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2016/04/13

和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蜻蛉

Tonnbo

やんま    蜻
1  蜻

とんばう   3 負勞

蜻蛉    4   諸乗

       紗羊   蜻蜓

ツイン リン 【和名加介

        呂布】

[やぶちゃん字注:「1」「虫」+「丁」。「2」=「虫」+「亭」。「3」=「虫」+「巠」。]

 

本綱有五六種皆六足四翼大頭露目短頸長腰軃尾翼

薄如紗食蚊虻飮露水水蠆化蜻蛉蜻蛉仍交于水上附

物散卵復爲水蠆也

蜻蛉 總名也大而青色者

紺蠜 一名天雞大而玄紺色者

胡黎 一名江雞小而黃者【和名木惠牟波】

馬大頭 最大而身綠色其雌者腰間有碧色一道取雄

 者入藥【俗云於仁也無牟末】

[やぶちゃん字注:最後の「末」は原本では「未」であるが、誤字と断じて、例外的に訂した。]

赤卒 一名絳縐又名赤衣使者又名赤弁丈人小而赤

 者也【和名阿加惠牟波】今有深赤淺赤二種

博物志所謂五月五日埋蜻蛉頭于戸内可化青珠未知

然否

按蜻蛉總名曰止牟波宇【名義未考】曰夜牟末【惠牟波之訛也】其雄

 者青色雌者褐色【俗云阿布良女】共其頸纎如蠅頸而尾末有

 岐交則以雄尾夾雌頸以雌尾支雄腹而曲交不離而

 飛飛則雌亦展尾回翔水上浸尾於水散卵小兒維雌

 釣雄以爲戲

一種青白色瘦者名志布夜牟末

一種胡黎之類而甚細瘦頗似蚊大者名蚊蜻蛉

相傳赤卒【深赤者】燒末用能治喉痺及小兒口舌病甚神効

 本草曰強陰止精壯陽煖水臟不載治咽喉也然家秘

 妙藥如此者不少

日本紀呼蜻蜓曰秋津蟲吾國地形如蜻蜓展翅故神

武帝始謂吾朝爲秋津洲又雄畧帝四年秋幸吉野川上

小野駈獸欲躬射而待時虻疾飛來5天皇臂於是蜻蛉

忽然飛來齧虻將去嘉厥有心名此地爲蜻蛉野

[やぶちゃん字注:「5」=「口」+「替。]

 和歌所稱加介呂布者遊絲【一名陽焰】凡春日映屋檐而幽

 閃閃無定象以比電光是也俗以爲蜻蛉或爲蜉蝣者

 無據  夫木 春雨にのきのかけろふ見えわかすくれゆく空のたとたとし後鳥羽院

                                 さよ

 

 

やんま    蜻1〔(せいてい)〕  蜻2〔(せいてい)〕

とんばう   3〔(ていけい)〕 負勞〔(ふらう)〕

蜻蛉    4〔(そう)〕     諸乗〔(しよじやう)〕

       紗羊〔(さやう)〕    蜻蜓〔(せいてい)〕

ツイン リン 【和名、加介呂布〔(かげろふ)〕。】

[やぶちゃん字注:「1」「虫」+「丁」。「2」=「虫」+「亭」。「3」=「虫」+「巠」。「4」=「虫」+「怱」。]

 

「本綱」、五、六種、有り。皆、六足四翼にして、大なる頭、露(あら)はなる目、短〔き〕頸、長〔き〕腰、軃尾〔(たび)〕。翼、薄く、紗〔(しや)〕のごとく、蚊・虻を食ひ、露水を飮む。水蠆〔(すいたい)〕、蜻蛉に化し、蜻蛉、仍〔(すなは)〕ち水の上に交はり、物に附きて卵を散〔らし〕、復た、水蠆と爲るなり。

蜻蛉(やんま)は、  總名なり。大にして青色なる者なり。

紺蠜(くろやんま)  一名、「天雞〔(てんけい)〕」。大にして玄〔(くろ)〕く紺色の者なり。

胡黎(きやんま)   一名、「江雞〔(こうけい)〕」。小にして黃なる者なり。【和名、木惠牟波〔(きゑむば)〕。】

馬大頭(をにやんま) 最大にして、身、綠色。其の雌は、腰間に碧色一道、有り。雄なる者を取りて藥に入る【俗に云ふ、於仁也無牟末〔(おにやんま)〕。】

赤卒(あかとんばう) 一名、絳縐〔(こうしゆ)〕、又、「赤衣使者」と名づく。又、「赤弁丈人〔(せきべんぢやうにん)〕」と名づく。小にして赤き者なり【和名、阿加惠牟波〔(あかゑむば)〕。】今、深〔き〕赤、淺〔き〕赤の二種、有り。

「博物志」に所謂〔(いへ)〕る、五月五日、蜻蛉の頭を戸の内に埋めば、青珠(あをだま)に化すべし、と。未だ知らず、然るや否や。

按ずるに、蜻蛉は總名にして「止牟波宇〔(とんばう)〕」と曰ふ【名義、未だ考せず。】「夜牟末〔(やんま)〕」と〔も〕曰ふ【惠牟波〔(ゑんば)〕の訛〔(なまり)〕なり。】其の雄は、青色、雌は褐色【俗に云ふ、阿布良女〔(あぶらめ)〕。】共に其の頸(くびすぢ)纎(ほそ)く、蠅の頸のごとくにして、尾の末〔(すゑ)〕に、岐、有り。交はる時は、則ち、雄の尾を以て雌の頸を夾〔(はさ)〕み、雌の尾を以て、雄の腹に支〔(ささ)〕ふ。而〔(して)〕曲り交りて離れずして飛ぶ。飛ぶ時は、則ち、雌も亦、尾を展〔(ひろ)〕げて水の上を回翔(ふるま)ふ。尾を水に浸して卵を散す。小兒、雌を維(わなぎ)て雄を釣りて以て戲(たはぶ)れと爲す。

