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2016/04/28

原民喜「幼年畫」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注 「鳳仙花」

[やぶちゃん注:以下の「鳳仙花」(はうせんくわ(ほうせんか))は昭和一二(一九四七)年十一月号『三田文学』を初出とする。当時、民喜満三十二或いは三十一歳(彼は明治三八(一九〇五)十一月十五日生まれであるからである)。]

 

 

 鳳仙花

 

 勢子の家へ行くと、雄二はすぐ彼女を泣かして逃げた。自分よりも小さい、それも女の子がゐるのが珍しくて、泣かしても泣かしてもすぐまた行つてみたくなる。勢子は行李の底に座布團を敷かれて、そのなかに紙風船入れてゐて、船に乘つてゐるやうだ。その脇の戸棚の上には博多人形や鹿の人形や麥藁細工の綺麗な小函が飾つてあり、置時計がチクタク鳴つてゐる。大概、勢子はひとりでおとなしく遊んでゐるのだが、雄二の姿が側に近寄ると、急に白いひからびたやうな顏になる。雄二は行李の舷に掌を掛けて、勢子の顏をのぞき込む。勢子は眼で頻りに雄二の掌が行李の緣にあるのを嫌つてゐる。勢子の涎掛はよぢれて歪んでゐる。雄二はそれをまつすぐに直してやらうとする。と、勢子は待構へてゐたやうにワーと大聲を放つ。雄二は手を引込めて、ふと後に坐つてゐる婆さんの方を振向く。婆さんは口をあけて叱りはしないのだが、雄二のすることを何時も見張りしてゐる。婆さんの眼と行きあたると雄二は困つてしまふ。婆さんは黃色な眼をしてゐて、勢子はまだ火のやうに泣き立つ。ふいと紫色の天井を見廻してゐると、雄二は家のうちが暗いのに段々氣づく。そこで遽かに往來の方へ飛出してしまふ。往來には恰度、豆賣の男が西の方へ過ぎて行くところだつた。何時も面白い節のある呼聲で通り過ぎて行くのに、今默つて行く後姿が雄二には一寸殘念だつた。雄二はぼんやり立留まつてゐたが、思ひ出したやうに小走りに走り出す。そして玄關へ來ると、閾のところへ腰を下して、また暫くぼんやりしてゐる。往來は明るいのに家へ這入ると暗い、――それだけのことがまだ雄二の頭にある。ふと次の間から柱時計の振子の音がひつそり聞えて來る。雄二はそつと隣の部屋へ這入つて行つた。すると緣側の方から母の笑顏と行きあたつた。母は雄二の顏を珍しさうに見てゐて、雄二はどうしたことかわからない。「ほら、ほら、鳶と鴉」さう云つて母は小さな爪のやうなものを疊の上に置く。「これは烏賊の口から出たのだよ」と母は眼を大きくする。黑い爪に似たものが二つ、よく見るとちよつと鳥に似てゐる。「どうして、これが鳶と鴉なの」と雄二は不思議さうに摑んでみる。「ええ、この尖つた嘴の方が鴉で、圓い嘴の方が鳶」「それでもどうしてこれが鳶なのかしら」「ほんとはね、これ烏賊の口なのです」しかし雄二は考へ出す。空を飛ぶ鳶や鴉が海に墮ちて死んで、烏賊に喰はれて、――そのためにこんなに小さな鳥の恰好になつたのかもしれない。「ぢやあ、これ綿のなかに入れておいたらほんとの鳶と鴉になるの」と雄二は奇妙なことを尋ね出す。母は面白さうに笑つて、「さあ、それはどうなるかしら」雄二は母が屹度さうなると云つてくれないので物足りない。が、もうすつかりなることに決めてしまつた。「ぢやあ綿を出して、綿を」

