく忘れてゐた赤面であつたが、ああ赤面してゐるなと思ふと、丁度子供の時分、人前で、氣弱の涙を隱さうとすればする程、一層涙ぐんで來たのと同じに、それを意識する程、益々目の下が熱くなつて來るのをどうすることも出來なかつた。

『そんな子がゐたかなあ。だが、僕は君みたいに早熟でなかつたから』

 彼はてれ隱しに、そんなことを云つた。だが、幸ひなことに、部屋が薄暗かつたせゐか、相手は、彼の赤面には氣づかぬらしく、やや不服な調子で、

『いや、知らない筈はないよ。學校中で評判の美少女だつたからね。久しく君と芝居を見ないが、どうだい、近い内に一度木下芙蓉を見ようぢやないか。幼顏そのままだから、君だつて見れば思ひ出すに違ひないよ』

 と、如何にも木下芙蓉との親交が得意らしいのである。

 芙蓉の藝名では知らなかつたけれど、云ふまでもなく、柾木愛造は、木下文子の幼顏を記憶してゐた。彼女については、彼が赤面したのも決して無理ではない程の、實に恥しい思ひ出があつたのである。

 彼の少年時代は、先にも述べた通り、極度に内氣な、はにかみ産の子供であつたけれど、彼の云ふやうに早熟でなかつた譯でなく、同じ學校の女生徒に、幼いあこがれを抱くことも人一倍であつた。そして、彼が四年級の時分から、當時の高等小學の三年級までも、ひそかに思ひこがれた女生徒といふのが、外ならぬ木下文子だつたのである。と云つても、例へば池内光太郎のやうに、彼女の通學の途中を擁して、お下げのリボンを引きちぎり、彼女の美しい泣き顏を樂しむなどと云ふ、すばらしい藝當は思ひも及ばなかつたので、風を引いて學校を休んでゐる時など、發熱のためにドンヨリとうるんだ腦の中を、文子の笑顏ばかりにして、熱つぽい小さい腕に、彼自身の胸を抱きしめながら、ホツと溜息をつく位が、關の山であつた。

[やぶちゃん注:「風」はママ。角川文庫版は『風邪』。]

 ある時、彼の幼い戀にとつて、誠に奇妙な機會が惠まれたことがある。それは、當時の高等小學二年級の時分で、同級の餓鬼大將の、口髯の目立つやうな大柄な少年から、木下文子に(彼女は尋常科の三年生であつた)附文をするのだから、その代筆をしろと命じられたのである。彼は勿論級中第一の弱蟲であつたから、この腕白少年にはもうビクビクもので『ちよつとこい』と肩を摑まれた時には、例の目に涙を一杯浮べてしまつた程で、その命令には、一も二もなく應じる外はなかつた。彼はこの迷惑な代筆のことで胸を一杯にして學校から歸ると、お八つもたべないで一と間にとぢ籠り、机の上に卷紙をのべ、生れて初めての戀文の文案に、ひどく頭を惱ましたものである。だが、幼い文章を一行二行と書いて行くに從つて、彼に不思議な考へが湧き上がつてきた。『これを彼女に手渡す本人は、かの腕白少年であるけれど、書いてゐるのは正しく私だ。私はこの代筆によつて、私自身の本當の心持を書くことが出來る。あの娘は私の書いた戀文を讀んでくれるのだ。假令先方では氣づかなくても、私は今、あの娘の美しい幻を描きながら、この卷紙の上に、思ひのたけをうちあけることが出來るのだ』。この考が彼を夢中にしてしまつた。彼は長い時間を費して、卷紙の上に涙をさへこぼしながら、あらゆる思ひを書き記した。腕白少年は翌日その嵩ばつた戀文を、木下文子に渡したが、それは恐らく文子の母親の手で燒き捨てられでもしたのであらう、其後快活な文子のそぶりにさしたる變りも見えず、腕白少年の方でもいつかけろりと忘れてしまつた樣子であつた。ただ、代筆者の柾木少年だけが、いつまでも、クヨクヨと、甲斐なく打ち捨てられた戀文のことを思ひつづけてゐたのである。

[やぶちゃん字注:「嵩ばつた」「かさばつた(かさばった)」。]

 又、それから間もなく、こんなこともあつた。戀文の代筆が彼の思ひを一層つのらせたのであらう、餘りに堪へ難い日が續いたので、彼は誠に幼い一策を案じ、人目のない折を見定めて、ソツと文子の教室に忍び込み、文子の机の上げ蓋を開いて、そこに入れてあつた筆入れから、一番ちびた、殆ど用にも立たぬやうな、短い鉛筆を一本盜み取り、大切に家へ持歸ると、彼の所有になつてゐた小簞笥の開きの中を、綺麗に淸め、今の鉛筆を半紙に包んで、まるで神樣ででもあるやうに、その奧の所へ祭つて置いて、淋しくなると、開き戸をあけて、彼の神樣を拜んでゐた。その當時、木下文子は、彼にとつて神樣以下のものではなかつたのである。

[やぶちゃん注:「淋しくなると」底本は「淋しくなるとは」。衍字と断じて、例外的に除去した。無論、角川文庫版も「は」はない。]

 その後、文子の方でもどこかへ引越して行つたし、彼の方でも學校が變つたので、いつか、忘れるともなく忘れてしまつてゐたのだが、今池内光太郎から、木下文子の現在を聞かされて相手は少しも知らぬ事柄ではあつたけれど、そのやうな昔の恥しい思ひ出に、彼は思はず赤面してしまつたのであつた。

 雜沓中の孤獨といつた氣持の好きな、柾木のやうな種類の厭人病者は、淺草公園の群集と同じに、汽車や電車の中の群集、劇場の群集などを、寧ろ好むものであつたから、彼は芝居のことも世間竝には心得てゐたが、木下芙蓉と云へば、以前は影の薄い場末の女優でしかなかつたのが、最近ある人氣俳優の新劇の一座に加はつてから、顏と身體の壓倒的な美しさが、特殊の人氣を呼んで、一座の女優中でも、二番目ぐらゐには羽振りのよい名前になつてゐた。柾木は、かけ違つて、まだ彼女の舞臺を見てはいなかつたが、彼女についてこの程度の知識は持つてゐた。

 その人氣女優が、昔々の幼い戀の相手であつたと分ると、厭人病者の彼も、少しばかり浮々して、彼女が懷しいものに思はれて來るのであつた。それが今では、池内光太郎の戀人であらうとも、どうせ彼には得られない戀なのだから、一目彼女の舞臺姿を見て、ちよつと女々しい氣持になるのも、惡くないなと感じたのである。

 彼等がK劇場の舞臺で、木下芙蓉を見たのは、それから三四日の後であつたが、柾木愛造に取つてはまことに辛か不幸か、それは丁度第一の人氣女優が病氣缺勤をして、その持ち役のサロメを、木下芙蓉が代演してゐる際であつた。

 二匹の鯛が向き合つてゐるやうな形をした、非常に特徴のある大きな目や、鼻の下が人の半分も短くて、その下に、絶えず打震へてゐる、やや上方にまくれ上がつた、西洋人のやうに自在な曲線の脣や、殊にそれが、婉然と頰笑んだ時の、忘れ難き魅力に至るまで、その昔の俤をそのまま留めてはゐたけれど、十幾年の歳月は、可憐なお下げの小學生を、恐ろしい程豐麗な全き女性に變へてしまつたと同時に、その昔の無邪氣な天使を、柾木の神樣でさへあつた聖なる乙女を、いつしか妖艷類ひもあらぬ魔女と變じてゐたのである。

 柾木愛造は、輝くばかりの彼女の舞臺姿に、最初の程は、恐怖に近い壓迫を感じるばかりであつたが、それが驚異となり、憧憬となり、遂に限りなき眷戀と變じて行つた。大人の柾木が大人の文子を眺める目は、最早や昔のやうに聖なるものではなかつた。彼は心に恥ぢながらも、知らず識らず舞臺の文子を汚してゐた。彼女の幻を愛撫し、彼女の幻をかき抱き、彼女の幻を打擲した。それは、隣席の池内光太郎が彼の耳に口をつけて、囁き聲で、芙蓉の舞臺姿に、野卑な品評を加へ續けてゐたことが、彼に不思議な影響を與へたのでもあつたけれど。

 サロメが最終の幕だつたので、それが濟むと、彼等は劇場を出て、迎への自動車に入つたが、池内は獨り心得顏に、その近くのある料理屋の名を、運轉手に指圖した。柾木愛造は池内の下心を悟つたけれど、一度芙蓉の素顏が見たくもあつたし、サロメの幻に壓倒されて、夢うつつの氣持だつたので、強ひて反對を唱へもしなかつた。

[やぶちゃん注:この木下芙蓉は、時代的(大正前期設定)にも、また演じるのが「サロメ」であることからも、松井須磨子を意識して造形されているものと考えてよい。彼女は大正二(一九一三)年に島村抱月とともに「藝術座」を結成している。

「僕達より三年ばかり下の級だつた」柾木は「二十七歳の今日」と言っているから、これは数えと考えてよいから、この当時の木下芙蓉(文子)は数えで二十四、満二十三である。後で、彼が「高等小學二年級の時分」に文子「は尋常科の三年生であつた」とあることから、これは明治四〇(一九〇七)年小学校令一部改正の直前の学区制であることが判る。何故なら、改正後は尋常小学校が六年まで延長になり、尋常科三年と高等小学校二年の間は五年の差が生じてしまい、三年級下というのが合わなくなるからである。柾木は「四年級の時分から、當時の高等小學の三年級までも、ひそかに思ひこがれた」とあるが、これを改正前の小学校令当時の学制に合わせるならば尋常小学校「四年級」は九歳(修了時十歳)で、高等「小學」校「三年級」は十二歳(修了時十三)歳となり、木下文子は六歳から十二歳までとなる。この幼少時の設定が明治三九(一九〇六)年以前ではやや古い感じを受けかも知れないが、そもそも前に「このお話は大地震よりは餘程以前のことだから」とあり、大正一二(一九二三)年より「餘程以前」となれば、八年(大正四(一九一五)年)や十年(大正二(一九一三)年)は遡ること考えれば、明治三十九年は七~九年前、その時点で満二十六(二十三)歳ならば、計算は合うことになる。

「彼女の通學の途中を擁して」の「擁して」は「ようして」で、遮る・塞ぐの意。

「かけ違つて」行き違って。物事が食い違つて。たまたま彼女の出演の舞台と彼の観劇時が折り合わずにの謂いである。

「婉然と」女性がしとやかで美しいさま。しなやかなさま。

「眷戀」「けんれん」と読む。恋い焦がれること。]

 

 

 彼等が料理屋の廣い座敷で、上の空な劇評などを交はしてゐる内に、案の定、そこへ和服姿の木下芙蓉が案内されて來た。彼女は襖の外に立つて、池内の見上げた顏に、ニツコリと笑ひかけたが、ふと柾木の姿を見ると、作つたやうな不審顏になつて、目で池内の説明を求めるのであつた。

『木下さん。この方を覺えていませんか』

 池内は意地惡な微笑を浮べて云つた。

『エヽ』

 と答へて、彼女はまじまじした。

『柾木さん。僕の友達。いつか噂をしたことがあつたでせう。僕の小學校の同級生で、君を大變好きだつた人なんです』

『マア、私、思ひ出しましたわ。覺えてますわ。やつぱり幼顏つて、殘つてゐるものでございますわね。柾木さん、本當にお久しぶりでございました。わたくし、變りましたでせう』

 さう云つて、丁寧なおじぎをした時の、文子の巧みな嬌羞を、柾木はいつまでも忘れることが出來なかつた。

[やぶちゃん字注:「嬌羞」「けうしう(きょうしゅう)」と読む。女性の艶めかしい恥じらい。]

『學校中での秀才でゐらつしやいましたのを、私、覺えてをりますわ。池内さんは、よくいぢめられたり、泣かされたりしたので覺えてますし』

 彼女がそんなことを云ひ出した時分には、柾木はもう、すつかり壓倒された氣持であつた。池内すら彼女の敵ではないやうに見えた。

 小學校時代の思ひ出話が劇談に移つて行つた。池内は酒を飮んで、雄辯に彼の劇通を披歷した。彼の議論は誠に雄辯であり、氣が利いてもゐたが、しかし、それはやつぱり彼の哲學論と同じに、少しばかり上辷りであることを免れなかつた。木下芙蓉も、少し醉つて、要所々々で柾木の方に目まぜをしながら、池内の議論を反駁したりした。彼女にも、劇論では柾木の方が、通ではなかつたけれど、本物でもあり、深くもあることが分つた樣子で、池内には揶揄をむくひながら、彼には教へを受ける態度を取つた。お人よしの柾木は、彼女の望外な好意が嬉しくて、いつになく多辯に喋つた。彼の物の云ひ方は、芙蓉には少し難し過ぎる部分が多かつたけれど、彼の議論に油がのつてきた時には、彼女はじつと話手の目を見つめて、讃嘆に近い表情をさへ示しながら、彼の話に聞き入るのであつた。

[やぶちゃん字注:「目まぜ」「目交ぜ」「瞬」などと書く。目で合図すること。目配(くば)せ。]

『これを御緣に、ごひいきをお願ひしますわ。そして、時々、教へて頂き度いと思ひますわ』

 別れる時に、芙蓉は眞面目な調子で、そんなことを云つた。それが滿更お世辭でないやうに見えたのである。

 池内にあてられることであらうと、いささか迷惑に思つてゐたこの會合が、案外にも、却つて池内の方で嫉妬を感じなけれはならないやうな結果となつた。芙蓉が女優稼業にも似げなく、どこか古風な思索的な傾向を持つてゐたことも、寧ろ意外で、彼女が一層好もしいものに思はれた。柾木は歸りの電車の中で『學校中でも秀才でゐらつしやいましたのを、私、覺えて居りますわ』と云つた彼女の言葉を、子供らしく、心の内で繰返してゐた。

 

 

 それ以來、世間に知られてゐる所では、柾木愛造が木下芙蓉を殺害したまでの、半年ばかりの間に、この二人はたつた三度(しかも最初の一箇月の間に三度だけ)しか會つてゐない。つまり芙蓉殺害事件は、彼等が最後に會つた日から、五箇月もの間を置いて、彼等がお互の存在をすでに忘れてしまつたと思はれる時分に、まことに突然に起つたものである。これは何となく信じ難い、變てこな事實であつた。空漠たる五箇月間が、犯罪そのものとの連鎖をプツツリ斷ち切つてゐた。それなればこそ、柾未愛造は、兇行後、あんなにも長い間、警察の目を逃れてゐることが出來たのである。

 だが,これは顯れたる事實でしかなかつた。實際は、彼は、いとも奇怪なる方法によつてであつたが、その五箇月の間も、五日に一度位の割合で、繁々と芙蓉に會つてゐた。そして、彼の殺意は、彼にとつてはまことに自然な經路を踏んで、成長して行つたのである。

 木下芙蓉は彼の幼い初戀の女であつた。彼のフエテイシズムが、彼女の持物を神と祭つた程の相手であつた。しかも、十幾年ぶりの再會で、彼は彼女のくらめくばかり妖艷な舞臺姿を見せつけられたのである。その上、その昔の戀人が、當時は口を利いたことのなかつた彼女が、優しい目で彼を見、頰笑みかけ、彼の思想を畏敬し、崇拜するかにさへ見えたのである。あれ程の厭人的な臆病者の柾木愛造ではあつたが、流石にこの魅力に打ち勝つことは出來なかつた。外の女からのやうに、彼女から逃避する力はなかつた。彼が彼女に戀を打ちあけるまでには、たつた三度の對面で十分だつたことが、よくそれを語つてゐる。

 三度とも、場所は變つてゐたけれど、彼等は最初と同じ三人で、御飯をたべながら話をした。引張り出すのは無論池内で、柾木はいつもお相伴といつた形であつたが、併し、芙蓉がその都度快く招待に應じたのは、柾木に興味を感じてゐたからだと、彼はひそかに自惚れてゐた。池内が氣の毒にさへ思はれた。芙蓉は、池内に對しては、普通の人氣女優らしい態度で、意地惡でもあれば、たかぶつても見せた。相手を飜弄するやうな口も利いた。その樣子を見てゐると、彼女は柾木の一番苦手な、恐怖すべき女でしかなかつたが、それが柾木に對する時は、ガラリと態度が變つて、藝術の使徒としての一俳優といつた感じになり、眞面目に、彼の意見を傾聽するのであつた。そして會ふことが度重なる程、彼女のこの靜かなる親愛の情は、濃かになつて行くかと思はれた。

 だが、氣の毒な柾木は、實は大變な誤解をしてゐたのだ。芙蓉のやうな種類の女性は、二つ面の仁和賀と同じように、二つも三つもの全く違つた性格を貯へてゐて、時に應じ人に應じて、それを見事に使ひ別けるものだと云ふことを、彼はすつかり忘れてゐた。彼女の好意は、實は男友達の池内光太郎が彼に示した好意と同じもので、彼の、古風な小説にでもあり相な、陰鬱な、思索的な性格を面白がり、優れた藝術上の批判力をめで、ただ氣の置けない話相手として、親愛を示したに過ぎなかつたことを、彼は少しも氣づかなんだ。彼は自惚れの餘り、池内の立場を憐みさへしたけれど、反對に池内の方でこそ、彼をあざ笑つてゐたのである。

 池内の最初の考へでは、愛すべき木念仁の友達に、彼自身の新しい愛人を見せびらかして、ちよつとばかり罪の深い樂しみを味はつて見ようとしたまでで、その御用が濟んでしまへば、そんな第三者は、もう邪魔なばかりであつた。それに、彼は、柾木の小學時代の恥かしい所業については知る所がなかつたけれど、近頃の柾木の樣子が、妙に熱つぽく見えて來たのも、いささか氣掛りであつた。彼はこの邊が切上げ時だと思つた。