一種、青白色、瘦(や)せたる者、「志布夜牟末〔(しぶやむま)〕」と名づく。

一種、「胡黎(きとんぼう)」の類にして、甚だ細く、瘦せて頗る蚊に似たる大いなる者を「蚊蜻蛉(かとんぼう)」と名づく。

相〔ひ〕傳〔ふ〕、赤卒〔(せきそつ)〕【深赤の者。】、燒〔きて〕末にして、用能く喉痺〔(こうひ)〕及び小兒の口舌の病ひを治す。甚だ神効あり。「本草」に曰ひて、陰に強し。精を止め、陽を壯して水臟を煖(あたゝ)むと〔するも〕、咽喉を治することを載せざるなり。然れども、家秘の妙藥、此くのごとくなる者、少なからず。

「日本紀」に蜻蜓を呼んで、「秋津蟲」と曰ふ。吾が國、地形、蜻蜓の翅を展(の)べたるがごとし。故に神武帝より始めて、吾が朝を謂ひて、「秋津洲〔(あきつ)くに〕」と爲す。又、雄畧帝四年秋、吉野の川上の小野に幸(みゆき)して、獸を駈〔(か)〕り玉ひて、躬(みづか)ら射んと欲して待ち玉ふ時、虻(あぶ)、疾〔(はや)〕く飛〔び〕來て、天皇の臂(たゝむき)を5〔(くは)〕ふ。是こに於いて、蜻蛉、忽然と飛〔び〕來〔て〕、虻を齧(か)み、將〔(ゐ)〕て去〔(いん)〕ぬ。厥の心有ることを嘉〔(よ)み〕玉ひて、此の地を名づけて「蜻蛉(かげろふ)の野(の)」と爲す、と。

[やぶちゃん字注:「5」=「口」+「替」。]

和歌に稱する所〔の〕「加介呂布〔(かげろふ)〕」は「遊絲(いとゆう)」【一名、陽焰。】〔なり〕。凡そ、春の日、屋の檐(のき)を映じて、幽(かすか)に閃閃(ひかひか)として定まる象〔(かた)〕ち無く、以て電光に比す、是れなり。俗に以て蜻蛉〔(かげろふ)〕と爲し、或いは蜉蝣〔(かげろふ)〕と爲す者、據〔(きよ)〕、無し。

  「夫木」春雨にのきのかげろふ見えわかずくれゆく空のたどたどしさよ 後鳥羽院

 

[やぶちゃん注:トンボ総論であるが、現行の正規のトンボである、

蜻蛉(トンボ)目 Odonata 均翅(イトトンボ)亜目 Zygoptera・均不均翅(ムカシトンボ)亜目 Anisozygoptera・不均翅(トンボ)亜目 Anisoptera の現行の真正のトンボ類

以外に、明らかに、やや形状の似通ったところの、生物としては縁の遠い

アミメカゲロウ目ツノトンボ科 Ascalaphidae のツノトンボ類

と、

脈翅(アミメカゲロウ)上目広翅(ヘビトンボ)目ヘビトンボ科 Corydalidae のヘビトンボ類

及び、

俗称を「カトンボ」と呼ぶところの、

双翅(ハエ)目糸角(カ)亜目ガガンボ下目ガガンボ上科ガガンボ科 Tipulidae のガガンボ類

さらには、もっと広がってしまって、現在の真正の「かげろう」類たる、

有翅亜綱旧翅下綱 Ephemeropteroidea 上目蜉蝣(カゲロウ)目 Ephemeroptera の仲間

と、それらとは縁遠いが、成虫の酷似する「似非かげろう」類たる、

有翅昆虫亜綱内翅上目脈翅(アミメカゲロウ)目脈翅亜(アミメカゲロウ)亜目クサカゲロウ科 Chrysopidae の仲間

と、同じ「似非かげろう」類である、

脈翅(アミメカゲロウ)目ウスバカゲロウ上科ウスバカゲロウ科 Myrmeleontidae に属するウスバカゲロウの仲間

などをまで、結果的に無批判に含んでしまっている記載であることは明白である。

 以下、ウィキの「トンボ」によれば、全世界に約五千種類、本邦には二百種類近くが分布しているとあり、卵幼虫成虫という『成長段階を経る不完全変態の昆虫である。幼虫は腹腔中に一種のエラをもち、淡水中で過ごす水生昆虫で、種を問わずヤゴと総称される』。『成虫の頭部は丸く、複眼が大きい』。その可視可能範囲(角度)は種によっては実に二百七十度にも及ぶ。『胸部は箱形で、よく発達した長い』二対の『翅を持つ。これをそれぞれ交互にはばたかせて飛行する。空中で静止(ホバリング)することもできる。宙返りが観察された種もある。 留まるときには、翅を上に背中合わせに立てるか、平らに左右に広げ、一般的な昆虫のように後ろに曲げて背中に並べることが出来ない。これは原始的特徴と見られる。 翅には、横方向から見て折れ曲がった構造をしていて凹凸が有り、飛行中に気流の渦ができる。その発見以前の翼の理論では、そのような状態は失速のように、性能が劣ると考えられていた。 翅は』一枚だけが『消失しても飛ぶことが出来る』。『腹部は細長く、後方へのびる』。『脚は捕獲するために使用されるが、歩行するのには適していない。トンボは枝先に留まるのに脚を使う他は、少しの移動でも翅を使って飛ぶことが多い』。『肉食性で、カ、ハエ、チョウ、ガ、あるいは他のトンボなどの飛翔昆虫を空中で捕食する。獲物を捕える時は』六脚『をかごのように組んで獲物をわしづかみにする。脚には太い毛が多く生えていて、捕えた獲物を逃さない役割を果たす。口には鋭い大あごが発達しており、獲物をかじって食べる。自分の体重分の採食を』三十分で『行うことができる『ほとんどの種類のオスは縄張りをもち、生息に良い場所を独占する。他のオスが縄張りに侵入すると、激しく攻撃する。ヤンマ類』(不均翅(トンボ)亜目ヤンマ科 Aeshnidae)『では、より広い行動圏を巡回するように飛び回る行動が知られる』。『オスは腹部の前部に交尾器、先端に尾部付属器をもち、メスを見つけると首を確保して固定する。メスは腹部をオスの交尾器まで伸ばし、交尾をおこなう』。『トンボの交尾はクモと並んで特殊なものである。生殖孔は雌雄ともに腹部後端にあるが、オスの腹部後端はメスを確保するのに用いられ、交尾時にはふさがっている。そこで、オスの腹部前端近くに貯精嚢があり、オスはあらかじめ自分の腹部後端をここに接して精子を蓄える。首をオスの腹部後端に固定されたメスは、自分の腹部後端をオスの腹部前端に接して精子を受け取るのである。このとき、全体として一つの輪を作る』。『交尾が終わったメスは産卵を行うが、産卵の形態は種類によってさまざまである』として、以下のような例が示される。

