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2016/04/23

和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 絡新婦

Jyorougumo


ぢよろうくも   斑蜘蛛

絡新婦   【俗云女郎蜘蛛】

ロ スイン プウ

本綱赤斑色蜘蛛名絡新婦昔有張延賞爲斑蜘蛛咬頭

上一宿有二赤脉繞項下至心前頭靣腫如數斗幾至不

救一人以大藍汁入麝香雄黃取一蛛投入隨化爲水遂

以點咬處兩日悉愈又云蜘蛛咬人遍身成瘡者飮好酒

至醉則蟲於肉中似小米自出也

按絡新婦俗稱女郎蜘蛛者是也黃黒綠赤斑美而却

 醜其毒最甚故也形長於蜘蛛細腰尖尻手足長而黒

 其絲黏也如黐而帶黃色布網于樹枝及家檐人捕打

 之則性脆潰而出血死其他蜘蛛及無血其尻尖兩處

 隨動揺光閃閃然不如螢火毎夜鮮明也老者能生火

 闇夜或微雨中遇見之大可小碗圓而帶微青色其行

 也徐不致遠其高也亦不過於家檐蓋鵁鶄之火乃遲

 速高卑不定焉鳥與蟲之異以然矣

酉陽雜俎云深山有大如車輪蜘蛛能食人物

ぢよろうくも   斑蜘蛛〔(まだらぐも)〕

絡新婦   【俗に云ふ、女郎蜘蛛。】

ロ スイン プウ

「本綱」、赤斑色の蜘蛛を「絡新婦〔(らくしんぷ)〕」と名づく。昔、張延賞と云ふ人、有り。斑蜘蛛の爲めに頭上を咬まれ、一宿して、二つ、赤き脉(すぢ)有り、項〔(うなじ)〕の下を繞(めぐ)り、心〔(しん)〕の前に至る。頭靣〔(づめん)〕、腫るゝこと、數斗のごとし。幾〔(ほと)〕んど救はざるに至る。一人、大藍汁〔(だいあゐしる)〕を以て麝香〔(じやかう)〕・雄黃〔(ゆうわう)〕を入れ、一蛛を取て投げ入るれば、隨ひて化して水と爲る。遂にこれを以(も)て咬まれたる處に點ず。兩日、悉く愈ゆ。又、云はく、蜘蛛、人を咬(かん)で、遍身、瘡〔(かさ)〕と成る時は、好〔き〕酒を飮み、醉〔(ゑひ)〕に至れば、則ち、蟲、肉中に於いて小〔さき〕米に似、自〔(おのづか)〕た出づるなり。

按ずるに、「絡新婦」は、俗に「女郎蜘蛛」と稱する者、是れなり。黃・黒・綠・赤〔の〕斑〔(まだら)〕、美なり。而れども却て醜(みにく)し。其の毒、最も甚しき故なり。形、蜘蛛より長く、細き腰、尖れる尻。手足、長くして黒。其の絲、黏(ねば)きこと、黐(とりもち)のごとくにして、黃色を帶ぶ。網を樹枝及び家の檐〔(ひさし)〕に布〔(し)〕く。人、捕(とら)へて之れを打てば、則ち、性、脆(もろ)く、潰れて血を出だして死す。其の他の蜘蛛は、及〔(すなは)〕ち、血、無し。其の尻、尖り、兩處、動揺するに隨ひて光り、閃閃(ひかひか)とす。然れども螢火〔(ほたるび)〕の毎夜〔(よごと)〕、鮮明(あざや)かなるには若かず。老する者、能く火を生ず。闇夜或いは微雨の中、遇(たまたま)、之れを見る。大いさ、小さき碗〔(わん)〕ばかり、圓〔(まる)〕くして微青色を帶び、其の行くこと、徐(しづか)にして遠〔(ゑん)〕を致さず、其の高きことも亦、家の檐より過ぎず。蓋し、鵁鶄(ごいさぎ)の火は、乃〔(すなは)〕ち、遲速・高卑〔(たかひく)〕定まら〔ざるは〕、鳥と蟲との異、以て然り。

「酉陽雜俎〔(いうやうざつそ)〕」に云ふ、深山に、大いさ、車輪のごとくなる蜘蛛、有りて、能く人・物を食ふ〔と〕。

[やぶちゃん注:この蜘蛛は、

節足動物門鋏角亜門蛛形(クモ)綱クモ目クモ亜目クモ下目コガネグモ上科ジョロウグモ科ジョロウグモ属Nephilaのジョロウグモ類

及び、同属の代表種で一般に我々がよく目にするところの、

ジョロウグモ属ジョロウグモ Nephila clavata

それに加えてここでは特に、奄美大島以南に棲息する同属の本邦産クモ類の最大種とされる、

オオジョロウグモ Nephila pilipes

も挙げておきたい。このオオジョロウグモは最大体部が五センチメートルにも及び、脚部を含めると、何と、二十センチメートルにも生長するというとんでもない大きさの種であり、時には小鳥をさえも捕食することが知られている恐るべき巨大蜘蛛である。

 但し実は、以下の引用にも出るが、我々の殆んどは、このジョロウグモ属Nephilaのジョロウグモ類でない、しかしジョロウグモに似た黄色の斑紋を持つところの

大型のコガネグモ科 Araneidae

をも、古典的博物学上(実際には現在も)に於いて「女蜘蛛」と呼称していた/いるので、このコガネグモ科も掲げておく必要があると言える。しかし以下の引用でも解説される通り、

良安はまさにほぼ限定的に、真正のジョロウグモ属ジョロウグモ Nephila clavata をここでは記載しているらしい

良安先生! ヤッタね!!!

