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2016/04/30

原民喜「幼年畫」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注 「白い鯉」

[やぶちゃん注:以下の「白い鯉」は昭和一六(一九四一)年九月号『文藝汎論』を初出とする。当時、民喜満三十五歳。踊り字「〱」は正字化した。]

 

 

 白い鯉

 

 ある晩、雄二は兄達に連れられて、ガチヤガチヤを獲りに行つた。轡蟲は田森の爺さんの處の裏藪で喧しく啼いてゐた。爺さんは手燭に火をつけると、先頭に立つて、露次の方へ廻つた。皆の影法師が次々に大きく納屋の壁に映つて、手燭の灯が徑の叢を照した。ガチヤガチヤの聲が段々近づいて來ると、石崖の上の藪の闇に灯は搖れた。爺さんはそこで立留まつて、崖の上に手燭を置いた。雄二が息を潛めてゐる間に、爺さんはもう一匹捉へて居た。土に露出した竹の根や爺さんの顏が灯に照されてゐて、何となしに凄い容子だつた。二匹目はなかなか獲れないので、爺さんは家の方へ引返した。土間を這入つて、疊の上にあがると、雄二は吻とした。急に雄二は咽喉が乾いて、水を欲しがつた。婆さんが煮ざましを皆に注いで呉れた。それから皆は籠の中の蟲を覗き込んで、啼け、啼けと云つた。蟲は忙しさうに籠の中をはひ廻つてゐた。爺さんは次の間に立つて、何かごそごそ探してゐたが、やがて目鏡と、二枚の紙を持つて來た。「これをあげるから皆でして遊ぶといゝ」と、爺さんは大きな紙を疊の上に置いた。紙にはぎつしり四角な繪が詰つてゐた。いろはかるただ、雄二は眼を瞠つた。貴磨は鋏で繪を切つて疊に並べた。兄達は繪と字の關係をよく知つてゐた。花より團子、といふ繪には串に差した吉備團子があつた。闇夜に鐡砲といふのは獵師のやうな男が片膝を立てゝ空を覘つてゐた、――雄二は暫く家へ歸ることを忘れてゐたが、田森の爺さんの家を出ると、夜の路は眞暗闇だつた。「闇夜に鐵砲」と、大吉は號んだ。それから皆はワーと大急ぎで横腹が痛くなるほど家まで走つた。

 雄二は母に強請つて、いろはがるたを買つて貰つた。字は讀めなかつたが繪はもう解つてゐた。鋏で切つたのを疊の上に並べたり、搔集めて懷に收めたりした。父に見せると、繪を説明してくれた。犬も歩けば棒にあたるといふのは、犬でも歩けば棒にあたるんだよ、と父は笑つた。雄二は隣の染物屋の犬が通る度に氣をつけて見たが、棒にはあたらなかつた。いろはがるたの犬は前足の方に棒があたつてゐるのだが、雄二は棒が歩いて來て、犬にあたつたのだと思つた。――ある時も雄二はいろはがるたのことを考へながら柱に凭掛つてゐた。部屋には呉服屋が來てゐて、一杯反物を並べてゐた。母と姉の淸子は一つ反物を手にとつて眺めたり、疊の上に置いて見たりして思案した。「派手かしら」と母が云ふと、「地味な位ですよ」と呉服屋は云ふ。「やつぱし派手よ」と淸子は反對する。派手と地味といふ言葉の意味は雄二には分らなかつたが、何時までたつても皆は同じことを繰返してゐるやうに思へた。向を見ると飴色の陽ざしが軒の梅の樹へ迷ひ込んで來て、雄二は何となしに牛の涎といふ言葉が浮んだ。「あきなひは牛のよだれ」と大きな聲で云つてみた。「ワハハハ、全くさうですよ、さうですよ」と呉服屋は面白さうに頭をかいた。

 