 三度目に會つた時、次の日曜日は丁度月末で、芙蓉の身體に隙があるから、三人で鎌倉へ出かけようと、約束をして別れたので、柾木はその日落合ふ場所の通知が、今來るか今來るかと待ち構へてゐても、どうした譯か、池内からハガキ一本來ないので、待兼ねて問合はせの手紙まで出したのだが、それにも何の返事もなく、約束の日曜日は、いつの間にか過ぎ去つてしまつた。池内と芙蓉との間柄が、單なる知合ひ以上のものであることは柾木も大方は推察してゐたので、若しかしたら、池内の奴、やきもちをやいてゐるのではないかと、やつぱり自惚れて考へて、才子で好男子の池内に、それ程嫉妬されてゐるかと思ふと、彼は寧ろ得意をさへ感じたのであつた。

 だが、池内といふ仲立ちにそむかれては、手も足も出ない彼であつたから、さうして、芙蓉と會はぬ日が長引くに從つて、耐へ難き焦躁を感じないではゐられなかつた。三日に一度は、三階席の群集に隱れて、ソツと彼女の舞臺姿を見に行つて行つてはゐたけれど、そんなことは、寧ろ焦慮を增しこそすれ、彼の烈しい思ひにとつて、何の慰めにもならなかつた。彼は多くの日、例の土藏の二階へとぢ籠つて、ひねもす、夜もすがら、木下芙蓉の幻を描き暮した。目をふさぐと、まぶたの裏の暗闇の中に、彼女の樣々な姿が、大寫しになつて、惱ましくも蠢くのだ。小學校時代の、天女のやうに淸純な笑顏にダブツて、半裸體のサロメの嬌笑が浮き出すかと思ふと、金色の乳覆ひで蓋をした、サロメの雄大な胸が、波のやうに息づたり、靨の入つたたくましい二の腕が、まぶた一杯に蛇の踊りを踊つたり、それらの、おさへつけるやうな狂暴な姿態に混つて、大柄な和服姿の彼女が、張り切つた縮緬の膝をすりよせて、ぢつと上目遣ひに見つめながら、彼の話を聞いてゐる、いとしい姿が、色々な角度で、身體中のあらゆる隅々が大寫しになつて、彼の心をかき亂すのであつた。考へることも、讀むことも、書くことも、全く不可能であつた。薄暗い部屋の隅に立つてゐる、木彫りの菩薩像さへが、ややともすれば、惱ましき聯想の種となつた。

[やぶちゃん注:「ぢつと」はママ。]

 ある晩、あまりに堪へ難かつたので、彼は思ひ切つて、兼ねて考へてゐたことを、實行して見る氣になつた。陰獸の癖に、彼は少しばかりお洒落だつたので、いつも外出する時はさうしてゐたのだが、その晩も、婆やに風呂を焚かせ、身だしなみをして、洋服に着かへると、吾妻橋の袂から自動車を傭つて、その時芙蓉の出勤してゐたS劇場へと向かつたのである。

 豫め計つてあつたので、車が劇場の樂屋口に着いたのは、丁度芝居のはねる時間であつたが、彼は運轉手に待つてゐるやうに命じて置いて、車を降りると、樂屋口の階段の傍に立つて、俳優達の化粧を落して出て來るのを、辛抱強く待ち構へた。彼は嘗つて、池内と一緒に、同じやうな方法で、芙蓉を誘ひ出したことがあつたので、大體樣子を呑み込んでゐたのである。

 その附近には、俳優の素顏を見ようとする、町の娘共に混つて、意氣な洋服姿の不良らしい靑年たちがブラブラしてゐたし、中には柾木よりも年長に見える紳士が、彼と同じやうに自動車を待たせて、そつと樂屋口を覗いてゐるのも、見受けられた。

 恥しさを我慢して、三十分も待つた頃、やつと芙蓉の洋服姿が階段を降りて來るのが見えた。彼は躓きながら、慌ててその傍へ寄つて行つた。そして、彼が口の中で木下さんと云ふか云はぬに、非常に間の惡いことには、丁度その時、違ふ方角から近寄つて來た一人の紳士が、物慣れた樣子で芙蓉に話しかけてしまつたのである。柾木はのろまな子供のやうに赤面して、引返す勇氣さへなく、ぼんやりと二人の立話を眺めてゐた。紳士は待たせてある自動車を指して、しきりと彼女を誘つてゐた。知合ひと見えて、芙蓉は快くその誘いに應じて、車の方へ歩きかけたが、その時やつと、彼女のあの特徴のある大きな目が、柾木の姿を發見したのである。

『アラ、柾木さんぢやありませんの』

 彼女の方で聲をかけてくれたので、柾木は救はれた思ひがした。

『エヽ、通り合はせたので、お送りしようかと思つて』

『マア、さうでしたの。では、お願ひ致しますわ。私丁度御目にかかりたくつてゐたのよ』

 彼女は先口の紳士を無視して、さも慣れ慣れしい口を利いた、そして、その紳士にあつさり詫言を殘したまま、柾木に何かと話しかけながら、彼の車に乘つてしまつたのである。柾木はこのはれがましい彼女の好意に、嬉しいよりは、面喰つて、運轉手に、豫ねて聞知つた芙蓉の住所を告げるのも、しどろもどろであつた。

『池内さんたら、この前の日曜日のお約束をフイにしてしまつて、ひどうござんすわ。それともあなたにお差支がありましたの』

 車が動き出すと、その震動につれて、彼の身近くより添ひながら、彼女は話題を見つけ出した。彼女は其後も池内と三日にあげず會つてゐたのだから、これは無論お世辭に過ぎなかつた。柾木は、芙蓉の身體の暖い感觸にビクビクしながら、差支のあつたのは池内の方だらうと答へると、彼女は、では今月の末こそは、是非どこかへ參りませう、などと云つた。

 彼等がちよつと話題を失つて、ただ觸覺だけで感じ合つてゐた時、俄に車内が明るくなつた。車が、街燈やシヨーウヰンドウでまぶしい程明るい、ある大通りにさしかかつたのである。すると、芙蓉は小聲で『マアまぶしい』と呟きながら、大膽にも自分の側の窓のシエードを卸して、柾木にも、彼の側の窓のを卸してくれるやうに賴むのであつた。これは別の意味があつた譯ではなく、女優稼業の彼女は、人目がうるさくて、一人の時でもシエードを下しつけてゐた位だから、まして男と二人で乘つてゐる際、ただ用心に目かくしをしたまでであつた。同時にそれは、彼女が柾木といふ男性に多寡を括つてゐた印でもあつた。

 だが、柾木の方では、それをまるで違つた意味に曲解しないではゐられなかつた。彼はおろかにも、それを彼女が態と作つてくれた機會だと思ひ込んでしまつたのである。彼は震へながら、凡てのシエードをおろした、そして、彼はたつぷり一時間もたつたかと思はれた程長い間、正面を向ゐたまま身動きもしないでゐた。

『もうあけても、いいわ』

 車が暗い町に入つたので、芙蓉の方では氣兼ねの意味で、かう云つたのだが、その聲が柾木を勇氣づける結果となつた。彼はビクツと身震ひをして、默つたまま、彼女の膝の上の手に、彼自身の手を重ねた。そして、段々力をこめながらそれを押へつけて行つた。

 芙蓉はその意味を悟ると、何も云はないで、巧みに彼の手をすり拔けて、クツシヨンの片隅へ身を避けた。そして、柾木の木彫りのやうこわばつた表情を、まじまじと眺めてゐたが、ややあつて、意外にも、彼女は突然笑ひ出した。しかも、それは、プツと吹き出すやうな笑ひであつた。

 柾木は一生涯、あんな長い笑ひを經驗したことがなかつた。彼女はいつまでもいつまでも、さもをかし相に笑ひ續けてゐた。だが、彼女が笑つただけならば、まだ忍べた。最もいけないのは、彼女の笑ひにつれて、柾木自身が笑つたことである。ああ、それは如何に唾棄すべき笑ひであつたか。若し彼があの恥かしい仕草を常談にまぎらしてしまふ積りだつたとしても、その方が、猶一層恥かしい事ではないか。彼は彼自身のお人好しに身震ひしないではゐられなかつた。それが彼を擊つた烈しさは、後に彼があの恐ろしい殺人罪を犯すに至つた、最初の動機が、實にこの笑ひにあつたと云つても差支ない程であつた。

[やぶちゃん注:「二つ面の仁和賀」「仁和賀」は「にはか(にわか)」と読み、狭義には「俄狂言」で、江戸中期から明治にかけて流行した、素人が宴席や街頭で即興に演じた滑稽な寸劇のことで、後には職業として寄席で道具を用い、鳴り物入りで行うようになったものを指すが、ここは一般向けの安っぽいレビューの役者を指し、さらにそうした俄狂言の役者が「二つ」の全く異なった表情の「面」(表情)を巧みに使い分けて演ずるさま(私は実際の「俄狂言」を見たことがないので推測であるが)、その気もないのに本気であるような表情を使う役者という存在の属性(というより、そうした素質を持った人間への蔑視表現)を畳みかけた謂いであろうと読む。所持する角川文庫版ではここは『二つ面の踊り』となっている。個人的には「二つ面の仁和賀」の方が圧倒的によいと思う。

「嬌笑」「けうせう(きょうしょう)」で、女性が艶めかしく、華やかに笑うこと。色っぽい笑ひ。

「靨」「えくぼ」と読む。ここは二の腕に出来る窪みのこと。

「吾妻橋」浅草直近雷門通りの隅田川に架かる橋。

「多寡を括つてゐた」はママ。一般的には「多寡」は誤りとされる。「高」である。

「態と」老婆心乍ら、「わざと」と読む。

「常談」「冗談」に同じい。]

 

 

 それ以來數日の間、柾木は何を考へる力もなく、茫然として藏の二階に坐つてゐた。彼と彼以外の人間の間に、打破り難い厚い壁のあることが、一層痛切に感じられた。人間憎惡の感情が、吐き氣のやうにこみ上げて來た。

 彼はあらゆる女性の代表者として、木下芙蓉を、此上憎みやうがない程憎んだ。だが、何といふ不思議な心の働きであつたか、彼は芙蓉を極度に憎惡しながらも、一方では、少年時代の幼い戀の思出を忘れることが出來なかつた。又、成熟した彼女の、目や脣や全身の釀し出す魅力を、思ひ出すまいとしても思ひ出した。明らかに、彼は猶ほ木下芙蓉を戀してゐた。しかもその戀は、あの破綻の日以來、一層その熱度を增したかとさへ思はれたのである。今や烈しき戀と、深き憎みとは、一つのものであつた。とは云へ、若し今後、彼が芙蓉と目を見交はすやうな場合が起つたならば、彼はゐたたまらぬ程の恥と憎惡とを感じるであらう。彼は決して再び彼女と會はうとは思はなかつた。そして、それにも拘らず、彼は彼女を熱烈に戀してゐたのである。あくまでも彼女が所有したかつたのである。

 それ程の憎惡を抱きながら、やがて、彼がこつそりと三等席に隱れて、芙蓉の芝居を見に行き出したと云ふのは、一見まことに變なことではあつたが、厭人病者の常として、他人に自分の姿を見られたり、言葉を聞かれたりすることを、極度に恐れる反面には、人の見てゐない所や、假令見てゐても、彼の存在が注意を惹かぬような場所(例へば公園の群集の中)では、彼は普通人の幾層倍も、大膽に放肆にふるまふものである。柾木が土藏の中にとぢ籠つて、他人を近寄せないといふのも、一つには彼はそこで、人の前では押へつけてゐた自儘な所業を、ほしいままに振舞ひたいが爲であつた。そして厭人病者の、この祕密好みの性質には、兇惡なる犯罪人のそれと、どこかしら似通よつたものを含んでゐるのだが、それは兎も角、柾木が芙蓉を憎みながら、彼女の芝居を見に行つた心持も、やつぱりこれで、彼の憎惡といふのは、その相手と顏を見合はせた時、彼自身の方で、恥かしさに吐き氣を催すやうな、一種異樣の心持を意味したのだから、芝居小屋の大入場から、相手に見られる心配なく相手を眺めてやるといふことは、決して彼の所謂憎惡と矛盾するものではなかつた。

[やぶちゃん字注:「惹かぬような」はママ。

「放肆」放恣に同じく、読みも「はうし(ほうし)」。気ままで締りのないこと。勝手でだらしのないさま。]

 だが、一方彼の烈しい戀慕の情は、芙蓉の舞臺姿を見た位で、いやされる譯はなく、さうして彼女を眺めれば眺める程、彼の滿たされぬ慾望は、いやましに、深く烈しくなつて行くのであつた。

 さて、さうした或る日のこと、柾木愛造をして、愈々恐ろしい犯罪を決心させるに至つた所の、重大なる機緣となるべき一つの出來事が起つた。それは、やつぱり劇場へ芙蓉の芝居を見に行つた歸りがけのことであるが、芝居がはねて木戸口を出た彼は、嘗つての夜の思出に刺戟されたのであつたか、ふと芙蓉の素顏が垣間見たくなつたので、闇と群集にまぎれて、ソツと樂屋口の方へ廻つて見た。

 建物の角を曲つて、樂屋口の階段の見通せる所へ、ヒヨイと出た時である。彼は意外なものを發見して、再び建物の蔭に身を隱さねばならなかつた。といふのは、そこの樂屋口の人だかりの内に、かの池内光太郎の見なれた姿が立ち混つてゐたからである。

 探偵の眞似をして、先方に見つけられぬやうに用心しながら、じつと見てゐると、ややあつて、樂屋口から芙蓉が降りて來たが、案の定、池内は彼女を迎へるやうにして、立話をしてゐる。云ふまでもなく、うしろに待たせた自動車にのせて、彼女をどこかへ連れて行く積りらしいのだ。

 柾木愛造は、先夜の芙蓉のそぶりを見て、池内と彼女の間柄が、相當深く進んでゐることを、想像はしてゐたけれど、まの當り彼等の親しい樣子を見せつけられては、今更のやうに、烈しい嫉妬を感じないではゐられなかつた。それを眺めてゐる内に、彼の祕密好きな性癖がさせた業であつたか、咄嗟の間に、彼は池内等のあとを尾行してやらうと決心した。彼は急いで、客待ちのタキシーを傭つて、池内の車をつけるやうに命じた。

 うしろから見てゐると、池内の自動車は、尾行されて居るとも知らず、さもお人よしに、彼の車の頭光の圈内を、グラグラとゆれてゐたが、暫く走る内に、こちらから見えてゐるうしろの窓のシエードが、スルスルとおろされた。いつかの晩と同じである。だがおろした人の心持は、恐らく彼の場合とは全く違つてゐるであらうと邪推すると、彼はたまらなくいらいらした。

 池内の車が止まつたのは、築地河岸のある旅館の門前であつたが、門内に廣い植込みなどのある、閑靜な上品な構へで、彼等の媾曳の場所としては、誠に恰好の家であつた。彼等が、さういふ場所として、世間に知られた家を、態と避けた心遣ひが、一層小憎らしく思はれた。

 彼は二人が旅館へ入つてしまふのを見屆けると、車を降りて、意味もなく、そこの門前を行つたり來たりした。戀しさ、ねたましさ、腹立たしさに、物狂はしきまで興奮して、どうしても、このまま二人を殘して歸る氣がしなかつた。

 一時間程も、その門前をうろつき廻つたあとで、彼は何を思つたのか、突然門内へ入つて行つた。そして「お馴染でなければ」と云ふのを、無理に賴んで、獨りでそこの家へ泊ることにした。

 手廣い旅館ではあつたが、夜も更けてゐたし、客も少いと見えて、陰氣にひつそりとしてゐた。彼は當てがはれた二階の部屋に通ると、すぐ床をとらせて、横になつた。さうして、もつと夜の更けるのを待ち構へた。

 階下の大時計が二時を報じた時、彼はムツクリと起き上つて、寢間着のまま、そつと部屋を忍び出し、森閑とした廣い廊下を、壁傳ひに影の如くさまよつて、池内と芙蓉との部屋を尋ねるのであつた。それは非常に難儀な仕事であつたが、スリツパの脱いである、間毎の襖を、臆病な泥棒よりももつと用心をして、ソツと細目に開いては調べて行く内に、遂に目的の部屋を見つけ出すことが出來た。電燈は消してあつたが、まだ眠つてゐなかつた二人の、囁き交はす聲音によって、それと悟ることが出來たのである。二人が起きてゐると分ると、一層用心しなければならなかった。彼は躍る胸を押へながら、少しも物音を立てないやうに、襖の所へピツタリと身體をつけて、身體中を耳にした。

[やぶちゃん注:「聲音」ここは「こわね」と訓じたい。]

 中の二人は、まさか、襖一重の外に、柾木愛造が立聞きしてゐやうなどとは思ひも及ばぬものだから、囁き聲ではあつたけれど、喋りたい程のことを、何の氣兼ねもなく喋つてゐた。話の内容はさして意味のある事柄でもなかつたけれど、柾木にとつては、木下芙蓉の、うちとけて、亂暴にさへ思はれる言葉遣ひや、その懷しい鼻聲を、じつと聞いてゐるのが、實に耐へ難い思ひであった。

 彼はさうして、室内のあらゆる物音を聞き洩らすまいと、首を曲げ、息を殺し、全身の筋肉を、木像のやうにこわばらせ、眞赤に充血した眼で、どことも知れぬ空間を凝視しながら、いつまでも、いつまでも立ちつくしてゐた。