 以下、ウィキの「ジョロウグモ」より引く。『夏から秋にかけて、大きな網を張るもっとも目立つクモである。大型の造網性のクモで、コガネグモと共に非常によく知られたクモである。コガネグモと混同されることが多いが、系統的にはやや遠いとされる。コガネグモよりはるかに大きくて複雑な網を張り、網の糸は黄色を帯びてよく目立つ』。『和名は女郎に由来すると一般的には考えられているが、一方で』は真逆の「上臈」(じょうろう:「上臈女房」のこと。「臈」と「﨟」は同字(古文原典では後者の方が多い)。身分の高い女官の意)『から来ているとも言われている』。『性的二形が大きく、成体の体長は雌で』十七〜三十ミリメートルであるのに対し、雄は六〜十三ミリメートルと実に雌の『半分以下である。形はほぼ同じで、腹部は幅の狭い楕円形で歩脚は細長い。成熟した雌の腹部には幅広い黄色と緑青色の横縞模様があるのが特徴であり、腹部下面に鮮紅色の紋がある。ただし、成熟する寸前までは雄のような斑模様が見られる。雄は雌に比べて小さく、色も褐色がかった黄色に濃色の縦じま混じりの複雑な模様がある。歩脚は暗い褐色に黄色の帯が入る』。『幼体と亜成体は複雑な斑模様を持つ』。『春に孵化し、雄で』七回ほど、雌で八回ほど『脱皮を繰り返して成体となる。成熟期は』九〜十月頃で、『この時期に交尾が行われる。交尾は雌の脱皮直後や食餌中に行なわれる。これは、交尾時に雌が雄を捕食してしまう危険があるため』である。十〜十一月頃に『産卵、樹木や建物等に白色の卵嚢をつくり、卵で冬を越す。幼体は春に孵化し』、「団居(まどい)」と『呼ばれる集団生活を送った後、糸を使って飛んで行くバルーニングを行う』。『造網性のクモで、垂直円網を張るが、その構造は特殊で、通常のそれより複雑になっている。それについては後述する。クモは網の中央に常時滞在している。網は全体を張り替えることはあまりせず、通常は壊れたところなど、部分的に張り替える』。『視覚はあまりよくないため、巣にかかった昆虫などの獲物は、主に糸を伝わる振動で察知するが、大型の獲物は巣に近づいて来る段階で、ある程度視覚等により捕獲のタイミングを整え、捕獲している。巣のどこにかかったのか、視覚では判別しづらいため、巣の糸を時々足で振動させて、そのエコー振動により、獲物がどこに引っかかっているのか調べて近づき、捕獲している。捕獲された獲物は、毒などで動けないよう処置をされたあと、糸で巻かれて巣の中央に持っていかれ吊り下げられ、数日間かけて随時捕食される。獲物は多岐にわたり、大型のセミやスズメバチなども捕食する。捕食は頭から食べていることが多い。成体になれば、人間が畜肉や魚肉の小片を与えてもこれも食べる』。『ジョロウグモの網は、とても大きく』、直径メートルほどになるのものもある(先のオオジョロウグモでは倍の二メートルと言われる)。『横糸が黄色いので、光が当たると金色に光って見える』。『ジョロウグモの網は、いわゆるクモの網として、普通に知られている網の形、円網の一種だが、特殊な部分がたくさんある。円網は、ふつう、外側に「枠糸」があり、その枠の中に、中心から放射状にのびた「縦糸」と、同心円を描くように(実際には螺旋)張られた「横糸」からなり、横糸に粘液がついているものである。隣り合った縦糸の間の空間は扇形になり、そこに張られる横糸は、当然ながら中心から遠いほど長くなる。ところが、ジョロウグモの網の場合、それぞれの縦糸間の横糸の長さが、中心近くでも、外側でもそれほど変わらない。これは、ジョロウグモの縦糸が、外に行くにつれて二又に枝分かれするように張られているからである』。『横糸は黄色で』、五〜六本おきに『間隔が開いているため、まるで楽譜のように見える。横糸の間隔をよく見ると、透明なジグザグの横糸が入っている。これは、横糸を張る前に張られる「足場糸」が残っているためである。この楽譜模様・ジグザグ模様は作りたての新しい網にはハッキリと見て取れるが、古くなり形が崩れると、ただの格子模様になってしまう。横半分だけを作り直す習性もあり、このため、左右で模様が若干異なる網も見られる。また、上の方に、横糸の張られていない縦糸の間がある。つまり、ジョロウグモは、横糸を張るときにぐるぐる回るのではなく、往復運動だけで横糸を張る。しかも、下の方で往復を繰り返すので、網全体は下へ伸びた形になっている』。『網全体を見れば、円網に近い中心の網の前後に、立体的な補助の網を持っているのも特徴』であると記す。『ジョロウグモの網の端の方や前後の補助の網に、仁丹のような銀色の粒の形のクモが見つかることがある。これは』ヒメグモ科イソウロウグモ亜科イソウロウグモ属シロカネイソウロウグモ Argyrodes bonadea という全く別な種で、『網に捕らえられたジョロウグモが相手にしないような小さな昆虫を拾って食べているとも言われている。南の地域では、一回り大きくて朱色の』同イソウロウグモ属アカイソウロウグモ Argyrodes miniaceus も『見掛ける』(私が使用に不服であるところの所謂、「片利共生」か)。『また、枠糸の間に小さなアシナガグモ』(クモ目アシナガグモ科アシナガグモ属 Tetragnatha の類)『の幼虫が網を張ることがある。小型のクモは狭いところでしか網を張れないから、枠糸を利用すれば広い空間に出ることができる。つまり、ジョロウグモの網が小型のクモのための足場として利用されている』(これもどう見ても「片利共生」だ)。『ジョロウグモの摂食中の餌には、小さなハエが集まって、クモの反対側から餌をしゃぶっているのを見掛けることもある』。『ジョロウグモは JSTX-3 という毒を持っており、興奮性神経の伝達物質であるグルタミン酸を阻害する性質がある。ただし、一匹がもつ毒の量は微量であり、人が噛まれたとしても機械的障害もない場合がほとんどである』(但し、これには注意書きがあって例のオオジョロウグモ類から咬傷を受けた場合は軽度の機能的障害が起こる場合があるとある)。『日本では本州から九州では普通種だが、北海道にはおらず、南西諸島では沖縄本島北部までに知られる。国外ではインド、台湾、中国、朝鮮に分布する』。以下、「ジョロウグモとコガネグモ」の項。『かなり多くの地方で、ジョロウグモと同様に黄色の斑紋を持つ大型のコガネグモ類(コガネグモ科)も含めて「ジョロウグモ」と呼んでいるので注意を要する。次のように違いははっきりしているので、見分けるのは簡単である』。