 納屋の前に大工が雞小屋を持へた。それから大工は風呂場の外塀の續きへ小さな部屋を建てた。新築の部屋はこちらの緣側と對ひ合はせになつて、圓くくり拔かれた壁に障子が嵌められると、お月さまのやうだつた。その部屋へ行つてみると、障子窓の處に鏡臺が置かれ、前に雄二と大吉がよくその窓へぶらさがつた風呂場の塀(その塀はじめじめしてゐて、でで蟲がゐた。)は白壁になつてゐた。洗面所も出來た。毎朝、金盥へ水を汲んでもらつて庭さきで洗つてゐたのが、今度からは風呂場で洗へるやうになつた。雄二は朝起きてからの樣子が前と變つたので、以前のことが仄暗いところへ消えてゆくやうに思へた。「雨戸をあけてはいや、夜にしてくれ、夜にしてくれ、と大ちやんが小さかつた頃にはよく無茶云つて大泣きしたものですよ」と母は雄二に話してきかせた。兄の小さかつた頃は雄二は生れてゐなかつたが、その頃の朝は何だかよほど暗さうに思へる。

 雄二が難小屋へ行つてみると、雞たちは忙しさうにチヨコチヨコと往つたり來たりする。そのうち餌を食べてゐた白い牝雞のところへ、牡雞が近づくと、嘴でくゝと頭をつゝいた。おやと思つて、見てゐると、牡雞は白ばかりを目がけていぢめてゐるのだ。雄二は吃驚して、母のところへ引返した。「牡雞が白をいぢめるよ、惡い牡雞だよ」「ほう、それはいけません」と母はのんきさうに頷く。「ねえ、可哀相よ、別にしてやらなきや白は餌も食べられないもの」雄二は躍起になつた。それから女中に籠を出してもらひ、白をその籠に移すと、雄二は滿足さうに見守つた。一羽だけにされた雞は今度は安心して餌を食べてゐる。「雄二さん有難うと、白が云つてますよ」女中は面白さうに笑つた。「水もやらう」と雄二は臺所の方へ引返さうとした。すると、そこへ安田が白木の棒を澤山抱へてやつて來た。安田はその棒を莚の上に並べだした。「それは何」と雄二は珍しげに大きな棒を視つめた。一寸杵の恰好に似てゐるが、それとも違つてゐた。「なあに、こいつでね、お餠を搗くのですよ」と安田は笑つた。「いや、こいつはね、跛の人がかうやつて杖にするのですよ」と今度は棒を脇の下へ入れて、跛の眞似をする。「ほんとに何なの」と雄二は女中を顧みた。「さあ、多分、これは簞笥や長持を擔ぐ棒なのでせう」と女中は云つた。すると、安田は「鬼に金棒さ」と棒を大袈裟に振上げた。

 

 雄二は病氣して、二三日お醫者の藥を飮んでゐた。ぢつと寢かされてゐると、家にはよくお客があつたり、何となく忙しさうであつた。「今日は皆で寫眞撮すのだから、早く今泉さんのところへ行つて來なさい、そしてお醫者さんがもうよろしいと仰つたら、歸りにお菓子買つて貰ひなさい」と、母は雄二に着物着替へさせた。しかし、雄二はぐづぐづしてゐた。すると女中が「それではおんぶして行きませう」と云つた。雄二は女中に負はれて往來へ出た。二三軒さきの赤い門燈の出てゐる露次の奧が醫者だつた。その露次へ這入つて行く時、雄二は背の上から、その橫の菓子屋の方を眺めた。露次の奧は薄暗いが、お醫者の玄關も薄暗かつた。診察室の方へ行くと、硝子障子の向に明るい綺麗な庭が見え、大きなテーブルや戸棚の上にいくつも置時計があつた。翼のある子供が笛を吹いてゐて、それが振子になつて搖れてゐたり、圓い硝子函の中に金色の齒車を見せながら動いてゐる時計もあり、チクタクチクタクと賑やか音立てゝゐる。それで、雄二は時計に病氣みてもらつてゐるやうな氣持がするのだつたが、懷中電燈で口の中を調べてゐた今泉先生は「もう大丈夫ですな」と大きく頷いた。雄二は吻とした。――露次を出ると、すぐ橫の菓子屋へ女中と這入つた。光澤のいゝ赤や白や綠の小さな菓子(ゼリビンズ)が雄二の眼にはいつた。「何に致します」とおかみさんが訊ねると、雄二はその壺を指差して、「あの、綺麗な豆」と云つた。

