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« 和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 土蜘蛛 | トップページ | 原民喜「幼年畫」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注 「不思議」 »

2016/04/26

原民喜「幼年畫」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注 「小地獄」

[やぶちゃん注:以下の「小地獄」(「しやうぢごく(しょうじごく)」と読んでおく)は昭和一五(一九四〇)年五月号『三田文学』を初出とする。当時、民喜満三十四歳。]

 

 小地獄

 

 私は臺所で老婆が御飯を焚くのを見てゐた。焰の中に突込まれた割木の皮が、ぢぢぢと泡を吹いて、松葉の煙が三和土に流れて來るのを、老婆は滿足さうに屈んで眺めてゐる。

 私はその老婆が何時から私のうちへ來たのか知らなかつたが、何となしに厭な氣持だつた。「婆あ、婆蟲」と、私はとうとう口をついて罵つてやつた。その老婆は聾なのか、汚れて光る筒袖の下に火吹竹をやつて、素知らぬ顏でゐる。「婆蟲、婆蟲、バツサバサ」と、私は大聲で板の間を踏鳴らした。

 すると、老婆はそつと私の方へ笑顏を向けた。見ると、老婆の唇の中には眞黑な蟲がむじやむじや蠢いてゐるのだ。私はわあと大聲で泣喚いた。母が喫驚して駈つけて來ると、老婆は頻りに口をあけて何か云つてゐた。

 もう何も怕いことはないと、漸く私は母に宥められた。そこで、おづおづと老婆の方を視ると、今度はその眞黑な蟲の中に小さな赤い蛇がめらめらと動いてゐるのだつた。

 

 私は女中に負はれて、地獄極樂を見に行つた。蓆で圍はれた掘立小屋の前まで來ると、カンカンカンと小さな鉦が鳴つてゐて、線香の煙がまつすぐ立昇つてゐた。

 木戸口を入ると、ささくれ枯木のむかふに、忽ち大きな靑鬼がゐた。暫く私の眼は不思議な鬼の顏に吸込まれてゐたが、そのうちにもう足がガタガタ慄へ出した。私は女中の耳に口を寄せて「歸らう」と、小聲で囁いた。しかし、女中の手は私の軀をしつかり締めつけてゐて、「まだ、これからですよ」と、冷淡に云つた。

 女中は私を無理矢理に三途の川へ連れて行つた。私が背で泣喚けば喚くほど、女中は態と強情になつた。「見ておきなさい、見ておくものですよ」と、どうしても女中は私に地獄を見せようとするのだつた。煮え滾る泪の中で、私はもう何も見えなかつた。「そら、今度は極樂だからもうそんなに泣くのぢやない」と、女中はきつく私を叱つた。

 外へ出てからも、まだ嗚咽の痙攣が續いた。明るい眞晝の光が眼に沁みて何も彼も前とは變つてゐるやうであつた。女中はぶらぶらと練兵場の方へ歩いて行き、なかなか家へは連れ戻してくれなかつた。

 

 私は風呂場の前の空地で土いぢりをして遊んでゐた。そこの土を掌で掘ると、いくつもいくつも婆蟲が出て來た。婆蟲といふのは蟬の幼蟲で、暗闇から出て來ると白い恨しさうな顏をするのだつた。私はもうそんなことはやめにして、早く家へ歸らうと思つたが、どういふものか婆蟲は後から後から出て來た。

 そのうちに氣がつくと、風呂場の方はもう日が暮れてゐて眞暗になつてゐた。ふと耳許で家の中にある筈の柱時計がヂヤランヂヤランと鳴りだした。私は何だか妙な氣がした。

 それから私が土を拂つて、立上ると、その瞬間、私の足に何か觸れたものがあつた。見ると土の下からによつきり生えてゐる老婆の手だ。あつと思ふ間に老婆は土を割つて、全身を跳ね起した。

 

 私は遲くまで寢そびれて、めそめそ泣いてゐた。とうとう父が私の身體を摑んで、雨戸の外へ放り出した。雨戸の外は濡れた緣側で、葉の落ちた楓の白い幹が屋根の方へ突立つてゐた。庭はキヤツと冴えてゐた。

 殆ど私は死にもの狂ひで泣いた。咽喉がヒリヒリ痛み、そのうちに聲はかすれて行つた。首筋に夜の冷氣が感じられると。また新しい涙が湧いて來た。私は身を縮めて、今度は聲もなく泣いた。