ジョロウグモ

『夏以降に成熟し、秋に産卵する。網は大きくて下に長い馬蹄形で、白い帯はつけない。腹部は長い楕円形で、黄色と灰青色の横帯模様』である。

コガネグモ

『初夏から夏にかけて成熟し、卵を産んで死んでしまう。網は標準的な円網で、そこにX形に白い帯(隠れ帯)をつける。腹部は丸みを帯びた五角形に近く、黄色と黒の横帯模様。なお、コガネグモには数種の近似種がいる』。『文献には、「ジョロウグモ」の名は江戸時代から見られ、方言や誤用を含め、以下のような種を表していた。『和漢三才図会』の「ぢょらうぐも」は、内容や漢訳「絡新婦」からして Nephila clavata のこととされるが、他には Argiope(コガネグモ属)と思われる記載がされた文献もある』(下線やぶちゃん)。

 ジョロウグモ科ジョロウグモ属ジョロウグモ Nephila clavata

 コガネグモ科コガネグモ属コガネグモ Argiope amoena

       コガネグモ属ナガコガネグモ Argiope bruennichii

       コガネグモ属コガタコガネグモ Argiope minuta(稀)

       コガネグモ属チュウガタコガネグモ Argiope boesenbergi(稀)

なお、明治四〇(一九〇七)年、『岸田久吉は Nephila clavata にジョロウグモの和名を当てた。しかし』、大正五(一九一六)年に山鳥吉五郎はコガネグモ科コガネグモ属の『Argiope bruennichii(現在の和名はナガコガネグモ)がジョロウグモであるとした。最終的に岸田の命名が広まり、現在に至』っているとある(最後の部分は和名の本来の「じょろうぐも」が何であったのかという、生物和名の同定論争である)。

・「ぢよろうくも」訓読でも「くも」には敢えて濁点を打たなかった。「ぢ」に濁点を打って「く」に打たないのは、良安が「じょろうくも」と清音で読んでいたことを意味すると判断したからである。東洋文庫版現代語訳は「じょろうぐも」とする。採らない。

・「絡新婦」驚いた! ワード(マイクロソフトIME2010)で「じょろうぐも」と打って変換して御覧なさい! 「女郎蜘蛛」じゃあ、なくて! この文字列が! 出る!

・「張延賞……」以下は時珍が劉禹錫(りゅううしゃく 七七二年~八四二年:「詩豪」と称せられた中唐の名詩人にして政治家)の処方集「伝信方」から引いたもので、

   *

判官張延賞、爲斑蜘蛛咬頸上、一宿有二赤脈繞項下至心前、頭面腫如數斗、幾至不救。一人以大藍汁入麝香・雄黃、取一蛛投入。隨化爲水。遂以點咬處、兩日悉愈。

   *

とあるのに拠るのだが、お気づきになったように「本草綱目」では「頭上」ではなく、「頸上」である。これは私は良安の誤写と思う。病態から見ても、脳天を嚙まれたんではなく、首筋の上であろう。頸動脈を嚙まれて急速に毒が廻ったからこそ、一夜で病態が危篤状態にまで達したに違いない(頭頂部ではこんなに簡単に毒は廻らないと思いますよ、時珍先生)。但し、中国でもこんな強烈な有毒種のクモがいるとは思われないから、何か別な毒虫か毒蛇に咬まれたと考えるのが自然である。病態から見ると、すこぶるヘビ毒っぽいのである。

・「心」心臓。

・「頭靣」頭部と顔面。

・「數斗」斗は唐時代の体積単位では約五・九リットルであるが、ここはまさに頭部が一斗升(現行は十八リットルだから三分の一の大きさ)の数倍の大きさに腫れ上がったというのだから、それこそ有意に見た目が二回りほどには腫脹したというのであろう(それ以上デカくなると、動脈破裂で即死するか、気管閉塞で窒息死してしまうから現実的でない)。

・「一人」ある人。本草学に詳しいのであろう。

・「大藍汁」「藍汁」ならばタデ目タデ科イヌタデ属アイ Persicaria tinctoria の葉を発酵させて石灰乳を混和し、藍染めの材料として青藍(せいらん)を沈殿させた状態の液を指す。「大」の意は不詳。アイの類の当時の種別(「大藍」という名)か。その場合でも要は「犬蓼」の中の大きな葉を持つ「藍」で同種(アイ Persicaria tinctoria)のことを指すのではなかろうかと私は思う。

・「麝香」哺乳綱鯨偶蹄目反芻亜目真反芻亜目ジャコウジカ科ジャコウジカ亜科ジャコウジカ(麝香鹿)属 Moschus の仲間のの成獣がを誘うための性フェロモンを分泌するために持つ麝香腺(陰部と臍の間にある)の嚢を抜き取って乾燥させたもの。現在では主に媚薬として知られる。

・「雄黃」鶏冠石。毒性が強いことで知られる三酸化二砒素(As2O3 :英名 Arsenic trioxide)を含む。

・「一蛛を取て投げ入るれば」気になるのはこの治療薬に混入する蜘蛛はその「斑蜘蛛」なのか、それとも違う種なのかの記載がない(原典も)。毒を以って毒を制す式なら、同一種でないとあかんと私は思うが、如何? ともかくも処方としては杜撰じゃろが!