 晝すぎに、大吉や貴磨が學校から歸つて來ると、もう寫眞師がやつて來た。雄二は姉の菊子に袴はかせてもらつた。はじめて足を通す袴で、菊子は紐を十字型に結んだ。座敷の緣側には、お嫁さんのやうな服裝した淸子が坐つてゐた。皆が揃ふと、庭の石燈籠のところへ並ばされ、角隱しした淸子を眞中に、その兩側に父母が立つた。雄二は父に手を引いてもらつてはじめて穿かされた袴が窮屈であつたが、寫眞師が三脚の大きな函を据ゑだすと、その方へ氣をとられた。寫眞師が黑い覆ひの中に頭をかくすと、裏地の赤がちらちら見え、雄二は今朝買つてもらつた菓子のことがふと思ひ出された。

 その翌朝は早くから家のうちが騷がしく、雄二が眼を覺すと、いつの間にか居間の方から座敷の方まで、簞笥や長持が並べられ、鏡臺や、盥や、提燈、雨傘、下駄など、その上に置かれた。衣桁や衣紋竿や綱を渡した處にまで衣裳が飾られた。ぎつしり詰つた陳列のため、家の内は薄暗くなり、疊の上に狹い通路が出來た。雄二はその狹い隙間を喜んで歩き廻つた。大きな菊の花の模樣のある羽織や、唐獅子の跳ねてゐる帶や、いろんな着物の中に眼の覺めるやうな紫色の晴着もあつた。雄二は用ありげに往來へ出てみては、また家のうちに引返すのだつた。安田が跛の眞似した白木の棒も壁の隅へ並べてあつた。――雄二はまた往來へ出て行くと、ばつたり叔父と出違つた。叔父は雄二の軀を摑へ、「おい、姉さんは何處へ嫁入するか知つてるか」と訊ねた。「まだしないよ」と雄二は云つた。「まだしない、うん、教へてやらうか、姉さんは今晩儂のところへ嫁入りするのだぜ」と叔父はほんとらしく云ふ。「噓だい」と雄二は叫んで逃げた。

 家のうちには福岡の祖母が來てゐた。そのうちに川崎の伯父、伯母や、いろんな大人が集まり、座敷の方では話聲が賑やかになつた。夕方から風が出て來て、庭の樹木はざわざわ搖れた。座敷の方にガス燈が灯された。雄二が居間の方で福岡の小さな伯母と遊んでゐると、母が呼びに來た。「一寸お客さんの前に出なさい」と、母は雄二を座敷の方へ連れて行つた。座敷では何か始まる前らしく、一寸靜かになつてゐて、貴磨や大吉は屛風の前に坐つてゐた。「こゝへ坐つてゐなさい」と母は大吉の隣の坐蒲團を指差した。雄二が坐つた席の其向ひには川崎の伯父の顏があつた。雄二がいゝお行儀して坐つてゐると、一しきり庭樹がざわざわ搖れる音が聞えた。氣がつくと紋附を着た女の人が雄二の前にやつて來て、盃に注ぐ眞似をした。そして、「姉さんを頂きますよ、下さいますか」と訊ねた。雄二が默つて頷くと、女の人は靜かにお叩頭した。間もなく菊子がやつて來て、「もう、あちらへ行つていゝのよ」と云つた。――雄二は座を立つと、玄關の方へ行つてみた。玄關脇の空地には大きな釜が据ゑられ、焚火が赤々と燃えてゐる。その火の側には田森の爺さんと安田が屈んで何かしてゐる。門の方には大きな提燈が吊され、往來からは絶えず人の顏が覗く。土間にはいろんな下駄が一杯集まつてゐた。ふと見ると門口の方から誰か小さな影が近寄つて來た。影は二人連れで、古着屋の姉妹だつた。彼女達はためらひ勝ちに玄關の方を眺めてゐたが、「お道具見せてもらひませう」と云ふと勝手に奧へ這入つて來た。

 