[やぶちゃん注:「大入場」「おほいりば(おおいりば)」と読み、劇場観客席の最下等の低料金の大衆席の名称。古く江戸期には二階の最後方にあった。舞台の台詞がよく聴きとれないところから、「聾棧敷(つんぼさじき)」(現行は差別用語として用いられないが、関係者でありながら、情報や事情などを知らされない喩えとなった)とも、客を詰める込めるだけ押し込めることが出来たことから、「追込(おいこみ)」とも称した。前に「三階席」「三等席」と出るものである。

「頭光」ヘッドライト。但し、そう読むつもりならルビを振るであろうから、ここは「とうこう」と音読みしておく。

「媾曳」「あひびき(あいびき)」と訓じておく。「逢引」であるが、この場合、この猥雑極まりない「媾曳」がよい。「媾」には「好(よし)みを結ぶ」というソフトな意味の他に、しっかり交合する。セックスするの意があり、そこにごく能動的な動きである「曳(ひ)く」が組み合わさって実に相応しいからである。角川文庫版はおぞましくも陳腐に「逢引き」書き換えられてある。

 なお、底本のこのページは全十四行で以上の段落で終わっており、次のページも全十四行、他も実は十四行で、この後には行空きはないことが判るのであるが、これは原稿では空いていたものを版組時に校正者が改頁で上手く切れて見えるからかく組んでしまった可能性が濃厚である。ここは流石に場面転換があり、行空きが必要である(角川文庫版では以下が「5」のパートになっている)から、例外的に底本に従わず、二行空きとした。]

 

 

 それ以來、彼が殺人罪を犯したまでの約五箇月の間、柾木愛造の生活は、尾行と立聞きと隙見との生活であつたと云つても、決して言ひ過ぎではなかつた。その間、彼はまるで、池内と芙蓉との情交につき纏ふ、無氣味な影の如きものであつた。

[やぶちゃん注:「隙見」「すきみ」で「透見(すきみ)」に同じい。隙間から覗いて見る、覗(のぞ)き見のこと。]

 凡そは想像してゐたのだけれど、實際二人の情交を見聞するに及んで、彼は今更らのやうに、身の置きどころもない恥しさと、胸のうつろになるやうな悲しさを味つた。それは寧ろ肉體的な痛みでさへあつた。池内の壓迫的な、けだもののやうな猫撫で聲には、彼は人のゐない襖の外で赤面した程、烈しい羞恥を感じたし、芙蓉の、晝間の彼女からはまるで想像も出來ない、亂暴な赤裸々な言葉遣ひや、それでゐて、その音波の一波毎に、彼の全身が總毛立つ程も懷しい、彼女の甘い聲音には、彼はまぶたに溢れる熱い涙をどうすることも出來なかった。そして、ある絹ずれの音や、ある溜息の氣配を耳にした時には、彼は恐怖の爲に、膝から下が無感覺になつて、ガクガクと震へ出しさへした。

 彼はたつた一人で、薄暗い襖の外で、あらゆる羞恥と憤怒とを經驗した。それで充分であつた。若し彼が普通の人間であつたら、二度と同じ經驗を繰返すことはなかつたであらう。いや寧ろ最初から、そのやうな犯罪者めいた立聞きなどを目論見はしなかつたであらう。だが、柾木愛造は内氣や人厭ひで異常人であつたばかりでなく、恐らくはその外の點に於ても、例へば、祕密や罪惡に不可思議な魅力を感ずる所の、あのいまはしい病癖をも、彼は心の隅に、多分に持合はせてゐたに相違ないのである。そして、その潛在せる邪惡なる病癖が、彼のこの異常な經驗を機緣として、俄かに目覺めたものに違ひないのだ。

 世にもいまはしき立聞きと隙見とによつて覺える所の、むづ痒い羞恥、涙ぐましい憤怒、齒の根も合はぬ恐怖の感情は、不思議にも、同時に、一面に於ては、彼にとつて、限りなき歡喜であり、類ひもあらぬ陶醉であつた。彼ははからずも覗いた世界の、あの狂暴なる魅力を、どうしても忘れることが出來なかつた。

 世にも奇怪な生活が始まつた。柾木愛造の凡ての時間は、二人の戀人の媾曳の場所と時とを探偵すること、あらゆる機會をのがさないで、彼等を尾行し、彼等に氣づかれぬやうに立聞きし、隙見することに費された。偶然にも、その頃から池内と芙蓉との情交が、一段と濃かに、眞劍になつて行つたので、その逢ふ瀨も繁く、彼等も夢うつつの戀に醉ふことが烈しければ烈しい程、隨つて柾木が、あの齒ぎしりするやうな、苦痛と快樂の錯綜境にさまよふ事も、益々その度數と烈しさを增して行つた。

 多くの場合、二人が別れる時に言ひ交はす、次の逢ふ瀨の打合はせが、彼の尾行の手掛りとなつた。彼等の媾曳きの場所は、いつも築地河岸の例の家とは限らなんだし、落ち合ふ所も樂屋口ばかりではなかつたが 柾木はどんな場合も見逃さず、五日に一度、七日に一度、彼等の逢ふ瀨の度毎に、邪惡なる影となつて、彼等につき纏ひ、彼等と同じ家に泊り込み、或は襖の外から、或いは壁一重の隣室から、時には、その壁に隙見の穴さへあけて、彼等の一擧一動を監視した。それを相手に悟られない爲に、彼はどれ程の艱難辛苦を甞めたことであらう。そして、ある時はあらはに、ある時はほのかに、戀人同士のあらゆる言葉を聞き、あらゆる仕草を見たのである。

『僕は柾木愛造ぢやないんだからね。そんな話はちとお門違ひだらうぜ』

 ある夜のひそひそ話の中では、池内がふとそんなことを云ひ出すのが聞えた。

『ハハハヽヽヽ、全くだわ。あんたは話せないけど可愛い可愛い人。柾木さんは、話せるけど、虫酸の走る人。それでいいんでしよ。あんなお人好しの、でくの坊に惚れる奴があると思つて? ハハハハハハヽヽヽ』

[やぶちゃん注:「虫酸」の「虫」はママ。]

 芙蓉の低いけれど、傍若無人な笑ひ聲が、錐のやうに、柾木の胸をつき拔いて行つた。その笑ひ聲は、いつかの晩の自動車の中でのそれと、全く同じものであつた。柾木にとつては、無慈悲な、意地惡な、厚さの知れぬ壁としか考へられない所のものであつた。

 彼の立聞きを少しも氣附かないで、ほしいままに彼を噂する二人の言葉から、柾木は、やつぱり彼がこの世の除けもので、全く獨りぼつちな異人種であることを、愈々痛感しないではゐられなかつた。俺は人種が違ふのだ。だから、かういふ卑劣な唾棄すべき行爲が、却つて俺にはふさはしいのだ。この世の罪惡も俺にとつては罪惡ではない。俺のやうな生物は、この外にやつて行きやうがないのだ。彼は段々そんな事を考へるやうになつた。

 一方、彼の芙蓉に對する戀慕の情は、立聞きや隙見が度重なれば重なる程、息も絶え絶えに燃え盛つて行つた。彼は隙見の度毎に、一つづつ、彼女の肉體の新しい魅力を發見した。襖の隙から、薄暗い室内の、蚊帳の中で(もう其頃は夏が來てゐたから)海底の人魚のやうに、ほの白く蠢く、芙蓉の絽の長襦袢姿を眺めたことも、一度や二度ではなかつた。

[やぶちゃん字注:「絽」「ろ」と読む。絽織りのこと。「からみ織り」(縦糸を互いに絡ませたものに横糸を織り込んで隙間を作った織物。他に羅(ら)・紗(しゃ)などがある)の一種。縦糸と横糸を絡ませて織った透き目のある絹織物。夏の単(ひとえ)の他、羽織や袴地(はかまじ)などに用いる。]

 そのやうな折には、彼女の姿は、母親みたいに懷しく、なよなよと夢のやうで、寧ろ幽幻にさへ感じられた。

 だが、まるで違つた場面もあつた。そこでは、彼女は物狂はしき妖女となつた。振りさばいた髮の毛は、無數の蛇ともつれ合つて、全身がまぶしいばかり桃色に輝き、       空ざまにゆらめき震へた。柾木は、その狂暴なる光景に耐へかねて、ワナワナと震ひ出した程であった。

[やぶちゃん注:七字分の空白はママ。この一文は角川文庫版では(恣意的に正字化し、歴史的仮名遣に換えた)、『振りさばいた髮の毛は、無數の蛇ともつれ合つて、まぶしいはかりに桃色に輝き、着物をかなぐり捨てた全身が、まぶしいばかり桃色に輝き、つややかな四肢が、空ざまにゆらめいた。』となっているが、伏字された元はこれとは異なる文構造であることは明白である。]

 ある晩のこと、彼はこつそりと、二人の隣の部屋に泊り込んで、彼等が湯殿へ行つた間に、境の砂壁の腰貼りの隅に、火箸で小さな穴をあけた。これが病みつきとなつて、それ以來、彼は出來る限り、二人の隣室へ泊りこむことを目論んだ。そして、どの家の壁にも一つづつ、小さな穴をあけて行つた。彼はこの狐のやうに卑劣な行爲を續けながら、ふと『おれはここまで墮落したのか』と、慄然とすることがあつた。併し、それは烈しい驚きではあつても、決して悔恨ではなかつた。世の常ならぬ愛慾の鬼が、彼を淸玄のやうに、執拗な恥しらずにしてしまつた。

[やぶちゃん注:「腰貼り」腰張り。下部を和紙又は布で張った意匠の壁や襖のその部分。

「淸玄」歌舞伎の愛欲修羅或いは怨霊物の一つである清玄桜姫物(せいげんさくらひめもの)の主人公の男。『京都清水寺の僧清玄が高貴の姫君桜姫に恋慕して最後には殺されるが、その死霊がなおも桜姫の前に現れるという内容』とウィキの「清玄桜姫物」の概要にある。詳しくは同リンク先の梗概を参照されたい。]

 彼は不樣な恰好で、這ひつくばひ、壁に鼻の頭をすりつけて、辛抱強く、小さな穴を覗き込むのだが、その向ふ側には、凡そ奇怪で絢爛な覗き繪がくりひろげられ、毒々しい五色のもやが、目もあやに、もつれ合つた。ある時は、芙蓉のうなじが、眼界一杯に、艷やかな白壁のやうに擴がつて、ドキンドキンと脈をうつた。ある時は、彼女の柔かい足の裏が、眞正面に穴を塞いで、老人の顏のやうに見えるそこの皺が、異樣な笑ひを笑つたりした。だが、それらのあらゆる幻惑の中で、柾木愛造を最も引きつけたものは、不思議なことに、彼女のふくらはぎに、一寸ばかり、どす黑く血をにじませた、搔き傷の痕であつた。それはひよつとしたら、池内の爪がつけたものだつたかも知れぬけれど、彼の目の前に異樣に擴大されて蠢く、まぶしい程艷ややかな薄桃色のふくらはぎと、その表面を無殘にもかき裂いた、生々しい傷痕の醜くさとが、怪しくも美しい對照を爲して、彼の眼底に燒きついたのであつた。

[やぶちゃん注:「一寸」三・〇三センチメートル。]

 だが、彼のこの人でなしな所業は、恥と苦痛の半面に、奇怪な快感を伴なつてゐたとは云へ、それは日一日と、氣も狂はんばかりに、彼をいらだたせ、惱ましこそすれ、決して彼を滿足させることはなかつた。襖一重の聲を聞き、眼前一尺の姿を見ながら、彼と芙蓉との間には、無限の隔りがあつた。彼女の身體はそこにありながら、摑むことも、抱くことも、觸れることさへ、全く不可能であつた。しかも、彼にとつては永遠に不可能な事柄を、池内光太郎は、彼の眼前で、さも無造作に、自由自在に振舞つてゐるのだ。柾木愛造が、この世の常ならぬ無殘な呵責に耐へかねて、遂にあの恐ろしい考へを抱くに至つたのは、まことに是非もないことであつた。それは實に、途方もない、氣違ひめいた手段ではあつた。だが、それがたつた一つ殘された手段でもあつたのだ。それを外にしては、彼は永遠に、彼の戀を成就する術はなかつたのである。

[やぶちゃん注:「一尺」三〇・三センチメートル・]

 

 

 彼が尾行や立聞きを始めてから一月ばかりたつた時、惡魔が彼の耳元に、ある無氣味な思ひつきを囁き始めたのであつたが、彼はいつとなく、その甘いささやきに引き入れられて行つて、半月程の間に、たうとうそれを、思ひ歸す餘地のない實際的な計畫として、決心するまでになつてしまつた。

[やぶちゃん注:「一月」角川文庫版では『二た月』に変えてある。確かに以上のシークエンスを読者に粘着させるには一月では短い気はするし、次の段落の「一月半ぶり」と齟齬する感じも強い。そもそもが前に「芙蓉殺害事件は、彼等が最後に會つた日から、五箇月もの間を置いて、彼等がお互の存在をすでに忘れてしまつたと思はれる時分に、まことに突然に起つた」とあって、「一月」では、やや齟齬が生ずる。]

 ある晩、彼は久しぶりで、池内光太郎の自宅を訪問した。彼の方では、あの祕密な方法で、繁々池内に會つてゐたけれど、池内にしては、一月半ぶりの、やや氣拙い對面だつたので、何かと氣を使つて、例の巧みな辯口で、池内自身もその後、芙蓉とはまるで御無沙汰になつてゐる體に云ひつくらうのであつたが、柾木は相手が芙蓉のことを云ひ出すのを待ち兼ねて、それをきつかけに、さも何氣なく、

[やぶちゃん注:「云ひつくらう」はママ。]

『イヤ、木下芙蓉と云へば、僕は少しばかり君にすまない事をしてゐるのだよ。ナニ、ほんの出來心なんだけれど、實はね、もう一月以上も前のことだが、芙蓉がS劇場に出てゐた時分、丁度芝居がはねる時間に、あの邊を通り合はせたものだから、樂屋口で芙蓉の出て來るのを待つて、僕の車にのせて、家まで送つてやつたことがあるのだよ。でね、その車の中で、つい出來心で、僕はあの女に云ひ寄つた譯なのさ。だが君、怒ることはないよ。あの女は斷然はねつけたんだからね。とても僕なんかの手には合はないよ。君に内緒にして置くと、何だか僕が今でも、君とあの女の間柄をねたんでゐるやうに當つて、氣がすまないものだから、少し云ひにくかつたけれど、恥しい失敗談を打ちあけた譯だがね。全く出來心なんだ。もうあの女に會ひ度いとも思はぬよ。君も知つてゐる通り、僕は眞劍な戀なんて、出來ない男だからね』

[やぶちゃん注:「一月以上」ここは角川文庫版もそのままであるが、ここは逆に角川文庫版が不自然になる。本来なら、ここも『二月以上』と変えないとおかしい。]

 といふやうなことを喋つた。なぜ、さうしなければならないのか、彼自身にも、はつきり分らなかつたけれど、あの事を祕密にして置いては、何だか拙いやうに思はれた。それをあから樣に言つてしまつた方が、却つて安全だといふ氣がした。

 狂人といふものは、健全な普通人を、一人殘らず、彼等の方が却つて氣違ひだと、思ひ込んでゐるものであるが、すると、柾木愛造が人厭ひであつたのも、彼以外の人間を、異國人のやうに感じたのも、凡て、彼が最初から、幾分氣違ひじみてゐたことを、證據立ててゐるのかも知れない。事實、彼はもはや氣違ひといふ外はなかつた。あの執拗で、恥知らずな尾行や立聞きや隙見なども、云ふまでもなく狂氣の沙汰であつたが、今度は彼は、それに輪をかけた、實に途方もない事を始めたのである。と云ふのは、あの人厭ひな陰氣者の柾木愛造が、突然、新靑年のやうに、隅田川の上流の、とある自動車學校に入學して、毎日缺かさずそこへ通つて、自動車の運轉を練習し始めたことで、しかも、彼は、それが彼の恐ろしい計畫にとつて、必然的な準備行爲であると、眞面目に信じてゐたのである。

『僕は最近、不思議なことを始めたよ。僕みたいな古風な陰氣な男が、自動車の運轉を習つてゐると云つたら、君は定めし驚くだらうね。僕の所の婆やなんかも、僕が柄にもなく朝起きをして、一日も休まず自動車學校へ通學するのを見て、たまげてゐるよ。毎日々々練習用のフオードのぼろ車をいぢくつてゐる内に、妙なもので、少しは骨が分つて來た。この分なら、もう一月もしたら、乙種の免許位取れ相だよ。それがうまく行つたら、僕は一臺車を買込むつもりだ。そして、自分で運轉して、氣散じな自動車放浪をやるつもりだ。この氣持が、君は分るかね。僕にしては、實にすばらしい思ひつきなんだよ。たつた一人で箱の中に坐つてゐて、少しも人の注意を惹かないで、しかも非常な速度で自由自在に、東京中を放浪して歩くことが出來るのだ。君も知つてゐるやうに、僕が外出嫌ひなのは、この自分の身體を人目にさらす感じが、たまらなくいやだからだ。車にのるにしても、運轉手に物を云つたり指圖をしたりしなければならぬし、僕がどこへ行くかといふことを、少なくとも運轉手だけには悟られてしまふからね。それが、自分で箱車を運轉すれば、誰にも知られず、丁度、僕の好きな土藏の中にとぢ籠つてゐるやうな氣持のままで、あらゆる場所をうろつき廻ることが出來る。どんな賑やかな大通りをも、雜沓をも、全く無關心な氣持で、隱れ蓑を着た仙人のやうに、通行することが出來る。僕みたいな男にとつては、何と理想的の散歩法ではあるまいか。僕は今、子供のやうに、乙種運轉手免狀が下附される日を、持ちこがれてゐるのだよ』