・「隨ひて化して水と爲る」投げ入れるとその蜘蛛が、その水溶液に速やかに溶け、完全に水、姿形を失ってしまった、というのである。

・「點ず」点滴した。

・「兩日」二日で。

・「遍身」全身。

・「好〔き〕酒」恐らくはアルコール度数の高い酒であろう。

・「蟲、肉中に於いて小〔さき〕米に似、自〔(おのづか)〕た出づるなり」思うのだが、ここは恐らく、鋏角亜門蛛形(クモ)綱ダニ目 Acari のダニ類の寄生による炎症或いはそのダニが寄生することで引き起こされた(ダニが媒介した)感染症を指しているように思われる。例えば全身性のものとなると、皮膚に穿孔して寄生するコナダニ亜目ヒゼンダニ科Sarcoptes 属ヒゼンダニ変種ヒゼンダニ(ヒト寄生固有種)Sarcoptes
scabiei
var. hominis によって引き起こされる疥癬がまず頭に浮かぶ(百万から二百万個の虫体が免疫力低下したヒトに寄生するノルウェー疥癬(過角化型疥癬)は見るだに物凄い)。但し、酒を飲んでも、出ては来ず、寧ろ、堪え難い掻痒感が襲うだけと思われるので、この療法はパス!

・「黃・黒・綠・赤〔の〕斑〔(まだら)〕、美なり。而れども却て醜(みにく)し」色彩は絢爛でその色だけを漫然と眺めるとならばとても美しいのであるが、逆によく観察してみるとその形状とその色の組み合わせといい、これは頗る醜い、というのである。ちょっと「じょろうぐも」が可哀想な気がしてくる。

・「其の毒、最も甚しき故なり」既に引用した通り、誤り。但し、噛まれるとやはり少し痛いようだ。昆虫食を研究する「ブログ女郎蜘蛛の恋の季節」によった。この人は採取した本種を食べている。そこには『クモを食べるとなると毒は大丈夫かという話になる。ジョロウグモ毒は微量だし、茹でたりすれば流失する。しかも食べる部位は毒牙を有する頭胸部を取り去った腹部である。だから安全である。むしろ採取の際かまれると少し痛い。でもセアカゴケグモのような強いショック症状を起こすことはない』とあり、また、講談社刊の川合述史著「一寸の虫にも十分の毒」(これ、私も読んで持っているはずなのだが見当たらない)からの引用と指示があって、『毒も有効に用いれば薬になる。ジョロウグモ毒は痴呆症の予防薬として研究されている。脳で血流障害が起きるとグルタミン酸が多量に放出され、神経細胞が過剰に興奮し、細胞外からカルシウムイオンが流入して神経細胞が死んでしまう。ジョロウグモ毒はこの過剰なグルタミン酸の作用を抑制する働きがある。このため細胞死を抑える薬として期待されている』という記載もある。本来ならリンクを張るのであるが、採取したジョロウグモの写真とその食べるという内容から、やめておくことにした。以下がアドレスである。自己責任でご覧あれ(http://insectcuisine.jp/?p=24)。