・ギンヤンマ(不均翅(トンボ)亜目ヤンマ科ギンヤンマ属ギンヤンマ亜種(東アジア産)Anax parthenope julius)など――♀♂が数匹で連結したまま、水草などに産卵(なお、均翅(イトトンボ)亜目 Zygoptera のイトトンボ類の中には潜水して産卵する種も有り)

・アキアカネなど(トンボ科アカネ亜科アカネ属アキアカネ Sympetrum frequens――♀♂が連結したまま、水面を腹部で何度も叩くように産卵

・シオカラトンボ(不均翅(トンボ)亜目トンボ科ヨツボシトンボ亜科シオカラトンボ属シオカラトンボ亜種(日本産)Orthetrum albistylum speciosum)・オオシオカラトンボ(シオカラトンボ属オオシオカラトンボ Orthetrum triangulare melania)など――♀が水草などに産卵するのを、がホバリングしながら上空で見守る。

・ルリボシヤンマ(ヤンマ科ルリボシヤンマ属Aeshna juncea亜種ルリボシヤンマ Aeshna juncea juncea)など――♀が単独で水草の組織内に産卵(均翅(イトトンボ)亜目カワトンボ上科カワトンボ科オハダトンボ属ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia)のように潜水して産卵する種も有り)

・ナツアカネ(不均翅(トンボ)亜目トンボ科アカネ亜科アカネ属ナツアカネ Sympetrum darwinianum――♀♂が連結したまま、水辺の低空から卵をばらまいて産卵

・オニヤンマ(不均翅(トンボ)亜目オニヤンマ科オニヤンマ属オニヤンマ Anotogaster sieboldii――♀が単独で、飛びながら水底の泥に産卵

『孵化した幼虫は翅がなくて脚が長く、腹部の太くて短いものもあればイトトンボ』(均翅(イトトンボ)亜目 Zygoptera の仲間)『のように細長いものもある。腹の内部に鰓(気管鰓)をもち、腹部の先端から水を吸って呼吸を行う。素早く移動するときは腹部の先端から水を噴出し、ジェット噴射の要領で移動することもできる。なおイトトンボの仲間の幼虫には、腹部の先端に』参枚の外鰓を有する。『幼虫はヤゴと呼ばれ、水中で生物を捕食して成長する。幼虫の下顎はヒトの腕のように変形しており、曲げ伸ばしができる。先端がかぎ状で左右に開き、獲物を捕える時は下顎へ瞬間的に体液を送り込むことによってこれを伸ばしてはさみ取る。小さい頃の獲物はミジンコやボウフラだが、大きくなると小魚やオタマジャクシなどになり、えさが少ないと共食いもして、強いものが生き残る。幼虫の期間は』、ウスバキトンボ(不均翅(トンボ)亜目トンボ科ハネビロトンボ亜科ハネビロトンボ族ウスバキトンボ属ウスバキトンボ Pantala flavescens)のように一ヶ月足らずの種も『いれば、オニヤンマなど数年に及ぶものもいる』(「和漢三才図会」では次項に独立項「水蠆」として出る)。『終齢幼虫は水辺の植物などに登って羽化し、翅と長い腹部を持った成虫になる。羽化はセミと同じようにたいてい夜間におこなわれる。羽化の様子もセミのそれと似ている。ただし、トンボの成虫は寿命が数か月ほどと長く、成熟に時間がかかるものが多い。羽化後、かなりの距離を移動するものも知られている。アキアカネなどのアカトンボ類』(トンボ科アカネ属 Sympetrum に含まれる種群)『は、夏に山地に移動し、秋に低地に戻ってくるものがある。その後、交尾・産卵を行って死ぬ。さらにウスバキトンボのように海を越えて移動するものも知られる。この種の場合、熱帯域に生活域の中心があるが、夏に次第に温帯域に進出し、それぞれの地域で繁殖しつつ移動して行き、最終的にはそれらがすべて死滅する、いわゆる死滅回遊を行う』。『寒冷地ではふつう幼虫で越冬するが、オツネントンボ』(均翅(イトトンボ)亜目アオイトトンボ上科アオイトトンボ科オツネントンボ亜科オツネントンボ属オツネントンボ(越年蜻蛉)Sympecma paedisca)『の仲間は成虫で越冬する。『精力剤となるというふれこみで漢方薬として服用された』。『カに対してはボウフラと成虫の両方を捕食するため大きな天敵となっている。また卵で越冬し、幼生期を水中で過ごし、成虫期を陸上(空中)で過ごすところから水田の環境と合致し、稲に対する害虫をよく捕食する』。『他方、害虫となる例はほとんど無いが、ムカシトンボ』(均不均翅亜目(ムカシトンボ)亜目ムカシトンボ科ムカシトンボ属 Epiophlebia の仲間或いは種としてのムカシトンボ Epiophlebia superstes を指すか)『がワサビの、オオアオイトトンボ』(アオイトトンボ科アオイトトンボ属オオアオイトトンボ Lestes temporalis)『がクワやコウゾなどの若枝に産卵するのが栽培農家に害を与える例が知られる。特に後者は一部の枝に産卵が集中するために枝を枯らす場合があり、養蚕農家にとってそれなりに重要である。かつての書物にはその駆除法が記されたものもあった』。

