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2016/03/04

進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第一章 進化論とは何か(4) 四 事實の疑ふべからざること

     四 事實の疑ふべからざること

 

 凡そ事實と名づけるものは二種の別がある。一は直接に目で見え、特に證明するにも及ばぬもので、他の一は直接には見えぬが、目前の事實を集め、之より理を推して考へると是非ともかやうでなければならぬと思はれるもの、即ち間接に知り得べきものである。一例を擧げて見るに、ゴム球の圓いことは誰も直接に目で見える事實であるが、之に反して地球の圓いといふことは目前に現れた種々の事實を考へた後に間接に知り得べき事實である。我々は地球の表面を離れることが出來ず、隨つてゴム球を見る如くに地球の圓いことを一目に見ることは出來ぬが、地球の圓いといふことは、今日の開化した人間から見れば最早少しも疑ふべからざる事實であつて、之を疑ふのはたゞ知識の足らぬ未開の人間ばかりである。未開の人間は地球に關する知識の範圍が極めて狹く、僅に自分の住所の近邊だけより知らぬ故、大抵世界は何處まで行つても際限のない平坦なものと思ひ、なかなかその球形なることなどには考へ及ばない。然るに人智が進んで陸には鐵道を敷き、海には汽船を通はせる樣になると、唯地球の圓いことを確に知るのみならず、地球を餘り大きく感ぜぬ樣になる。生物學に於ても全く之と同然で、或る事實は直接に見えるが、又或る事實は目前の事實より推し考へて、始めて間接に知ることが出來る。直接に目を以て見ることの出來るのはたゞ短い時間に狹い場所の中で起る現象だけであるが、到底一目に見渡し切れぬ程の廣さに亙る事實または到底一生涯の間に經驗し切れぬ程の長時間に起る現象等と雖も、知識の進むに隨ひ、殆ど直接に見ると同樣に確に之を知ることが出來る。進化論で述ベる所の生物進化の事實の如きは略々この類に屬するもので、生物界に關する知識の足らぬ間は、素より之に氣も附かず、また了解も出來ぬが、今日生物學上の現象を一通り知つて居る人から見れば、地球の圓いといふことと同じく、最早少しも疑ふことの出來ぬ性質のものである。かやうに學問上確定したことでありながら、今日に至つても尚この事實が世に十分に認められるに至らぬのは、たゞ生物に關する普通の知識が世上に廣まつて居ないのに基づくこと故、本書には主として生物進化の證據ともいふべき事實を、生物學の各方面から幾つづゝか選み出して順次に之を記載する積りである。

 然しながら、ここに既に確定した事實と言つたのは、たゞ生物は次第次第に進化して今日の姿に達したものであるといふ極めて大體のことだけであつて、その詳細に至つてはまだなかなか十分には解(わか)らぬ。例へば一個の生物を取つて、その生物は如何に進化して今日の有樣に達したものであるかと尋ねると、確に答へられる場合は甚だ少い。現今尚生物學者が互に説を異にして居るのは、斯かる詳細の點に就いてである。前に例に引いた地球のことに比べていつて見れば、地球の圓いといふことは最早疑ふべからざる事實であるが、實際地球の表面には山もあり海もあつて、決して幾何學でいふやうな眞の球形ではない。まだ高さの十分に測定してない山や、深さの精密に知れて居ない海は、到る處に澤山ある。生物學の方も全く之と同樣で、生物の進化し來つた事實は最早疑ふことは出來ぬが、蚤(のみ)は如何なる先祖から如何に進化して出來たものであるか、蚊は如何なる先祖から如何に進化して出來たものであるかと、詳しく尋ねるとまだ解らぬことが頗る多い。併し山や海の測量が悉く出來上らなくとも地球の圓いことが明瞭に知られる如く、蚊や蚤の進化の經路が細かく解らなくても生物が總べて進化し來つたものであることは、今日既に斷言することが出來る。

[やぶちゃん注:「蚤(のみ)は如何なる先祖から如何に進化して出來たものであるか」現在の研究では、節足動物門昆虫綱隠翅(ノミ)目 Siphonaptera に属するノミ類は、長翅シリアゲムシ目シリアゲムシ科 Panorpidaeのシリアゲムシ類から進化したものとされる。東京都杉並区の「マスナガ動物病院」の「知って得するノミの話」によれば、『長翅目から進化した双翅目(ハエ類)とも近縁で』、『ノミの祖先は、哺乳動物や鳥類の排泄物や羽』毛『を餌としていたと考えられて』おり、『その祖先が進化の途中で動物寄生性を獲得し、最も最近この世に現われた最も進化した昆虫』で、『羽を失した代わりにとてつもない脚力を身につけ、動物の身体で最 も栄養に富む血液を餌として、劣悪な環境にも生き延びる生命力を身につけ』て、『数え上げたらきりがないぐらい進化の王道を進んで来た昆虫なので』あるとある。目から蚤!

「蚊は如何なる先祖から如何に進化して出來たものであるか」「MY CODE」のコラム『地球上で最も人間の命を奪う生物は「蚊」その恐ろしい進化とは?』によれば、デング熱で一躍知られるようになった侵入種(私は二十年以上前から本邦に侵入していたとふんでいる)双翅(ハエ)目長角(糸角/カ)亜目カ下目カ上科カ科ナミカ亜科ヤブカ属シマカ亜属ネッタイシマカ Aedes (Stegomyia) aegypti には、『ヒトを好む家屋周辺型の蚊は、人のにおいに高濃度で含まれる化合物(スルカトン)のにおいを敏感に感じるための、特殊に進化した遺伝子を持っていることがわかりました。これは、人以外の血を好む森林型の蚊はもっておらず、人の血を好む家屋周辺型のみに見られる特別な進化でした』。『ネッタイシマカにはもともと人以外の生物の血を吸う森林型しかいなかったのですが、どこかのタイミングで突然変異が起こり、人の血だけを好む、我々にとっては吸血鬼ともいえるような種類の蚊が誕生したと考えられます』とあるのが進化絡みでは目を引く。また、何故、吸血してもヒトが痒くならない非アレルギー性の麻酔唾液を持つ蚊が優勢を保たなかったのかを独特の進化論で考察した徳保隆夫氏のサイト「妖精現実 フェアリアル faireal.net」の蚊の妖精学が優れて面白い。必読! 目から蚊!]

 今日進化論者が尚互に相爭うて居る所は、總べてかやうな稍々詳細なことばかりで、孰れに決着しても決して生物進化の大事實を左右するやうな影響を及ぼすものではない。然るに世の中には進化論者が今日尚或る點に就いて議論を戰はして居るのを見て、進化論の根本たる生物進化の事實までがまだ疑問中のものであるかの如くに考へて居る人もあるが、是は全く誤解に基づくことといはなければならぬ。

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