・「黐(とりもち)」以下、ウィキの「鳥黐」より引用する(形容部なので細部の学名補填は最小限に留めた)。『鳥黐(とりもち)は、鳥や昆虫を捕まえるのに使う粘着性の物質。鳥がとまる木の枝などに塗っておいて脚がくっついて飛べなくなったところを捕まえたり、黐竿(もちざお)と呼ばれる長い竿の先に塗りつけて獲物を直接くっつけたりする。古くから洋の東西を問わず植物の樹皮や果実などを原料に作られてきた。近年では化学合成によって作られたものがねずみ捕り用などとして販売されている』。『日本においても鳥黐は古くから使われており、もともと日本語で「もち」という言葉は鳥黐のことを指していたが、派生した用法である食品の餅の方が主流になってからは鳥取黐または鳥黐と呼ばれるようになったといわれている』。『原料は地域によって異なり、モチノキ属』(ニシキギ目モチノキ科モチノキ属 Ilex)の植物であるモチノキ Ilex integra・『クロガネモチ・ソヨゴ・セイヨウヒイラギなど)やヤマグルマ』(ヤマグルマ目ヤマグルマ科ヤマグルマ Trochodendron aralioides)やガマズミ(マツムシソウ目レンプクソウ科ガマズミ属ガマズミ Viburnum dilatatum)などの樹皮、ナンキンハゼ(キントラノオ目トウダイグサ科トウダイグサ亜科 Hippomaneae 連 Hippomaninae 亜連ナンキンハゼ属ナンキンハゼ Triadica sebifera )・ヤドリギ(ビャクダン目ビャクダン科ヤドリギ属ヤドリギ Viscum album )『などの果実、イチジク属』(バラ目クワ科イチジク属 Ficus )の『植物(ゴムノキなど)の乳液、ツチトリモチ』(ビャクダン目ツチトリモチ科 Balanophoraceae)『の根など多岐にわたる。日本においてはモチノキあるいはヤマグルマから作られることが多く、モチノキから作られたものは白いために「シロモチ」または「ホンモチ」、ヤマグルマのものは赤いために「アカモチ」と呼ばれる。鹿児島県(太白岩黐)、和歌山県(本岩黐)、八丈島などで生産されていた』。『鳥黐の製法は地域や原料とする植物によって異なるが、モチノキなどの樹皮から作る場合は、樹皮を細かく砕いて水洗いし、水に不溶性の粘着質物質をとりだすことで得られる。商品として大量に生産する場合は、まず春から夏にかけて樹皮を採取し、目の粗い袋に入れて秋まで流水につけておく。この間に不必要な木質は徐々に腐敗して除去され、水に不溶性の鳥黐成分だけが残る。水から取り出したら繊維質がなくなるまで臼で細かく砕き、軟らかい塊になったものを流水で洗って細かい残渣を取り除く。得られた鳥黐は水に入れて保存する。場合によっては油を混ぜることがある』。『主要な鳥黐であるモチノキ属植物、ヤマグルマ、ヤドリギの果実などから得られるものの主成分は高級脂肪酸と高級アルコールがエステル結合した化合物であるワックスエステル、つまり蝋である。逆に言うと化学的には、植物から得られ、常温でゴム状粘着性を示す半固体蝋が鳥黐であるともいえる』。(中略)『こうした化学的組成により、非水溶性であり、また二硫化炭素、エーテル、ベンゼン、石油エーテルといった有機溶媒には溶けるが、アルコールには溶けない』。『鳥黐は強力な粘着力があることから、職業として鳥を取る鳥刺しなどによって使用される。食用に鳥を捕獲する場合は黐竿と呼ばれる長い竿の先に鳥黐をぬりつけたものを使い、直接小鳥をくっつける。一方、メジロなど観賞用の鳥は直接くっつけると羽が抜けて外見が悪くなるため、枝などに鳥黐を塗っておいて囮や鳥笛をつかっておびき寄せ、足がくっついて飛べなくなったところを捕らえる』。『また、子供の遊びとして虫捕りにもよく使用される。この場合、黐竿をつかってトンボなどを捕獲する。ただし粘着力が強すぎ、脚や翅に欠損を生じることがあるため、標本用途には向かない』。『鳥黐は水につけると粘着性がなくなるため、保存や取扱いの際には水で湿らせておくか、少量の場合は口中で噛んでおく。枝などに塗りつけたあと乾かすと再び強い粘着性を示すようになる』。『日本においては、鳥屋や駄菓子屋などで販売されていたが、鳥獣保護法の施行によって鳥類の捕獲が難しくなってからはあまり販売されなくなっている』。『かつては鳥獣保護法において法定猟具に鳥黐は含まれており、これを利用した黐縄(もちなわ。鳥黐を塗った縄を湖面に張り巡らせることで水鳥を捕獲する。参照流し黐猟)や、はご(木の枝や竹串に鳥黐を塗布して鳥を捕獲する。おとりの鳥を入れた鳥篭を高所に配置して、近づいてきた鳥を捕獲する猟法は高はご、多数のはごを配置するものは千本はごと呼ばれた)などの猟具が存在した』。『高はごは、メジロ、カワラヒワ、マヒワなどを捕獲するのに用いる。 長い竿、高樹などの頂に竹竿を結びつけ、これにおとりの籠をつるし、これとは別に黐を付けた竿または枝をこずえに固定し、滑車と綱を利用して黐付きの竿を上下するようにしておく。竿は』『近くのこずえよりも高くし、または一本樹を利用する。はごは矢竹、クワ、柳などのやわらかな枝を用いる。おとりは小型の籠を複数、かさねておく。おとりに誘われた鳥は樹枝と誤認して黐付きの枝にとまり、黐が付着し、地上に落下する。このときいっぽうの手縄をゆるめ、他方の手縄を引き、竿をおろして捕獲する』。千本はごは、『割り竹、細ひごなどに黐をぬりつける。その太さ、長さは鳥種によって異なる。 雁鴻を捕獲するには、夜、鳥が集まる水田、池、沼に黐を塗っていない部分を』『挿し立て、ところどころに空き場をつくっておく。おとりを置き、誘致する。雁鴻はおとりに誘われて着地し、徒渉するとき黐が羽毛に付着し、これを捕獲する。千葉県手賀沼でさかんに使用された。カケス、ヒヨドリなどを捕獲するには、あらかじめ鳥が来る樹上に小型のはごを設置し、黐が鳥に付着し、地上に落下するのを捕獲する』。『現在ではかすみ網やとらばさみ、あるいは雉笛などとともに禁止猟具に指定されており、鳥類の捕獲自体も銃猟若しくは網猟に限定されていることから、鳥黐を使用して鳥類を捕獲する行為は、禁止猟具を用いての捕獲およびわなを用いての鳥類の捕獲に該当し、鳥獣保護法違反で検挙対象となる』とある。以上、長々と引いたのは私自身が実は鳥黐を見たことも使ったこともないからである。私は私の注で何よりも私自身が十全に学びたいのである。

・「潰れて血を出だして死す。其の他の蜘蛛は、及〔(すなは)〕ち、血、無し」ジョロウグモがヘモグロビンを持つとは聴いたことがない。何か、体内に赤色を呈する内臓などがあるかどうかも不詳(外部の赤いのは模様であって器官ではない)。識者の御教授を乞う。

