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2016/04/11

原爆小景   原民喜

[やぶちゃん注:以下の「原爆小景」という九篇から成る民喜の知られた原爆詩篇は、昭和二五(一九五〇)年八月発行の『近代文学』で一括して発表された。

 底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅲ」を用いた。]

 

 

原爆小景

 

 

 コレガ人間ナノデス

 

コレガ人間ナノデス

原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ

肉体ガ恐ロシク膨脹シ

男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル

オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ

爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ

「助ケテ下サイ」

ト カ細イ 静カナ言葉

コレガ コレガ人間ナノデス

人間ノ顔ナノデス

 

 

 

 燃エガラ

 

夢ノナカデ

頭ヲナグリツケラレタノデハナク

メノマヘニオチテキタ

クラヤミノナカヲ

モガキ モガキ

ミンナ モガキナガラ

サケンデ ソトヘイデユク

シュポッ ト 音ガシテ

ザザザザ ト ヒツクリカヘリ

ヒツクリカヘツタ家ノチカク

ケムリガ紅クイロヅイテ

 

河岸ニニゲテキタ人間ノ

アタマノウヘニ アメガフリ

火ハムカフ岸ニ燃エサカル

ナニカイツタリ

ナニカサケンダリ

ソノクセ ヒツソリトシテ

川ノミヅハ満潮

カイモク ワケノワカラヌ

顔ツキデ 男ト女ガ

フラフラト水ヲナガメテヰル

 

ムクレアガツタ貌ニ

胸ノハウマデ焦ケタダレタ娘ニ

赤ト黄ノオモヒキリ派手ナ

ボロキレヲスツポリカブセ

ヨチヨチアルカセテユクト

ソノ手首ハブランブラント揺レ

漫画ノ国ノ化ケモノノ

ウラメシヤアノ恰好ダガ

ハテシモナイ ハテシモナイ

苦患ノミチガヒカリカガヤク

  

[やぶちゃん注:第三連二行目「焦ケタダレタ」はママ。「ヤケタ」と訓じている可能性も否定は出来ないが、本「原爆小景」の冒頭の一篇「コレガ人間ナノデス」では「真黒焦ゲノ」とあり、ここは

 

胸ノハウマデ焦ゲタダレタ娘ニ

 

の原民喜自身の誤字或いは初出の誤植の可能性も視野に入れる必要があろう。]

 

 

 

 火ノナカデ 電柱ハ

 

火ノナカデ

電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ

蠟燭ノヤウニ

モエアガリ トロケ

赤イ一ツノ蕊ノヤウニ

ムカフ岸ノ火ノナカデ

ケサカラ ツギツギニ

ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ

サケンデユク 火ノナカデ

電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ

 

[やぶちゃん注:「蕊」は音「ズイ」で、花の蘂(ずい/しべ)、草木の実(み)、花の意である。ルビも振られていない以上、私は今も昔も、花の「ずい」と音読みしてきている。或いは三行目で「蠟燭」を直喩で出すこと、「モエアガ」る画像、そこに屹立する「電柱」を「一ツノ」「モエアガ」る対象の中央に立つ「蕊」と言うているとすれば、これは燃え上がるものの「芯(シン)」であって、民喜は「蕊」を「シン」と音読み(無論、「蕊」に「シン」という音も訓もないし、「蕊」に「芯」の意味はない)しているという可能性を排除は出来ない。それでも私は今も「ずい」と読むことにしている。私にはイメージとしてそれで十全だからである。]

 


 

 日ノ暮レチカク

 

日ノ暮レチカク

眼ノ細イ ニンゲンノカホ

ズラリト河岸ニ ウヅクマリ

細イ細イ イキヲツキ

ソノスグ足モトノ水ニハ

コドモノ死ンダ頭ガノゾキ

カハリハテタ スガタノ 細イ眼ニ

翳ツテユク 陽ノイロ

シヅカニ オソロシク

トリツクスベモナク

 

 

 

 真夏ノ夜ノ河原ノミヅガ

 

真夏ノ夜ノ

河原ノミヅガ

血ニ染メラレテ ミチアフレ

声ノカギリヲ

チカラノアリツタケヲ

オ母サン オカアサン

断末魔ノカミツク声

ソノ声ガ

コチラノ堤ヲノボラウトシテ

ムカフノ岸ニ ニゲウセテユキ

 

 

 

 ギラギラノ破片ヤ

 