 綿を出してもらふと、雄二は二羽の鳥をそつと綿のなかに埋めて、前掛のポケットに收めておいた。もういくつ寢たら、鳶と鴉になるのだらう。今に鳶と鴉は雄二の家來になつて、何でもお使ひをしてくれるやうになる。しかし大吉には隱しておかないと、まだなりもしないうちに、見せろと云つて取上げてしまふ、そして、こんなものつまるかいと惡口云ふにちがひない。さうされては、もう鳶だつて鴉だつて腹を立てて、なりかけてゐてもあともどりしてしまふ。雄二はもう少しはなつたかしらと思つて、綿を明けてみた。氣の所爲か少し大きくなつてゐるやうだ。今になる、今になるぞ、――雄二は段々浮々して、たうとう部屋の中でくるくる舞をやり出す。鳶はくるくる廻つても眼をまはさない、眼をまはさない、――と鳶のつもりで廻つてゐるうちに、柱や壁がもう薄黑い一塊になつてしまつて、雄二はぱつたり疊の上に倒れてしまつた。すると、天井の上に壁が流れ、壁の上に柱が倒れ、障子や襖が入替つて走り、時々明るい庭の方の綠が現れて來る。早い、早い速度で疊や閾が廻る。まだ廻る、まだ廻る、と思つてゐるうちに、やがて、ふわりと止つてゐる。雄二は疊の上に落ちてゐる身體を起して立上る。

 雄二は玄關の方へ廻つて下駄を穿いた。それから何時の間にか勢子の家の玄關へ來てゐる。勢子はもう泣いてゐない。何だか靜かなので默つて這入つて行くのが氣まり惡い。雄二は態と大きな音をたてながら座敷の方を覗いてみる。すると、緣側で勢子は母の懷で乳を飮んでゐるのだ。雄二は急に大人らしく威張つた顏になり、勢子の側へ歩いて行く。母の乳房を含んでゐる勢子は落着拂つて、もう雄二を怕がらうとしない。指で片方の乳房を持ちながら、橫目で雄二を眺めたりする。婆さんは部屋の隅で壁の方へ向きながら洗濯物を疊んでゐる。雄二は勢子の母に鳶と鴉みせてやらうかしらと思ひながら、つい勢子の有樣に見とれてしまふ。乳が足りて、氣持よくなつたらしい勢子の眼は生々して來る。「さあ、もうおしまひにして、雄二さんと遊びなさい」と勢子の母は彼女を行李の底へ入れた。勢子はいい機嫌をしてゐる。母は安心して臺所の方へ行つてしまふ。すると初めて微かに勢子の顏に淋しさうな氣配が動く。雄二はポケットから綿を取出して勢子の眼の前に突出す。「そら、そら、鳶と鴉だぞ」勢子ははじめ喫驚したやうな顏で、それからちよつと笑つたかと思ふと、掌を出して綿を摑んでしまつた。「いけない、離せ」雄二は勢子が無茶をして鳶と鴉を潰してしまひさうなので氣が氣でない。しかし勢子は強情に握締めてゐる。雄二は勢子の掌を無理に捩ぢあけてしまふ。綿を奪ひ返したかと思ふと、その時にはもう勢子の泣聲であつた。あんまり烈しい泣き方なので、勢子の母がやつて來る。「まあ、まあ、どうしたのです」は驚ゐてゐる。雄二は譯を話さうと思つても、勢子の泣聲で云えない。「ほんとにほんとに雄二さんは惡い子ね」と勢子の母は泣喚く勢子に對つてきかせてゐる。雄二は急に腹が立つ。「勢子の馬鹿、馬鹿」と云ひ捨てて、逃出してしまふ。

 夜通し雨が降續いた翌朝だつた。雄二がまだ蚊帳のなかに寢てゐると、玄關の方で頻りに賑やかさうな人の聲などがしてふと目が覺めたのだつた。その時蚊帳の外で姉の菊子が、「早く起きておいで、田森の爺さんが大きな鯉を三匹獲つて來たのだから」と大聲で云つた。雄二は喫驚して、起上つたが、また目がよく覺めきらなくて、足もとがふらついた。寢間着のまま、目をパチパチさせながら玄關の方へ行くと、大きな盥を取圍んで、父も母も兄弟もみんなの顏があつた。少し離れた柱のところで田森の爺さんは着物の裾を端折つたまま手拭で頭を撫でながら、キセルを弄つてゐた。盥の中の三匹の黑い鯉は皆がガヤガヤ覗き込むので、水のなかを逃惑つた。逃げるたびに水に脈がついて、盥に映つてゐる大吉の着物が搖れた。三匹の鯉は一ところに集まつて、鰓を動かせたり、短い口鬚のある口を開いてゐた。大吉が面白がつて水の面を突くと鯉は大吉の指を怕がつた。