[やぶちゃん注:「フオード」言っておくが、私は自動車免許を所持しない化石のような人間である。従って、フォードも車の名前ぐらいしか判らないし、興味もない。しかしたまたま見た、如何にもアンティークに見える、ウィキの「フォード・モデルT」の記事中に、ここに出る「乙種の免許」(後注参照)と関わる記載があるので引きたくなった。『モデルTの運転方法は、他の自動車とは相当に異なっていた。しかしその操作は初心者でも手順だけ覚えれば容易なもので、同時期の他車のように非常な熟練を要するということがなかった。ゆえに日本では大正時代、通常の自動車用免許「甲種運転免許」と別に”オートバイおよびT型フォード専用免許”とでもいうべき簡略な「乙種運転免許」が設けられていたほどで、現代日本におけるオートマチック車限定免許を思わせ』、『興味深いものがある』とあるのである。柾木の購入したデザインが、後で池内から呆れられるような古々しい中古であるとあるが、時代設定(大正前期)からも、どうもこの「フォード・モデルT」と考えてよいのではないかと私は思う。識者の御教授を乞う。

「骨」「こつ」。要領。呼吸。当て字ではない。

「乙種の免許」個人サイト『栗田君の「自動車運転免許獲得記」』の「運転免許証の歴史」の中の、「自動車取締令(内務省令)」に、大正八(一九一九)年には『各道府県毎の交通規制では不充分となってきたため』、『「自動車取締令(内務省令)」が全国法令として制定された。当時は、どの車種でも運転できる甲種と、特定自動車(けん引、道路工事用自動車)や特殊自動車(サイドカー、オート三輪自動車)などに限る乙種の』二種類があった。『試験は自動車を持ち込んで公道で行われたという。乙種免許は』『実際は、当時世界の自動車の半数を占めていたT型フォード(準オートマ)を運転するためのものであった。当時の免許の特徴は、交付者が「主たる就業地の地方長官」であるため、異なる県に移転したら、そこで改めて免許証を取り直さなければならなかった。また、免許証を取得するためには車体検査証が必要であったため、自動車を持っていないと免許も取得できないという時代であった。有効期間は』五年であった、とあり、その下に、昭和八(一九三三)年に「自動車取締令」の全面改正が行われて、『従来の乙種免許は普通免許となった』とあるが、本作品内時間は「このお話は大地震よりは餘程以前のことだから」とあったから、「餘程」に齟齬を感じはするものの、一応、納得は出来る。

「箱車」前の「箱」も含めて、当時のずんぐりとした「箱型」の自家用車のボディのこと。「はこぐるま」は如何にもゴロが悪い(但し、この読みは平安時代の牛車にも用いる古語)ので、今風に「はこしや(はこしゃ)」と読んでおく。角川版では前は「箱」のままであるが、ここはただの『車』に書き換えてある。]

 柾木はこんな意味の手紙を、池内光太郎に書いた。それは彼の犯罪準備行爲を、態と大膽に暴落して、相手を油斷させ、相手に疑ひを抱かせまいとする、捨身の計略であつた。この場合、大膽に暴露することが、徒らに隱蔽するよりも却つて安全であることを、彼はよく知つてゐたのだ。無論その時分にも、一方では例の七日に一度位の、尾行と立聞きを續けてゐたので、彼はその折々、手紙を受取つてからの池内の擧動に注意したが、彼は柾木の奇行を笑ふ外に、何の疑ふ所もなかつたことはいふまでもない。

 隨分金も使つたけれども、僅か二月程の練習で、彼は首尾よく乙種運轉手の免狀を手に入れることが出來た。同時に、彼は自動車學校の世話で、箱型フオードの中古品を買ひ入れた。やくざなフオードを選んだのは、費用を省く意味もあつたが、當時東京市中の賃自動車には、過半フオードが使用されてゐたので、その中に立ち混つて目立たぬといふ點が、主たる理由であつた。ある理由から、彼はそれを買入れる時、客席の窓に新しくシエードを取りつけさせることを忘れなかつた。前にも云つたやうに、彼のK町の家には廣い荒庭があつたので、車庫を建てるのも、少しも面倒がなかつた。

[やぶちゃん注:「賃自動車」「ちんじどうしや(ちんじどうしゃ)」と読んでおく。タクシーのこと。後の同義の「賃車」も「ちんしや(ちんしゃ)」と読んでおく。

「やくざなフオード」ここにも出る通り、当時(震災前大正期)は営業車両としてもT型フォードがゴマンと走り、本場アメリカでも、一般人が自家用車として買い換えるとなると、最新型でも旧型とさしたる変化のない本車種を、好んで乗り換えの対象とするユーザーは多くなかった、とウィキの「フォード・モデルT」にはある。]

 車庫が出來上がると、柾木はそこの扉をしめ切つて、婆やに氣付かれぬやうに注意しながら、二晩もかかつて、大工の眞似事をした。それは、彼の自動車の後部のクツシヨンを取りはづして、その内部の空ろな部分に、板を張つたり、クツシヨンそのものを改造したりして、そこに人一人横になれる程の空ろを作ることであつた。つまり、外部からは少しも分らぬけれど、そのクツシヨンの下に、長方形の棺桶のやうな、空虛な箱が出來上がつた譯である。

 さて、この奇妙な仕事がすむと、彼は古着屋町で、賃車の運轉手が着そうな、黑の詰襟服とスコツチの古オーヴアと(その時分氣候は已に晩秋になつてゐたので)目まで隱れる大きな鳥打帽とを買つて來て(かやうな服裝を選んだのも、無論理由があつた)それを身につけて運轉手臺におさまり、時を選ばず、市中や近郊をドライヴし始めたのである。

[やぶちゃん注:「スコツチ」毛織物の一種であるスコッチ・ツイード(Scotch Tweed)。スコットランド産ツイード。]

 それはまことに奇妙な光景であつた。雜草の生い茂つた荒庭、壁のはげ落ちた土藏、倒れかかつたあばら家、くずれた土塀、その荒涼たる化物屋敷の門内から、假令フオードの中古にもしろ、見たところ立派やかな自動車が、それが夜の場合には、怪獸の目玉のやうな二つの頭光を、ギラギラと光らせて、毎日々々、どことも知れず辷り出して行くのである。婆やを初め附近の住民達は、もうその頃は噂の擴まつてゐたこの奇人の、世にも突飛な行動に、目を見はらないではゐられなかつた。

[やぶちゃん注:「立派やかな」当初、私はこれを「はでやかな」と訓じていたが、これは可能性として、「けやか」(他と異なって際立っているさま。とりわけ立派なさまの意)と訓じているように思われてきた。角川文庫版にはルビはない。]

 一月ばかりの間、彼は、運轉を覺えたばかりの嬉しさに、用もないのに自動車を乘り廻してゐる、と云ふ體を裝つて、無闇と彼の所謂自動事放浪を試みた。市内は勿論、道路の惡くない限り、近郊のあらゆる方面に遠乘りをした。ある時は、自動車を、池内光太郎の勤先の會社の玄關へ横づけにして、驚く池内を誘つて宮城前の廣場から、上野公園を一順して見せたこともあつた。池内は『君に似合はしからぬ藝當だね。だが、フオードの古物とは氣が利かないな』などと云ひながら、でも、少なからず驚いてゐる樣子だつた。若し彼が、現に彼の腰かけてゐたクツシヨンの下に、妙な空隙が拵へてあること、又遠からぬ將來、そこへ何者かの死體が隱されるであらうことを知つたなら、どんなに靑ざめ、震へ上がつたことであらうと思ふと、運轉しながら、柾木は背中を丸くし、顏を胸に埋めて、湧上がるニタニタ笑ひを隱さなければならなかつた。

 又ある晩は、たつた一度ではあつたけれど、彼は大膽にも、木下芙蓉の散歩姿を、自動車で尾行したこともあつた。若しそれが相手に見つかつたならば、彼の計畫は殆ど駄目になつてしまふ程、實に危險な遊戲であつたが、併し、危險なだけに、柾木はゾクゾクする程愉快であつた。洋裝の美人が、さも氣取つた樣子で、歩道をコツコツと歩いて行く、その斜めうしろから、一臺のボロ自動車が、のろのろとついて行くのだ。美人が町角を曲るたびに、ボロ自動車も、そこを曲る。まるで紐でつないだ飼犬みたいな感じで、誠に滑稽な、同時に無氣味な光景であつた。『御令孃、ホラ、うしろから、あなたの棺桶がお供をしてゐますよ』柾木はそんな歌を、心の中で呟いて、薄氣味の惡い微笑を浮かべながら、ソロソロと車を運轉するのであつた。

 彼がこんな風に、自動車を手に入れてから、一月もの長い間、辛抱強く無駄な日を送つてゐたのは、云ふまでもなく、池内を初め婆やだとか近隣の人達に彼の眞意を悟られまい爲であつた。彼が自動車を買つたかと思ふと、すぐ樣芙蓉が殺されたのでは、少々危險だと考へたのである。だが、これは寧ろ彼の杞憂であつたかも知れない。なぜと云つて、表面に現はれた所では、柾木と芙蓉とは、ただ小學校で顏見知りであつた男女が、偶然十數年ぶりに再會して、三四度席を同じうしたまでに過ぎないし、それからでも、已に五箇月の月日が經過してゐるのだから、柾木が自動車を買入れた日と、芙蓉が殺害された日と、假令ピクツタリ一致したところで、この二つの事柄の間に、恐ろしい因果關係が存在しやうなどと、誰が想像し得たであらう。どんなに早まつたところで、彼には少しの危險さへなかつた筈である。

 それは兎も角、流石用心深い柾木も、一月の間の、さも呑氣そうな自動車放浪で、最早や十分だと思つた。愈々實行である。だが、その前に準備して置かねばならぬ、二三のこまこました仕事が、まだ殘つてゐた。と云ふのは、賃自動車の目印であるツーリングの赤いマークを印刷した紙切れを手に入れること、自動車番號を記したテイルの塗り板の替へ玉を用意すること、芙蓉の爲に安全な墓場を準備して置くことなどであつたが、前の二つは大した困難もなく揃へることが出來たし、墓場についても、實に申分のない方法があつた。彼は自邸の荒庭の眞中に、水のかれた深い古井戸のあることを知つてゐた。ある日彼は、庭をぶらついてゐて、態とそこへ足を辷らせ、向脛にちよつとした傷を拵へて見せた。そして、その事を婆やに告げて、危いから埋めることにしようと云ひ出したのである。丁度その頃、近くに道路工事があつて、不用の土を運ぶ馬力が、毎日彼の家の前を通り、工事の現場には『土御入用の方は申出て下さい』と立札がしてあつた。柾木はその工事監督に賴んで、代金を拂つて、二車ばかりの土を、彼の邸内へ運んで貰ふことにしたのである。馬方は、彼の荒れ庭の中へ馬車を引き込んで、その片隅へ、亂暴に土の山を作つて行つた。あとは、いつでも好きな時に、人足を賴んで、その土を古井戸の中へほうり込んで貰へばよいのである。云ふまでもなく、彼は井戸を埋める前に、芙蓉の死骸をその底へ投込み、上から少々土をかけて、人足たちに氣附かれることなく、彼女を葬つてやる積りであつた。

[やぶちゃん注:「ツーリング」「touring」だが、旅行用の排気量の大きい大型ツーリング・カーのこととは思えない。寧ろ、ここは「賃自動車の目印である」「赤いマークを印刷した紙切れ」とあるから、フロントに置いてタクシーであること、営業許可を受けていることを示すための定形で統一され、赤いマークを印字した許可証(標)のことかと思われる。もし誤っているとまずいので、ここも識者の御教授を乞うものである。

「自動車番號を記したテイルの塗り板」「テイル」は「tail」であるから、後尾ナンバー・プレート(自動車登録番号標)のことか。後の叙述から既にこの頃、一般車と営業車でナンバー・プレートが異なっていたことが判る。ネットを検索すると、昔は法律上、後ろの封印されている物を外さなければ良かったとあり、ということは、前についているものを外すことは出来たし、その取締りは甘かったのではないか、と考えてよいようである。]

 さて、準備は遺漏なくととのつた。もう決行の日を極めるばかりである。それについても、彼は確かな目算があつた。といふのは、屢々述べたやうに、彼は其時分までも、例の尾行や立聞きを續けてゐたので、彼等(池内と芙蓉と)が次に出會ふ場所も時間も知れてゐたし、當時芝居の切れ目だつたので、芙蓉は自宅から約束の場所へ出かけるのだが、そんな時に限つて、彼女は態と帳場の車を避け、極まつたやうに、近くの大通りの角まで歩いて、そこで通りすがりのタキシーを拾ふことさへ、彼にはすつかり分つてゐた。實を云ふと、それが分つてゐたからこそ、彼はあの變てこな、自動車のトリツクを思ひついた程であつたのだから。

[やぶちゃん注:「帳場」町場・丁場とも書き、古くは、馬子(まご)・駕籠かき・人力車夫などの溜まり場を称したから、ここはタクシー会社や複数のタクシー車両の指定駐車場のことを指している。]

 

 

 十一月のある日、その日は朝から淸々しく晴れ渡つて、高臺の窓からは、富士山の頭がハツキリ眺められるやうな日和であつたが、夜に入つても、肌寒いそよ風が渡つて、空には梨地の星が異樣に鮮やかにきらめいてゐた。

 その夜の七時頃、柾木愛造の自動車は、二つの目玉を歡喜に輝かせ、爆音華やかに、彼の化物屋敷の門を辷り出し、人なき隅田堤を、吾妻橋の方角へと、一文字に快走した。運轉臺の柾木愛造も、輕やかにハンドルを振り、彼に似合はしからぬ口笛さへ吹き鳴らして、さもいそいそと嬉し相に見えた。

 何といふ晴々とした夜、何といふ快活な彼のそぶり、あの恐ろしい犯罪への首途としては、餘りにも似合はしからぬ陽氣さではなかつたか。だが、柾木の氣持では、陰慘な人殺しに行くのではなく、今彼は、十幾年も待ちこがれた、あこがれの花嫁御を、お迎ひに出かけるのだつた。今夜こそ、嘗つては彼の神樣であつた木下文子が、幾夜の夢に耐へ難きまで彼を惱まし苦しめた木下芙蓉の肉體が、完全に彼の所有に歸するのだ。何人も、あの池内光太郎でさへも、これを妨げる力はないのだ。ああ、この歡喜を何に例へることが出來やう。透き通つた闇夜も、闌干たる星も、自動車の風よけガラスの隙間から、彼の頰にざれかかるそよ風も、彼の世の常ならぬ結婚の首途を、祝福するものでなくて何であらう。

[やぶちゃん注:「首途」二ヶ所ともに「かどで」と読む。

「花嫁御」角川文庫版ではこの後も皆『花嫁御寮』となっている。これは角川版がよい。

「闌干」欄干とも書く。「らんかん」で、夜空の星や月の耀く光が鮮やかなさまを言う。]

 木下芙蓉の、その夜の逢引きの時間は八時といふことであつたから、柾木は七時半には、もうちやんと、いつも芙蓉が自動車を拾ふ大通りの四つ角に、車を止めて待構へてゐた。彼は運轉臺で、背を丸くし、鳥打帽をまぶかにして、うらぶれた辻待ちタキシーの運轉手を裝つてゐた。前面の風よけガラスには、ツーリングの赤いマークのはいつた紙を目立つやうに貼り出し、テイルの番號標は、いつの間にか、警察から下附されたものとは、まるで違ふ番號の、營業自動車用のにせ物に變つてゐた。それは誰が見ても、ありふれたフオードの客待ち自動車でしかなかつた。

『ひよつとしたら、今夜は何か差支が出來て、約束を變へたのではあるまいか』

 待遠しさに、柾木がふとそんなことを考へた時、丁度それが合圖ででもあつたやうに、向うの町角から、ひよつこりと、芙蓉の和服姿が現はれた。彼女は態と地味な拵へにして、茶つぽい袷に黑の羽織、黑いシヨールで顎を隱して、小走りに彼の方へ近づいて來るのだが、街燈の作りなした影であつたか、顏色もどことなく打沈んで見えた。

[やぶちゃん字注:「袷」「あはせ(あわせ)」。裏をつけて仕立てた和服。]

 丁度その時は、通り過ぎる空自動車もなかつたので、彼女は當然柾木の車に走り寄つた。

いふまでもなく、柾木の欺瞞が効を奏して、彼女はその車を、辻待ちタキシーと思ひ込んでゐたのである。

『築地まで、築地三丁目の停留場のそばよ』

 柾木が運轉臺から降りもせず、顏をそむけたまま、うしろ手にあけた扉から、彼女は大急ぎで辷り込んで、彼の背中へ行先を告げるのであつた。

 柾木は、心の内で凱歌を奏しながら、猫背になつて、命ぜられた方角へ車を走らせた。淋しい町を幾曲りして、車は順路として、ある明るい、夜店で賑つてゐる、繁華な大通りへさしかかつたが、この大通りこそ、柾木の計畫にとつて最も大切な場所であつた。彼は運轉しながら、鳥打のひさしの下から、上目使ひに、前のバツク・ミラーに映る、背後の客席の窓を見つめてゐた。今か今かと、ある事の起るのを待ち構へてゐた。