ギラギラノ破片ヤ

灰白色ノ燃エガラガ

ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ

アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム

スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ

パツト剝ギトツテシマツタ アトノセカイ

テンプクシタ電車ノワキノ

馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ

プスプストケムル電線ノニホヒ

 

[やぶちゃん注:本篇の標題を覗く本文部分は、先行する昭和二二(一九四七)年六月号『三田文学』に発表された「夏の花」に挿入されてある。前後の段落を含めて、以下に引用する。底本は同じクレジットの青土社「原民喜全集Ⅰ」を用いた。

   *

 馬車はそれから国泰寺の方へ出、住吉橋を越して己斐の方へ出たので、私は殆ど目抜の焼跡を一覧することが出来た。ギラギラと炎天の下に横はつてゐる銀色の虚無のひろがりの中に、路があり、川があり、橋があつた。そして、赤むけの膨れ上つた屍体がところどころに配置されてゐた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違ひなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとへば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換へられてゐるのであつた。苦悶の一瞬足搔いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでゐる。電線の乱れ落ちた線や、おびただしい破片で、虚無の中に痙攣的の図案が感じられる。だが、さつと転覆して焼けてしまつたらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒してゐる馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思へるのである。国泰寺の大きな楠も根こそぎ転覆してゐたし、墓石も散つてゐた。外廊だけ残つてゐる浅野図書館は屍体収容所となつてゐた。路はまだ処々で煙り、死臭に満ちてゐる。川を越すたびに、橋が墜ちてゐないのを意外に思つた。この辺の印象は、どうも片仮名で描きなぐる方が応はしいやうだ。それで次に、そんな一節を挿入しておく。

 

  ギラギラノ破片ヤ

  灰白色ノ燃エガラガ

  ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ

  アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム

  スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ

  パツト剝ギトツテシマツタ アトノセカイ

  テンプクシタ電車ノワキノ

  馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ

  ブスブストケムル電線ノニホヒ

 

 倒壊の跡のはてしなくつづく路を馬車は進んで行つた。郊外に出ても崩れてゐる家屋が並んでゐたが、草津をすぎると漸くあたりも青々として災禍の色から解放されてゐた。そして青田の上をすいすいと蜻蛉の群が飛んでゆくのが目に沁みた。それから八幡村までの長い単調な道があつた。八幡村へ着いたのは、日もとつぷり暮れた頃であつた。そして翌日から、その土地での、悲惨な生活が始まつた。負傷者の恢復もはかどらなかつたが、元気だつたものも、食糧不足からだんだん衰弱して行つた。火傷した女中の腕はひどく化膿し、蠅が群れて、とうとう蛆が湧くやうになつた。蛆はいくら消毒しても、後から後から湧いた。そして、彼女は一ヶ月あまりの後、死んで行つた。

   *

地名の内、「己斐」は「こひ(こい)」と読む(現在の広島県広島市西区の己斐(こい)地区原爆ドームの西方約二キロメートルほどに位置する)。「八幡村」は「やはたむら(やわたむら)」で恐らくは広島県の旧山県郡八幡村で現在の北広島町内の八幡(やわた)地区である。]

 

 

 

 焼ケタ樹木ハ

 

焼ケタ樹木ハ マダ

マダ痙攣ノアトヲトドメ

空ヲ ヒツカカウトシテヰル

アノ日 トツゼン

空ニ マヒアガツタ

竜巻ノナカノ火箭

ミドリイロノ空ニ樹ハトビチツタ

ヨドホシ 街ハモエテヰタガ

河岸ノ樹モキラキラ

火ノ玉ヲカカゲテヰタ

 

[やぶちゃん注:「火箭」は通常は「クワセン(カセン)」と音読みするが、これは私は訓読みで「ヒヤ」(火矢(ひや))と訓じたい。昔の戦さで火をつけて射た、敵陣や建物及び物資に火をつけるためのそれは事実、「火矢」とも書き、「火箭」を「ひや」とも訓ずる。]

 

 

 

 水ヲ下サイ

 

水ヲ下サイ

アア 水ヲ下サイ

ノマシテ下サイ

死ンダハウガ マシデ

死ンダハウガ

アア

タスケテ タスケテ

水ヲ

水ヲ

ドウカ

ドナタカ

 オーオーオーオー

 オーオーオーオー

 

天ガ裂ケ

街ガ無クナリ

川ガ

ナガレテヰル

 オーオーオーオー

 オーオーオーオー

 