 

・「やんま」大形のトンボの総称。良安も「惠牟波〔(ゑんば)〕の訛〔(なまり)〕なり」と述べている通り、同類の古名である「ゑむば」(惠牟波)或いは同異名「やまゑむば(山蜻蜓:「日本国語大辞典」では「えんま」にこの本文にも異名で出る「蜻蜓」の字を当てている)の「ゑむば」(或いは「ゑば」ともするが、これは古く「む」の撥音便化した「ん」という表記字が存在しなかったことによるものと私には思われ――ほれ、授業でさんざんやった「あるなり」の撥音便「あんなり」が「あなり」としか表記されなかったのと同様さ――「ん」の文字の出現は室町期とされる。別にこの「ゑば」は羽の美しい意の「笑羽(ゑば)」が元だとする説もあるようではあるが、これも訓じるなら、「笑(ゑ)む羽(ば)」が自然と思われ、語音の変容過程は前と同じではないかと私には思われ、実際に「ゑば」と二音で発音していたかどうかは極めて疑わしいと思う)が「えんば」「えんま」「やんま」と誤用或いは転訛とする説、四枚の翅が重なっていることから「八重羽(やゑば)」が「やえば」「やんま」に転じたとする説など、多くある。惠牟波〔(ゑんば)〕の訛〔(なまり)〕なり。

・「とんばう」良安は「名義、未だ考せず」と読者に丸投げしているが、貝原益軒の「日本釈名」(元禄一二(一六九九)年完成)には「飛羽(とびは)」の音が転じたとする説の他、「飛棒(とぶばう)」や「飛坊(とぶばう)」の転訛説などもある。平安後期には既にこの呼称が定着していたと思われ、後白河法皇の編した「梁塵秘抄」が現存する文献での初出とされ、「とぶばう」の訓で出る。

   *

ゐよ ゐよ 蜻蛉(とうばう)よ

堅鹽(かたしほ)參らむ

さてゐたれ はたらかで

簾篠(すだれしの)の先に

馬の尾縒(よ)り合はせて

かい付けて

童(わらはべ) 冠者(くわじや)ばらに操(く)らせて

遊ばせん

   *

無論、現在の「とんぼ」は、これが更に転訛したものである。

・「蜻蛉」の「蜻」の原義は「廣漢和辭典」によれば、蟋蟀(こおろぎ)であり、次に蟬の一種の「むぎわらぜみ」とし(これは恐らくヒグラシと思われる)、最後にトンボを掲げる。「蛉」は逆にいの一番に『とんぼ。あきつ』とし、解字によれば、「令」(清く美しいの意)と「虫」の形声である。

・「1〔(てい)〕」(「1」=「虫」+「丁」)は「廣漢和」によれば、原義はアリの一種で『大赤蟻』、次にカマキリの意し、最後に「3」の熟語を出してトンボの一種とする。

・「2〔(てい)〕」(「2」=「虫」+「亭」)同辞典ではこれも原義は斧足(二枚貝)類のマテガイで、二番目に「2」をトンボの意とする。

・「3〔(けい)〕」)「3」=「虫」+「巠」)これに関しては同辞典では、今までの何だかな的なものではなくて、限定的にズバリ、『しおからとんぼ』(本邦の知られた種で示すと、トンボ科ヨツボシトンボ亜科シオカラトンボ属シオカラトンボ種亜種(日本産)Orthetrum albistylum speciosum となる)とする。

・「負勞」原義は不明であるが、蜻蛉は細腰で美人の比喩となる。美女の腰が細いのは、それなりの苦労を負うているからと読み解くと私は合点出来る(私のトンデモ解釈なれば、くれぐれもまともにお信じになられぬように)。

・「4〔(そう)〕」(「4」=「虫」+「怱」)不詳であるが、「怱」には「急ぐ・慌てる」「忙しい」「俄か」の意がある。ジュール・ルナールの「博物誌」 には(リンク先は私の古い電子テクスト。ボナールの全挿絵附き)、

   *

 

   蜻蛉(とんぼ)   La Demoiselle

 

 彼女は眼病の養生をしている。

 川べりを、あっちの岸へ行ったり、こっちの岸へ来たり、そして腫(は)れ上がった眼を水で冷やしてばかりいる。

 じいじい音を立てて、まるで電気仕掛けで飛んでいるようだ。

 

   *

とあり、私はフランスのルナールに、この「4」を解字してもらったような気になっている。

・「諸乗〔(しよじやう)〕」「本草経集注」に出る。意味不詳乍ら、交尾の際の特異な形態を言ったものか?