 翌朝、雄二が目を覺すと、もう嫁入道具はすつかり無くなつてゐた。昨夜、雄二が睡つてから、皆で擔いで行つたのだといふ。雄二はそれが見られなかつたのが殘念で、あの棒で擔がれて、陪い夜道を何處か知らない處へ運ばれて行つたやうに思へた。「今晩は子供はみんなお留守番だから早く寢なさい」と母は晝すぎに出掛けて行つた。夜になると、父の姿も淸子も見えなかつた。元どほりになつた家のうちは淋しく、雄二は眼が冴えて睡れなかつた。「今頃は賑やかでせう」と隣室で菊子と女中の話聲が聞える。すると雄二はあの嫁入道具がまた今夜も何處か知らない處へ運ばれてゐるやうに思へだした。暗い夜の嶮しい道にいくつも提燈が搖れ動き、安田や田森の爺さんの顏がいろはがるたの繪のやうに浮かぶ。それから川崎の伯父や伯母の顏がふつと現れ、父の顏も母の顏も、みんな少しづゝ奇妙に見える。と思ふと闇の中に大きな焚火が赫と燃え、大人達ほ手拍子を打ち、どつと物凄く笑ひ崩れる。「ギヤア」とその時、屋根の方で五位鷺が啼いた。雄二は吃驚して身を縮めた。

 

 その翌朝、雄二が目を覺すと、母はいつの間にか歸つてゐた。母は今度親類になつた石井の家のことを頻りに話した。それは昨夜招ばれて行つた家で、丁度大吉の學校へ行く道の途中にあると云ふ孝平さんといふ、名もよく出た。孝平さんは大學生ださうだが、雄二は大將中將の工兵さんを考へ、工兵さんのところへ姉は嫁入りしたのかと思つた。二三日すると、石井の小母と淸子と孝平さんが雄二の家へやつて來た。石井の小母は雄二の姿を見るとすぐに親しさうに手をとり、「今度遊びにいらつしやいね」と優しく云つた。孝平さんは大將中將の工兵の顏に似てゐたが、角帽を被り、薄い口髭を生してゐた。それから間もなく、淸子と孝平さんは汽車に乘つて東京へ行つた。東京といふ處は汽車で一日半もかゝる遠い遠い處だといふ。さう云ふ雄二の母はいかにも遠さうな表情をしてみせた。ところが、暫くすると、今度は母と菊子がまた東京へ行つてしまつたのである。――母の姿が見えなくなつた家のうちは急に薄暗く思へた。雄二はいつもよく母が納戸に隱れるので、納戸の方へ行つてみると、鐵格子の小窓から白い空が少し見え、何となく怕さうだつた。母ほなかなか歸つて來なかつた。雄二は段段淋しく、いつも泣き噦りたいやうな氣持だつた。

 ある夕方、父は「雄二一緒に散歩に行かう」と云つた。早速、雄二は父に從いてちよこちよこ歩いた。ふと父は思ひ出したやうに「お母さんが留守で淋しいのか」と訊ねた。雄二は「うん」と頷いた。「さうか、それでは今晩は活動寫眞といふものを見せてあげよう」と父は雄二の手を引いてくれた。柳の大木の並んだ邊から段々人通りは繁くなつて來た。やがて、小屋の前に二人は來た。「いゝかい、幻燈とは違つて、繪がずんずん動くのだから面白いぞ」と父は小屋の前で云つた。小屋のうちは眞暗だつた。雄二が椅子に腰を下すと、間もなく前の方が明るくなつて、ヂヂヂと音がし、寫眞が映りだした。「桃太郎だ」と父は云つた。爺さんと婆さんが小さな桃を俎の上に置いて眺めてゐる。と、繪はずんずん大きくなる。「わあ大きくなるな」といふ聲がした。やがて桃が割れ、子供が跳り出た。それから鬼退治まで寫眞は一氣に進んだ。それが終ると雄二と父は外へ出た。外へ出ると急にあたりが水々しく不思議であつた。「もつと散歩するか」と父は雄二の手を引いて、賑やかな通りへずんずん歩いた。それから父は玩具屋に立寄つて水鐵砲を買つてくれた。

 

 ある日とうとう母と菊子が歸つて來た。雄二は母や菊子の顏が嬉しく珍しかつた。母は信玄袋から東京土産を取出した。綺麗な羽子板、繪の描いてあるゴム鞠は雄二の妹のだつた。雄二はぜんまいで動く馬の玩具と繪の描いてある小さな罐を貰つた。――繪を嵌めて覗くと、二つの繪が一つに見える眼鏡があつた。菖蒲の一杯生えて綺麗な池、大きな汽船の横づけになつてゐる波止場、釣竿の並んでゐる土手、鎧に似た橋、お祭のやうに雜沓する街、それが東京の繪だつた。家のうちは急に賑やかになり、東京の話で彈んだ。雄二はいつまでも母達の側にゐた。するとそこへ隣の染物屋の勇さんが遊びに來た。雄二は早速、玩具の馬を持つて玄關へ出た。「こんなもの貰つた」と、雄二は馬を動かせてみせた。勇さんは默つて暫く見とれてゐたが、ふと「そんなものつまんないや」と云ひすてゝとつとと走つて行つた。

