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« 和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 原蠶 | トップページ | 忘れ難き台詞 »

2016/04/07

和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 繭

[やぶちゃん注:以下、前の「原蠶」との間に縦罫一本。以下の「まゆ」は「繭」のルビのように書かれてはあるが、原本では良安は読みや送り仮名を一切、カタカナで振っているのに対し、これは平仮名であって完全な特異点である。しかもこれは通常の単項立ての際の、項目名の右に添えてある和訓の添え書きと同等と見做し得るから、冒頭の原文で同ポイントで出した。]

 

まゆ

【音堅】

[やぶちゃん字注:以下の二行は底本ではポイントの大きな「繭」の下にある。]

 

 蠺已出蛾者曰繭【和名未由】狀似草綿之桃味甘

 温治癰疽代鍼用一枚【燒灰酒服】即出一頭二枚

 即出二頭効無比

山繭乃山中蠶自所作繭也取之爲絲織者甚強但染而

 不染也

 

 

まゆ

【音、堅。】

 

蠺、已に蛾の出ずる者を繭と曰ふ【和名、未由〔(まゆ)〕。】。狀〔(かたち)〕、草綿の桃(もゝ)に似たり。味、甘、温。癰疽〔(ようそ)〕を治す。鍼〔(はり)〕に代〔(か)〕ふ。一枚を用ひて【灰に燒きて酒〔にて〕服〔す〕。】即ち、一頭を出だす。二枚〔にて〕即ち、二頭を出だす。効、比(たぐひ)無し。

「山繭(やままゆ)」は、乃ち山中の蠶、自〔(みづか)〕ら作る所の繭なり。之れを取りて絲と爲し、織る者、甚だ強し。但し、染めて〔も〕染らざるなり。

 

[やぶちゃん注:生活環(ライフ・サイクル)ステージ各論の最後は「繭」。ウィキの「繭」から「ガの繭」の項を引く(私には引用部よりもその前後の記載の方が実は興味深い。興味のある方は見られたい。流石にここで蛾(及び蝶)ではない他の生物種への脱線は控えたい)。蛾類(鱗翅目 Lepidoptera のうち、一般に蝶と見做されるシャクガモドキ上科 Hedyloidea シャクガモドキ科 Hedylidae(一上科一科。中南米産で本邦には棲息しない)・セセリチョウ上科Hesperioidea セセリチョウ科 Hesperiidae(一上科一科)・アゲハチョウ上科Papilionoidea に分類される種群を除いたものの総称)の『幼虫は、多くは蛹化の前に糸を吐き、これをつづり合わせて袋状の構造を自分の周りに作り、その中で蛹になる。成虫になるとその一部を破って脱出する。この袋状の構造が繭である。多くの場合、糸だけではなく、餌の葉などをその外側につけている。形態には様々なものがある。多くは袋状であるが、ウスタビガ』(ヤママユガ科ヤママユガ亜科ヤママユ属ウスタビガ Rhodinia fugax)『の繭は柄があってぶら下がる。また、クスサン』(ヤママユガ科ヤママユガ亜科 Saturnia 属クスサン Saturnia japonica)『の繭は一面に被われているのではなく、糸が寄り合わされた金網のような網目状の壁になっているので、別名をスカシダワラ』(透かし俵)『という。イラガ』(イラガ科イラガ亜科イラガ属イラガ Monema flavescens 及び同イラガ科 Limacodidae のイラガ類。ここ以下はに既出で詳注した)『の繭も独特で、楕円形に近い球形の繭は、糸だけでなく幼虫の分泌物でかためられてちょっとプラスチックのような質感となっている。成虫が脱出する際には、一端が丸い蓋のようにはずれるので、あとには丸い口の開いた小さなカプセルが残る。これを別名スズメノショウベンタゴという』。『実用的に身近なのはカイコの繭である。終齢幼虫は簇(しゅく)という小さく仕切られた器に入れられる。カイコの場合、何もなしで放置されると自力では繭を作れない。しきりにそって糸を吐いて作られる繭は中央がすこしくびれた長楕円形である。一般的な繭のイメージはこれに由来する。成虫は繭の端の部分を溶かして脱出するが、それによって糸が切れてしまうので、絹糸を取るためには蛹のうちに繭を煮て殺してしまう。繭は大抵一匹の幼虫によって作られるが、稀に雌雄のペアで作られることがあり、これを玉繭という。玉繭から絹糸を取ると節のある糸となるため、以前は価値の低い物とされてきた』(既出既注であるが、ここは雌雄のペアとする。私の見た学術的に信頼出来ると判断される養蚕サイトでは特にその限定はなく、しかも二匹以上の複数とあった。孰れが正しいかは分らぬので、一応、注しておく)。『すべてのガが繭を作るわけではなく、たとえばスズメガ類』(スズメガ科 Sphingidae はウチスズメ亜科 Smerinthinae・スズメガ亜科 Sphinginae・ホウジャク亜科 Macroglossinae の三亜科を含む)『は地表の物陰で蛹になる。チョウのほとんどは繭を作らないが、ウスバシロチョウのような例外もある』。鱗翅目アゲハチョウ上科アゲハチョウ科ウスバアゲハ亜科ウスバシロチョウ族ウスバシロチョウ属 Driopa亜属ウスバシロチョウ Parnassius citrinarius については、ウィキの「ウスバシロチョウ」から引いておく。『前にシロチョウとあるが、シロチョウ科ではない。「ウスバアゲハ」と呼ぶこともある』。『中華人民共和国東部、朝鮮半島、日本に分布。日本国内では北海道から本州、四国にかけて分布』する。『北方系のチョウなので、西南日本では分布が限られる』。前翅長は二五~三五ミリメートルで、『翅は半透明で白く、黒い斑紋がある。体毛は黄色く細かい』。年一回、五~六月頃(寒冷地では七~八月頃)に発生、卵で越冬して二~三月頃に孵化する。『日本の日本海側の多雪地帯では個体は黒く、太平洋側の低山地では白い個体が多い傾向がある』。『蛹時にマユを作るという数少ないチョウ』と明記されてある。なお、ネットで調べると、現在、カイコの繭は抗糖尿やダイエット効果が科学的に立証されているようである。