 すると間もなく、案の定、まぶしい燈光をさける爲に、半年前、柾木と同乘した時と同じやうに、芙蓉が客席の四方の窓のシエードを、一つ一つ卸して行くのが見えた(當時の箱型フオードは凡て、客席と運轉手臺との間に、ガラス戸の隔て出來てゐた。彼が自動車を買ひ入れた時、態々シエードを取りつけさせた理由は、これであつた)。愛造は、胸の中で小さな動物が、滅茶苦茶にあばれ廻つてゐる樣に感じた。一里も走りつづけた程喉が乾いて、舌が木のやうにこはばつてしまつた。だが、彼は斷末魔の苦しみで、それを堪へながら、なほも車を走らせるのであつた。

[やぶちゃん注:「(當時の箱型フオードは、客席と運轉手臺との間に、ガラス戸の隔て出來てゐた。彼が自動車を買ひ入れた時、態々シエードを取りつけさせた理由は、これであつた)」の箇所は角川文庫版では、『(註、當時の箱型フオードは、客席と運轉手臺との間に、ガラス戸の隔てがあり、窓にはブラインドのやうなものがついていた)』と書き換えられてある。]

 賑かな大通りの中程へ進んだ頃、前方から氣違ひめいた音樂が聞えて來た。それはその町のとある空地に、大テントを張つて興行してゐた娘曲馬團の客寄せ樂隊で、舊式な田舍音樂が、蠻聲を張り上げて、かつぽれの曲を、滅多無性に吹き鳴らしてゐるのであつた。曲馬團の前は、黑山の人だかりが人道を埋め、車道は雷のやうな音を立てて行交ふ電車や、自動車、自轉車で急流を爲し、耳を聾する音樂と、目をくらます雜沓が、その邊一帶の通行者から、あらゆる注意力を奪つてしまつてゐるかに見えた。愛造が豫期した通り、これこそ屈強の犯罪舞臺であつた。

[やぶちゃん注:この強殺シークエンスは実に映像的で、SE(サウンド・エフェクト)も凄い。

「かつぽれ」ウィキの「かっぽれ」から引く。『俗謡、俗曲にあわせておどる滑稽な踊り。漢字表記は「活惚れ」』。『江戸時代、住吉大社の住吉踊りから変じたものであるとされ(諸説ある)、長柄の二蓋笠(にがいがさ)を中央に立て、白木綿の衣に丸ぐけの帯、墨染めの腰衣という姿の複数人が、二蓋笠を取り巻いて踊り、その間に掛け合い噺めいたことを行った』。『のちに坊主頭姿で、染め浴衣に平ぐけ帯という姿になった。明治時代になって願人坊主の豊年斎梅坊主がその代表格となる。寄席に登場して人気が高まり、芸妓がお座敷で盛んに余興として歌い踊り、政治家や実業家など上流階級にも知られるようになった。「男芸者」幇間も演じた。歌舞伎では九世市川団十郎が踊った(「春霞空住吉」)。日本でのレコードの創成期には芸妓、幇間、梅坊主、軍楽隊により盛んに吹込みがされたが、寄席芸としては廃れ、落語家が時折余興として披露するのみにな』った。

「滅多無性」「めつたむしやう(めったむしょう)」で、「滅多矢鱈(めったやたら)」に同じい。

「屈強」角川文庫版では『窮竟』(極まりつめた)で、これは改稿の方がよい。]

 彼は車道の片側へ車を寄せて、突然停車すると、目にも見えぬ素早さで、運轉臺を飛び降り、客席に躍り込んで、ピツシヤリと中から扉をしめた。そこは丁度露店の燒鳥屋のうしろだつたし、假令見た人があつたところで、完全にシエードが下りてゐるのだから、客席内の樣子に氣づく筈はなかつた。

 躍り込むと同時に、彼は芙蓉の喉を目がけて飛びついて行つた。彼の兩手の間で、白い柔いものが、しなしなと動いた。

『許して下さい、許して下さい、僕はあなたが可愛いのだ。生かして置けない程可愛いのだ』

 彼はそんな世迷言を叫びながら、白い柔いものを、くびれて切れてしまふ程、ぐんぐんとしめつけて行つた。

[やぶちゃん字注:「世迷言」「よまひごと(よまいごと)」。訳のわからない繰り言。]

 芙蓉は、運轉手だと思ひ込んでゐた男が、氣違ひのやうに血相かへて飛び込んで出來た時、殺される者の素早い思考力で、咄嗟に柾木を認めた。だが、彼女は、惡夢の中でのやうに、全身がしびれ、舌が釣つて、逃げ出す力も、助けを呼ぶ力もなかつた。妙なことだけれど、彼女は大きく開いた目で、またたきもせず柾木の顏を見つめ、泣き笑ひの表情をして、さあここをと云はぬばかりに、彼女の首をグツと彼の方へつき出したかとさへ思はれた。

 柾木は必要以上に長い間、相手の首をしめつけてゐた。離さうにも、指が無感覺になつてしまつて、云ふことを聞かなかつたし、さうでなくても、手を離したら、ビチビチ躍り出すのではないかと、安心が出來なんだ。だが、いつまで押へつけてゐる譯にも行かぬので、恐る恐る手を離してみると、被害者はくらげのやうに、グニヤグニヤと、自動車の底へくずをれてしまつた。

 彼はクツシヨンを取りはづし、難儀をして、芙蓉の死骸をその下の空ろな箱の中へをさめ、元通りクツシヨンをはめて、その上にぐつたり腰をおろすと、氣をしづめる爲に、暫くの間じつとしてゐた。外には、相變らず、かつぽれの樂隊が、勇ましく鳴り響いてゐたが、それが實は、彼をだますために、態と何氣なく續けられてゐるので、安心をしてシエードをあげると、窓ガラスの外に、無數の顏が折り重なつて、千の目で、彼を覗き込んでゐるのではないかと、迂濶にシエードを上げられないやうな氣がした。

[やぶちゃん注:最後の一文は角川文庫版では、末尾が改変され、『外には、相變らず、かつぽれの樂隊が、勇ましく鳴り響いてゐたが、それが實は、彼をだますために、態と何氣なく續けられてゐるので、安心をして、シエードをあげると、窓ガラスの外に、無數の顏が折り重なつて、千の目で、彼を覗き込んでゐるのではないかと、身ぶるいした。』と切り詰めてある。これは寧ろ、角川版の改稿の方が効果的ではあるように思われる。なお、次の段落の頭も改稿されている。]

 だが、いつまでもさうしてゐる事は出來ないので、彼は非常な勇気をふるひ起して、一分位の幕の隙間からおづおづと外を覗いて見た。すると彼はシエードの隙間から、おづおづと外を覗いて見た。すると、安心したことには、そこには彼を見つめてゐる一つの顏もなかつた。電車も自轉車も歩行者も、彼の自動車などには全く無關心に、いそがしく通り過ぎてゐた。

[やぶちゃん注:角川文庫版では、この段落は全体が以下の通り。頭がカットされ、『彼はシエードの隙間から、おづおづと外を覗いて見た。だが、安心したことには、そこには彼を見つめてゐる一つの顏もなかつた。電車も、自轉車も、歩行者も、彼の自動車などには、全然無關心に、いそがしく通り過ぎて行つた。』である。これも例以外的に改稿の方が説明的でなく、よい。]

 大丈夫だと思ふと、少し正氣づいて、亂れた服裝をととのへたり、隱し殘したものはないかと、車の中を改めたりした。すると床のゴムの敷物の隅に、小さなハンド・バツグが落ちてゐるのに氣づいた。無論芙蓉の持物である。開いて見ると、別段の品物も入つてゐなかつたが、中に銀の懷中鏡があつたので、序でにそれをとり出して自分の顏を寫してみた。丸い鏡の中の顏は、少し靑ざめてゐたけれど、別に惡魔の形相も現はれてゐなかつた。彼は長い間鏡を見つめて、顏色をととのへ、呼吸を靜める努力をした。やがて、やや平靜を取戻した彼は、いきなり運轉臺に飛び戻つて、大急ぎで電車道を横切り、車を反對の方角に走らせた。そして、人通りのない淋い町へ淋しい町へと走つて、とある神社の前で車を止め、前後に人のゐないのを確めると、ヘツド・ライトを消して置いて、咄嗟の間に、シエードを上げ、ツーリングのマークをはがし、テイルの番號標を元の本物と取り換へ、再び頭光をつけると、今度はすつかり落ちついた氣持で、車を家路へと走らせるのであつた。交番の前を通る度に、態と徐行して『お巡りさん、私や人殺しなんですよ。このうしろのクツシヨンの下には、美しい女の死骸が隱してあるんですよ』などと獨りごちて、ひどく得意を感じさへした。

[やぶちゃん注:この亡き芙蓉のコンパクトに柾木が自身の顔を移すシーンも素晴らしい。そこにはパウダーの甘い匂いも漂う。因みに、柾木の芙蓉殺害は十一月某日の午後七時四十五分前後か。]

 

 

 邸について、車を車庫に納めると、もう一度身の廻りを點檢して、シヤンとして玄關へ上り、大聲に臺所の婆やを呼び出した。

『お前濟まないが、ちよつと使ひに行つて來ておくれ。淺草の雷門の所に、Gといふ洋酒屋があるだらう。あすこへ行つてね、何でもいいから、これで買へるだけの上等の葡萄酒を一本取つてくるのだ。さあ、ここにおあしがある』

[やぶちゃん注:「G」角川文庫版では『鶴屋』という固有名詞で出る。少なくとも、現在では同名の酒屋は雷門付近には見当たらない。]

 さういつて彼が十圓札を二枚つき出すと、婆やは、彼の下戸を知つてゐるので『マア、お酒でございますか』と妙な顏をした。柾木は機嫌よくニコニコして『ナニちよつとね、今晩は嬉しいことがあるんだよ』と辯解したが、これは、婆やが雷門まで往復する間に、芙蓉の死骸を、土藏の二階へ運ぶ爲でもあつたけれど、同時に又、この不可思議な結婚式の心祝ひに、少々お酒がほしかつたのでもあつた。

 婆やの留守の三十分ばかりの間に、彼は魂のない花嫁を、土藏の二階へ運んだ上、例の自動車のクツシヨンの下の仕掛けを、すつかり取りはずして、元々通りに直して置く暇さへあつた。かうして彼は、最後の證據を湮滅してしまつた譯である。この上は、あかずの土藏へ闖入して、芙蓉の死骸そのものを目擊しない以上、誰一人彼を疑ひ得る者はない筈であつた。

 間もなく半ば狂せる柾木と、木下芙蓉の死體とが、土藏の二階でさし向ひであつた。燭臺のたつた一本の蠟燭が、赤茶けた光で、そこに恥もなく横はつた花嫁御の、冷たい裸身を照らし出し、それが、部屋の一方に飾つてある、等身大の木彫りの菩薩像や、靑ざめたお能の面と、一種異樣の、陰慘な、甘酸つぱい對照を爲してゐた。

[やぶちゃん注:「横はつた」はママ。「横(よこた)はつた」。以下でも乱歩はかく送り仮名を振っている。]

 たつた一時間前まで、心持の上では、千里も遠くにゐて、寧ろ怖いものでさへあつた、世問竝に意地惡で、利口者の人氣女優が、今何の抵抗力もなく、赤裸々のむくろを、彼の眼前一尺に曝してゐるかと思ふと、柾木は不思議な感じがした。全く不可能な事柄が、突然夢のやうに實現した氣持であつた。今度は反對に、輕蔑したり、憐れんだりするのは、彼の方であつた。手を握るはおろか、頰をつついても、抱きしめても、抛り出しても、相手はいつかの晩のやうに、彼を笑ふことも、嘲ることも出來ないのだ。何たる驚異であらう。幼年時代には彼の神樣であり、この半年の間は、物狂はしきあこがれの的であつた木下芙蓉が、今や全く彼の占有に歸したのである。

 死體は、首に靑黑い絞殺のあとがついてゐるのと、皮膚の色がやや靑ざめてゐた外は、生前と何の變りもなかつた。大きく見開いた、瀨戸物のやうなうつろな目が、空間を見つめ、だらしなく開いた脣の間から、美しい齒竝と舌の先が覗いてゐた。脣に生色がなくて、何とやら花やしきの生人形みたいであつたが、それ故に、却つてこの世のものならぬなまめかしさが感じられた。皮膚は靑白くすべつこかつた。仔細に見れば、四肢に生毛も生えてゐたし、毛穴も見えたけれど、それにも拘らず、全體の感じは、すべつこくて透き通つてゐた。

[やぶちゃん注:角川文庫版では「が、それ故に、却つてこの世のものならぬなまめかしさが感じられた」の箇所がごっそりカットされてある。

「生人形」「いきにんぎやう(いきにんぎょう)」と読む。「たばこと塩の博物館」公式サイト内の「大見世物 〜江戸・明治の庶民娯楽〜」の「生人形」に、『幕末の安政期から明治二十年頃までの三十年ほどのあいだ、流行した見世物である。真に迫った等身大の人形を中心に物語や伝奇伝説の場面を仕組み、スペクタクルにして見せた。系譜的には、近世後期の見世物で第一等の地位を占めた細工見世物が、リアリズムの方向へと展開したものであり、その一部はジオラマ、パノラマ、人体模型、マネキンにも継承されていく』とある。

「花やしき」現在も浅草にある遊園地「浅草花やしき」のこと。嘉永六(一八五三)年開園(当初は植物園)で日本最古の遊園地とされる(但し、以下に見るように途中に断絶があり、経営も変わっている)。ウィキの「浅草花やしきによれば、明治中後期でも『園内は和洋折衷の自然庭園の雰囲気を呈していた』が、『徐々に庶民にも親しまれるようトラ、クマなど動物の展示などを開始したり、五階建てのランドマーク奥山閣を建設し、建物内に種々の展示物を展示したりした。浅草が流行の地となるにつれて、この傾向は強まり、動物、見世物(活人形、マリオネット、ヤマガラの芸など)の展示、遊戯機器の設置を行うようにな』り、『大正から昭和初期には全国有数の動物園としても知られ』たとある。この後の昭和一〇(一九三五)年には事実上、閉園し、昭和一七(一九四二)年には強制疎開によって取り壊されたが、敗戦後の昭和二二(一九四七)年に再開園している。]

 非現實な蠟燭の光が、身體全體に無數の柔い影を作つた。胸から腹の表面は、砂漠の砂丘の寫眞のやうに、蔭ひなたが雄大なるうねりを爲し、身體全體は、夕日を受けた、奇妙な白い山脈のやうに見えた。氣高く聳えた嶺續きの不可思議な曲線、滑かな深い谷間の神祕なる蔭影、柾木愛造は、そこに芙蓉の肉體のあらゆる細部に亘つて、思ひもよらぬ、微妙な美と祕密とを見た。

 生きてゐる時は、人間はどんなにじつとしてゐても、どこやら動きの感じを免かれないものだが、死者には全くそれがない。このほんの僅かの差違が、生體と死體とを、まるで感じの違つたものに見せることは、恐ろしかつた。芙蓉はあくまでも沈默してゐた。あくまでも靜止してゐた。だらしのない姿を曝しながら、叱りつけられた小娘のやうに、いぢらしい程おとなしかつた。

 柾木は彼女の手を取つて、膝の上で弄びながら、じつとその顏に見入つた。硬直の來ぬ前であつたから、手は水母のやうにくにやくにやしてゐて、その癖非常な重さだつた。皮膚はまだ日向水ぐらいの温度を保つてゐた。

[やぶちゃん注:「日向水」老婆心乍ら、「ひなたみづ(みず)」と読む。]

『文子さん、あなたはたうとう僕のものになりましたね。あなたの魂が、いくらあの世で意地惡を云つたり、嘲笑つたりしても、僕は何ともありませんよ。なぜつて、僕は現にかうしてあなたの身體そのものを自由にしてゐるんですからね。そして、あなたの魂の方の聲や表情は、聞えもしなければ、見えもしないのですからね』

 柾木が話しかけても、死骸は生人形みたいに默り返つてゐた。空ろな目が、霞のかかつたやうに白つぼくて、白眼の隅の方に、目立たぬ程、灰色のポツポツが見えてゐた。それの恐ろしい意味を、柾木はまだ氣づかなかつたけれど、顎がひどく落ちて、口があくびをしたやうに見えるのが、少し氣の毒だつたので、彼は手で、それをグツと押し上げてやつた。押し上げても、押し上げても、元に戻るものだから、口を塞いでしまふのに、長い間かかつた。でも、塞いだ口は、一層生前に近くなつて、厚ぼつたい花瓣の重なり合つたやうな恰好が、いとしく、好ましかつた。可愛らしい小鼻がいきんだやうに開いて、その内が美しく透き通つて見えるのも、云ひ難き魅力であつた。

[やぶちゃん注:「空ろな目が霞のかかつたやうに白つぼくて、白眼の隅の方に、目立たぬ程、灰色のポツポツが見えてゐた」開眼しているために、乾燥によって既に角膜の混濁が進行し始めているようである。寧ろ、後者は眼球結膜の溢血点の描写(法医学書に出る、結膜に散在する蚤に刺されたような痕)と思われ、これは腐敗への暗示というよりも、絞死・扼死の殆ど全例に見られる現象である。

「いきんだ」「息んだ」で、「息む」は息をつめて腹に力を入れる、息張るの意。]

『僕たちはこの廣い世の中で、たつた二人ぼつちなんですよ、誰も相手にしてくれない、のけ者なんですよ。僕は人に顏を見られるのも恐ろしい、人殺しの大罪人だし、あなたは、さう、あなたは死びとですからね。私達はこの土藏の厚い壁の中に、人目をさけて、ひそひそと話をしたり、顏を眺め合つてゐるばかりですよ。淋しいですか。あなたはあんな華やかな生活をしてゐた人だから、これでは、あんまり淋し過ぎるかも知れませんね』