・「紗羊〔(さやう)〕」「紗」は薄絹で後でトンボの翅を形容する語として出るから分かるが、「羊」は何だろう? 前の絹に引かれて羊毛の輝きを指すか、或いは、蜻蛉の形状を羊に譬えたものか(しかし、ヒツジには似てないなぁ)。

・「蜻蜓〔(せいてい)〕」「廣漢和」では、この熟語ならばトンボとするが、「蜓」単漢字では爬虫類の守宮(ヤモリ)、或いはニイニイゼミの意である。今まで、あまり、漢名を詳述しなかったが、すると、こんな風にトンデモないことになるからである。向後も、これはあんまりやりたくない(虫扁は特にトンデモ同名異種が多過ぎるからである)。御理解戴きたい。

・「加介呂布〔(かげろふ)〕」トンボをかく呼称してしまうところで現代の我々の生物学的知見はものの美事に無効化されるわけである。なお、冒頭注も必ず参照のこと。

・「軃尾〔(たび)〕」「軃」の異体字は「躱」で、この「朶」は、木の枝が垂れた様指す。尾が下に向かって垂れていることを指す。

・「水蠆〔(すいたい)〕」トンボの幼虫の水棲性のヤゴのこと。既に述べた通り、次で独立項として出るのでそちらを参照のこと。

・「蜻蛉(やんま)」「總名なり。大にして青色なる者なり」とあるから、不均翅(トンボ)亜目ヤンマ科 Aeshnidae 及び同亜目オニヤンマ科 Cordulegastridae(注意されたいが、オニヤンマ科はヤンマ科とは別科である)の大型種或いは個体の内で、強い青色を帯びた種或いは個体の総称である。ウィキの「ヤンマ」によれば、広義にはエゾトンボ科(同亜目エゾトンボ科 Corduliidae)やサナエトンボ科(ヤンマ上科サナエトンボ科 Gomphidae)などの昆虫も含む、とある。『ヤンマ科の昆虫はアオヤンマ』(アオヤンマ属アオヤンマ Aeschnophlebia longistigma)『などを除いて胸に接した腹節が胸の方向にくびれており、その他は節によって太さに差がないのが特徴である。地色は未熟なものでは黄色のものが多く、成熟したものは種によってさまざまな色に変化する。また、ほぼ全ての種において腹部に明色の紋がある。トンボ科の昆虫などより相対的に長い腹部を持ち、頭部はトンボ科の昆虫に似ておおむね球形である。翅のアスペクト比』(aspect ratio:翅の長辺と短辺の比率)『はトンボ科の昆虫のものに近く』、約三・五である。『飛翔は回遊性でかなりの速度である。飛翔力が強く、力強くまっすぐに飛ぶ姿は爽快である。他方、海を越えるような広域移動をする力はトンボ科のものほどではないようで、大抵はそれほど広い分布域を持たない』。ここで良安が認識している「やんま」は恐らく、以上よりも広範囲で、『ヤンマ科のような姿のトンボをヤンマと呼ぶ例も多く、たとえばオニヤンマはオニヤンマ科』で、サナエトンボ科 Hageniinae亜科コオニヤンマ属コオニヤンマ Sieboldius albardae やサナエトンボ科ウチワヤンマ亜科ウチワヤンマ属ウチワヤンマ Sinictinogomphus clavatusはご覧の通り、『サナエトンボ科である。これらは大柄で逞しい姿や細くまっすぐな腹部などはヤンマ科と似ているが、複眼はそれほど大きくなく、左右のそれが互いにしっかりと接していない点などで区別できる』。以下、ヤンマ科の主な種が列記される。

 アオヤンマ属アオヤンマ Aeschnophlebia longistigma

 ヤブヤンマ属ヤブヤンマ Polycanthagyna melanictera

 ルリボシヤンマ属亜種ルリボシヤンマ Aeshna juncea juncea

 ルリボシヤンマ属マダラヤンマ Aeshna mixta soneharai

 ギンヤンマ属ギンヤンマ亜種(東アジア産)Anax parthenope Julius

 カトリヤンマ属カトリヤンマ Gynacantha japonica

・「紺蠜(くろやんま)」これは思うに、以下の色調から見て、狭義のヤンマ類ではないと思われる。均翅(イトトンボ)亜目カワトンボ上科カワトンボ科カワトンボ亜科アオハダトンボ属ハグロトンボ Calopteryx atrata のことではなかろうか(「蠜」の字はイナゴが原義)。少なくとも、本邦で「お歯黒蜻蛉」「黒蜻蛉」というと本種を指す。

・「天雞〔(てんけい)〕」「本草綱目」では「樗雞」という蛾と思われる項に「天雞。郭璞注云、小蟲也、黑身赤頭。一名然今之莎雞生樗木上、六月中出飛、而振羽索索作聲、人或蓄之樊中。但頭方腹大,翅羽外青内紅,而身不黑、頭不赤、此殊不類郭説。樗上一種頭翅皆赤者、乃如舊説、人呼爲紅娘子。然不名樗雞、疑即是此、蓋古今之稱不同爾。」とあり、そこでも述べているように、この「本草綱目」の郭璞注の引用記載自体が当時既に、全然違う生物種であったことが判る。にしてもまあ、蜻蛉を道教の仙界の鶏と呼ぶのは、形状の特異さと、いつも飛び回っているところからは、何となく分らんではない気が私はする。

・「胡黎(きやんま)」「小にして黃なる者なり」ここでのこれは、ネット情報を見る限りでは、特定の種ではなく、不均翅(トンボ)亜目トンボ科ヨツボシトンボ亜科シオカラトンボ属シオカラトンボ亜種(日本産)Orthetrum albistylum speciosum或いはシオカラトンボ属オオシオカラトンボ Orthetrum triangulare melaniaではないかと思われる。トンボ科アカネ属キトンボ(黄蜻蛉)Sympetrum croceolum の和名があるが、この種は体部は赤く、翅の半分近くが黄色味を帯びたもので、この記載とはどうも一致しないように思われる。