・「草綿の桃」実綿(みわた)のこと。アオイ目アオイ科ワタ属 Gossypium の植物体にそのままの実成果。周囲に綿毛が楕円形に付着したままの種子。

・「癰疽〔(ようそ)〕」悪性の腫れ物。「癰」は浅く大きく、「疽」は深く狭いそれを指すと辞書にはあるが、医学事典を調べると、「癰」も「疽」も恐らくは、所謂、皮膚感染症の中でも化膿が進んでしまった重症の皮膚膿瘍(のうよう)のことで、最も一般的な原因菌は黄色ブドウ球菌及び連鎖球菌である。狭義には応急処置としては切開排膿をする以外にはない状態のものを指すと考えてもよい。但し、以下の主治でこの「繭」の服用だけで比類のない効果があるなんどと宣もうているところからは、もっと軽い、そうさ、オデキがちょっと進んだ症状程度のものをも含むと判断した方がよかろう。

・「鍼〔(はり)〕に代〔(か)〕ふ」鍼治療の代用とする、の謂いであるが、この場合、癰疽と針だから、前注で述べた通り、これはツボに刺してする鍼灸術のそれではなく、外科的な刺針として鍼を用いて、膿を排出させることと読むのが自然である。

・「一頭」後の「二頭」もともに癰疽の中心部の膿の排出状態を指している。東洋文庫版現代語訳では『癰疽の芯一頭』と補助訳されてある。

・「山繭(やままゆ)」ヤママユガ科ヤママユガ亜科ヤママユ属ヤママユ Antheraea yamamaiのことで、亜種として Antheraea yamamai yamamaiAntheraea yamamai ussuriensisAntheraea yamamai yoshimotoi の三種がいる。参照したウィキの「ヤママユによれば、『ヤママユガ(山繭蛾)、テンサン(天蚕)ともいう。日本在来の代表的な野蚕で、北海道から九州にかけて分布し、全国の落葉性雑木林に生息している』。『ヤママユガ科のガの成虫は口が完全に退化しており、蛹化以降は一切の食餌を摂らずに幼虫時に蓄えた栄養だけで生きる』とあり、前翅長は七〇~八五ミリメートルと、『翅は厚く大き』く、四枚の翅には、それぞれ一つずつ『大きな黄茶色で目玉状の模様がある。幼虫はブナ科のナラ、クヌギ、コナラ、クリ、カシ、カシワ、ミズナラなどの葉を食べる』。年一回の発生で、出現期は八~九月頃。『卵の状態で越冬』し、四回の『脱皮を経過して熟蚕となり、鮮やかな緑色をした繭を作る。繭一粒から得られる糸は』長さ約六百~七百メートル、一千粒で約二百五十~三百グラム程度の『絹糸が採取される。この糸は「天蚕糸」と呼ばれる』とある。ウィキの「天蚕糸の記載はより詳しく記載されてあるので、そちらも引いておくと、天蚕糸は『天蚕の繭からとった天然の繊維』のこととし、『釣り糸や医療用縫合糸などに用いられるテグスは、漢字では「天蚕糸」と書くが、これは元来はテグスサンという蛾(台湾の楓蚕(ふうさん)、日本の樟蚕(しょうさん、クスサン))の絹糸腺から取られる糸のことをいう』とある(この「楓蚕」「樟蚕」とはヤママユガ科ヤママユガ亜科 Saturnia 属クスサン Saturnia japonica を指す)。