[やぶちゃん注:頭の「この廣い世の中」は底本では「この」が「のこ」となっている。誤植と断じて特異的に訂した。]

 彼はそんな風に、死骸と話し續けながら、ふと古い古い記憶を呼び起してゐた。田舍風の、古めかしく陰氣な八疊の茶の間の片隅に、内氣な弱々しい子供が、積木のおもちやで、彼のまはりに切れ目のない垣を作り、その中にチンと坐つて、女の子のやうに人形を抱いて、涙ぐんで、そのお人形と話をしたり、頰ずりをしたりしてゐる光景である。云ふまでもなく、それは 柾木愛造の六七歳の頃の姿であつたが、その折の内氣な靑白い少年が、大きくなつて、積木の垣の代りに、土藏の中にとぢ籠り、お人形の代りに芙蓉のむくろと話してゐるのだ。何といふ不思議な相似であらう。柾木はそれを思ふと、急に目の前の死骸がゾツと總毛立つ程戀しくなつて、それが遠い昔のお人形ででもあるやうに、芙蓉の上半身を抱き上げて、その冷たい頰に彼の頰を押つけるのであつたが、さうしてじつとしてゐると、まぶたが熱くなつて、目の前がふくれ上がつて、ポタポタと涙が流れ落ち、それが熱い頰と冷い頰の合せ目を、顎の方へツーツーと辷つて行くのが感じられた。

 

 

 その翌朝、北側の小さな窓の鐵格子の向うから、晩秋のうららかな靑空が覗き込んだ時、柾木愛造は、靑黑く汚れた顏に、黄色くしぼんだ目をして、部屋の片隅の菩薩の立像の足元にくづをれてゐたし、芙蓉の水々しいむくろは、       、悲しくも既に強直して疊の上に横たはつてゐた。だが、それは、ある種の禁制の生人形のやうで、決して醜くなかつたばかりか、寧ろ異樣になまめかしくさへ感じられた。

[やぶちゃん注:七字分の空隙はママ。伏字と思われるが、角川文庫版ではそのままここが詰まって、読点が除去され、『芙蓉の水々しいむくろは、悲しくも既に強直して疊の上に横たはつてゐた』とあるだけである。戦後まで生きた江戸川乱歩(明治二七(一八九四)年~昭和四〇(一九六五)年)は何故、自作旧作の復元をせずに、やらぬ方が多い改稿をしたのか、私にはやや不審がある。この幻しの七字の方が魅力である。]

 柾木はその時、疲れ切つた腦髓を、むごたらしく使役して、奇妙な考へに耽つてゐた。最初の豫定では、たつた一度、芙蓉を完全に占有すれば、それで彼の殺人の目的は達するのだから、昨夜の内に、こつそりと、死骸を庭の古井戸の底へ隱してしまふ考へであつた。それで十分滿足する筈であつた。ところが、これは彼の非常な考へ違ひだつたことが分つて來た。

 彼は、魂のない戀人のむくろに、かうまで彼を惹きつける力が潛んでゐやうとは、想像もしてゐなかつた。死骸であるが故に、却つて、生前の彼女にはなかつたところの、一種異樣の人外境の魅力があつた。むせ返るやうな香氣の中を、底知れぬ泥沼へ、果てしも知らず沈んで行く氣持だつた。惡夢の戀であつた。地獄の戀であつた。それ故に、この世のそれの幾層倍、強烈で、甘美で、物狂はしき戀であつた。

 彼は最早や芙蓉のなきがらと別れるに忍びなかつた。彼女なしに生きて行くことは考へられなかつた。この土藏の厚い壁の中の、別世界で彼女のむくろと二人ぼつちで、いつまでもいつまでも、不可思議な戀にひたつてゐたかつた。さうする外には何の思案も浮ばなかつた。「永久に……」と彼は何心なく考へた。だが、「永久」といふ言葉に含まれた、ある身の毛もよだつ意味に思ひ當つた時、彼は餘りの怖さに、ピヨコンと立上つて、いきなり部屋の中を、忙し相に歩き始めた。一刻も猶豫のならぬことだつた。だが、どんなに急いでも慌てても、彼には(恐らく神樣にだつて)どうすることも出來ないのだ。

『蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、ゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝ」

 彼の白い腦髓の襞を、無數の群蟲が、ウジヤウジヤと這ひ廻つた。あらゆるものを啖ひつくす、それらの微生物の、ムチムチといふ咀嚼の音が、耳鳴りのやうに響き渡つた。

 彼は長い躊躇のあとで、怖は怖は、朝の白い光線に曝された、戀人の上にかがみ込んで、彼女のからだを注視した。一見した所、死後強直がさき程よりも全身に行き渡つて、作り物の感じを增した外、さしたる變化もないやうであつたが、仔細に見ると、もう目がやられてゐた。白眼の表面は灰色の斑點で殆ど覆ひ盡され、黑目もそこひのやうに溷濁して、虹彩がモヤモヤとぼやけて見えた。そして目全體の感じが、ガラス玉みたいに、滑つこくて、固くて、しかもひからびたやうに潤ひがなくなつてゐた。そつと手を取つて眺めると、拇指の先が、片輪みたいに掌の方へ曲り込んだまま動かなかつた。

[やぶちゃん注:「死後硬直」一般には「下行型硬直」と言って、摂氏二〇度前後では、死後約二~三時間後から顎関節から始まって、大関節・末梢関節へと進み、その後、八~十二時間で完成し、二十四~三十時間までは持続する。緩解時期は夏は死後二日,冬は四日位とされている(以上は二〇一五年度版青木康博氏(名古屋市立大学大学院医学研究科法医学分野)のサイト「法病理学講義ノート」内の「死体現象(死後変化 Postmortem changes)」の「死体硬直 rigor mortis,死後硬直 postmortem stiffening of the body)」に拠る)。

「もう目がやられてゐた」前注の「死体現象(死後変化 Postmortem changes)」の「乾燥と角膜の混濁(cloudiness of the cornea)」の項に、『死体の体表から水分が蒸発するため』、『特に角膜・陰嚢・口唇等で顕著に現れる。 死後一見爪や毛髪が伸びたように見えることがあるというが』、『これは皮膚の乾燥によるとされる。角膜の混濁も主として乾燥によるもので』、『特に開眼していると速く進む。夏季ならば』一日で『瞳孔の透見が不能になる』とある。芙蓉は開眼したままであった(但し、季節は晩秋であるから、やや早い感じはするが、これは寧ろ、前注した絞殺に関わる溢血点とその拡大などの関連もあるように思われる)。

「そこひ」「底翳」「内障」などと漢字表記する。角膜・前房(角膜と虹彩の最内層の内皮細胞との間の液体に満ちた部分)・虹彩に異常がないのに、視力障害(曇り)が生ずる眼病の俗称。黒内障・白内障・緑内障などを指し、悪化すると失明する。

「溷濁」「こんだく」。「混濁」に同じい。]

 彼は胸から背中の方へ目を移して行つた。無理な寢かたをしてゐたので、肩の肉が皺になつてそこの部分の毛穴が、異樣に大きく開いてゐたが、それを直してやる爲に、一寸身體を持ち上げた拍子に、背中の疊に接してゐた部分が、ヒヨイと彼の目に映つた。それを見ると、彼はギヨクンとして思はず手を離した。そこには、かの「死體の紋章」と云はれてゐる、靑みがかつた鉛色の小斑點が、已に現はれてゐたのだつた。

[やぶちゃん注:所謂、死斑である。同じく前注の「死体現象(死後変化 Postmortem changes)」の「死斑(livor mortis, livdity, postmortem hypostasis)」に(コンマを読点に代えた)、『基本的に部位を問わず死体がおかれた姿勢における下面(dependent areas)に生ずる。 ただし硬い面に接触している場合、あるいはきつい衣服を着用している場合などには、血管が圧迫され血液が入りこめないので、当該部位には死斑は発現しない』。『ヘモグロビンの色調を反映するので,死因の推定に有用な場合がある』とあり、暗紫赤色(reddish purple)を『もっとも一般的』とする(乱歩の描写の色は一般的とは言えない)。『一般的には死後』二時間で『観察できるようになり』、八~十二時間で『完成(fixed, maximum coloreation)する。 この後』、『溶血が生じ』、『ヘモグロビンは毛細血管の外へ逸脱しはじめる』。『ヘモグロビンが毛細血管内にとどまっているうちは、体位を変換すれば新たなdependent areaに移動しうる(死斑の移動)。ただし凝血が生じたり、乾燥等による血清成分の減少によっても移動は阻害されるため、実際にはおよそ』四~五時間以内で『あれば完全に移動するが, それ以後では』二つの『dependent areas に発現する(両側性死斑)』。『早期の死斑は一種の充血状態であるので、発現部位を指等で圧すると消退するが,時間の経過とともに血液の濃縮が起こったり、さらにヘモグロビンが血管外に漏出したりするため』、『消退しにくくなる』。死後二十四~三十六時間を『経過すると指圧によっては完全には褪色しなくなる』とある。]

 これらの現象は、すべて正體の曖昧な極微有機物の作用であつて、死後強直といふえたいの知れぬ現象すらも、腐敗の前兆をなす所の、一種の糜爛であつた。柾木は嘗つて、何かの書物で、この極微有機物には、空氣にて棲息するもの、空氣なくとも棲息するもの及び兩棲的なるものの三群があることを讀んだ。それが一體何物であるか、何處からやつて來るかは、非常に曖昧であつたけれど、兎に角、目に見えぬ黴菌の如きものが、恐ろしい速度で、秒一秒と死體を蝕みつつあることは確かだつた。ああこの解體をどう支へたらいいのだ。戀人の消えて行く肉體を、どうして取りとめたらいいのだ。

[やぶちゃん注:同じく前注の「死体現象(死後変化 Postmortem changes)」の「自家融解(autolysis)および腐敗(putrefaction)」によれば(コンマを読点に代えた)、「自家融解」とは柾木の謂いとは異なり、『バクテリア等の関与しない臓器の化学的融解、細胞の崩壊の過程であり』、『比較的早期から進行する。 臓器間に速度差があり,典型的には』膵臓で『進行が速い』。それに対して、柾木の言うのは「腐敗」であって、『バクテリアによる組織の破壊の過程をいう。進行の速度は気温等の外的条件と身体状況に左右され』、『腐敗の進行速度は大気中を』「一」した場合、水中では二分の一、 土中では八分の一に減少するという。経過・形状としては、一~二日後の早期に下腹部に発現する『腐敗性変色(discoloration)』の他、『hemoglobinの血管外への浸出により、血管に沿う形で網状の変色がみられる(死後数日)』とある『腐敗網(marbling)』、『腐敗ガスの発生による全身的、局所的膨満。巨人様観を呈し、赤鬼、青鬼現象などと呼ばれる』ところの『膨満(swelling)・腐敗疱(vesicle formation)』など、さらに記載はあるが、本作の場合はここまでよかろう。

「糜爛」「びらん」と読む。爛(ただ)れ崩れること。

「空氣にて棲息するもの、空氣なくとも棲息するもの及び兩棲的なるもの」好気性細菌類(類似する性質を持つ同様の生物を含む。以下同じ)・嫌気性細菌類と、通性嫌気性生物(酸素中で好気的呼吸でエネルギーを生成するが、酸素がない場合は発酵によりそれを得られるよう、代謝を切り替えることの出来る生物)及び嫌気性生物であっても生存自体には影響がない耐酸素性細菌類を指す。

「ああこの解體をどう支へたらいいのだ。戀人の消えて行く肉體を、どうして取りとめたらいいのだ。」この最後の二文は角川文庫版ではカットされ、代わりに、『相手が眼に見えぬえたいの知れぬ蟲だけに、どんな猛獸よりも一層恐ろしかつた。』と書き換えられてある。しかしこれは直前の「目に見えぬ黴菌の如きものが、恐ろしい速度で、秒一秒と死體を蝕みつつあることは確かだつた」と類似した重複表現で改悪も甚だしいと私は思う。元の方が遙かによい。「解體」が利いている。]

 柾木は、焰の見えぬ燒け焦げが、みるみる圓周を擴げて行くのを、どうすることも出來ない時のやうな、恐怖と焦燥とを覺えた。立つても坐つてもゐられない氣持だつた。と云つて、どうすればよいのか、少しも考へが纏まらなかつた。

 彼は何の當てもなく、せかせかと梯子段を降りて母屋の方へ行つた。婆やが妙な顏をして、『ご飯にゐたしましせうか』と尋ねたが、彼は『いや』と云つただけで、又藏の前まで歸つて來た。そして外側から、錠前をおろすと、玄關へ走つて行つて、そこにあつた下駄を突つかけ、車庫を開いて、自動車を動かす支度を始めた。エンヂンが温まると、彼はそのまま運轉臺に飛び乘つて、車を門の外へ出し、吾妻橋の方角へ走らせた。賑かな通りへ出ると、その邊に遊んでゐた子供達が、運轉手の彼を指さして笑つてゐるのに氣づいた。彼はギヨツとして靑くなつたが、次の瞬間、彼が和服の寢間着姿のままで車を運轉してゐたことが分つた。ナアンダと安心したけれど、そんな際にも、彼は顏を眞赤にして、まごつきながら、車の方向を變へ始めた。

 大急ぎで洋服に着更へて、再び門を出た時も、彼はどこへ行かうとしてゐるのだか、まるで見當がついてゐなかつた。その癖、彼の頭は腦味噌がグルグル廻る程忙しく働いてゐた。眞空、ガラス箱、氷、製氷會社、鹽づけ、防腐劑、クレオソート、石炭酸………死體防腐に關するあらゆる物品が、意識の表面に浮かび上つては沈んで行つた。彼は町から町へ、無意味に車を走らせた。そして、非常な速度を出してゐる癖に、同じ場所を幾度も幾度も通つたりした。ある町に氷と書いた旗の出てゐる家があつたので、彼はそこで車を降りて、ツカツカと家の中へ入つて行つた。店の間に靑ペンキを塗つた大きな氷室が出來てゐた。『もし、もし』と聲をかけると、奧から四十ばかりのお神さんが出て來て、彼の顏をジロジロと眺めた。『氷をくれませんか』と云ふと、お神さんは面倒臭さうな風で『いか程』と訊いた。無論彼女は病人用の氷の積りでゐるのだ。

[やぶちゃん注:「クレオソート」コールタールを蒸留して得られるクレオソート油(Creosote oil)のことであろう。液体で石炭クレオソート或いは工業用クレオソートとも称し、一般には木材の防腐剤として利用される。

「石炭酸」コールタールの分留或いはベンゼンを原料とする化学合成によって得られるフェノール(phenol)の別名。防腐剤・消毒殺菌剤とする。

「氷室」「ひむろ」と訓じておく。]

『アノ、頭を冷すんですから、澤山は要りません。少しばかり分けて下さい』

 内氣の蟲が、彼の言葉を、途中で横取りして、まるで違つたものに飜譯してしまつた。

 繩でからげて貰つた小さな氷を持つて、車に乘ると、彼は又當てもなく運轉を續けた。運轉臺の床で氷がとけて、彼の靴の底をベトベトにぬらした時分、彼は一軒の大きな酒屋の前を通りかかつて、そこの店に三尺四方位の上げ蓋の箱に、鹽が一杯に盛り上がつてゐるのを發見すると、又車を降りて、店先に立つた。だが、不思議なことに、彼はそこで鹽を買ふ代りに、コツプに一杯酒をついで貰つて、車を止めたのはそれが目的ででもあつたかのやうに、グイグイとあほつた。

[やぶちゃん注:昭和八(一九三三)年の「自動車取締令」(内務省令第二十三号)までは、飲酒運転の罰則規定はなかったようである。酩酊しなければよかったらしい。

「三尺」九〇・九センチメートル。実はここの部分は底本では「三四尺方位」となっている。誤植と断じて特異的に訂した。角川文庫版でも『三尺四方位』となっているからでもある。]

 何の爲に車を走らせてゐるのか、分らなくなつてしまつた。ただ、何かにウオーウオーと追駈けられる氣持で、せかせかと町から町を走り廻つた。呑みつけぬ酒の爲に、顏がかつかとほてつて、肌寒い氣候なのに、額にはビツシヨリ汗の玉が發疹した。そんなでゐて、併し、頭の中の、彼の屋敷の方角に當たる片隅には、絶えず芙蓉の死體が鮮かに横はつてゐた。そして、その幻影のクツキリと白い裸體が、燒け焦げが擴がるやうに、刻々蝕まれて行くのが、見えてゐた。『かうしてはゐられない。かうしてはゐられない』彼の耳元でブツブツブツブツそんな呟きが聞えた。

 無意味な運轉を二時間餘り續けた頃、ガソリンが切れて、車が動かなくなつた。しかもそれが丁度ガソリン販賣所のないやうな町だつたので、車を降りて、その店を探し廻り、バケツで油を運搬するのに、悲慘な程間の拔けた無駄骨折りをしなければならなかつた。そして、やつと車が動くやうになつた時、彼は始めて氣附いたやうに『ハテ、俺は何をしてゐたのだつけ』と暫く考へてゐたが『アアさうだ。俺は朝飯をたべてゐないのだ。婆やが待つてゐるだらう。早く歸らなければ』と氣がついた。彼は側に立止まつて彼の方を見てゐた小僧さんに道を訊いて、家の方角へと車を走らせた。三十分もかかつて、やつと吾妻橋へ出たが、その時又、彼自身のやつてゐることに不審を抱いた。御飯のことなどとつくに忘れてゐたので、車を徐行させて、ボンヤリ考へ込まなければならなかつた。だが、今度は意外にも、天啓のやうに、すばらしい考へがひらめいた。『チエツ、俺はさつきから、なぜそこへ氣がつかなかつたらう』彼は腹立たしげに呟いて、併し晴々した表情になつて、車の方向を變へた。行先は本郷の大學病院わきの、ある醫療器械店であつた。

