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2016/04/19

原民喜「淡章」(恣意的正字化版)  南風

    南風

 

 昔、濕を患つてゐる若い城主があつた。海を瞰下す巖の上に築かれた城は、南風が吹寄せて來る度に、廊下も襖もじとじとに濕つた。一旦風が去つても、その餘波は到る處に潛んでゐた。松の木は低く地に蹲まり、榎の梢は捻ぢくれて天に絡んでゐる、そのあたりの野づらはべつとりと綠の汁液でれてゐる――それらは總て南風の置いて行つた仕業で、同時に城主は己の疾患の相(すがた)をまのあたりに見る想ひがした[やぶちゃん字注:「」=「血」+「卜」]。植物も動物もここでは無造作に繁殖し脆く死滅して行く。住民は懶惰で粗暴で淫蕩で、唯、盲目の意志に刹那刹那を導かれてゐる――かうした風俗もすべて絶え間なく訪れて來る南風と淫雨の所業であつた。癒えかけては、再發し、潛んでは現れる顏面の濕に、城主はほとほと天の意志を測りかねた。靈藥も祈禱も一時糊塗するのみで、濕は確實に期を覘つては顯れた。ものの本には爽凉の天と乾燥した地の姿が麗しく誌されてゐる。さうした土地を彼は心に描き、己の疾の癒ゆる日を夢みた。だが、徒らに歳月の移るのみで、固疾はもとより變らなかつた。既にして城主は若さを失つてゐた。

 その頃、城下は隣國の兵が攻入るとの噂で持ちきり、早くも隱密の姿を見たと觸れ廻るものもあつた。城主は海を望む一室に端坐した儘動かなかつた。その姿は宛然化石のやうであつた。が、籌策を練つてゐるのでもなかつたし、戰火に脅えてゐるのでもなかつた。ただ、靜かに息をしてゐた。空氣は重く澱んで、低く垂れた空には雨の訪れて來る氣配が篤と漲つてゐる。顏の皮膚は毛穴の一つ一つがじりじりとその濕氣を吸つて、堪へ難く微妙に疼く。今、それを凝と堪へてゐると心は空白と化し、ものの幻がゆるく搖曳した。すべてが城主には昔から傳はる幻のやうに想へるのであつた。

 

[やぶちゃん注:「そのあたりの野づらはべつとりと綠の汁液でれてゐる」(「」=「血」+「卜」])の「」の字は不詳。大修館書店「廣漢和辭典」にも載らない。ところが調べてみると、青空文庫版のまさに原民喜の俳句群原子爆弾 即興ニスギズ(底本は昭和五八(一九八三)年ほるぷ出版刊「日本の原爆文学1」)の二句目に、

   《引用開始》

 

 短夜を[#「血+卜」、232-3、読みは「たお」か]れし山河叫び合ふ

 

   《引用終了》

とある(数字列は底本中の出現する「ページ-行」を示したものである)。これは私の、底本に一九七八年刊青土社刊「原民喜全集 」を用いた「原民喜句集(杞憂句集)」 では、

 

 短夜を倒れし山河叫び合ふ

 

である。漢字自由共有サイト「グリフウィキ」のグループ青空文庫外字の当該字の「ノート」には『仆の造字か』とある。されば、これは「倒れる」の意の「仆」の誤字(原民喜の漢字の誤記憶)と捉えてよいと一応、判断出来る。なお、現代仮名遣ならば読みは「たおれる」でよいが、本文は一貫した歴史的仮名遣表記であるから、これは「たふれる」と表記上は訓じているということになる。「野づらは」「倒れてゐる」という呼応表現はやや強引な印象はあるものの、情景はそれなりに想起し得るし、表現上の無理があると批判出来る程度のものとは言えない。なお、「爽凉」の「凉」は私が変換したものではなく、底本の用字である。題名及び本文の「南風」には一切ルビがない。本語は「みなみかぜ」以外に「みなみ」「はえ」「まぜ」「まじ」「ぱいかじ」等の読みがあるが、ここはルビがない以上、「みなみかぜ」以外の読みを主張することは出来ない。但し、私は個人的生理から一目「はえ」と読んでしまうことは申し添えておく。なお、南方から吹き寄せるそれは特に漁師たちが悪天候の前兆として怖れた。

 「濕を患つてゐる」この「濕」(しつ)は広く皮膚湿疹の謂いにも用いるが、この城主のそれは、単なるそうした難治性の顔面湿疹とは私には読めない。「靈藥も祈禱」を行っても「確實に期を覘つては顯れ」るそれ、「癒えかけては、再發し、潛んでは現れる顏面の」その「濕に、城主はほとほと天の意志を測りかねた」とし、「己の疾の癒ゆる日を」只管「夢みた」「が、徒らに歳月の移るのみで、固疾はもとより變ら」ず、「既にして城主は若さを失つてゐた」という一連の描写からは、かつて感染者は「業病」として激しい差別を受けた、ハンセン病(抗酸菌の一種である放線菌門放線菌綱コリネバクテリウム目マイコバクテリウム科マイコバクテリウム属らい菌 Mycobacterium lepraeの皮膚のマクロファージ内寄生及び末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症であるが、感染力は極めて低い)の、一病態である「湿性癩(らい)」(皮膚や粘膜組織の激しい炎症と壊死を伴う病状)を暗示しているものと私は読む。

 「瞰下す」「みおろす」。

 「宛然」「ゑんぜん(えんぜん)」は、その対象がそっくりそのままであることを形容する。

 「籌策」「ちうさく(ちゅうさく)」と読む。はかりごと・計略の意。

 「篤と」は「とくと」で、じっくりと・念を入れての意で、謂うなら、「すっかり・余すところなく」の謂いである。]

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