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2016/04/16

原民喜「雜音帳」(自筆原稿復元版) 靴と傘

    靴と傘

 

 梅雨がやつて來るので雨具の用意をしなければならなかつた。彼の靴は三處も穴が開いてゐて、そこから水が遠慮なく泌みた。何度靴屋に持つて行つても、靴屋は穴を糸で縫合はせてくれるだけなので、その糸はすぐ切れて、忽ち元の穴が現れる。彼は昔のやうに、その穴にべつたり別の革を絆創膏の如くあてがつて修繕して貰へないものかと思つた。たつたあれ丈の革を靴屋は惜んでゐるのかとも思つた。蝙蝠傘の方もひどかつた。骨がぐら ぐらするばかりでなく、端のところの布が切れてしまつてゐるので、布が内側へまくれ反つて、到底使用には堪へなかつた。が、幸にこの方は張替の布を親戚の家から讓つて貰つてゐた。この新しい純綿の黑布を張替へれば見違へるやうになるだらう。何となしに彼は靴と傘が同時に姿を一新する日を夢みた。

 何か靴の穴を塞ぐ小さな革はないものかと夫婦して思案した揚句、ふと抽匣の底から取出された女房の古い財布があつた。それは彼女が女學生の頃使つたもので、もう内側はボロボロになつてゐたが、外の厚い革は――これはほんとの革なのだらうかと引張つてみたり撫で廻してみた。とにかく靴屋へ持つて行つてみれば判ることであつた。彼は翌日靴屋を訪ねた。「この穴にべつたり革をあてて修繕して貰へませんか」「生憎、革がありません」と、豫想通りの返答である。そこで彼はポケツトから財布の革を取出し、靴屋に示した。「これで修繕して貰へないでせうか。」靴屋は默つて、その革を靴にあてがつてゐたが、「よろしう御座います」と頷いた。「出來ますか」と彼は珍しげに念を押し、「何時頃までに出來上りますか」と急き込んで訊ねた。「仕事がつかへてゐますから、まあ二週間ですな」と靴屋は平然としてゐる。彼はとにかく吻とした、これで靴の方は助かつたと思つた。急に勇氣が増したやうで、今度は傘の方にとりかかつた。

 この頃のことで、蝙蝠を張替へてくれさうな店があるものかどうかも怪しまれたが、兼ねて見當をつけておいた店に彼は這入つて行つた。古道具類が並んだ店の〔片〕隅に蝙蝠傘も相當並べてあるから、そんなこともやつてゐるに違ひない。奧に控へてゐた年寄が彼の姿を認めて、眼球をパチパチさせた。彼がその男に對つて口をきくと、「何?何?」とその年寄は忙しげに耳に手をやつて問ひ返し、「出來ない、布が無いから駄目」ときつぱり頭を振る。「布を持つてくればやつてもらへませう」と彼はまた訊ねた。「持つて來る?持つてくるならよろしい」と年寄はすぐ頷いた。そこで彼は古い編幅傘と新しい布を提げて翌日再びその店を訪れた。昨日と同じ場所に年寄はちよこんと控へてゐた。彼はそのいくらか耳の遠いやうな、顏の小さい男に、これを賴むのは何だか心細くなつた。しかし、相手はもう、傘を展げて、その上に新しい布をあてがつてみたり、そつと骨を摘んでみて、「骨もこれは一本直さねばいけません」と乘氣になつてゐる。そこで「何時頃までに出來ますか」と彼が訊ねると、また、「何?何?」が始まつて大袈裟に手を耳に當てて首を捻る。「何時頃までに出來ますか」と彼が大聲で繰返すと、「あ、さうか、これはちよつと十日かかりますよ」と年寄はとぼけたやうな顏をしてゐる。「名前を云つておかねばいけないでせう」と彼が促すと、側に散らかつてゐた古い荷札を裏〔返〕しにして、「これへ書いておきなさい」と云ふ。彼はこれ以上、念の押しやうもなかつた。