・「馬大頭(をにやんま)」「最大にして、身、綠色」不均翅(トンボ)亜目オニヤンマ科オニヤンマ属オニヤンマ Anotogaster sieboldii 。但し、緑色なのは「身」(体部は黄色と黒の縞模様)ではなく、生時の複眼である(標本では黒褐色に変色してしまう)。不審。なお、和名の「オニヤンマ」(鬼蜻蜓とも表記)の「鬼」は、まさに鬼の如き大型の厳めしい面相をしている点、及び、本種のトレード・マークである黒と黄の縞模様が、まさしくかの鬼が穿いているところの「虎のパンツ」の柄にそっくりなところに由来するようである。

・「其の雌は、腰間に碧色一道、有り」は腹端に有意に尖った産卵管を有するので容易に区別出来るが、ここにあるようにそれを一筋の緑色の模様とは表現し得ないと私は思う。不審。

・「赤卒(あかとんばう)」ウィキの「赤とんぼ」によれば、通常は不均翅(トンボ)亜目トンボ科アカネ亜科アカネ属(アカトンボ属 Sympetrum)に『属するトンボを総称して呼ぶが、狭義には秋に平地に群を成して出現するアキアカネ(Sympetrum frequens)のみを指すことがある。ただし、専門知識なしにアキアカネと他のアカネ属のトンボを区別するのは難しい』とある。見分け方は「アカトンボの見分け方 新・神戸の自然シリーズ1」がビジュアルで非常に優れている(リンク先は。左上のアイコンでの見分け方へ移れる)。但し、アカネ属でなくても、アカネ亜科ショウジョウトンボ属タイリクショウジョウトンボ亜種ショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae、トンボ科ハッチョウトンボ属ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea、また、形状がかなり違うが、均翅(イトトンボ)亜目イトトンボ科キイトトンボ属ベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum などもしっかり赤いのでこれらも含めるべきであろう。「卒」は仙界の群れ成して押し寄せる兵卒のイメージか(「卒」には兵士百人の集団の意がある)。「赤衣使者」も同じ道家的な天上界からの使者のニュアンスであろう。

・「絳縐〔(こうしゆ)〕」「絳」は赤の謂いで、「縐」細い・細かいの謂い。前に出したベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum などにこそこれは相応しい気はする。

・「赤弁丈人〔(せきべんぢやうにん)〕」「弁」はこの場合、トンボの頭部の形状から冠の一種を指すか。「丈人」には年寄りを敬っていう謂いの他、妻の父、岳父の意がある。前者か。

・「今、深〔き〕赤、淺〔き〕赤の二種、有り」濃い赤色のそれはアキアカネ Sympetrum frequensや、アカネ属ナツアカネ Sympetrum darwinianum などの成熟したをまず考えてよく(但し、ウィキの「ナツアカネ」によれば、『姿形が非常によく似ているアキアカネとは産卵の方式も異なっており、同属内であっても系統的にはそれほど近縁な種類ではない』とある)、後者の薄い赤というのは全般的な赤とんぼ類の、或いは例えば、アカネ属ノシメトンボ(熨斗目蜻蛉)Sympetrum infuscatum 辺りを候補と出来るであろう。画像で見てもあまり赤くなく、ウィキの「ノシメトンボ」によれば、『未熟なうちは雌雄とも体色は黄褐色をしており、成熟すると雄の腹部背面は暗赤色に変化するが、雌では色が濃くなる程度である。翅の褐色斑の大きさには変異があり、中にはほとんど消失している個体もある』とあるからである。

・「博物志」晋の張華が撰した博物書で、原典は散佚したが、引用断片が比較的多く伝わる。

・「五月五日、蜻蛉の頭を戸の内に埋めば、青珠(あをだま)に化すべし」端午の節句にトンボの頭部を家屋の床下に埋めおくと、それは青い珠玉に変化すること間違いなし。

・「雌は褐色【俗に云ふ、阿布良女〔(あぶらめ)〕。】」これはトンボのを見分ける古式の法のようであるが、「あぶらめ」(読みは東洋文庫版現代語訳のルビを援用)は、蜻蛉の雌の意味では「日本国語大辞典」にも載らない。に較べての体色が褪せるのはトンボ類では一般的で、褐色が薄くなり、それに陽光がさせば、視認印象が油を塗ったような感じには見えるとは思われる。

・「交はる時は、則ち、雄の尾を以て雌の頸を夾〔(はさ)〕み、雌の尾を以て、雄の腹に支〔(ささ)〕ふ。而〔(して)〕曲り交りて離れずして飛ぶ」訳すと――交尾する際には、即ち、がその尾部の刺股状の附属器で以っての頸部を挟みこんで固定し、の方は自分の尾部での腹部を支えて安定させる。そうして、♂♀ともに体を極端に曲げた奇体な体位で離れずに飛ぶ(そして、その異様な体位のままに飛びながら交尾する)――というのである。この観察は多くのトンボ類の交尾をかなり正確に叙述していると言える。例えば、個人サイト「トンボ観察図鑑」の「交尾のしかた」を参照されたい(画像付きで解り易い)。ウィキの「トンボ」によれば、『ほとんどの種類のオスは縄張りをもち、生息に良い場所を独占する。他のオスが縄張りに侵入すると、激しく攻撃する。ヤンマ類では、より広い行動圏を巡回するように飛び回る行動が知られる』。『オスは腹部の前部に交尾器、先端に尾部付属器をもち、メスを見つけると首を確保して固定する。メスは腹部をオスの交尾器まで伸ばし、交尾をおこなう』。『トンボの交尾はクモと並んで特殊なものである。生殖孔は雌雄ともに腹部後端にあるが、オスの腹部後端はメスを確保するのに用いられ、交尾時にはふさがっている。そこで、オスの腹部前端近くに貯精嚢があり、オスはあらかじめ自分の腹部後端をここに接して精子を蓄える。首をオスの腹部後端に固定されたメスは、自分の腹部後端をオスの腹部前端に接して精子を受け取るのである。このとき、全体として一つの輪を作る』とある。授業でも紹介したが、の中には既に別のとの交尾がなされたに、前者ののテリトリーを侵害して侵入、当該の前者のを追い出し、既に交尾済のと新しいが交尾をする際には、交尾前にの生殖孔に脚を入れて、以前に送り込まれた前者のの精子を徹底して掻き出し、自分の精子をやおら注入するツワモノ個体が観察されているという学術記事を読んだことがある。