 雄二はすつかり目が覺めてしまつた。盥の底にゐる鯉はどうしてこんなところへ入れられてしまつたのか、わからないやうな顏つきだ。薄暗がりの水のなかに金色の眼球が光つてゐた。「手で摑んで獲つたの」と雄二は爺さんに尋ねてみた。爺さんはもう何度も皆からそれを尋ねられたらしく、ニコニコ笑つた。それから大袈裟に手を擴げて、手拭をぴんと兩手で引張ると、「これでかうやつて、かうしてつかまへたのですよ」と空中でその眞似をしてみせてくれた。すると菊子はをかしさうに聲をたてて笑つた。――今朝、雄二がまだよく睡つてゐる時、田森の爺さんは薄暗い往來へ散歩に出た。すると道路に添つた深い溝が昨夜の雨で一杯になつて、路ばたに溢れごんごんと音をたてて勢よく流れてゐたが、そのなかに四五匹の鯉が面白さうに鬼ごつこやりながら走つて來た。そこで爺さんは電信柱の陰に隱れてゐて、走つて來たところを手拭でくるりと卷きつけては懷へねぢこみ、ねぢこみしては三匹つかまへたといふのである。

「それではそろそろ池へ放してやりませうか」と爺さんは盥を抱へて庭の方へ廻ると、皆も後からぞろぞろ從いて行つた。爺さんは盥を池の飛石の上におろすと、もう一度盥の中の鯉を眺めて、「さあ、これからはお前達もここで仲よく暮すのだぞ」と鯉に對つて話しかけた。それから盥を傾けて、水ごと池の中に流し込んだ。池の靑い水が渦卷いて、もう三匹の鯉の姿は見えなくなつた。暫くして、大吉が、「やあ、あそこに居ら」と羊齒の影の映つてゐるあたりを指差した。たつた今放たれたばかりの黑鯉が一匹、靜かにそこに潛んでゐるのだつた。そこへ大きな緋鯉を先頭に、七八匹の緋鯉と緋鮒が走つて行くと、その黑鯉は喫驚したやうに逃げ出した。すると先頭の緋鯉は何でもなささうな顏で、くるりと向を變へて進んで行き池のまんなか邊に浮いて上ると、パクリを口をあけて水の上の木の葉を呑まうとした。その時、爺さんが盥を提げて立上がつたので、大きな緋鯉は急にぽしやつと音をたてて底の方へ潛り込んだ。後につづいてゐた鯉も周章ててちりぢりになつた。暫くして雄二が甕の方を眺めると、緋鯉はそこからまたそろそろ出掛けようとしてゐた。一番大きな緋鯉は甕の口から頭を出したり引込めたりして、ぐづぐづしてゐたが、中位の緋鯉が思ひきつて出て來ると、後から後からみんな飛出してしまつた。そして、先頭の緋鯉は先頭になつたのが嬉しいのか、大變急いで走り出し、池を一まはりすると、すぐに甕のところへ戻つてしまつた。甕のあるところは特に深いので、水が靑々と層をなしてゐたが、水の面には松の梢がさかしまに映り、梢の方を流れて行く雲も動いて、雄二が何時までも眺めてゐると、池もまた動いて行くやうに思へた。雄二は黑い鯉が何處に隱れてゐるのか氣にかかつた。早く出て來て皆と一緒になれと待ちつづけた。ふと氣がつくと、庭にはもう誰も居なかつた。雄二はもう一度甕の方を眺め、それからとつとと走つて家の奧へ行つた。