 十日も過ぎたので、もう傘はみごとに張替へられただらうと思つた。彼がその店を訪れると年寄はまた耳に手をあてて問ひ返し、「あんたの傘なら、柄のところを見れは判るでせう、そこへ並べてある中から見つけなさい」と片隅へ彼を導いた。柄のところに名札をつけた傘が七八本並んでゐたが、彼はその中から忽ち見憶えのある傘を見附けて驚いた。柄には確かに彼の名が附いてゐるが、布はもとのままの朽葉色で、ただ骨の端に當る部分が小さな布を新たに當てがつて繕つてある。彼は不思議さうにその汚れた傘を見詰め、「これは端のところを修繕しただけではないか」と呟いた。すると年寄はひどく怒つて、「端のところが朽ちてゐたから、態々こちらで布を當てて、一つ一つ直したのですぞ、それに骨も三本やり直したのですぞ」と云ふ。「しかし、をかしい、これが新しいのと張番へた傘と云へるかしら」と彼は暗澹とした氣持であつた。年寄は目をキヨロキヨロさせ頑に押默つてゐる。「張番へたのなら、その代りがあるでせう、そいつを出して下さい」と彼は年寄に迫つた。すると相手はまた大袈裟に耳に手をやり、「何?何?」を繰返した揚句、「そんなものは無い、剝いだ布はみんな一緒くだにしてしまふから、いちいちとつてはおきませんわい」と年寄はぷんぷん怒り出す。一體これはどういふ積りなのか、彼は途方に暮れて、ともかく傘を受取つてその店を辞した。

 外に出ると暑い陽が背を射て、彼は頻りに怒りがこみ上げて來た。世の中は到頭かうした狀態にまで達してゐるのであらうか。それとも彼がたまたま運悪くかうした目に遇ふのであらうか。蝙蝠傘の布一枚について、あの爺と爭ふのもはしたないことのやうに思へたが、これをそのままにしておくのも殘念であつた。

 傘の方が拙ない結果に終つたので、今度は靴の方まで心配になつて來た。彼は修繕にやつた品がそつくりその儘紛失してゐる場合を想像して、はやくも暗澹とするのであつた。しかし、二週間目にその靴屋を訪ふと、彼の靴は棚の上に置いてあつた。ピカピカと磨かれた上に、穴にはちやんと古財布の革が縫ひつけてあり、それがいかにもその靴とよく似合つて、立派であつた。(昭和十八年)

 

[やぶちゃん注:「これで修繕して貰へないでせうか。」の句点はママ。青土社版には、ない。統一からすればなくすのが当然で、恐らくは校正工によって除去されたものであろう(当時の校正者にはその権利があった)。

 「彼はとにかく吻とした、」の読点は青土社版では句点。その方が自然ではある。「吻とする」は「ほつとする」(ほっとする)と訓ずる。

 「片隅に」の抹消字は思うに「片」の字を書いている途中で、字を誤ったか、筆字が気に入らなかったかして(二画目が三画目を貫いているように見える)、書き直したものと思われる。後の「返」のケースも同じで、民喜の潔癖な性質が窺われる(但し、後のそれは書き換えた「返」の方が「返」に見えない悪筆ではある)。

 「對つて」「むかつて」(むかって)。

 「何?何?」青土社版では「「何? 何?」。以下、「?」の後の字空けは青土社版では総てここと同様なので、注を略す。

 『そこで「何時頃までに出來ますか」と彼が訊ねると、また、「何?何?」が始まつて大袈裟に手を耳に當てて首を捻る』の「大袈裟」は自筆原稿では「大袈沙」。誤字と断じて特異的に訂した。次に出る「大袈裟」も同様なので、以下、この注は略す。

 「態々」「わざわざ」。

 「頑に」「かたくなに」。

 「一緒くだ」はママ。青土社版は「一緒くた」。

 「拙ない」はママ。やるせないの意であるから「切ない」が正しい。青土社版も「拙ない」のままである。]

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