・「飛ぶ時は、則ち、雌も亦、尾を展〔(ひろ)〕げて水の上を回翔(ふるま)ふ。尾を水に浸して卵を散す」ここは、交尾後の観察である。「回翔」二字で「ふるまふ」と訓じている。――その後、との交接を終えた後の雌もまた、同様に日常と同様に翅を広げて水の上をくるくると巡り飛ぶ。そうして、その最中に尾を水にちょんちょんと浸しては、卵を産み、散布する――というのだが、ここはどうも、交尾後に単独でが産卵する(但し、が警護をするケースがある)タイプではなく、「連結産卵」のことを言っているように思われる。冒頭注及び前にリンクさせた「トンボ観察図鑑」の「交尾のしかた」をやはり参照されたい。

・「小兒、雌を維(わなぎ)て雄を釣りて以て戲(たはぶ)れと爲す」子を亡くした折りに作った加賀千代女の句として人口に膾炙する、

 

 蜻蛉釣り今日は何處まで行つたやら

 

を直ちに想起するが、実は現在、この句は彼女の句ではないとするのが定説である。

・『一種、青白色、瘦(や)せたる者、「志布夜牟末〔(しぶやんま)〕」と名づく』これは、様態と色、及びネット上の複数記載から、不均翅(トンボ)亜目トンボ科ヨツボシトンボ亜科シオカラトンボ属シオカラトンボ亜種(日本産)Orthetrum albistylum speciosum の別称と推定される。

・「胡黎(きとんぼう)」これは以下の記載から見てトンボではないから(次注参照)、体色が褪せた黄色であることを指すだけの謂いであろう。

『甚だ細く、瘦せて頗る蚊に似たる大いなる者を「蚊蜻蛉(かとんぼう)」と名づく』形状と和名から、双翅(ハエ)目糸角(カ)亜目ガガンボ下目ガガンボ上科ガガンボ科 Tipulidae(ガガンボ亜科 Tipulinae・シリブトガガンボ亜科 Cylindrotominae・ヒメガガンボ亜科 Limoniinae の三亜科に分かれる)のガガンボ類を指す。「蚊蜻蛉」(カトンボ)はガガンボ類の別称である。ガガンボは一般に「大蚊」と漢字表記する。

・「喉痺〔(こうひ)〕」口腔及び咽頭の炎症を起こして閉塞する病気。急性扁桃腺炎など。

・『「本草」に曰ひて、陰に強し。精を止め、陽を壯して水臟を煖(あたゝ)むと〔するも〕、咽喉を治することを載せざるなり』確かに、「本草綱目」の「蜻蛉」の「主治」には、「強陰,止精【別錄】。壯陽、暖水臟』としか載らない。

・『「日本紀」に蜻蜓を呼んで、「秋津蟲」と曰ふ。吾が國、地形、蜻蜓の翅を展(の)べたるがごとし。故に神武帝より始めて、吾が朝を謂ひて、「秋津洲〔(あきつ)くに〕」と爲す」「日本書紀」に、

   *

原文

三十有一年夏四月乙酉朔。皇輿巡幸。因登腋上口兼間丘。而廻望國狀曰。妍哉乎國之獲矣。妍哉。此云鞅奈珥夜。雖内木錦之眞迮國。猶如蜻蛉之臀口占焉。由是始有秋津洲之號也。昔伊弉諾尊目此國曰。日本者浦安國。細戈千足國。磯輪上秀眞國。此云袍圖莽句爾。復、大己貴大神目之曰。玉牆内國。及至饒速日命乘天磐船而翔行太虛也、睨是鄕而降之、故因目之曰。虛空見日本國矣。此云袍圖莽句爾。復大己貴大神目之曰。玉牆内國。及至饒速日命乘天磐船。而翔行太虛也。睨是郷而降之。故因目之曰虛空見日本國矣。

やぶちゃんの書き下し文

三十有一年夏四月(うづき)乙酉(きのととり)朔(つひたち)、皇(すめらみこと)、輿(こし)、巡り幸(いでま)す。因りて、腋上(わきがみ)の嗛間(ほほま)の丘(をか)に登(のぼ)りまして、國(くに)の狀(かたち)を廻(めぐ)らし望(のぞ)みて曰(のたま)はく、

「妍哉(あな)にや、國(くに)を獲(え)つること。妍(あな)にや、此れをば鞅奈珥夜(あなにや)と云ふ。内木錦(うつゆふ)の眞迮(まさ)き國と雖も、猶ほ、蜻蛉(あきつ)の臀(と)なめのごとくにあるかな。」

と。是れに由りて、始めて「秋津洲(あきつしま)」の號(な)あり。昔、伊弉諾尊(いざなきのみこと)、此の國を目(なづ)けて曰はく、

「日本(やまと)は浦安(うらやす)の國、細戈(くはしほこ)の千足(ちだ)る國、磯輪上(しわかみ)の秀眞國(ほつまくに)。此れをば、袍圖莽句爾(ほつまくに)と云ふ。」

と。復た、大己貴大神(おほむなちのみこと)、之れを目けて曰はく、

「玉牆(たまがき)の内(うち)つ國。」

と。饒速日命(にぎはやひのみこと)、天磐船(あまのいはふね)に乘りて、太虛(おほぞら)を翔(めぐ)り行きて、是の郷(くに)を睨(おほ)りて降(あまくだ)り及至(いた)る。故(かれ)、因りて目(なづ)けて、