[やぶちゃん字注:「すばらしい考へがひらめいた。」底本は「すばらしい考へがひらめた」(句点なし)。誤植と断じて特異的に訂し、句点を補った。角川文庫版も私が訂した通りとなっている。]

 白く塗つた鐵製の棚だとか、チカチカ光る銀色の器械だとか、皮を剝いだ赤や靑の毒々し人體模型だとか、薄氣味惡い品物で埋まつてゐる廣い店の前で、彼は暫く躊躇してゐたが、やがて影法師みたいにフラフラとそこへ入つて行くと、一人の若い店員を捉へて、何の前置きもなく、いきなりこんなことを云つた。

『ポンプをください。ホラ、死體防腐用の、動脈へ防腐液を注射する、あの注射ポンプだよ。あれを一つ賣つて下さい』

 彼は相當ハツキリを口を利いたつもりなのに、店員は『ヘエ』と云つて、不思議相に彼の顔をジロジロ眺めた。彼は今度は、顏を眞赤にして、もう一度同じことを繰返した。

『存じませんね、そんなポンプ』

 店員はボロ運轉手みたいな彼の風體を見下しながら、ぶつきら棒に答へた。

『ない筈はないよ、ちやんと大學で使つてゐる道具なんだからね。誰か外の人に訊いて見て下さい』

 彼は店員の顏をグツと睨みつけた。果し合ひをしても構はないといつた氣持だつた。店員はしぶしぶ奧へ入つて行つたが、暫くすると少し年とつた男が出て來て、もう一度彼の注文を聞くと、變な顏をして、

『一體なんにお使ひなさいますんで』

 と尋ね返した。

『無論、死骸の動脈へフオルマリンを注射するんです。あるんでせう。隱したつて駄目ですよ』

[やぶちゃん注:「フオルマリン」ホルマリン(formalin)のこと。触媒を介してメタノールを空気酸化して得られるホルムアルデヒドの水溶液。生物の組織標本作製のための固定や防腐処理に現在も広く用いられる。強い殺菌力を持つが、有毒物質である。]

『御常談でせう』と番頭は泣き笑ひみたいな笑ひ方をして『そりやね、その注射器はあるにはありますがね。大學でも時たましか註文のないやうな品ですからね。あいにく手前共には持合せがないのですよ』と一句一句、丁寧に言葉を切つて、子供に物を云ふやうな調子で答へた。そして、氣の毒相に柾木の取亂した服裝を眺めるのだつた。

『ぢや、代用品を下さい。大型の注射器ならあるでせう。一ばん大きい奴を下さい』

 柾木は自分の言葉が自分の耳へ入らなかつた。ただ轟々と喉の所が鳴つてゐるやうな感じだつた。

『それならありますがね。でも、變だな、いいですか』

[やぶちゃん注:角川文庫版は最後が『いいんですか』。]

 番頭は頭を搔きながら、躊躇してゐた。

『いいんです。いいからそれを下さい。サア、いくらです』

 柾木は震える手で蟇口を開いた。番頭は仕方なく、その品物を若い店員に持つて來させて、『ぢやあまあお持ちなさい』と云つて柾木に渡した。

 柾木は金を拂つて、その店を飛び出すと、それから、今度は近くの藥屋へ車をつけて、防腐液をしこたま買い求め、惶しく家路についたのであつた。

[やぶちゃん注:因みに、葬儀社の記載を見ると、ポンプを使って遺体の血液を防腐液に入れ替えるエンバーミングがあり、事実、これを行うと半永久的に遺体を保存できるとある(但し、日本遺体衛生保全協会(IFSA)の規定によって五十日以上の遺体保存は禁止されているともある)。

「惶しく」「あわただしく」と読む。「慌ただしく」に同じい。]

 

 

 ギヤツと叫んで逃げ出す程、ひどくなつてゐるのではないかと、柾木は息も止まる氣持で、階段を上つたが、案外にも、芙蓉の姿は、却つて、朝見た時よりも美しくさへ感じられた。觸つてみれば強直狀態であることが分つたけれど、見た所では、少しむくんだ靑白い肉體が艷々しくて、海底に住んでゐるある血の冷い美しい動物みたいな感じがした。朝までは、眉が奇怪にしかめられ、顏全體が苦悶の表情を示してゐたのに、その表情は(二十一字削除)今彼女は、聖母のやうにきよらかな表情となつて、彼がふさいでやつた脣の隅が、少しほころび、白い齒でニツコリと笑つてゐた。目が空ろだつたし、顏色が蠟のやうに透き通つてゐたので、それは大理石に刻んだ微笑せるそこひ(盲目の奇しき魅力!)の聖母像であつた。

[やぶちゃん注:「(二十一字削除)」は角川文庫本でも復元されていない。原稿はないのだろうか? なお、同文庫版では「(盲目の奇しき魅力!)」もカットされている。]

 柾木はすつかり安心した。さつきまでの焦躁が馬鹿々々しく思はれて來た。若し芙蓉のこの刹那の姿を、永遠に保つことが出來たら、そして、                             してゐられたら、叶はぬことと知りながら、彼は果敢ない願ひを捨て兼ねた。

[やぶちゃん注:二十九字分の空隙はママ。角川文庫版でも全く復元されていない。それどころか、この段落全体を示すと(恣意的に正字化し、歴史的仮名遣に変えてある)、

   *

 柾木はすつかり安心した。さつきまでの焦躁が馬鹿々々しく思はれて來た。「若し芙蓉のこの刹那の姿を、永遠に保つことが出來たら」叶はぬことと知りながら、彼は果敢ない願ひを捨て兼ねた。

と小手先の操作をして、却ってリズムがおかしくなっている(ように私は感ずる)。]

 彼は醫學上の知識も技術も、まるで持合はせなかつたけれど、物の本で、動脈から防腐劑を注射して、全身の惡血を壓し出してしまふやり方が、最も新しい手輕な死體防腐法であることを讀んでゐた。防腐液のうすめ方も記憶してゐた。そこで、甚だ不安だつたけれど、兎も角、それをやつて見る事にして、階下から水を入れたバケツや洗面器などを運んで(婆やに氣附かれぬ爲に、どれ程みじめな心遣ひをしたことであらう)フオルマリンの溶液を作り、注射の用意をととのへた。

[やぶちゃん注:角川文庫版ではこの後に次の一段が挿入されてある(今まで通り、恣意的に正字化し、一部ひらがなを漢字表記に変え、歴史的仮名遣に変更してある。太字はやぶちゃん)。

   *

 それから、芙蓉の身體の下へ大きな油紙を敷いて、醫學書を見ながら、カミソリで彼女の股間を深く抉つて、大動脈を切斷した、血の海の中で、まつ赤なウナギのやうな動脈は、ヌルヌル辷つて、中々うまく摑めなかつた。

   *

この挿入はなかなか上手い。上手いが、如何にも乱歩のえげつなさが剝き出しではある。]

 柾木は、まるで彼自身が手術でも受けてゐるやうに、まつ靑になつて、烈しい息づかひをしながら、實に長い時間を費して、書物の教へる通り、屍體の動脈に處置をして、針をつけないガラスの注射器に、防腐液を含ませ、その先端のとがつた部分を動脈の切口にさし込み、繼目の所を息が洩れぬやうに指で壓へ、一方の手で、ポンプを押した。だが、こんな作業が彼のやうな素人に出來るものではなかつた。彼の指がしびれたやうになつて、云ふことを聞かなかつたせゐもあるけれど、いくら壓しても、ポンプの中の溶液は減つて行かぬのだ。いらいらして、力まかせにグイグイ壓すと、                      、       逆に彼の腕にはねかかる。何度やつても同じ事だ。そこで彼は、まるで器械いじりをする小學生のやうに、汗みどろの眞劍さで、或は血管との繼目を糸でしばつて見たり、或はもう一本の靜脈に同じことをやつてみたり、あらゆる手段を試みたが、丁度器械いぢりの小學生が、骨を折れば折るだけ、却つて器械を滅茶々々にしてしまふやうに、     大きくするばかりであつた。結局、彼が無駄な素人手術を思ひあきらめたのは、もう夜の十時頃であつたが(何と驚くべき努力であつたらう。彼は午後から、殆ど十時間の間、この一事に夢中になつてゐたのだ)、その頃には、用意の洗面器が、(以下二行削除)

              、    掃除したり、バケツの水で手を洗つたりしてゐる内に、失望の隙につけ込んで、睡魔が襲ひ始めた。昨夜一睡もしてゐないのだし、二日間ぶつ續けに、頭や身體を極度に酷使したので、如何に興奮してゐたとは云へ、もう氣力が盡きたのである。彼は、バケツや洗面器の赤黑く淀んだ汚水を仕末することも忘れて、クラクラとそこへぶつ倒れたまま、いきなり鼾をかき始めた。泥のやうな眠りだつた。

[やぶちゃん注:前の方の二十九字分(途中に打たれた読点を加えるなら三十字)及び、真ん中の五字分の空隙、及び後ろの「(以下二行削除)」とある不思議な削除(二行空けてはいない。途中にポツンと打たれた読点は「掃除」から遡った位置に打った。この読点を含めると、全部で五十五字分が削除されていることになる)の空隙はママ。角川文庫版ではここはかなり違う(今まで通り、恣意的に正字化し、一部ひらがなを漢字表記に変え、歴史的仮名遣に変更してある。太字と下線はやぶちゃん)。

   *

 柾木は、まるで彼自身が手術でも受けてゐるやうに、まつ靑になつて、烈しい息づかひをしながら、針をつけないガラスの注射器に、防腐液を含ませ、その先端のとがつた部分を動脈の切口にさし込み、繼ぎ目のところを息が洩れぬやうに指で壓へ、一方の手で、ポンプを押した。だが、こんな作業が彼のやうな素人に出來るものではなかつた。彼の指がしびれたやうになつて、云ふことを聞かなかつたせゐもあるけれど、いくら壓しても、ポンプの中の溶液は減つて行かぬのだ。いらいらして、力まかせにグイグイ壓すと、溶液が逆流して、まつ赤な液體がそこら一面に溢れるばかり、何度やつても同じ事だ。そこで彼は、まるで器械いじりをする小學生のやうに、汗みどろの眞劍さで、或は血管との繼ぎ目を糸でしばつて見たり、或はそこにある太い靜脈をも切斷して、同じことをやつて見たり、あらゆる手段を試みたが、丁度器械いぢりの小學生が、骨を折れば折るだけ、却つて器械を滅茶苦茶にしてしまふやうに、ただ傷口を大きくするばかりであつた。結局、彼が無駄な素人手術を思ひあきらめたのは、もう夜の十時頃であつた。何と驚くべき努力であつたらう。彼は午後から、殆ど十時間の間、この一事に夢中になつてゐたのである。

 血潮や道具のあと始末をしたり、バケツの水で手を洗つたりしてゐる内に、失望の隙につけ込んで、睡魔が襲ひ始めた。[やぶちゃん注:以下、同じ。]

    *

で下線部分底本との大きな相異箇所であるが、削除を完全に復元したものとは到底思われない(特に「二行削除」という部分)。なお、実際、医事従事者でも人体遺体へのホルマリン注入は難しい。それを私によく判らせてくれたのは、私の愛する故阿波根宏夫氏の小説「涙」(リンク先は同作エンディング)であった。そういえば……慶応大学医学部に献体している私も……そう……されるのである……]

 殆ど燃え盡きて、ジイジイと音を立ててゐる蠟燭の光が、死人のやうに靑ざめた顏の、鼻の頭にあぶら汗を浮かべ、大きな口をあいて泥睡してゐる柾木の氣の毒な姿と、その横に、眞白に浮上がつて見える、芙蓉のむくろのなまめいた姿との、奇怪な對照を、赤々と照らし出してゐた。

[やぶちゃん注:ここの最後で殺害から二十六時間以上が経過している。

「奇怪な對照を」角川文庫版は『奇怪な對照の地獄繪を』。改悪の極みである。]

 

 

 翌日柾木が目を覺ましたのは、もうお晝過ぎであつた。睡りながらも、彼の心は『かうしてはゐられない。かうしてはゐられない』といふ氣持で、一晩中、鬪爭し苦悶し續けてゐたのだが、さて目が覺めると、却つてボンヤリしてしまつて、昨夜までのことが、凡て惡夢に過ぎなかつたやうにも思へ、現に彼の目の前に横はつてゐる芙蓉の死骸を見ても、部屋中にみなぎつてゐる藥品の匂や、甘酸つぱい死臭にむせ返つても、それも夢の續きで、まだ本當に起きてゐるのでないやうな感じがしてゐた。

 だが、いつまで待つても、夢は醒めさうにもない。假令これが夢の中の出來事としても、彼はもうじつとしてゐる譯には行かなかつた。そこで、彼はその方へ這つて行つて、ややはつきりした目で、戀人の死體を調べたが、そこに起こつたある變化に氣附くと、ギヨツとして、俄かに、意識が鮮明になつた。

 芙蓉は寢返りでも打つたやうに、一晩の中に姿勢がガラリと變つてゐた。昨夜までは、死骸とは云へ、どこかに反撥力が殘つてゐて、無生物といふ氣持がしなかつたのに、今見ると彼女は全くグツタリと、身も心も投げ出した形で、やつと固形を保つた、重い液體の一塊りのやうに横たはつてゐた。觸つてみると、肉が豆腐みたいに柔くて、既に死後強直が解けてゐることが分つた。だが、そんなことよりも、もつと彼を擊つたのは、芙蓉の全身に現はれた、おびただしい屍斑であつた。不規則な圓形を爲した、鉛色の紋々が、まるで奇怪な模樣みたいに、彼女の身體中を覆つてゐた。

[やぶちゃん注:これは殺害から三日目の「晝過ぎ」で、この時点で有に死後四十一時間は経過している。注で既に示した通り、死後硬直は二十四~三十時間までは持続し、緩解時期は夏は死後二日、冬は四日程とあったから、晩秋のこの時期、法医学的にもおかしくない。但し、この時間経過で死斑が見た目の横たわった(柾木は仰向けにした状態から大きく遺体を動かした描写はない)遺体の上部を含む「全身に現はれ」ているという描写は私はおかしいように思う。]

 幾億とも知れぬ極微なる蟲共は、いつ殖えるともなく、いつ動くともなく、まるで時計の針のやうに正確に、着々と彼等の領土を侵蝕して行つた。彼等の極微に比して、その侵蝕力は、實に驚くべき速さだつた。しかも、人は彼等の暴力を目前に眺めながら、どうする事も出來ぬのだ。手をつかねて傍觀する外はないのだ。一度戀人を葬むる機會を失したばかりに、生體に幾倍する死體の魅力を知り初め、痛ましくも地獄の戀に陷つた柾木愛造は、その代償として、彼の目の前で、いとしい戀人の五體が、戰慄すべき極微物の爲に、徐々に、しかも間違ひなく、蝕まれて行く姿を、拱手して見守らなければならなかつた。戀人のために死力を盡して戰ひたいのだ。だが、彼等の恐るべき作業はまざまざと目に見えてゐながら、しかも、戰ふべき相手がないのだ。嘗つてこの世に、これほどの苦痛が存在したであらうか。

[やぶちゃん注:「手をつかねて」何もしないで、何も出来ないで、見ているだけの状態を指す。後の「拱手して」(きようしゆして(きょうしゅして))に同じい。手を拱(こまね)いて。

「知り初め」「しりそめ」と訓じたい。]

 彼は追ひ立てられるやうな氣持で、昨日失敗した防腐法を、もう一度繰返すことを考へて見たが、考へるまでもなく駄目なことは分り切つてゐた。防腐液の注射は無論彼の力に及ばぬし、氷や鹽を用ひる方法も、そのかさばつた材料を運び入れる困難があつた外に、何となく彼と戀人とを隔離する感じがいやであつた。そして、假令どんな方法をとつて見た所で、幾分分解作用をおくらすことは出來ても、結局、それを完全に防ぎ得るものでないことが、彼にもよく分つてゐた。彼の惶だしい頭の中に、巨大な眞空のガラス瓶だとか、死體の花氷だとかの、荒唐無稽な幻影が浮かんでは消えて行つた。製氷會社の薄暗い冷藏室の中で、技師に嘲笑されてゐる彼自身の姿さへ、空想された。

 だが、あきらめる氣にはなれなんだ。それが不可能と分れば分る程、彼の焦慮はいやまして行つた。

『アア、さうだ。死骸にお化粧をしてやらう。せめて、うはべだけでも塗りつぶして、恐ろしい蟲どもの擴がつて行くのを見えないやうにしよう』

 考へあぐんだ彼は、遂にそんなことを思ひ立つた。あきらめの惡い姑息な方法には相違違なかつたけれど、彼の不思議な戀を一分でも一秒でも長く樂しむ爲には、このやうな一時のがれをでも試みる外はなかつた。