 その次の朝もまた早くから大變なことがあつた。雄二は母が起きたのと同時に目を覺ましたが、池の方へ行つてみたいので、母にねだつて背に負はれた。庭はまだ仄白い靄に鎖されてゐた。母は何氣なしに薄暗い池の面を眺めてゐたが、五六匹の緋鯉が浮いたまま動かないのに氣づいた。雄二も母の背中から覗き込むと、緋鯉は腹をかへしてゐて大きく見えた。二人は早速まだ雨戸の立ててある薄暗い家の奧へ引返した。「鯉が死にかけてるよ」と雄二は父の枕頭で何度も云つた。父は目をぼんやり開いて少し笑つてゐるやうな顏をしてゐた。「鯉が腹をかへしてるよ」と雄二はまた云つた。始めて父は氣がついたやうに寢卷の袖からぎゆつと兩腕を突出した。それから父はすつと立上つて庭の方へ歩いて行つた。雄二が後から從いて行くと、父は池の面をぢつと視凝めてゐた。「六匹やられてるな」と父は呟いた。

 間もなくそこへ安田といふ若衆がバケツと盥を持つてやつて來た。安田は池の側の井戸から水を汲んで、六匹の鯉を盥に移した。すると母が唐辛を持つて來て、盥の中に撒いた。しかし、緋鯉は腹を反したまま水に浮んで、手で突かれても動かなかつた。「これは爪の跡があるから鼬鼠にやられたのでせう」と安田は一匹の鯉を父の方へ差出した。「うん、とにかく、水を換えてやらう」と父はまだ生殘つてゐる鯉の方を氣遣つた。安田と父とはバケツで池の水をどしどし土の上へ汲出した。そこへ、貴麿を大吉と淸子と菊子とがどかどかやつて來て、盥の中を覗き込んだ。腹を上にして浮いてゐる緋鯉を取圍んで、皆はいろんなことを云つた。「もうどうしても生返らないのかしら」と菊子は安田に尋ねた。「まあ、鼬鼠にやられたのだつたら駄目でせう」「いたちつて何だい」と大吉は不審がつた。「いたちがわからないのか、まねしまんざいる、いたちに負はれて、藪の中ごそごそ」と雄二は唄つた。「ハハハ」と默つてバケツで水を換へてゐた父が、急に噴き出した。雄二は却つて喫驚した。

 夕方になると、父と安田とは池のまはりに鼬鼠のおどしを作つた。松の枝に瓢簞を吊したり、築山の岩の上に石で造つた大きな蝦蟇を据ゑたり、鮑の貝殼を樹の根方に置いた。庭には恰度夕日が白く射してゐて、鋸のやうな格好をした木の葉など暑さうであつたが、石の蝦蟇はもう池を見張りしてゐるやうな樣子だつた。「これが夜になるとみものですよ」と安田は云つた。夜になると雄二はひとりで庭の方へ行つてみた。闇のなかに蹲つてゐる蝦蟇は見えなかつたが、松の枝に懸つてゐる瓢簞は仄白くてふはりと動きさうな氣がした。鮑の貝殼が幽かに靑く光つてゐた。雄二は何だか怕くなつて、走つて戻つた。「鮑が光つてるよ」と雄二は大吉を誘つた。そして二人はまた庭の方へ行つた。大吉は默つて庭の闇を見てゐたが、急に「そら幽靈」と叫んで一人でとつとと逃げ出した。

 翌朝、池の鯉はみんな無事だつた。瓢簞も蝦蟇も雄二が昨夜見た時とは變つてゐて、今は目が覺めたやうにはつきりしてゐた。朝食が濟むと、菊子は小さな甕を持出して、臺所の裏にある花壇の方へ行つて、キリコ(蟋蟀)を採つてゐた。菊子は甕に入れてキリコを飼つてみるつもりだつた。雄二も大吉もそれを手傳つてゐた。「伯母さん、伯母さん」と勢子の兄は洗濯をしてゐるところへ來て大聲で云つた。「勢子が今、ひきつけて白い眼してゐますよ」母は洗濯の手をやめて立上つた。菊子も勢子の兄の言葉に喫驚して、もう遊びを止めてしまつた。母は勢子の兄と一緒に出かけて行つた。菊子は甕をうつちやらかして、心配さうに溜息をついた。そして家の方へ這入つてしまつた。菊子がうつちやらかして行つた甕からは、折角採つたキリコが跳ね出して鳳仙花の根元の方へ逃げて行つた。大吉は逃げて行くキリコを掌で捉へやうとした。雄二もそれを手傳つたがなかなかうまく採れなかつた。大吉は躍起になつて雄二を叱つた。雄二はつまんなくなつて家の方へ引返した。すると、家には母も菊子も留守だつた。ほかの皆もどこかへ行つてゐて、今、家のうちはしーんとしてゐた。