・「其の尻、尖り、兩處、動揺するに隨ひて光り、閃閃(ひかひか)とす。然れども螢火〔(ほたるび)〕の毎夜〔(よごと)〕、鮮明(あざや)かなるには若かず。老する者、能く火を生ず。闇夜或いは微雨の中、遇(たまたま)、之れを見る。大いさ、小さき碗〔(わん)〕ばかり、圓〔(まる)〕くして微青色を帶び、其の行くこと、徐(しづか)にして遠〔(ゑん)〕を致さず、其の高きことも亦、家の檐より過ぎず。」訳してみよう。――その尻は尖っており、そこに二箇所、顫動するたびにぴかぴかと光り輝く部分がある。しかしそれは、夏場にかの蛍の尾部が夜ごと、極めて鮮やかに明滅するのには及ばない(相対的には遙かに幽かである)。絡新婦(じょろうぐも)の中でも老成した大型個体は、極めてよく、そうした「火」を発生させる。それは特に闇夜、或いは、ごく小雨の中にあって、たまた見かけることがある(蛍のようにはそれほどこの発光は頻繁には現認出来ない)。その光(火)の大きさは、凡そ小さな食事用の椀(わん)ほどのもので、全体が丸く、微かに青みを帯びており、それは見かけ上は、空中と思われる位置を移動するのであるが、その動きはごくゆっくりと静かであり、それほど遠いところまでは移動しないし、その高さも、凡そ人家の庇(ひさし)よりも高ところまでは昇っては行かない。――実に奇っ怪な話である。ジョロウグモ類に発光器官はない。……しかし……いる! いる! その名も妖怪「絡新婦(じょろうぐも)」じゃ! ウィキの「絡新婦から引く。『絡新婦(じょろうぐも)は、日本各地に伝わる妖怪の一種。美しい女の姿に化けることが出来るとされていることから、本来の意味からの表記は「女郎蜘蛛」で、「絡新婦」は漢名を当てた熟字訓である。鳥山石燕の「画図百鬼夜行」では、火を吹く子蜘蛛達を操る蜘蛛女の姿で描かれている』(本注の最後に同ウィキのパブリック・ドメイン画像を掲載する。但し、以下に解説されるそれは、少なくともこの絵のような小蜘蛛を操る妖怪蜘蛛女の内容ではない。以上の下線はやぶちゃん)。「太平百物語」や「宿直草」など『の江戸時代の書物にも、女に化ける絡新婦の名がある』。「宿直草」には、『「急なるときも、思案あるべき事」と題し、以下のように述べられている。ある青年武士の前に』十九~二十歳の女が子供を抱いて現れ、子供に「あれなるは父にてましますぞ。行きて抱かれよ」と言い、武士が女の正体を妖怪と見抜いて刀で斬りつけると、女は天井裏へ逃げ込んだ。翌日には天井裏に』一~二尺の『絡新婦が刀傷を負って死んでおり、その絡新婦に食い殺された無数の人間の死体があったという』。「太平百物語」の「孫六女郎蜘(じょろうぐも)にたぶらかされし事」は以下の通り。『作州(現・岡山県)高田での夏、孫六という者が家の縁側でうとうとしていると』、五十歳代ほどの『女性が現れ、自分の娘が孫六に想いを寄せていると言い、自分の屋敷へ孫六を招いた。そこには』十六~十七歳の『娘がおり、孫六に求婚した。孫六は妻がいるので断ったが、娘は「母は一昨日あなたに殺されかけたにもかかわらず、あなたのもとを訪ねたというのに、その想いを無にするのか」とすがりついた。孫六が当惑して逃げ惑っている内に屋敷は消え、自分は自宅の縁側にいた。妻が言うには、孫六は縁側で眠っていたとのことだった。夢だったかと思って周囲を見ると、小さなジョロウグモがおり、軒にはびっしりとクモの巣が張られていた。孫六は一昨日クモを追い払ったことをはっと思い出したという』。以下、「各地の伝承」の項。『静岡県伊豆市の浄蓮の滝では、滝の主として絡新婦の伝説がある。ある男が滝壺のそばで休んでいると、無数の糸が脚に絡みついてきた。男がその糸を近くの木の切り株に結び付けてみると、株はメリメリと滝に引き込まれた。絡新婦が男を滝に引き込もうとしていたのである』(これと全く同じ内容でロケーションを鶴岡八幡宮の源平池池畔に移した昔話が鎌倉に残る)。『以来、里の人々は絡新婦を恐れてその滝に近づかなかったが、よその土地から来た木こりが事情を知らずに木を刈っていたところ、誤って愛用の斧を滝壺に落としてしまった。木こりが斧を取り戻すために滝壺に潜ると、美しい女が現れて斧を返してくれ「ここで見たことを誰にも話してはいけません」と言った。