『萌黄色の独特の光沢を持ち、絹に比べて軽くて柔らかいのが特徴である。糸の中に空気が入っているために保温性が高い。また、染料を吸着しにくいために濃く染まらない性質を利用して、家蚕糸と混織し後染めすることで濃淡をつけることも行われている』。『天蚕は日本・台湾・朝鮮半島・中国に分布する絹糸虫である。鱗翅目ヤママユガ科に属する蛾の幼虫で、和名をヤママユと呼ぶ』。『もともと全国の山野に自然の状態で生育している蚕で、古くは木の枝についている繭を集めてきて糸に紡いだ。人工飼育を歴史的に最初に始めたのは、長野県安曇野市有明地区であるとされている』。『天蚕は家蚕に比べて史書に記録される機会が少なく』、文政一一(一八二八)年刊の「山繭養法秘伝抄」『などが存在するだけである』。現在の『長野県安曇野市穂高有明では、天明年間』(一七八一年~一七八九年)『から天蚕飼育が始められた。周辺は穂高連峰の山麓につながる高原で、松・杉とともにクヌギ・ナラ・柏などが群生していたので、多数の天蚕が自生していた』が、享和年間(一八〇一年~一八〇四年)『になると、飼育林を設けて農家の副業として飼養され、文政年間』(一八一八年~一八三〇年)『には穂高や近郷の松本・大町等の商人により繭が近畿地方へと運ばれ、広島名産の山繭織の原料にもなった。嘉永年間』(一八四八年~一八五四年)『頃には、糸繰りの技術も習得し』、実に百五十万粒もの『繭が生産された』。明治二〇(一八八七)年から明治三〇(一八九七)年が『天蚕の全盛期で、山梨県や北関東などの県外へ出張して天蚕飼育を行った』。明治三一(一八九八)年には『有明村の過半数の農家が天蚕を飼育するに至る』。面積三千ヘクタールからの出作分を含め、八百万粒の『繭が生産され、天蚕飼育の黄金時代であった。しかし、焼岳噴火の降灰による被害や、第二次世界大戦により出荷が途絶え、幻の糸になってしまった』。しかし、昭和四八(一九七三)年に『復活の機運が高まり、天蚕飼育が再開された。安曇野市天蚕センターで、飼育・飼育関連イベント・製品展示などが行われている』とある。『天蚕は家蚕のように桑の木を育てる手間はないが、繊細な虫であり人工飼育するには細かな配慮がなされる。飼育場所として日当たりと水はけの良い、乾燥気味の場所が適している。放飼期前にホルマリン液で飼育場所を消毒し、病害虫から天蚕を守る必要がある。天蚕の病気には、微粒子病・膿病・軟化病・硬化病などがあるが、とくに皮膚に黒い斑点の現れる微粒子病は経卵伝染する恐ろしい病気である』。『天蚕の飼育には山飼いと桶飼いの二つの方法がある。山飼いは植栽した樹園を作って飼育するものであり、桶飼いは水を入れた容器に小枝を差して飼育する方法である。色が良く、繭層の厚いものが良い繭である』とある。良安の言うような、染色出来ないという記載は、管見する限りでは認められない。]

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