 

 一日、母は雄二を連れて石井の家へ行つた。石井の家は川の堤の路へ出て、竹竿の澤山立並んだ處を過ぎ、材木屋の前だつた。石段をとろとろ降りると、大きな玄關があつた。玄關から座敷の方まで薄暗い部屋がいくつもあり、座敷に來ると廣々とした庭が見えた。石井の小母は雄二を見ると親しさうに笑顏した。雄二は座敷へ坐つた時から庭の方に氣をとられてゐた。大きな池もあり、築山もあり、橋も掛つてゐる。母と小母は何か頻りに話し合つてゐたが、ふと「庭の方を見せてもらひなさい」と云つた。雄二は緣側から草履を穿いて、庭石つたひに他の方へ行つてみた。深い池で底の方は眞暗だつた。橋のところまで來て、座敷の方を振かへると、母と小母の坐つてゐるのが小さく見え、藤棚の藤がわづかに搖れてゐる。ふと足許の岩に大きな蜻蛉が來て止つた。と思ふと、池の底から何か白いものが浮んで來た。雄二は吃驚して眼を瞠つた。よく見ると、それはたしかに鯉であつた。大きな白い鯉は雄二の見てゐる側を、金色の眼を光らせ、ゆつくり泳ぎ去る。

 雄二はとつとと座敷の方へ戻つて來た。座敷では蟲干の綱が張られ、着物がとり出されてゐるところだつた。雄二はナフタリン臭い着物を展げてゐる母の側へ近寄り、「白い鯉がゐるよ」と云つた。母は默つて頷き、「これ、みんな淸子姉さんの着物ですよ」と云つた。そこへ、菊子位の女の人がやつて來た。「雄二さん、こちらへいらつしやい」と、女の人は彼を本箱や机のある部屋へ連れて行つた。女の人は手箱の中から江戸繪をとり出し、「これをあげませうね」と云つた。江戸繪は大演習の勇しい繪だつた。

 

 雄二は近所の子供達と遊んでゐた。勇さんは皆で何處か遠くへ行つてみようと云ひだした。「親類へ行つてみようか」と雄二は云つた。「大きな池があつて、白い鯉がゐるよ」「行つてみよう、行つてみよう」と勇さんの弟が云つた。「行く道知つてるのか」と勇さんは訊ねた。「こないだ行つたから知つてる」と雄二はもうその方向へ歩きだした。「よし行かう」と勇さんが贊成すると七八人の子供もみんな從いて來た。皆はワイワイと賑やかに曲り角を過ぎた。暫く行くと、柳並木のある變つた通りへ出た。鋸の看板の掛つた鑪屋の處まで來ると、急に勇さんは「歸らう」と云ひ出した。「歸へらう」「歸へらう」と子供達は口々に唱へ、そのうちにバタバタと走りだした。雄二が振向くと、皆はもう遠くの方へ逃げてゐた。と、たつた一人、呉服屋の福子が側に立留まつてゐた。雄二が歩きだすと、福子は默つて從いて來た。「行つてみるか」と雄二は訊ねた。すると福子はこつくりと頷いた。

 それから二人は急ぎ足で堤の方の路へ出た。竹竿の並んだ處を過ぎ、目じるしの材木屋の前に來た。「こゝだよ」と云つて雄二はとろとろと石段を降りて行つた。大きな玄關に這入つて行くと、奧はひつそりしてゐた。「御免下さい」と雄二は大聲で叫んでみた。暫くすると、奧から甚平を着た老人が出て來た。「森です」と雄二はお叩頭した。福子も並んでお叩頭した。「さうですか、森さんですか。私はこちらの留守番の爺やですが、お歸りになつたらよろしく云つて下さい」老人は穩かにお叩頭した。すると、もう雄二は用事がなかつたが、何か滿足した。「歸らう」と福子を顧みた。

 