 その時、緣側の月の光がくらくらと搖れ、どたんと、何か私に突當たるものがあつた。次いで私は空の方へ攫はれて行くやうな氣持がした。見ると、庭の池が段々遠くなり、月光に濡れた屋根が小石のやうに飛んで行くのだつた。眞晝のやうに明るい白雲や、大きな松の枝がいくつもいくつも見えて來た。

 暫くして、私は嶮しい山のてつぺんに降された。叢には六七人の天狗が焚火を圍んで蹲つてゐた。私がぶるぶる慄へてゐると、大將らしい天狗が凝とこちらを視つめた。私はその顏が何だか父に似てゐるやうに思へた。その天狗は急に柔和な笑みを湛へた。「これをやるから泣くのぢやないぞ」さう云つて、天狗は團栗の實を一握り、私の掌に渡してくれた。

 

 私は蒟蒻屋の前に立つてゐた。雨の上つた朝で、蒟蒻屋の大きな鐵の釜は頻りに湯氣を吹いてゐた。釜のところの壁は竜が匍上つたやうに黑い跡が着いてゐて、天井は時々稻妻を放つた。

 奧の方から棍棒を持つた若衆が出て來ると、釜の蓋を開けて湯氣の中を搔混ぜ出した。湯の中の蒟蒻はぐらぐらと搖れた。それから別の若衆が笊に一杯白い塊を抱へてやつて來ると、釜の中に放り込んだ。蒟蒻はあーん、あーんと可哀相な聲で泣いた。見ると、白い手をした蒟蒻や、赤い小さな口をした子供が湯氣の中に積重つてゐる。

 私はそつと壁のところの鐵管の下に置いてある大きな桶の方を眺めた。その中にはもう死骸になつた蒟蒻が一杯詰められてゐる。しかし、あの殘骸もこれから何囘となく虐められるのだらうと思へた。あーん、あーんと泣聲は店頭に滿ちた。私も耐らなくなつて、あーん、あーんと泣き出した。

 泣きながら私は、湯氣の向で棍棒を振つてゐる若衆が今に怒つて私に飛掛つて來さうな氣がした。泣きながら私は逃げて行つた。指物屋の前まで來ると、恰度奧では頰骨の突出た瘦せ男が、固い木に鑿を打込んでゐたが、ふと私の逃げてゆくのを見咎めて、慍つと顳顬に靑筋が泛んだ。やにはに指物師は鑿を振上げ、跣で追駈けて來た。

 

 私は父に連れられて、伯父の家へ行つた。初夏の宵の水々しい風が二階の窓に吹いてゐて、二階では澤山の大人が酒盛を始めた。私も父の側にちよこなんと坐つてゐたが、酒盛はなかなか終らず、終には欠がいくつも出た。

 父は私に次の間に行つてやすめと云つた。次の間と、酒盛の部屋とは襖が一枚開けてあつて、燈がそこから洩れてゐた。私は伯母に羽根布團を掛けてもらふと、すぐうつらうつらと睡つた。暫くして、隣室で盛んに手拍子を打つ音がおこつた。手拍子が歇むと、わあと猛烈な笑ひがつづき、何となしに物凄い感じがした。

 私は目をあけて、次の間の方を覗ふと、赤鬼や靑鬼がてらてらとランプの光に映されてゐるのだ。その中に馬の首をした鬼もゐて、その鬼は伯父さんの顏とそつくりだつた。私は喫驚して息を潛めてゐると、馬の首をした鬼は目ざとくも私の方に氣が着いた。その鬼は隣の鬼に何か囁いた。すると囁かれた鬼はすぐ頷き、小聲で皆に何か云つた。次いで、パチパチと皆は掌を打鳴らした。さうすると忽ち鬼は消えて、そつくり以前の酒盛の光景に變つてゐた。

 

 私は母が裁縫する側に寢そべつてゐた。ふと見ると、針差の針の山にてんとう蟲が一匹這登つてゐるのだつた。てんとう蟲は一本の針を傳つて段々てつぺんに登つて行く。針のてつぺんの針のめどに妖しげな光が洩れてゐて、それを眺めてゐると、何だか氣が遠くなるやうだつた。