 雄二はもう大分永い間、勢子の家へ行かなかつた。勢子は加減が惡くて寢てゐるのだから行つてはいけません、と云ひきかされてゐた。それで自然に勢子のことは忘れてゐた。しかし今、大變なことがおこつてゐるのがわかつた。雄二は誰もゐない家のうちが遽かに淋しく耐へがたくなつた。早く母が歸つてくれればいいと思つた。家のうちは次第に暗くなるやうな氣がした。壁に貼つてある戰爭の繪の鬚を生して軍刀をつつさげてゐる軍人が、不意にワーと叫びさうな氣もした。しかし間もなく母と菊子は連れだつて歸つて來た。菊子はもう普通の顏をしてゐて、歸つて來るとすぐにオルガンを彈き出した。それで雄二もまた裏の方へ行つて大吉と遊んだ。

 晝間一日遊び、夕方の風呂が濟むと、雄二は上の姉の淸子に糊著の浴衣を着せられた、何時もの癖で、ピンと張つた浴衣の肩を雄二は手で揉んでやはらげながら、晝間キリコを採つた裏の畑の方へ行つた。そこにはさきに風呂から上つた菊子や大吉がゐた。夕映のなかをかなぶんぶん飛んでゐて、臺所の軒には一かたまりの蚊の聲が縺れてゐた。ふと向の薄暗い納屋の角から母の姿が現れた。母は薄闇のなかで頻りに菊子の名を呼んだ。菊子が返事して走行くと「早く行つて勢子さんの顏みておきなさい、もう駄目らしいのです」と小聲で云つてゐるのが雄二にも聞えた。菊子と母は一緒に出掛けてしまつた。しかし二人はすぐに歸つて來て、それから間もなく夕食が始まつた。

 食事が終りかけた頃、勢子の兄がやつて來た。「伯母さん、勢子は今、死にましたよ」と彼は暗いところに立つたまま云つた。母も淸子も菊子も貴麿も皆驚いたやうな顏ですぐに出て行つた。雄二と大吉と父とは取殘された。父は食卓からランプを茶棚の上に移すと、ランプの蕊を出して明るくした。雄二は何かなし怕くて、父の顏を眺めた。「小さいものは行くのぢやない、すぐにお母さんは歸つて來るよ」と父は云つて雄二を膝に抱へた。

 勢子の葬式は翌日の夕方だつた。菊子は昨夜歸つて來てからも、「可哀相に」と云つて泣いてゐた。「生きてる時とそつくりの顏で、小さな手組み合はせてるの」と菊子は切なさうな顏で話した。「勢子さんはもう居ない」と母は何氣なく雄二に話した。雄二は不思議に自分がとがめられてゐるやうな氣持だつた。

 勢子の家の門には四時頃から葬式屋が屯して居た。雄二は自分の家の前の電信柱に縋つて、その方を眺めてゐた。黑い法被を着た人夫は氣の荒らさうな顏をして路に立つて居た。黃色い上下を着た近所の人の顏もちらついた。槍のやうなものの先に龍の首があつた。黑い重箱のやうなものや、蓮の葉を抱へてゐる人夫もゐた。それらの人々が勢子を連れて行かうとしてゐるのだ。勢子はもう生きては居ないから、今は雄二よりも強くなつてゐた。西の空の方に銀で緣どられた薄墨色の雲が大きく擴つて居て、今にも恐しいことが始まりさうだつた。そのうちにいよいよ整列が終つて、先頭の方が進み出した。すると自轉車で雄二の眼の前までやつて來た洋服の人がひらりと飛降りて、雄二のすぐ側に立留まつて見物し出した。行列はのろのろと進み、遠くに小さくなつてからも、なかなか消えなかつた。雄二はまだ暫くぼんやりと往來を見て居た。今、大きな地響をたてながら赤い郵便車が走つて來た。それを牽いて走つてゐる男は夢中で勇しさうに飛んで行くのだつた。その車は葬式とは反對の方角に忽ち消えて行つた。雄二はまだ電信柱のところに立つて居た。突然、四五軒向の家の屋根の上で稻妻が光つた。次いで、バリバリと空を裂くような響がした。眞黑な雨の塊りが一どきに往來を襲つて來た。今は烈しい雨の音ばかりであつた。その雨のなかでまた稻妻が光つた。「憶えておけ!」といふ聲が耳にきこえるやうだつた。