夜ガクル

夜ガクル

ヒカラビタ眼ニ

タダレタ唇ニ

ヒリヒリ灼ケテ

フラフラノ

コノ メチヤクチヤノ

顔ノ

ニンゲンノウメキ

ニンゲンノ

 
 
[やぶちゃん注:本篇は標題を除いた本文全体(行空けが除去されて「オーオーオーオー」の字下げが一字分に変更されている他は異同がないのでほぼ相同と言える)が、遺稿となった「永遠のみどり」(昭和二六(一九五一)年七月号『三田文学』)に挿入されている。引用前の文章を含めて、本詩が挿入された同作の最後の部分を以下に引用しておく(底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅱ」を用いた)。

   *

 明日は出発の予定だつたが、彼はまだ兄に借金を申込む機会がなかつた。いろんな人々に遇ひ、さまざまの風景を眺めた彼には、何か消え失せたものや忘却したものが、地下から頻りに湧き上つてくるやうな気持だつた。きのふ八幡村に行く路で雲雀を聴いたことを、ふと彼は嫂に話してみた。

「雲雀なら広島でも囀つてゐますよ。ここの裏の方で啼いてゐました」

 先夜瞥見した鼬(いたち)といひ、雲雀といひ、そんな風な動物が今はこの街に親しんできたのであらうか。

「井ノ頭公園は下宿のすぐ近くでせう。ずつと前に上京したとき、一度あの公園には案内してもらひました」……死んだ妻が、嫂をそこへわざわざ案内したといふことも、彼には初耳のやうにおもはれた。

 彼はその晩、床のなかで容易に睡れなかつた。〈水ヲ下サイ〉といふ言葉がしきりと頭に浮んだ。それはペンクラブの会のサインブツクに何気なく書いたのだが、その言葉からは無数のおもひが湧きあがつてくるやうだつた。火傷で死んだ次兄の家の女中も、あの時しきりに水を欲しがつてゐた。水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……それは夢魔のやうに彼を呻吟させた。彼は帰京してから、それを次のやうに書いた。

 

 水ヲ下サイ

 アア 水ヲ下サイ

 ノマシテ下サイ

 死ンダハウガ マシデ

 死ンダハウガ

 アア

 タスケテ タスケテ

 水ヲ

 水ヲ

 ドウカ

 ドナタカ

   オーオーオーオー

   オーオーオーオー

 天ガ裂ケ

 街ガナクナリ

 川ガ

 ナガレテヰル

   オーオーオーオー

   オーオーオーオー

 夜ガクル

 夜ガクル

 ヒカラビタ眼ニ

 タダレタ唇ニ

 ヒリヒリ灼ケテ

 フラフラノ

 コノ メチヤクチヤノ

 顔ノ

 ニンゲンノウメキ

 ニンゲンノ

 

 出発の日の朝、彼は漸く兄に借金のことを話しかけてみた。

「あの本の収入はどれ位あつたのか」

 彼はありのままを云ふより他はなかつた。原爆のことを書いたその本は、彼の生活を四五ケ月支へてくれたのである。

「それ位のものだつたのか」と兄は意外らしい顔つきだつた。だが、兄の商売もひどく不況らしかつた。それは若夫婦の生活を蔭で批評する嫂の口振りからも、ほぼ察せられた。「会社の欠損をこちらへ押しつけられて、どうにもならないんだ」と兄は屈托げな顔で暫く考へ込んでゐた。

「何なら、あの株券を売つてやらうか」

 それは死んだ父親が彼の名義にしてゐたもので、その後、長らく兄の手許に保管されてゐたものだつた。それが売れれば、一万五千円の金になるのだつた。母の遺産の土地を二年前に手離し、こんどは父の遺産とも別れることになつた。

 

 十日振りに帰つてみると、東京は雨だつた。フランスへ留学するEの送別会の案内状が彼の許にも届いてゐた。ある雨ぐもりの夕方、神田へ出たついでに、彼は久振りでU嬢の家を訪ねてみた。玄関先に現れた、お嬢さんは濃い緑色のドレスを着てゐたので、彼をハツとさせた。だが、緑色の季節は吉祥寺のそこここにも訪れてゐた。彼はしきりに少年時代の広島の五月をおもひふけつてゐた。

   *

「E」は遠藤周作。「U嬢」は民喜最後の思い人であった祖田祐子氏である。]

 

 

 永遠のみどり

 

ヒロシマのデルタに

若葉うづまけ

 

死と焰の記憶に

よき祈よ こもれ

 

とはのみどりを

とはのみどりを

 

ヒロシマのデルタに

青葉したたれ

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