 その時、母は糸切齒で赤い絹糸をぷつりと食ひ切つた。と、私は母の齒がなんだか怕く思へた。突然、母はホイと奇妙な聲を放つた。私は喫驚して跳ね起きると、改めて母の顏を眺めた。

 母は一寸裁縫の手を休めて、私の動作を不審さうに眺めた。それから少し心配さうな眼で私を眺めた。私は何だか悲しく焦々して來た。恰度その時、表の方をゴロゴロと車の這入つて來る響がした。火の車が迎へに來たらしい。私は一そう焦々した。

 すつと母は靜かに立上つて玄關の方へ行つた。私も急いで母の後を追ふと、玄關には頰被りをした大男が大八車を止めて立つてゐた。車には莚が被せてあつたが、莚の下には、赤い人參や、白い大根や、黑い牛蒡が繩で嚴しく縛附けて隱されてゐた。

 

 私は老婆に風呂桶に入れられて、上から大きな石の錘を置かれた。「今に煮殺しにしてやるわい」と老婆は竈の處に屈んで呟いた。それからごそごそ松葉を搔集めてゐる音が聽えた。やがて燐寸を擦る音がした。火がぽつと燃えだしたらしい。パタパタと澁團扇で煽ぎだすと、竈は轟々と鳴り響いた。

 私は無我夢中で暴れ廻つた擧句、どうやら、緣側のところまで逃げだすことが出來た。日はとつぷり暮れて、庭は眞暗だつた。私の脚はぺつたり緣に吸着いてしまつた。頰を板に橫へて、私は死んだやうになつてゐた。見るともなしに緣の下の方を見ると、何時の間にか小さな川が出來てゐて、暗い水の中を何やら奇怪な顏が流れて行つた。

 生首はつぎつぎに浮び、押流されながら私の方を睥んだり、げらげら笑ひかけたりする。私はそれを見たくないので目を閉ぢてしまつた。「早くランプをつけて明るくしてくれえ」と、私はいつまでも泣き悶えた。

 

[やぶちやん注:「三和土」老婆心乍ら、「たたき」と読む。叩き土に石灰・水などを加えて塗り、叩(たた)き固めたて仕上げた土間のこと。現行は多くがコンクリート製。作業の「叩き」が語源。

「私はとうとう口をついて罵つてやつた」の「とうとう」(到頭)はママ(正しい歴史的仮名遣は「たうとう」)。二箇所出るが、以下は注を略す。

「喫驚して」音なら「きつきやう(きっきょう)」であるが、ここは「びつくり(びっくり)」と訓じていよう。「吃驚」と同じい。

「怕い」「こはい(こわい)」(怖い)。

「團栗」「どんぐり」。

「蒟蒻屋」「こんにやくや(こんにゃくや)」。

「指物屋」「さしものや」は「差物屋」「挿物屋」とも書き、板を細かに差し合わせて作る家具や器具、机・簞笥・障子・箱などの類を作る店のこと。

「慍つと」「慍」は音「ウン」で、恨む・怒る・憤るの意であるが、ここは、そうした心中の不満や怒りが表情へ出たものであるから、「むつと」(「むっとして」の意)と訓じていよう。

「顳顬」「こめかみ」。

「泛んだ」「うかんだ」(浮かんだ)。

「終には欠がいくつも出た」「欠」は「あくび」と訓ずる。正字化しなかったのは多くの作家が「あくび」の場合には、「欠」の字を用いて「缺」を使用しない例をしばしば見てきたからである。

「燈がそこから洩れてゐた」の「燈」は底本の用字である。

「歇む」「やむ」。

「てんとう蟲」はママ。漢字表記は「天道蟲」であるから、歴史的仮名遣としては正しくは「てんたう」でなくてはならない。

「針のめど」「めど」は漢字表記すると「針孔」で針の糸を通す穴のこと。「はりのみみ」「みず」「みみ」などとも呼称する。

「焦々」「いらいら」。

「錘」「おもり」。

「燐寸」「マツチ(マッチ)」。

「澁團扇」「しぶうちは(しぶうちわ)」表面に柿渋を塗った丈夫な日用として実用されるうちわ。夏の季語でもあり、風呂桶に押し込められるところや、後の生首の出現など、まさに夏を意識している感じがする。

「睥んで」「にらんで」。前の蝦獲りに既出既注。]

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