「虛空見(そらみ)つ日本(やまと)の國。」

と曰(のたま)ふ。

   *

とあるのを指す。

・「雄畧帝四年秋、吉野の川上の小野に幸(みゆき)して、獸を駈〔(か)〕り玉ひて、躬(みづか)ら射んと欲して待ち玉ふ時、虻(あぶ)、疾〔(はや)〕く飛〔び〕來て、天皇の臂(たゝむき)を5〔(くは)〕ふ。是こに於いて、蜻蛉、忽然と飛〔び〕來〔て〕、虻を齧(か)み、將〔(ゐ)〕て去〔(いん)〕ぬ。厥の心有ることを嘉〔(よ)み〕玉ひて、此の地を名づけて「蜻蛉(かげろふ)の野(の)」と爲す、と』(「5」=「口」+「替」)は「日本書紀」の、

   *

原文

秋八月辛卯朔戊申。行幸吉野宮。庚戌。幸于河上小野。命虞人驅獸。欲躬射而待。虻疾飛来、噆天皇臂。於是蜻蛉忽然飛來。齧虻將去。天皇嘉厥有心。詔群臣曰。爲朕讚蜻蛉歌賦之。群臣莫能敢賦者。天皇乃口號曰。野磨等能。嗚武羅能陀該爾。之之符須登。柁惋例柯挙能居登。飫褒磨陛爾麻嗚須。飫褒枳瀰簸。賊拠嗚枳舸斯題。柁磨磨枳能。阿娯羅爾陀陀伺。施都魔枳能。阿娯羅爾陀陀伺。斯斯魔都登。倭我伊麻西麼。佐謂麻都登。倭我陀陀西麼。陀倶符羅爾。阿武柯枳都枳都。曾能阿武嗚。婀枳豆波野倶譬。波賦武志謀。飫褒枳瀰爾磨都羅符。儺我柯陀播於柯武。婀岐豆斯麻野麻登因讚蜻蛉。名此地爲蜻蛉野。

やぶちゃんの書き下し文

秋八月の辛卯(かのとのう)の朔(つひたち)戊申(つちのえさる)に、吉野宮(よしののみや)に行幸(いでま)す。庚戌(かのえいぬ)に、河上の小野(をの)に幸(いでま)す。虞人(やまのつかさ)に命(みことのり)して獸(しし)驅(か)らしめたまふ。躬(みづか)ら射むとしたまひて待(お)ひたまふ。虻(あぶ)、疾(と)く飛び來て、天皇(すめらみこと)の臂(みただむき)を噆(く)ふ。是こに蜻蛉(あきつ)、忽然(たちまち)に飛び來て、虻(あぶ)を齧(く)ひて将(も)て去(い)んぬ。天皇、厥(そ)の心有ることを嘉(よみ)したまひ、群臣(まへつきみたち)に詔(みことのり)して曰(のたま)はく、

「朕が爲に蜻蛉を讚(ほ)めて之れ、歌賦(うたよみ)せよ。」

とのたまふ。群臣、能(よ)く敢へて賦(よ)む者莫(な)し。天皇、乃(すなは)ち口號(くちつたへ)して曰はく、

「倭(やまと)の 鳴武羅岳(をむらのたけ)に 鹿豬(しし)伏すと 誰(たれ)か此の事 大前(おほまへ)に奏(まを)す 大君(おほきみ)は 其處を聞きかして 玉纏(たままき)の 胡床(あごら)に立たし 倭文纏(しつまき)の 胡床に立たたし 鹿豬待つと 我(わが)坐(いま)せば さ豬(ゐ)待つと 我(わが)立たせば 手腓(たこむら)に 虻(あむ)搔き付きつ 其の虻を 蜻蛉(あきつ)速(は)や囓(く)ひ 昆(は)ふ蟲も 大君に從(まつら)ふ 汝形(ながかた)は置かむ 蜻蛉島倭(あきつしまやまと)。」

因(よ)りて、蜻蛉を讃めて、此の地を名づけて「蜻蛉野(あきつのをの)」と爲す。

   *

に拠る。この時代の大和朝廷の公式文書には私は興味がない。されば、語注は確信犯で、しない。悪しからず。

・「遊絲(いとゆう)」陽炎と同義もあるが、どうもこれは違うと私は感ずる。次の次の私の注を参照されたい。

・「陽焰」「陽炎」に同じいが、これは歌語とする以上、「かげろひ(かげろい)」「かげろふ(かげろう)」と二様に訓じ得る。次注も参照のこと。

・「春の日、屋の檐(のき)を映じて、幽(かすか)に閃閃(ひかひか)として無定まる象〔(かた)〕ち無く、以て電光に比す、是れなり。俗に以て蜻蛉と爲し、或いは蜉蝣と爲す者、據、無し」これは所謂、大気現象としての「陽炎」にしては、叙述が変である。――「春の日」はいいとしても、家屋の屋根の檐(ひさし)の辺りに漂って輝き、ごくかすかにチカチカッと光っては、定まった形状を見せないところの雷の光のようにぱっと光って消えるようなもの――で孰れも「蜻蛉」或いは「蜉蝣」と書いて「かげろふ(かげろう)」と読ませるもの――これは恐らく、晩秋や早春の頃に、空中に蜘蛛(くも)の糸が浮遊する現象を指す「かげろふ(かげろう)」のことである。あるかなきかの儚いものに譬えられることが多い「糸遊(いとゆう)」のことである。

・「春雨にのきのかげろふ見えわかずくれゆく空のたどたどしさよ」「夫木和歌抄」に載る後鳥羽院の和歌であるが、

   春雨に軒のかげろふ見えわかず暮れゆく空のたどたどしさに

が正しい。]

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