 彼は大急ぎで町に出て、胡粉と刷毛とを買つて歸り(これらの異樣な擧動を、婆やはさして怪しまなんだ。彼の不規則な生活や、奇矯な行爲には、慣れつこになつてゐたからだ。彼女はただ土藏から出て來た柾木の身邊に、病院に行つたやうな、ひどい防腐劑の匂ひの漂つてゐたのを、いささか不安に思つた)別の洗面器にそれを溶いて、人形師が生人形の仕上げでもするやうに、芙蓉の全身を塗りつぶした。そして、無氣味な屍斑が見えなくなると、今度は、普通の繪の具で、役者の顏をするやうに、目の下をピンク色にぼかしてみたり、眉を引いて見たり、脣に紅を塗つて見たり、耳たぶを染めてみたり、その他五體のあらゆる部分に、思ふままの色彩をほどこすのであつた。この仕事に彼はたつぷり半日もかかつた。最初はただ屍斑や陰氣な皮膚の色を隱すのが目的であつたが、やつてゐる内に、死體の粉飾そのものに異常な興味を覺え始めた。彼は死體といふキヤンヷスに向つて、妖艷なる裸像を描く、世にも不思議な畫家となり、樣々な愛の言葉を囁きながら、興に乘じては冷たいキヤンヷスに口づけをさへしながら、夢中になつて繪筆を運ぶのであつた。

[やぶちゃん注:「胡粉」「ごふん」と読む。白色顔料。貝殻を焼き砕いて粉末にしたもので、成分は炭酸カルシウム。古くからの白粉(おしろい)であるが、現行では専ら、まさに人形の頭や手足の顔料として使用される。

「刷毛」老婆心乍ら、「はけ」と読む。

「(これらの異樣な擧動を、婆やはさして怪しまなんだ。彼の不規則な生活や、奇矯な行爲には、慣れつこになつてゐたからだ。彼女はただ土藏から出て來た柾木の身邊に、病院に行つたやうな、ひどい防腐劑の匂ひの漂つてゐたのを、いささか不安に思つた)」の「奇矯」は底本では「寄矯」であるが、意味が通らないので例外的に訂した。なお、この丸括弧部分は角川文庫版では丸ごとカットされている。なお、細かいことを言うなら、「病院に行つたやうな、ひどい防腐剤の匂ひ」の「防腐劑」とすべきであろう。]

 やがて出來上がつた彩色された死體は、妙なことに、彼が嘗つてS劇場でみた、サロメの舞臺姿に酷似してゐた。生地の芙蓉も美しかつたけれど、全身に毒々しく化粧した芙蓉は、一層生前のその人にふさはしくて、云ひ難き魅力を備へてゐた。蝕まれて、最早や取返す術もなく思はれた芙蓉のむくろに、この樣な生氣が殘つてゐたことは、しかもそれが生前の姿にもまして惱ましき魅力を持つてゐたことは、柾木にとつて寧ろ驚異でさへあつた。

 それから三日ばかりの間、死體に大きな變化もなかつたので、柾木は、日に三度食事に降りて來る外は、全く土藏にとぢ籠つて、せつぱつまつた最後の戀に、明日なき戀人のむくろとさし向ひで、氣違ひのやうに、泣きわめき、笑ひ狂つた。彼にはそれがこの世の終りとも感じられたのである。

[やぶちゃん注:「それから」という指示語に問題性があるが、これを前述の、死後三日後(実際には、殺害が夜の七時から八時であるから、二日と考えたがよい)、というのが、文字通りの、殺人の当日からの三日+三日の六日と考える。現実の死体変相上は、実はそれほど奇異ではない。私は実際に実体験があるので、かく断言しておく。]

 その間に、一つだけ、少し變つた出來事があつた。ある午後、粉飾せる死體のそばで、疲れ切つて泥のやうに眠つてゐた柾木は、婆やが土藏の入口の所で引いてゐる、呼鈴代りの鳴子の音に目を覺ました。それは來客のときに限つて使用することになつてゐたので、彼は若しや犯罪が發覺したのではないかと、ギヨツとして、飛び起ると、芙蓉の死體に頭から蒲團をかぶせて置いて、ソツト階段を降り、入口で暫く耳をすましてゐたが、思ひ切つて厚い扉をあけた。すると、そこにはやつぱり婆やが立つてゐて『旦那樣、池内樣がお出でなさいました』と告げた。彼は池内と聞いてホツとしたが、次の瞬間、『アヽ、奴めたうとう俺を疑ひ始め、樣子をさぐりに來たんだな』と考へた。『ゐると云つたのかい』と聞くと、婆やは惡かつたのかとオドオドして『ハイ、さう申しましたが』と答へた。彼は咄嗟に心をきめて『構はないから、探して見たけれどゐないから、多分知らぬ間に外出したのだらうと云つて、返して下さい。それからね、當分誰が來ても、僕はゐないやうに云つて置くのだよ』と命じて、そのまま扉を閉めた。

 だが、時がたつに從つて、池内に會はなかつたことが、悔まれて來た。勇氣を出して會ひさへすれば、一か八か樣子が分つて、却つて氣持が落ちついたであらうに、なまじ逃げた爲に、池内の心をはかり兼ねて、いつまでも不安が殘つた。靜かな土藏の二階で、默りこくつた死骸を前にして、じつと考へてゐると、その不安がヂリヂリとお化けのやうに大きくなり、身動きも出來ない程の恐怖に襲はれて來て、彼はその恐怖を打消す爲めだけにも、居續けの遊蕩兒のやうな燒けくそな氣持で、ギラギラと毒々しい着色死體に惹かれて行つた。

[やぶちゃん注:「ギラギラと毒々しい着色死體に惹かれて行つた。」という末尾は角川文庫版では、『ギラギラと毒々しい着色死體を物狂はしく愛撫するのであつた。』と改稿している。]

 

 

 三日ばかり小康が續いたあとには、恐ろしい破綻が待ち受けてゐた。その間、死體に別段の變化が現はれなかつたばかりでなく、不思議なお化粧の爲とは云へ、彼女の肉體が前例なき程妖艷に見えたといふのは、例へば消える前の蠟燭が、一瞬異樣に明るく照り輝くやうなものであつた。いまはしき蟲共は、表面平穩を裝ひながら、その實死體の内部に於て、幾億の極微なる吻を揃へ、ムチムチと、五臟を蝕み盡してゐるのであつた。

[やぶちゃん注:更に「三日」となれば、死後九日目に当たる。但し、殺害は既に示した通り、夜の七時から八時の間であり、実質的な日数では八日と四時間ほどに相当する。次の段では冒頭に「ある日」とあり、事実上、死後十日以上を経ていると考えてよい。]

 ある日、長い眠りから目覺めた柾木は、芙蓉の死體に非常な變化が起つてゐるのを見て、餘りの恐ろしさに、危く叫び出す所であつた。

 そこには、最早や昨日までの美しい戀人の姿はなくて、女角力の樣な白い巨人が横はつてゐた。身體がゴム鞠のやうにふくれた爲に、お化粧の胡粉が相馬燒みたいに、無數の網目になつて、その網目の間から褐色の肌が氣味惡く覗いてゐた。顏も巨大な赤ん坊の樣にあどけなくふくれ上つて、空ろな目から、半開の脣から、(十九字削除)柾木はかつてこの死體膨脹の現象について記載されたものを讀んだことがあつた。目に見えぬ極微な有機物は群をなして腸腺を貫き、之を破壞して血管と腹膜に侵入し、そこに瓦斯を發生して、組織を液體化する醱酵素を分泌するのだが、この發生瓦斯の膨脹力は驚くべきものであつて、死體の外貌を巨人と變へるばかりでなく、横隔膜を第三肋骨の邊まで押上げる力を持つてゐる。同時に體内深くの血液を、皮膚の表面に押し出し、かの吸血鬼の傳説を生んだ所の、死後循環の奇現象を起こすことがある。

[やぶちゃん注:「(十九字削除)」角川文庫版は実に残念なことに、『顏も巨大な赤ん坊の樣にあどけなくふくれ上つてゐた。柾木はかつてこの死體膨脹の』……と残念なものしか残ってはいない。

「第三肋骨」肋骨は上部から数える。「鎖骨」の中央の窪みである「頸窩」の下に「胸骨柄」(胸骨の一番上の部分)があり、この「頸窩」から指を下へ滑らせていくと、高まりがあって、その下に「胸骨角」という「胸骨柄」と「胸骨体」(胸骨の本体)の連結部がある。この高さに「第二肋骨」があり、その胸骨角の高まりから横に指を滑らせると、「第二肋骨」があって、その下に「第三肋骨」がある(以上は信頼出来ると私が考えるネット情報に基づく)。胸部の普通にした際の顎の位置の、とんでもない上方である。

「死後循環」死体の腐敗の様態を示す用語。腸内細菌・常在菌・感染菌が死後の血管内血液中に侵入して増殖、その菌自身の発生するガス圧によって移動し、全身に広がり、腐敗を進行させることを指す。腐敗ガスは主に硫化水素・アンモニア・メタン・メルカプタンである(正規の法医学書の記載に拠った)。なお、「かの吸血鬼の傳説を生んだ所」とあるが、江戸川乱歩は明智物の一つである「吸血鬼」で「死後循環」説による吸血鬼の生態をたんたんと説明しているらしい(ネット上の記載。私の遠い昔に読んだ記憶はあるが、思い出せず、書庫からも当該書は消失していたので、これ以上、語りようがない、悪しからず)。]

 遂に最後が來たのだ。死體が極度まで膨張すれば次に來るものは分解である。皮膚も筋肉も液體となつて、ドロドロ流れ出すのだ。柾木はおどかされた幼兒のやうに、大きなうるんだ目でキヨロキヨロとあたりを見廻し、今にも泣き出し相に、キユツと顏をしかめた。そして、そのままの表情で、長い間じつとしてゐた。

 暫くすると、彼は突然何か思出した樣子で、ビヨコンと立上ると、せかせか本棚の前へ行つて、一册の古ぼけた書物を探し出した。背皮に「木乃伊」としるされてゐた。そんなものが今更らなんの役にも立たぬ事は分り切つてゐたにも拘らず、命をかけた戀人が、刻々に蝕まれて行くいらだたしさに、物狂はしくなつてゐた彼は、熱心にその書物の頁をくつて、たうとう次のやうな一節を發見した。

[やぶちゃん注:「木乃伊」言わずもがな乍ら、「ミイラ」と読む。]

『最も高價なる木乃伊の製法左の如し。先づ左側の肋骨の下を深く切斷し、其傷口より内臟を悉く引き出だし、唯心臟と腎臟とを殘す。又、曲れる鐵の道具を鼻口より插入して、腦髓を殘りなく取出し、かくして空虛なれる頭蓋と胴體を、棕梠酒にて洗淨し、頭蓋には鼻孔より沒藥等の藥劑を注入し、腹腔には乾葡萄其他の物を塡充し、傷口を縫合す。かくして、身體を七十日間曹達水に浸したる後、之を取出し、護謨にて接合せる麻布を以て綿密に包卷するなり』

[やぶちゃん注:ウィキの「ミイラ」によれば、『古代エジプトでは、紀元前』三千五百~三千二百年には『人工的な遺体の保存が始まっていた。ミイラ作りは来世・復活信仰と密接に結びついている。エジプト神話で豊穣をあらわす神であるオシリスはセトに殺害され、のちに妻のイシスや冥界の神アヌビスの助けによってミイラとして蘇り、冥界の王となったという伝説がある。このため葬儀やミイラ製作は、オシリスの神話にもとづいて行われた』。その処方は、『内臓を摘出したあとの死体を』七十昼夜に『わたって天然炭酸ナトリウム(ナトロン)』(natron:炭酸ナトリウムの水和物と炭酸水素ナトリウム(重曹)を主成分とする天然に産出する鉱物)『に浸し、それから取り出したあと、布で幾重にも巻いて完成させる方法でミイラが作成された。包帯を巻いたミイラのイメージは、この古代エジプトのミイラ作成に由来する。理性の場であると信じられていた心臓を除いた胸部と腹部の臓器や組織は下腹部の切開によってすべて取り出され、脳の組織は鼻孔から挿入した鉤状の器具によってかき出された。取り出された他の臓器は「カノプス壺」と呼ばれる』人(ひと)形をした臓器収蔵器である『壷に入れられて保管された』とある。

「棕梠酒」「シユロしゆ(シュロしゅ)」と読む。椰子(ヤシ)酒の一種である棕櫚(シュロ)酒。単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科シュロ属 Trachycarpus の樹液を発酵させて造る醸造酒。

「沒藥」「もつやく」と読む。ムクロジ目カンラン科カンラン科 Burseraceaeのコンミフォラ(ミルラノキ)属 Commiphora の樹木から分泌される赤褐色の植物性ゴム樹脂を指す。ウィキの「没薬によれば、『スーダン、ソマリア、南アフリカ、紅海沿岸の乾燥した高地に自生』し、『起源についてはアフリカであることは確実であるとされる』。『古くから香として焚いて使用されていた記録が残され』、『また殺菌作用を持つことが知られており、鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていた。古代エジプトにおいて日没の際に焚かれていた香であるキフィの調合には没薬が使用されていたと考えられている。 またミイラ作りに遺体の防腐処理のために使用されていた。ミイラの語源はミルラから来ているという説がある』とある。

「塡充」充填(じゅうてん)に同じい。

「曹達水」「ソーダすい」。炭酸ナトリウムのこと。

「護謨」ゴム。]

 彼は幾度も同じ部分を讀み返してゐたが、やがて、ポイとその本を放り出したかと思ふと、頭のうしろをコツコツと叩きながら、空目をして、何事か胴忘れした人のやうに『なんだつけなあ、なんだつけなあ、なんだつけなあ』と呟いた。そして、何を思つたのか、突然階段をかけ降り、非常な急用でも出來た樣子で、そそくさと玄關を出るのであつた。

[やぶちゃん注:「空目」「そらめ」で、ここでは、瞳を上に向けることを指す。「上目」に同じい。

「胴忘れ」「どうわすれ」は「度忘れ」に同じい。]

 門を出ると、彼は隅田堤を、何といふこともなく、急ぎ足で歩いて行つた。大川の濁水がウジヤウジヤと重なり合つた無數の虫の流れに見えた。行く手の大地が、匍匐する備生物で覆ひ隱され、足の踏みどころもないやうに感じられた。

[やぶちゃん注:「虫」はママ。]

『どうしよう、どうしようなあ』

 彼は歩きながら、幾度も幾度も、心の苦悶を聲に出した。或る時は、『助けてくれエ』と大聲に叫び相になるのを、やつと喉の所で喰ひ止めねばならなかつた。

 どこをどれ程歩いたのか、彼には少しも分らなんだけれど、三十分も歩き續けた頃、餘りに心の内側ばかりを見つめてゐたので、つい爪先がお留守になり、小さな石につまづいて、彼はバツタリ倒れてしまつた。痛みなどは感じもしなかつたが、その時ふと彼の心に奇妙な變化が起つた。彼は立上がる代りに、一層身を低く土の上に這ひつくばつて、誰にともなく、非常に丁寧なおじぎをした。

 變な男が、往來の眞中で、いつまでもおじぎをしてゐるものだから、たちまち人だかりになり、通りがかりの警官の眼にも留つた。それは親切な警官であつたから、彼を助け起して、住所を聞き、氣違ひとでも思つたのか、態々吾妻橋の所まで送り屆けてくれたが、警官と連れ立つて歩きながら、柾木は妙なことを口走つた。

『お巡りさん、近頃殘酷な人殺しがあつたのをご存じですか。何故殘酷だといひますとね。殺された女は、天使のやうに淸らかで、何の罪もなかつたのです。と云つて、殺した男もお人好しの善人だつたのです。變ですね。それはさうと、私はその女の死骸のある所をちやんと知つてゐるのですよ。教へて上げませうか、教えて上げませうか』

 だが、彼がいくらそのことを繰返しても、警官は笑ふばかりで、てんで取合はうともしなかつたのである。

 

 柾木がまる二日間食事にも降りて來ないので、婆やが心配をして家主に知らせ、家主から警察に屆出で、あかずの藏の扉は、警官達の手によつて破壞された。

 薄暗い土藏の二階には、むせ返る死臭の中に二つの死骸が轉つてゐた。その一人は直ぐ主人公の柾木愛造と判明したけれど、もう一人の方が、行衞不明を傳へられた、人氣女優木下芙蓉のなれの果てであることを確め得たのは、それから又數日ののちであつた。

 

 

 

[やぶちゃん注:このエンディングの二つのパートは角川文庫版では大幅に猟奇的に書き換えられている(一段落に一体化されてある)。これは改稿の――勝ち名乗り――である。さても――最後に例によって、私が恣意的に操作を加えた形でお眼にかけよう(太字はやぶちゃん)。――

    *

 

 それから數日後、柾木がまる二日間食事にも降りて來ないので、婆やが心配をして家主に知らせ、家主から警察に屆出で、あかずの藏の扉は、警官達の手によつて破壞された。 薄暗い土藏の二階には、むせ返る屍臭と、おびただしい蛆蟲の中に、二つの死骸がころがつてゐた。その一人は直ぐ主人公の柾木愛造と判明したけれど、もう一人の方が、行衞不明を傳へられた人氣女優木下芙蓉のなれの果てであることを確めるには、長い時間を要した。何故と云つて、彼女の死體は殆ど腐爛してゐた上に、腹部が無殘に傷つけられ、腐り爛れた内臟が醜く露出してゐた程であつたから。

 柾木愛造は露出した芙蓉の腹わたの中へ、うつぶしに顏を突込んで死んでゐたが、恐ろしいことには、彼の醜くゆがんだ、斷末魔の指先が、戀人の脇腹の腐肉に、執念深く喰ひ入つてゐたのである。

 

   *]

« 飯田蛇笏 山響集 昭和十五(一九四〇)年 春 | トップページ | ワード文書「蟲 江戸川亂歩 正字正仮名版 附やぶちゃん亂歩風マニアック注」縦書版(全)公開 »