木こりは以来、言いつけを守りながらも胸に何かがつかえたような日々を送り、あるときの宴の席で、酒の勢いで一部始終を話してしまった。胸のつかえがとれた安心感で木こりは眠りこけたが、そのまま二度と目を覚ますことはなかったという』。『別説では、話し終えた木こりがまるで見えない糸に引かれるかのように外へ出て行き、翌日には浄蓮の滝の滝壺に死体となって浮かんでいたという』。『また、この浄蓮の滝の木こりの伝承には、悲恋物語ともいうべき別説もある。それによれば木こりは滝壺で出会った女に恋をし、毎日のように滝に通うが、それにつれて体が衰弱していった。近隣の寺の和尚は「滝の主の絡新婦に取りつかれたのでは」と疑い、共に滝へ行って読経した。すると滝から木こりへと蜘蛛の糸が伸びたが、和尚が一喝すると糸は消えた。木こりは女の正体が絡新婦と知ってもなお諦めず、山の天狗に結婚の許しを得ようとしたが、天狗はそれを許さなかった。なおも木こりは諦めず、滝に向かって走った。すると彼は滝から伸びた蜘蛛の糸に絡め取られ、滝壺の中へと消えて行ったという』。『絡新婦により滝に引きずり込まれそうになった人が切り株を身代りにするという伝説は各地にあるが、中でも仙台市の賢淵がよく知られる。ここの伝説では切り株が水中に引きずり込まれた後、どこからか「賢い、賢い」と声が聞こえたといい、賢淵の名はそれが由来とされる』。『以来、賢淵では絡新婦が水難除けの神として信仰され、現在でも「妙法蜘蛛之霊」と刻まれた記念碑や鳥居がある』。『あるときに賢淵のそばに住む源兵衛という男のもとに、淵に住むウナギが美女に化けて訪れた。彼女が言うには、明日は淵の絡新婦が攻めてくるが、自分の力ではわずかに及ばないので、「源兵衛ここにいる」と声をかけて助力してほしいとのことだった。源兵衛は助力を約束したものの、いざ翌日になると怖くなり、家に閉じこもっていた。結局』、『ウナギは絡新婦に敗れ、源兵衛も狂死してしまったという』。『徳島県に伝わる昔話。ある村の庄屋では息子の婚礼が決まり父親である庄屋様はとても喜んだ。そんなある時、その庄屋の家に旅をしている盲目の美しい女が「道に迷ったので一晩泊めて欲しい。」と尋ねて来た。それを聞いた父親と息子は女を気の毒に思って泊めることを承知した。その日の翌日の朝には女は旅立った。しかしそれ以来、息子は日一日と顔色が悪くなり、痩せ衰えていった。そして村では「毎晩、丑三つ時になると息子の部屋に訪ねてくる女がいる。」という奇妙な噂が広まっていた。心配になった父親は息子に何があったかを尋ねた。すると息子は「女が毎晩、自分を訪ねて来て優しい目で自分を見つめられる幸せな夢を見ているんだ。」と話した。それを聞いた父親はその夜に隠れて様子を見ていると以前、家に泊めてあげた旅の女が息子の部屋に入っていった。次の日になると父親は村中で腕の立つ猟師を何人も呼び集めると息子の部屋の天井などに隠れさせた。そして夜になるとやはり女が来た。すると女は巨大な女郎蜘蛛の正体を露わにし、寝ている息子の生血を吸いだした。隠れていた猟師達は恐ろしさに震えながらも女郎蜘蛛に向かって一斉に矢を放った。女郎蜘蛛は悲鳴を上げ、無数の矢が刺さりながらも逃げようとしたが、猟師達は止めを刺そうと女郎蜘蛛を取り囲んだ。だがその時、目を覚ました息子は「殺すのだけはやめてくれ!」と必死にお願いした。それを見た父親は猟師達を下がらせると女郎蜘蛛に「息子が言うから命は助けてやる。しかし、山に帰ったら二度と里には下りて来るんじゃない。」と言った。それを聞いた女郎蜘蛛は一度、息子の方を見ると傷ついた身体を引きずりながら山へと帰って行った。そして次の日、父親は自分が幼い頃に聞いたある話を息子に話して聞かせた』。『昔、美しい女がおり』、『その女には嫁入りを約束した男がいたが』、『嫁入りの前日になって女は男の心変わりが理由で捨てられてしまった。女は深い山に入り男への恨みと悲しみから巨大な女郎蜘蛛になってしまったという。それ以来、その女郎蜘蛛は婚礼前の男がいると取り殺してしまうという話だった』。『そして庄屋の息子を殺そうとした女郎蜘蛛は命を救ってくれた息子を殺そうとした我が身の浅ましさを恥じたのか二度と里に姿を現す事はなかった』。