[やぶちゃん注:本篇は「雄二」の長姉である「淸子」の婚礼のシークエンスで、これは民喜の姉で長女の操のそれと思われる。ただ、私は既に操が結婚したものとして、前の注で類推していたが、それらは一応、誤りということになる(本「少年畫」が完全に厳守された時系列に基づくものとしての話である)。しかし、「淸子」は今までの諸篇に於いて、「雄二」の日常生活場面に出ることが有意に少なく、やや疑問を覚えるものではある。しかし、操の婚姻前の職業(就いていたと仮定して)及び婚姻時期が不明なため、確述することは出来ない。されば、先行する注も変更する気に今一つならないのである。私の注の矛盾は矛盾のままにしておき、後に識者の御指摘を受けた際に改稿したいと思っている。どうか、識者の御教授を乞うものである。……しかし……何だろう……私はこの掌篇の、この最後の「福子」と二人の「旅」が……言いようもなく美しいと感ずる人間なので、ある――

「ガチヤガチヤ」「轡蟲」直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目キリギリス科 Mecopoda属クツワムシ Mecopoda nipponensis

「いろはがるた」「犬も歩けば棒に当たる」ここで「雄二」の買って貰ったそれは「犬も歩けば棒にあたる」で始まることから、基本を「江戸かるた(犬棒かるた)」としたものであることが判る。但し、「あ」の「あきなひは牛のよだれ」だけは、その内容からも判る通り、西の「大阪かるた」系のものである。ウィキの「いろはがるた」によれば、「かるた」「歌留多」「加留多」「嘉留太」「骨牌」などと表記し、語源はポルトガル語で「手紙」の意の Carta、或いは「紙板状のもの」「トランプ」などを意味するcartaに由来するものの、『同様の遊戯は日本とポルトガルとの接触前からあったものと考えられている。元々は、平安時代の二枚貝の貝殻をあわせる遊び「貝覆い(貝合せ)」である。これとヨーロッパ由来のカードゲームが融合し、元禄時代頃に今日の遊び方となった』。『日本のかるたは』、十六世紀末頃、『筑後国三池(現在の福岡県大牟田市)で作り始められたと言われて』いるとある。

「花より團子」花見に行っても美しい花よりも団子を食うことのみを好むことから、風流よりも実益、外観よりも実質が大事とすることやそうした現実主義的人間の喩えとするが、そこには風流をまるで解さないことへの批評を強く含む。

「闇夜に鐵砲」目標の定まらずに当てずっぽうに行うこと。また、やっても効果のないこと。闇夜の礫(つぶて)とも。

「強請つて」「ねだつて(ねだって)」。

「犬も歩けば棒にあたる」物事を行う者は時に思わぬ災いに遭う、或いは逆に、やってみればと思わぬ幸いに出会うことの喩えとも言う。

「あきなひは牛のよだれ」商売をする際には、目先の利益に捉われることなく、牛の涎れの如く、細く長く常時、切れ目なく辛抱強く気長に続けねばならぬという謂い。

「雞小屋」「雞」は底本の用字。

「でで蟲」腹足綱直腹足亜綱 Apogastropoda下綱異鰓上目有肺目真有肺亜目 Eupulmonataの内、柄眼下目マイマイ上科オナジマイマイ科 Bradybaenidae 及びニッポンマイマイ科Camaenidae に属する種群を代表種とするカタツムリ類を指す。

「一寸杵の恰好に似てゐるが」「ちよつと(ちょっと)」/「杵」(きね)の恰好に似てゐるが」の意。不詳であるが、原民喜の父が軍の用達を職としていたことを考えると、これは松葉杖、T字型杖なのかも知れないが、どうも、次で女中が竿状であることを表現しているところ、安田が「鬼に金棒さ」と言ってのけるところからは寧ろ、T型ではない、棒状の、かの帝国陸海軍で用いられたおぞましい懲罰用の「精神棒」のような気も私はして来るのである。

「鬼に金棒」強い鬼にさらに武器を持たせる意から、ただでさえ強いものに、一層の強さが加わることの喩え。

「泣き噦りたい」「なきじやくりたい(なきじゃくりたい)」。

「鑪屋」そのままなら「たたらや」であるが、これで「いものや」(鑄物屋)と訓じているようにも私には思われる。]

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