 

[やぶちゃん注:「鳳仙花」フウロソウ目ツリフネソウ科ツリフネソウ属ホウセンカ Impatiens balsamina 。因みに執筆時の民喜がそれを意識していたかは別として、ウィキの「ホウセンカによれば、『触れるとはじける果実は非常に目を引く特徴である。花言葉の「私に触れないで」もそれに由来する』とある。さて、どうであろう。

「勢子」不詳。

「舷」「ふなばた」。「行李」を小舟に譬えた。

「遽かに」「にはかに(にわかに)」。

『「ほら、ほら、鳶と鴉」さう云つて母は小さな爪のやうなものを疊の上に置く。「これは烏賊の口から出たのだよ」と母は眼を大きくする。黑い爪に似たものが二つ、よく見るとちよつと鳥に似てゐる』通称、「からすとんび(烏鳶)」と呼称するところの、軟体動物門頭足綱鞘形亜綱 Coleoideaの八腕形上目 Octopodiformes の八腕(タコ)目 Octopoda のタコ及び十腕形上目 Decapodiformes のイカの顎及び顎板部或いはその周囲の筋肉や口球の部分、更にはそれを加工した食材を総称する俗称。ウィキの「カラストンビによれば、『口を前後から閉める位置に』一対存在し、『それぞれ「上顎板」と「下顎板」と呼ばれる。外から見える部分は黒色であるが、奥へ行くにしたがって色が薄くなる。キチン質からなる硬い組織である。この顎板自体は食用に適さないため、カラストンビという名称で売られている加工食品は、顎板を取り除いて周囲の肉のみ食べるか、すでに取り除いて肉のみとなっているかである。ただし、一部の製品によっては製造工程や加工方法を工夫すると顎板自体が煎餅のようにパリパリになることから、その歯ごたえに注目した製品も売られている』とある。

「勢子の泣聲で云えない」「云え」はママ。

「田森の爺さん」不詳。

「弄つてゐた」「いぢくつてゐた(いじくっていた)」。

「周章てて」「あはてて(あわてて)」(慌てて)。

「唐辛」「たうがらし(とうがらし)」。

「鼬鼠」「いたち」。哺乳綱食肉(ネコ)目イヌ亜目イタチ科イタチ亜科イタチ属ニホンイタチ Mustela itatsi 

「まねしまんざいる」不詳だが、西日本のおちゃられける人を罵倒する言葉に、「真似し、万歳、田舎の乞食」という語を見出した。イタチが化ける(人に二似たものに変化する)と関係する語か?

「キリコ(蟋蟀)」直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科 Grylloidea 類ののコオロギ類の異名としては、「日本国語大辞典」で「きりご」を確認出来る。古くは。江戸後期、安永四(一七七五)年刊の方言辞書の越谷吾山 (こしがやござん)著の「物類称呼」に出るとし、兵庫県・岡山県・鳥取県・広島県・愛媛県・島根県などを採集例として掲げるので、同定上の問題はない。

かなぶんぶん」狭義には鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科ハナムグリ亜科カナブン族カナブン亜族:カナブン属カナブン亜属カナブン Rhomborrhina japonica (緑色と銅色の個体がよく見られる)を指すが、一般人はコガネムシ科Scarabaeidae 全般、特に金属光沢のあるものをひっくるめてこう呼ぶから(ここまではウィキの「カナブン」に拠る)、コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ Mimela splendens (成虫の体色は時に赤紫の混ざった光沢の強い緑色・赤紫色・黒紫色のものもある。ここはウィキの「コガネムシ」に拠る)などのコガネムシ類全般としておくのが無難であろう。

「蕊」はママ。これは花の「しべ」の意であるから、厳密には「芯」が正しい。

「屯して」「たむろして」。]

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