鳥山石燕「画図百鬼夜行」より「絡新婦(じやらうくも)」の図[やぶちゃん注:ここでも「くも」は清音である。]

 

Sekienjorogumo

 

・「蓋し、鵁鶄(ごいさぎ)の火は、乃〔(すなは)〕ち、遲速・高卑〔(たかひく)〕定まら〔ざるは〕、鳥と蟲との異、以て然り。」訳してみよう。――思うに、知られた五位鷺の怪火には遅いものや速いもの、高い所を飛ぶものや低い所を行くものなど、さまざまにあって不定であるのはこれ、こうした怪火現象の元が、鳥であるか虫であるかの違いである、ということは最早、明確である。――またまた奇っ怪なる話である。鳥であるゴイサギ類(ペリカン目サギ科サギ亜科ゴイサギ属ゴイサギ Nycticorax nycticorax:和名は醍醐天皇が『神泉苑に行幸(ぎやうかう)なつて、池の汀(みぎは)に鷺の居(ゐ)たりけるを、六位をめして、「あの鷺取つて參れ」と仰ければ、如何(いかん)が捕らるべきとは思へども、綸言(りんげん)なれば歩み向ふ。鷺羽づくろひして立たんとす。「宣旨ぞ」と仰すれば、ひらんで飛びさらず。即ちこれを取つて參らせたりければ、「汝が宣旨に隨ひて參りたるこそ神妙(しんべう)なれ。やがて五位になせ」とて、鷺を五位にぞなされける。「今日より後、鷺のなかの王たるべし」といふ御札を、自ら遊ばいて、頸にかけてぞ放たせ給ふ。全くこれは鷺の御料(おんれう)にはあらず、只(ただ)王威(わうい)の程を知(しろ)し召さんが爲なり』と「平家物語」の「朝敵揃(てうてきそろへ)」に載るのに拠るとされる)に発光器官なんどは無論、ない。……しかし……いる! いる! その名も妖怪「別名五位の火(ごいのひ)」或いは「五位の光(ごいのひかり)」、別名「青鷺火(あおさぎび)」じゃ! ウィキの「青鷺火より引く(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を省略した。下線やぶちゃん)。『青鷺火(あおさぎび、あおさぎのひ)は、サギの体が夜間などに青白く発光するという日本の怪現象』。『「青鷺」とあるが、これはアオサギ』(サギ亜科アオサギ属アオサギ Ardea cinerea)『ではなくゴイサギを指すとされる』。『江戸時代の妖怪画集として知られる鳥山石燕』の「今昔画図続百鬼」や竹原春泉画「絵本百物語」にも取り上げられており(本注の最後に以上の二枚の同ウィキのパブリック・ドメイン画像を掲載する)、『江戸時代にはかなり有名な怪談であったことがわかる』。また、江戸後期の戯作者桜川慈悲功の「書変化物春遊」にも、『大和国(現・奈良県)で光る青鷺を見たという話がある。それによると、化け柳と呼ばれる柳の大木に毎晩のように青い火が見えて人々が恐れており、ある雨の晩、一人の男が「雨の夜なら火は燃えないだろう」と近づいたところ、木全体が青く光り出し、男が恐怖のあまり気を失ったとあり、この怪光現象がアオサギの仕業とされている。新潟県佐渡島新穂村(現・佐渡市)の伝説では、根本寺の梅の木に毎晩のように龍燈(龍神が灯すといわれる怪火)が飛来しており、ある者が弓矢で射たところ、正体はサギであったという』。『ゴイサギやカモ、キジなどの山鳥は夜飛ぶときに羽が光るという伝承があり、目撃例も少なくない。郷土研究家』更科公護の「光る鳥・人魂・火柱」にも、昭和三(一九二八)年頃、『茨城県でゴイサギが青白く光って見えた話など、青鷺火のように青白く光るアオサギ、ゴイサギの多くの目撃談が述べられている。サギは火の玉になるともいう。火のついた木の枝を加えて飛ぶ、口から火を吐くという説もあり、多摩川の水面に火を吐きかけるゴイサギを見たという目撃談もある江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にも、ゴイサギが空を飛ぶ姿は火のようであり、特に月夜には明るく見え、人はこれを妖怪と見紛える可能性があるとの記述がある』(その内、鳥類の電子化注もやらずんばなるまい)。『また一方でゴイサギは狐狸や化け猫のように、歳を経ると化けるという伝承もある。これはゴイサギが夜行性であり、大声で鳴き散らしながら夜空を飛ぶ様子が、人に不気味な印象をもたらしたためという説がある。老いたゴイサギは胸に鱗ができ、黄色い粉を吹くようになり、秋頃になると青白い光を放ちつつ、曇り空を飛ぶともいう』。『科学的には水辺に生息する発光性のバクテリアが鳥の体に付着し、夜間月光に光って見えるものという説が有力と見られる。また、ゴイサギの胸元に生えている白い毛が、夜目には光って見えたとの説もある』。また、「吾妻鏡」の『建長八年(一二五六年)六月十四日条に、「光物(ひかりもの)が見える。長(たけ)五尺余(百六十五センチほど)。その体、初めは白鷺に似ていた。後は赤火の如し。その跡、白布を引くが如し」という記述がある。「本朝においてはその例なし」と記されていることから、光るサギのような怪異という意味では、現存記述として最古のものと見られる。ただし、この怪異は、「サギの形をした怪光」という話である(また、最後には赤くなったとある)』。根岸鎭衞の「耳嚢」には、『文化二年(一八〇五年)秋頃の記録として、江戸四谷の者が夜の道中で、白衣を着た者と出くわしたが、腰から下がなく、幽霊の類かと思い、振り返ると、大きな一つ目が光っていたので、抜き打ちで切りつけ、倒れたところを刺し殺すと大きな五位鷺であったという話が記述されている。なお、そのサギはそのまま持ち帰られ、調味されて食された。そのため、「幽霊を煮て食った」ともっぱら巷の噂となったという。人が妖怪に食べられる話は多いが、人間に食べられてしまった稀な例といえる』とあるが、最後の話は私の耳嚢 巻之七 幽靈を煮て食し事で子細に読める。未見の方は、どうぞ。

 

Aosagibi

 

(上)鳥山石燕「今昔画図続百鬼」より「青鷺火」の図

(下)竹原春泉画「絵本百物語」より「五位の光」の図

 

Shunsengoinohikari

 

・「酉陽雜俎」唐代の八六〇年頃に成立した段成式(八〇三年~八六三年)撰になる、古今の異聞怪奇を記した随筆。二十巻に続集十巻がある。これはその「卷十四」「諾皐(だくこう)記上」末尾に載る蜘蛛の怪の一つである。以下に示す。底本は元禄一〇(一六九七)年井上忠兵衞ら刊「酉陽雜俎」を国立国会図書館デジタルコレクションの画像で視認した。

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○原文

相傳、裴旻山行。有山蜘蛛、垂絲如疋布。將及旻。旻引弓射殺之、大如車輪。因斷其絲數尺收之。部下有金創者、剪方寸貼之、血立止也。

○やぶちゃんの自在勝手書き下し文

 相ひ傳ふ、裴旻(はいびん)、山行す。山蜘蛛、有りて、絲を垂るること、疋布(ひつぷ)のごとし。將に旻に及ばんとす。旻、弓を引きて射て、之れを殺す。大いさ、車輪のごとし。因りて其の絲を斷つに、數尺、之れを收む。部下、金創の者、有れば、方寸を剪りて之れに貼れば、血、立ちどころに止るとなり。

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