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2016/03/22

飯田蛇笏 山響集 昭和十五(一九四〇)年 新鮮なる蔬菜 後記 奥附 / 山響集~完

  新鮮なる蔬菜

 

田攏(たぐろ)芋花さく丈けに霧しづく
 
 
[やぶちゃん注:「
田攏(たぐろ)」は「田畔」とも書き、田のくろ、畦のこと。この芋は特に特殊な芋を指すとは採らなかった。

 

蔬菜籠みるみる露の日翳せり

 

[やぶちゃん注:「みるみる」の後半は底本では踊り字「〱」。]

 

熟れすぎし胡瓜美(くは)しもあまた垂る

 

[やぶちゃん注:「美(くは)しく」の「くはし」は古語。「詳し」と同語源で、対象の組成が細やかで、洗練されている様子を指す。微妙に美しい、繊細で美しい、の意。]

 

人ごゑにおちつぐ茄子のかぐら蟲

 

[やぶちゃん注:「かぐら蟲」神楽虫で「テントウムシ」の方言と思われる。「日本国語大辞典」には茨城・静岡・愛知の採集地が示されてある。ネット検索したところ、ある記載に、『黄色の体に黒のヒゲがぐるりと取り巻いたような』『蛾の幼虫』とあるのであるが、句のイメージとしては生理的にちょっと私は採りたくない。]

 

白晝のむら雲四方に蕃茄熟る

 

見(み)のしゞに越瓜(しろうり)を匐ふちちろむし

 

[やぶちゃん注:「見のしゞ」の「しじ」は「四時」で、ここは広義に見るといつも、の意で採っておく。「ちちろむし」蟋蟀(こおろぎ)の別名。]

 

葉を擡(もた)げ茄子日々に生(な)り雲鎖す

 

茄子と採る蔓豆籠をたれにけり

 

[やぶちゃん注:「蔓豆」マメ目マメ科マメ亜科インゲン連フジマメ属フジマメ Lablab purpureus か。ウィキの「フジマメ」によれば、『アフリカ、アジアを原産地と』日本には九世紀以降に『度々導入された。関西ではフジマメをインゲンマメと呼び、インゲンマメはサンドマメと呼ばれている』。『岐阜県では飛騨・美濃伝統野菜に「千石豆」として、石川県では加賀野菜の一つとして「加賀つるまめ」の名でブランド化されている』。『若い莢を天ぷらや和え物、汁の実にして食べる。種子は熟したもの、若いもの、双方食べられる。熟した種子は堅い外皮で覆われているため、料理の際は長時間の加熱を必要とする。加熱の際には何度か水を換える。大量に摂取すると毒性が強く危険。乾燥させた種子は豆粕に加工したり圧縮、発酵させて納豆のようにして食べる。加熱してそのまま食べても良い』とある。]

 

草の香に南蠻熟るゝ厄日明け

 

[やぶちゃん注:「南蠻」はトウモロコシとトウガラシの別名だが、総標題は「新鮮なる蔬菜」だから前者でもよいが、ここは印象的に後者の赤を私は配したい。]

 

新榧子(しんかや)を干しひろげたる地べたかな

 

[やぶちゃん注:「榧子」裸子植物門マツ綱マツ目イチイ科カヤ属カヤ Torreya nucifera の実であろう。ウィキの「カヤ」によれば、『種子は食用となる。そのままではヤニ臭くアクが強いので数日間アク抜きしたのち煎るか、土に埋め、皮を腐らせてから蒸して食べる。あるいは、灰を入れた湯でゆでるなどしてアク抜き後乾燥させ、殻つきのまま煎るかローストしたのち殻と薄皮を取り除いて食すか、アク抜きして殻を取り除いた実を電子レンジで数分間加熱し、薄皮をこそいで実を食す方法もある』とある。]

 

刈草の樝子(しどみ)つぶらに露しめり

 

[やぶちゃん注:「樝子」既出既注。]

 

蔬菜籠娘が暮れ暮(ぐ)れに滿てしはや

 

[やぶちゃん注:「暮れ暮れ」の後半は底本では踊り字「〲」であるので、例外的に読みを補った。]

 

 

 

 

    後   記

 

 わたくしの句集は、第一に雲母社發行の「山廬集」、第二に改造社發行の「靈芝」があるのでこれは第三句集となるわけである。この書名を山響集(こだましふ)としたのは、わたくしが自分の中に生活して山響を愛するが故である。ひとり山中に佇つて、われとわが聲をよつて聽くとき、いかにも自分の作品のそれに接する場合を思はせられるのである。で、こんどこの集は、河出書房主の慫慂により江湖にまみえることにたつたのであるが、全作品、わたくしの主宰する雜誌「雲母」はもとより、現在世に行はれてゐるあまたの雜誌及び新間へ約五箇年にわたつて掲載した多數のなかから自選したものである。左樣に多數のものへ掲載したのであるから、選出したとはいふものの、なほ見失つてゐるものも若干あらうかと思はれる。掲載の雜誌や新聞の名を一々附記し、且つその折々の題名など書き入れることも、自分自身のみにとつては多少の興味あることのやうにも思はれたことではあるが、再選した結果、或は一二句にとゞまるのもあれば、全部抹殺するやうな場合にも出逢つたりしたために、さうしたことを一排し、そのう數篇だけをそつくりこの集にとゞめるだけにした。さうして、今年晩春から一箇月あまり私は朝鮮から滿洲及び北支那へかけて旅行したのであるが、これを一區畫としその旅行吟發表までを此の集にとゞめることにした次第である。この一集を記念し、私は更に新たなる足踏みを句道難行につゞけたいと考へるものである。

  昭和十五年九月十一日     蛇 笏

 

[やぶちゃん注:以下、奥附。底本では二重の黒枠(外側が太い)内に配されてある。字配やポイントは再現していない。判読出来ない「〇」は丸の中に「停」の記号で、これは当時の商工・農林省の「暴利取締令」改正(昭和一五(一九四〇)年六月二十四日附)により価格表示規程が書籍雑誌にも適用されたもので、一般商品に対しては「九・一八価格停止令」以前の製品であることを示すものらしい(しかし十月発行なのは不審。改正猶予期間があったものか?)。なお、発行日の「三十一」は明らかに後から貼りつけた跡がある。]

 

昭和十五年十月二十七日印刷

昭和十五年十月三十一日發行

 

山響集

  〇金貳圓五拾錢

 

著作者          飯田蛇笏

 

   東京市日本橋區通三丁目一番地

發業者          河出孝雄

 

   東京市牛込區山吹町三ノ一九八

印刷者          萩原芳雄

 

   東京市日本橋區通三丁目一番地

發行所          河出書房

       振替東京一〇八〇二番

       電話日本橋二七七七番

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